|
良く言われる事です。日本海沿岸の県は北から交互に美人県と不美人県が交互するというのです。「青森は不美人」「秋田は美人」「山形は不美人」「新潟は美人」「富山は不美人」「石川は美人」「福井は不美人」「京都は美人」と云った次第です。屹度北廻船の乗員が寄港地での楽しみが「美人のお酌で・・・・・」と云った事だったからでしょう。その船乗りの意見を今でも私達は常識としているようです。
真偽の程は別にして、秋田県は伝統的な日本美人が多い事だけは間違いないようです。角館駅に貼られたポスターを視てもハットする程の美人です。
駅舎で迎えてくれる、これぞ秋田美人白い肌と黒い瞳と黒髪が美人の必須アイテムのようです。京美人は色白でも絣は着ません。秋田美人は絣が似合います。この姿で田植えでもされて、白い脛を見せたら、久米の仙人ならずとも惑ってしまいます。
秋田の観光資源は「美人が多い事」これは観光協会も意識していますし。旅人にも魅力です。
横手駅のポスターは秋田の観光資源「秋田犬」と「露天風呂」と「美女」、「三種の宝」を揃えました。
美人の基準は次第に変るモノですが。日本美人となると何時の時代も変わらない2点があります。第一は色白の肌です。第二は長い黒髪です。色白の肌は秋田人のDNAが白系ロシア人に通じるからかも知れません。私が横手に出て先ず訪れたかったのが小野小町の生家が在ったという「湯沢町の小町堂」です。
秋田新幹線小町の社内ポスター。秋田美人が「あきたこまち」を食べているからではないでしょうが、JAもJRも美人をウリにしています。
これは小町堂で実施される「小町祭り」の写真です。出典(湯沢市観光協会(http://www.nihon-kankou.or.jp/akita/052078/detail/05207ba2212060901)市女笠の平安美女が7人も揃って、撮影可能だそうですが(会費千円だそうです。秋田はしっかりしているのです。
早朝に列車に乗りましたので、美女の卵を観たいと思って女学生を眼で追います。でも女学生の姿は疎らで納得の美女の卵には遭遇出来ませんでした、私のイメージは一昔前の桜田淳子さんに現在なら檀蜜さん(二人とも横手)です。想いを遡れば小野小町に辿り着きます。小町の生誕地伝説は各地に在ります。昨春三春に近い田村市の小野町にでは夏目川堰堤の桜を視て、小町の誕生地にも廻りました。全国の小野が我が町こそ「小町の誕生地」と主張しています。古代の名門小野一族でしたから「小野の名の付く荘園は数多くあった事でしょう。湯沢町は「小野一族の荘園があった」と云った主張から一歩進んで「小町が生まれた」事を主張しています。湯沢町に「小町堂」を建設して。6月には「小町祭り」を開いて撮影会や平安舞楽を披露しているようです。永遠の美女は何処で生まれて何処で亡くなったのか?ミステリーです。
私達3人は昨年京都深草の随心院を詣でました。其処は小町の生家で深草小将が百度参りをしたというのでした。
これは左竹本36歌仙絵巻断簡の「小大君」です。断簡されて暫く小野小町は見つからなかったので。この図を以って平安美人の極とされてきました。
近年発見された小野小町像です。「いろ見えでうつろうものは世の中の人の心の花にぞありける」一般に余りの美しさにお顔を描けないので後ろ姿で描かれたとされています。
湯沢町小町堂は国道から一本入った生活道路の中に在りました。レンタカーで何度も狭い生活道路を巡って「小町園」なるレストランの駐車場に止めて、小町堂を探して歩き回ります。民家の庇の上には雪が積もって、道路を歩くのも危険です。
これは「道の駅雄勝」の看板です。市女笠を手にした小町が誘っています。観光マップでは「小町堂」はこの先なのでしたが、旧市街地旧道に面していて探すのが大変でした。
積雪1.7m(2/19日発表)の中、細道を分け入って小町堂を探しました。右の駐車場は小町園と云うレストランで。大きな柳の下に「小町堂」はありました。
これが「小町堂」です。雪に閉ざされて中には入れませんでした。全体は厳島神社のような建物で写真は左の翼楼でしょう。流石の柳も枝が折れていました。小町のお父さんが「小野東風/花札では柳の木の下に描かれている」ですから桜と柳が植えられたのでしょう。
民家の庇の下から小町堂を写す。頭上の積雪も危険です。
今小町に遇うのは断念して私達は何時もの様に民俗文化財や巨木神木を探して夕暮れ迫る横手の郊外を巡りました。今小町を観たい人は田植えの季節に来たら思う存分写真に出来て、平安文化もエンジョイ出来るようです。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



