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お米から誰がどのようにして何処で清酒を醸造したのか?何時も何時も気になります。
大神神社にもその山続きの正暦寺にも「清酒発祥の地」の記念碑が建っています。
どうも我国清酒の発祥地は灘でも伏見でも無く、奈良の山野辺であったようです。
大神神社の酒祭りは清酒発祥の地だから・・・・・。巨大な杉玉も吊るされます。
古事記では素佐男尊(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)八塩折の酒(やしおおりのさけ)というを飲ませてから退治したと記されています。八度に亘って醸した酒と云ったアルコール濃度の高い酒の意味でしょうか。少なくとも大和朝廷成立期には既に清酒が醸造されていたのでしょう。
良く言われる事ですが、蒸したお米(所謂ご飯)を巫女が噛んで唾液を混ぜて壺に入れて暫く置けばお酒になるそうです。薩摩の芋焼酎はお芋を蒸して麦麹を混ぜて蒸留して作りますし。泡盛は医インディカ米を蒸して黒麹菌(アワモリコウジカビ)を混ぜて蒸留して作ります。清酒の製法は南方から伝来したのでしょう。一方鉄や銅を伝えたのは北方民族で。騎馬民族が武器としていた金属を祭具にして、自分達の趣向品だった酒を工夫して清酒を醸造したのでしょう。
お米やお芋の澱粉を糖に分解するのに人間の唾液を使ったのが最初の清酒で麹を使ったのが焼酎や泡盛だったのでしょう。未婚で美しい巫女さんが噛んで作った清酒なら飲み過ぎても悪酔いはしないでしょう。
帯解駅の案内図。正暦寺までは徒歩1時間と案内されていました。清酒発祥の地は正暦寺の参道沿いにあります。
此れが帯解寺です。8月3日は戌の日だったようで安産を願う人で混雑していました。私は帯解寺で待てばタクシーを拾えるか正暦寺に向かう観光客に同乗させてもらう積りでした。
帯解寺の本尊は安産祈願の地蔵尊ですが境内には水子地蔵尊が並んでいました。
ところで、本薬師寺跡の布袋葵の花を満喫して私は畝傍山に向けて歩き出しました。目指すは畝傍御陵駅で同駅から桜井駅に向かいJR桜井線に乗り換えて清酒の故郷に向かう事にしました。桜井駅で確認すると「帯解寺駅」にはタクシーは無いし。滅多にタクシーも来ないそうです。でも山村御殿円照寺(三島由紀夫の春の雪で著名)も近いので携帯で呼べば足は確保できるかもしれません。私の目標は正暦寺でも帯解寺でもありません。清酒の故郷にある田の神様とその景色をもう一度真夏に観てみたかったのです。
桜井線は未だ単線です。でも駅では擦れ違いの為複線化されています。上り車線から改札口に出るには跨線橋を渡らなくてはなりません。恨めしい程の強い太陽です。でもこの太陽のお蔭で米も粟も稔るのでしょう。
今日の昼の予定は正暦寺の入り口に出来たと云う「粟」と云う名の古代米レストランです。奈良の精華地区(五つ谷村)に農業の六次産業化を目指して出来たNPО法人「清澄の村」が運営するレストランです。そのシンボルマークが「田の神様」で。私の目的は田の神様が本物の神様であるのか?それとも人集めの為に新しく刻んだ田の神様なのか確認する事でした。
これが清澄の里の田の神様です。良く出来た薩摩風の田の神様ですが石材が奈良のそれとは違鵜安山岩です。
此れは池袋駅に近い公園に祀られた田の神様カルテットです。右の道を行けば盛り場で左端は線路です。腹が立つときはこの神様を観れば笑顔になれます。
此れは我家の田の神様です。大黒様の積りで玄関に祀っています。田の神様に福運を呼んでもらいたい気持ちで、大谷から取り寄せました。
清澄の里の田の神様が何時の時代もモノか確認するのが目的です。農業の6次産業化も時代のニーズでしょうが、田の神様をユルキャラのように扱うのは少し気に障ります。
駅に居ると目の前の毎日新聞の配達所に軽トラが止りました。私は正暦寺入口の「粟」まで乗せて貰えないか頼みました。幸いに軽トラの叔父さんは快諾してくれました。
「粟」の駐車場で確認しました、開店まで30分待つ事。食事は予約者しか受けない事。メニューは5000円と3500円のコースだけで粟生(あわなり)や古代米お握りは出来ないというのです。
私は朝からズット歩き通しで腹も空いていましたが、私は古代米に奈良野菜ならJR奈良駅に在る農協レストランを知っています。そこで好意の軽トラオーナーに謝罪して駅まで再度送って貰いました。
これが「粟」のメニューです。私は最下段の粟生(あわなり)小豆で充分だったのですが・・・・・。
JRで奈良駅に着くと早速に農協レストランに直行しました。
今日のランチは奈良駅に在る「奈良美味いモノプラザ」の野菜バイキングです。でも残念なことに美味いモノプラザには西瓜がありませんでした。そこで止むを得ず、奈良駅のスーパーでカット西瓜を求めてスターバックスのある旧奈良駅駅舎のベンチに腰かけて西瓜を食べました。もう半世紀前も同じような事をしていました。変ったのは私の肉体だけのような気がしてきました。自然は年々歳々変わりませんが私の体は年々歳々衰えるばかりです。
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