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路傍に黄色い小花が目立つ季節になりました。もうじき「利休忌/3月27日」です。「冬知らず」の花も咲き始めた事でしょう。私が健康な時は三浦半島の丘の上に咲く冬知らずの群落を観に行くのですが、運転を控えさせられているので、到底出かけられません。昔撮影した写真を視て我慢しましょう。
此れは三浦丘陵の畑の土手に自生している「冬知らずの花」です。
浄智寺山門横の民家に咲いた蝋梅の花
これは浄智寺お茶室の蝋梅です。
蝋梅は香りと触れば割れそうな儚い感触と年明け最初に咲く黄色い花である事が魅力です。太陰暦であれば今日の様に愛されなかったでしょ言う。正月が太陽暦に成って得をしました。
でもバスに乗れば街中に蝋梅の花も目立つようになりました。花屋の店先もピンクの桜草か、黄色いフリージアが目立つ位置に置かれています。
福寿草も 迎春花(春を知らせる花)の必須アイテムです。食いしん坊の私は蕗の薹と同じように「天麩羅」で食べたくなりますが、これは有毒です。
成虫で越冬した虫も蝶も黄色が好きなのでしょう。人間も同じで黄色が好きです。私には淡い思い出が黄色に在ります。
御成小学校の6年生の時でした。母が高島屋の特売場で黄色いポロシャツを買って来てくれたのでした。私は喜んで翌朝黄色いシャツを着て学校に行きました。教室で驚きました。クラスで一番美しく聡明な女生徒が私と同じ黄色いシャツを着ていたのでした。私達二人はクラス中の皆に冷やかされました。その翌日私は黄色いシャツが好きなのにも拘らず、汚れた何時ものシャツで登校しました。彼女も黄色いシャツは着ていませんでした。当時同じクラスで最も学業優秀だった男子生徒は式場君(精神科医の式場隆三郎博士の子)で、映画の「黄色い烏」が有名でした。赤には呪力があるのに対し、黄色には愛があると思うのです。『寒い冬に暖かい春を待ち焦がれるように、愛情が欲しい人は黄色に染まりたい』と思うのでしょう。
二宮駅の西側にある吾妻山の山頂には吾妻神社が祀られてその上は一面の菜の花畑です。眼下は東海道の国府津の街です。
吾妻山の山頂から見て東側は相模湾西側は大山丹沢と富士山が眺望できます。
”菜の花畑に入日薄れ”そんな季節はもうすぐです。神奈川県には二宮があります。駅前の吾妻山の山頂に吾妻神社が祀られています。御祭神は日本武尊と橘姫命 です。山頂は菜の花の名所です。観椿の森を汗を流しながら登りきると。一面の名の花と西には雄大な富士山を眺める事が出来ます。橘姫命は可愛そうですが、先史時代の愛の姿です。
蝋梅も観た菜の花も観た、さすれば次に観たいのは「三俣」に「満作」の花です。
どちらも必見のスポットがあります。黄色い花を巡って徐徐に春の盛りの「桜」の見頃が近づいて来ます。今年は何処の桜を観ようか今から慌ただしい気持ちです。去年は醍醐から三笠を廻りました。
鎌倉柄柄天神社の三俣の花。中学の受験日辺りに満開になります。
舞岡公園の万作の花
私の友人で俳句の師匠の家は八王子です。
大寒に入ってから咲く花を「迎春花」と呼びます。
迎春花として想い出すのは瑞香(沈丁花)であり、福寿草であり、蝋梅です。どれも黄色です。八王子の大雪は難儀だったようです。坂道で滑っているマイカーを視て友人を想い出しました。友人の家は八木重吉の生家の近くにあります。友人らと観桜旅行に行く序に寄った事がありました。旧家らしく梅の木が自生していました。友人が私に教えてくれた重吉の詩を想い出しました。友人は屹度俳句ノート代わりに携帯しているスマートフォンに俳句を記録して迎春の思わぬ大雪を吟じていることでしょう。
梅.
ひとつの気持ちをもっていて 暖かく なったので 梅の花がさいた その気持ちが
そのままよい香りにもなるのだろう。
重吉は茅ヶ崎の肺病専門病棟で息を引き取ります。 今では肺病も国民病ではなくなりましたので、病院は老人施設になりました。茅ヶ崎駅の海岸口から徒歩圏内に八木重吉の記念公園もあれば肺病病棟も残されています。この記事は以前次に書きました。https://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/30702793.html?__ysp=6YeN5ZCJ44Gu6Kmp5qKF44Gu6Iqx
東慶寺は梅でも有名な花の寺ですが「素心蝋梅」が自生しています。「素心」とは素直な心の意味でしょう。良く視る蝋梅は八重なのに較べて一重の蝋梅です。「素心蝋梅」を開発した園芸家は屹度重吉の梅の詩を想い出して「一重の蝋梅」とは云わずに「「素心」と呼んだのでしょう。
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