仮想旅へ

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八幡城には日文研のグループ旅行で「高山」から白川村を経て帰り際に立ち寄りました。その時の記憶で城内に「一豊と千代」の像の周囲に枝垂れ桜が在った記憶がありましたので、向かってみました。
山内一豊の妻「千代」は、弘治2年(1556)、初代郡上八幡城主遠藤盛数の娘として生まれました。千代が3歳のころ、盛数は病死、母が再婚、義父の敗北、流浪。波乱の一生が始まります。やがて千代は、縁あって尾張の一豊に嫁ぎました。一豊は信長、秀吉、家康に仕え、最後には土佐24万石の大名に出世しました。出世には、『千代の内助の功』があったといわれています。信長の「馬ぞろえ」や関ヶ原前夜の「傘の緒の密書」の逸話は有名です。「馬ぞろえ」とは出陣に際して、将が馬に乗って揃う事で、千代はへそくりを溜めて、夫一豊に相応しい馬を用意したのでした。信長は一豊の出陣の姿を誉めたのでした。
有名な故事を郡上八幡の大手門を潜った広場に在ったのでした。

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城山公園には「馬ぞろえ」の銅像があって、背景に郡上八幡城を仰ぎ見られます。紅枝垂れ桜が満開でした。
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城山公園の駐車場にある馬ぞろえの像(山之内一豊 千代)車は此処まで登れます。無料駐車場です。
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「馬ぞろえ」の像の右は「岸彰神社」です。この公園の脇には大型駐車場が在ります(無料)。
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城山公園からは郡上八幡の旧市街が見渡せます。目の前のお寺は「千代」の両親(遠藤家)の菩提寺「安養寺」です。
郡上八幡の遠藤家については「愛宕神社の墨染の桜」に記されていました。戦で故郷を守ろうとして図らずも落命した勇士を慰めるには墨染の桜は最適です。そして内助の功目覚ましく美貌の女性「千代」に相応しいのは「紅枝垂れ」に勝る桜は無いでしょう。そこで、千代が京都で名馬を求めた様に郡上八幡の市民は京都に行って日本一の円山公園の紅枝垂れの子孫を求めて此処城山公園に植樹したのでしょう。歴史資産と自然資産を見事に調和させた『観光資源』であると思います。


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