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下曽我の幸福な石仏

私の曽我梅林ウォーキングの楽しみの一つに「石仏巡り」があります。曽我兄弟の生誕地である曽我の谷間の底には酒匂川が流れ。梅林の中を走る通称「大井街道」には相模様式の石仏が多く観られるのです。
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此れは梅林の脇に祀られていた道祖神です此れは字塔ですが、相模様式の双体道祖神の発祥地なのです。
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此れは瑞雲寺下の近隣児童公園内に祀られていた石仏、手前は滑り台で右に庚申塔左に双体道祖神が祀られています。多分この辺り一帯に祀られていた石神を近隣公園に移して祀っているのでしょう。道祖神は「童祖神」とも云われ子供の守護神ですから・・・・。
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此れが上記の双体道祖神のアップです。箱根の北は黄泉の国ですから地蔵信仰が盛んでした。六地蔵を彫るに際して二体ずつ刻んで道祖神にしたような形です。仏教がいち早く浸透した相模国でしたから、地蔵尊の双体道祖神が生まれ、神道が根強かった安曇野や吾妻渓谷には神像の「祝言型道祖神」や「睦み合う道祖神が祀られたのでした。
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此方は上掲写真の庚申塔、一般に庚申塔のシンボルとして三猿を刻みますがこれは手を合わせた二匹の猿です。寛文二年に地域の農夫が組織した庚申講が建立し、「こうして熱心に庚申信仰を守っているので功徳を下さい!」と刻んでいます。
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瑞雲寺入口の三叉路に建っている六面石塔。常夜灯風の灯籠で六面には六地蔵が彫られています。
石仏の魅力の一つは石が自然の素材である事と。彫られた後も石仏(人工物)を自然が造化をし続けていることがあります。造化が進めば石仏は砂や土に還ってしまいます。折角の石仏も土に還ってしまう事は人間も同じ宿命です。その変化を無常と呼びましたが。無常の一瞬の美しさを観る事が石仏鑑賞の醍醐味です。
此処曽我に即して言えば、曽我の石は40万年も昔に地底の溶岩が冷えて圧迫されて出来た堅い安山岩です。一般に小松石と呼ばれ、江戸城も小田原城も鎌倉の頼朝の墓も小松石で出来ています。小松石は東の名石と云われ、表面が黒い石も在れば白や赤や緑の石もあります。総じて堅いので石仏を彫るのは大変ですが、風化もしないし、細部の彫刻も出来るので石仏に適しています。
相模に良い石仏が多いのは湯河原石工と呼ばれる石工が居た事もありますが、何よりも素材の石に恵まれていたからです。湯河原石工は鎌倉の「石長」等大手墓苑会社に成長しています。
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此れは瑞雲寺の井駐車場の脇に祀られている左地蔵尊、右聖観音。逆光で白っぽく写っていますが実際は鮮やかな黄色です。ロウソク苔が覆っているのです。
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この読売新聞記事(3月7日)は真鶴石『一般には(湯河原石と呼びます。)が優秀な安山岩である事から「石メダル」の販促をしていることを奉じた記事です。墓石としても、石仏としても秀でています。
瑞雲寺の境内には素晴らしい石仏が幾つも並んでいます。一番に惹かれるのは駐車場脇の石仏です。惹かれる理由は白い小松石を素材に彫られたお地蔵様がまるでタイの雲水の様な黄色い袈裟を着ておいでなのです。
袈裟と云うのは「ロウソクゴケ」という名の地衣類です。同じ地衣類の「梅の樹苔」は一般に環境の「指標生物」と呼ばれている様に。空気が綺麗でなければ生育しません。ロウソクゴケが元気だという事は此処の空気や水が綺麗で人間の健康にも良い事を示しています。
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上掲左の地蔵尊、黄色いロウソクゴケの他にも多彩な地衣類が共生しています。割れているのは地震で倒れて自身の重みで壊れてしまったのでしょう。
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瑞雲寺境内の六角灯篭には6観音を刻んだモノもありました。此方を向いているのは馬頭観音です。
石仏が美しい為には次の3つの条件が大事です。
第一に石工の技が伝統を踏まえて居て冴えて居る事です。
第二には素材になる石が硬質で美しい事です。
第三に自然と調和していて、風景の一部になっている事です。
加えて言えば生きている人が大切に祀っている事も大事です。五木の子守歌(※1)に在る様にお墓の遺族でなくても通り係の人が野の花を供えているだけでも美しさが引き立ちます。
※1五木の子守歌は『おどんが打死(うっちん)だば道端(みちばた)いけろ通る人ごち 花あぎゅう 花はなんの花つんつん椿』と歌っています。「私が死んだも誰も悲しまないので、道端に埋めて欲しい、そうすれば通行人が椿の花を供えてくれるかも知れない・・・」

こうした『通行人にも拝まれる石仏』こそ幸福な石仏と云えます。
我家の庭の弥勒様は五弁の椿の樹下にあって、庭の主だった「蟇蛙」の墓標です。今朝観たら椿が散って弥勒様の膝にありました。
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此れは愛媛の御影石で彫られた作家モノの弥勒様です。庭の主だった蝦蟇蛙の墓標でもあります。五弁の椿は石仏の目の前に咲く庭木です。
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此れは蝦蟇合戦を戦い終えて無事帰還した庭の主の蝦蟇君です。
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此方は蝦蟇合戦で負傷したのでしょう、我が家の石段を登れないで居た処自動車に轢かれてデスマスクを晒した蝦蟇君。庭に埋めて地の神になって戴きました。






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