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今春から畑を借りて野菜栽培を始めました。プランターに種を播いて育てた南瓜の苗は先ず、昨年同様に庭の端に移植して「土手南瓜」にしました。残った苗は捨てるに忍びず、畑に植える事にしました。苗を下げて畑に行くと驚いたことに4月初めに植えた胡瓜が稔って、ゴロゴロ転がっていました。
今春4月の初めに畑を借りて、胡瓜と茄子を植えました。
5月15日南瓜の苗を植えようと出かけると、胡瓜がゴロゴロ、ナスも花が付いていました。
胡瓜の美味しい食べ方は第一に「糠漬け」次いで「酢のモノです。冷やし中華は胡瓜が無くては始まりません。
胡瓜の字は「胡」の瓜です。奈良時代に唐から伝わったペルシャの瓜の意味でしょう。「黄色」の瓜なら真桑瓜(マクワウリ)です。瓜の字が付く地名は数多くみます。円覚寺の南側の谷戸は「西瓜ヶ谷」と呼び、円覚寺の瓜畑で在ったと調べた事があります。谷戸は歴史的な「里山」で谷戸も向かい側は「梶ヶ谷」「葛原ヶ丘」を経て「日野 俊基(ひの としもと)の墓や銭新井弁天を経て鎌倉の中心市街に繋がります。
瓜は古代から中世に至るまで貴重な野菜であると共に薬膳だったのでしょう。谷戸の中には「地獄窟」と呼ばれる古い櫓が在ります。一般には地名をとって「西瓜ヶ谷櫓群」と呼んでいます。マムシが棲息して居そうな薄気味悪い遺跡です。以前このブログにもアップしました。
此れは円覚寺の南の「瓜ヶ谷」にある「瓜ヶ谷櫓」です。
此方は「瓜ヶ谷櫓」の内部です。鎌倉石の石壁に漆喰を塗って石仏や五輪塔が浮き彫りされていて中央に地蔵尊が祀られています。
今日の話題は胡瓜の民俗学でして、鎌倉の櫓では無いので、本題に戻して何故胡瓜が日本人に愛されてきたか考えを整理したいと思います。「胡瓜」というと「河童」を想い出します。寿司屋で「河童巻き」を注文するのは江戸っ子です。河童巻きは胡瓜を寿司飯で海苔に巻いた定番です。京都では河童巻きは流行りません。何故なら「河童巻き」を食べようとすると断面に胡瓜の輪切りが現われるからです。江戸っ子の我が祖母も断面の現われた胡瓜は敬遠していました。何故なら胡瓜の断面は天王様の神紋だからです。
円覚寺の雲水は「瓜ヶ谷」で胡瓜も栽培した事でしょう。瓜ヶ谷から見れば真北に円覚寺の甍が見えてその上に北極星(天王)が仰ぎ見られます。京都人の感覚なら天王様の神紋は食べられません。でも円覚寺の雲水はセッセと胡瓜を栽培して糠漬けにして食べた事でしょう。
何しろ薬膳ですから・・・。私の住む上倉田町に工場が在りましたが先年撤収され、マンションになりそうです。漬物こそ「地産地消」なのでしょうが、薄利多売を強いられる事業なのでしょう。お豆腐に似ています。
ところで、河童は何なのでしょうか?柳田国男は「遠野物語で」5編もの河童を照会しています。第一は次の河童です。
【水神様の没落した河童】
遠野物語第59話の話は最も多い「河童駒曳譚」です。ある時農夫が馬を洗う為に川淵に近づきました。突然に河童が現われて馬を水中に引きずり込もうとします。馬は尻尾にブラ下がった河童を引きずって馬屋に戻ります。農夫は水桶の陰に隠れていた河童を捉まえます。すると殊勝なことに河童は「もう決して悪戯はしません、許してください!」命乞いをしました。そこで河童を川に帰してあげました。河童駒曳譚に出てくる河童は水神様の変わり果てた姿です。古代中世と水神様は五穀豊穣をつかさどる神様でしたから、江戸時代初期は円空が水神を彫ったり、弁天様や宇賀神様に展開しました。しかし、近世半ばを過ぎると稲作技術の進歩等によって神に祈るより「牛馬を使ったり、農機具を工夫する事によって飛躍的に収穫量も増え、農民の考え方も神頼みから勤勉・工夫に変ったのでしょう。水神は流行らなくなりその宗教的残滓が「河童」になったと考えます。
【山の神が変じた河童】
遠野物語第55話には河童の子を妊娠した娘の話が出て来ます。お話の概略は或る女には婿が居たモノの。毎晩通ってくる青年が居ました。女の母親は娘に添い寝などして娘の操を守っていたのでしたが、到頭お腹が大きくなり村でも「父親は誰だろう?」話題になってしまいました。女のお腹は大きくなっても中々出産できません。そこで占ってもらうと「桶に水を張って水中で出産するのが良い。」云われました。その通りにすると無事に子供が産まれたのでしたが、手を視るとビックリ蛙の様な水掻きが付いていたのでした。
この娘の床に通って来た青年は山の神のナレの果だったのでしょう。上高地の「河童橋」が在る様に河童の生息地は大河の下流に限定されません。山から里に下りた出入り口にも河童の民話が数多く残されています。吉野川が紀の川に名を変える橋本に在る「刈萱堂」で河童のミイラを見せて貰いました。明らかに川ウソのミイラでした。吉野山の「山の神」が山麓の里に出てきて「河童」になったのでしょう。中世に山で暮らしていた民族が次第に里に下りてきて以前は「山の神」として怖れ敬っていた神がライフスタイルが農耕集住に変ると「山の神」は姿を変えて権威はなく、力も無く、愛嬌がある「妖怪」に変ったのでしょう。
この3月江の島水族館では「カワウソ」の展示を始めました。既にシンガポールではカワウソが大繁殖して運河や下水道を占拠していると聞きます。日本カワウソならまだしも外来種で大食漢のカワウソの飼育をする事には疑問を持ちます歴史的河川(引地川や境川:)が外来種のカワウソに占拠されるのは見たくありません。写真出典江の島水族館
カワウソはイタチの仲間です
この3月江の島水族館では「カワウソ」の展示を始めました。既にシンガポールではカワウソが大繁殖して運河や下水道を占拠していると聞きます。日本カワウソならまだしも外来種で大食漢のカワウソの飼育をする事には疑問を持ちます歴史的河川(引地川や境川:)が外来種のカワウソに占拠されるのは見たくありません。
処で胡瓜の話に戻しましょう。胡瓜は熱い夏に身体を冷やすから漢方の「理」に適った薬膳料理です。以前観た「チャングムの誓い/韓流宮廷ドラマ」にも再三出て来ました。胡瓜を冷やして千切りにして酢と醤油で食べるのは美味しいだけではなく体も欲しているのでしょう。
私は畑の他に庭でも菊鉢に胡瓜を植えて育てています。毎朝鶉に餌を与えて新聞を取る序に胡瓜の育ち加減を確認します。始めは黄色い花が咲いて花の根元の子宮部が胡瓜の格好をしていました。先っぽが少し曲がって引力に逆らっている様に見えました。親の云う事を素直に聞かない孫のオチンチンみたいだと思いました。その瞬間、胡瓜は男根だと気付きました。それは白根山に近い吾妻郡六合村で観た双胎道祖神の足許に沢山祀られていた「こけし」を思い出したからです。
此れは群馬県吾妻郡六合村の総体道祖神男女神の基台にはコケシ状の捧げものが幾つも祀られています。これは男根(性神)で胡瓜も性神として尊ばれたのではないでしょうか?
庭の菊鉢で育てている胡瓜孫のオチンチンが大分育ってきました。後2日で食べ頃でしょう。
民俗学は面白い学問だと思います。70年余りの見識を集合させ、自分なりに組み立てて行きます。
自己満足で終わるか他人をも含めて納得させれるかは重要で他人の代表として友人に自説を披露してみます。幸いなことに私には親友が沢山いて私の説明に耳を傾けてくれます。
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