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「吉田茂邸」の蛍袋

「花菖蒲」を視て廻る為、二宮のせせらぎ公園から大磯の吉田茂邸に向かいました。
吉田茂邸は大磯の細石海岸を見下ろす城山丘陵の東端に在ります。大磯プリンスホテルから見れば北側の丘陵に吉田茂の銅像が真向かいに見えました。
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大磯の吉田茂別邸2階の寝室からの眺め、南側に見えるのは大磯プリンスホテルとその先が天城・箱根・富士の山々です。
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これは「銀の間」と呼ばれる吉田茂さんのベッドです。このベッドで1967年(昭和42年)10月20日(89歳)で没息を引き取られました。
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此れは吉田茂別邸の寝室のクローゼットに設えられた脱出口です。暴漢に襲撃されたら此処から庭に脱出する積りだったのでしょう。5・15事件の犬養毅首相を想い起しました。でも再建したのは大磯町、羽目板が合板である事実から、財政の逼迫を知りました。
再建途上で放火焼失してしまった吉田茂別邸ですが見事に再建できました。駐車場と兜門『日米講和条約締結記念に建築されたので講話門とも云うそうです)の間に立派な薔薇園もあるし、先日アップしたように和風庭園に接して菖蒲田も在りますが、場所柄目に付くのは山野草です。昨年はお盆の頃に来たので野萱草が咲いていましたが、今回(6月7日)はドクダミに蛍袋が咲いていました。
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これが吉田茂別邸の正門です(兜に似ているので兜門とも、日米和親条約締結を記念しているので講話門とも呼ぶそうです。
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駐車場と講和門との間に在る薔薇園
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庭の垣根は簡素な竹の「四ツ目垣」でその足元はドクダミが覆っていました。
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裏山の崖には山野草の蛍袋が花を咲かせていました。
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蛍袋の花の下には蜘蛛が巣を張っています。平和な光景も自然界は命の遣り取りが活発な厳格な世界です。
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庭の築山にも蛍袋が咲いていました。

蛍袋は子供が戯れに蛍を捉えてこの桔梗の様な花の袋の中に入れて提灯の様にして遊んだのでその名が付いたのでしょう。可愛らしい上にネーミングも妙です。

若しかしたら70年前『吉田茂さんもこの花の愛らしさに眼を細められたかも』想いながら見詰めました。すると一層重そうに花を下げました、その先には蜘蛛が巣を張って獲物を待ち構えています。穏やかではありません。蛍袋が咲き出したという事は親種の桔梗も直に咲き出すと云う事です。そう想えば桔梗は秋の七草、季節の巡りは実に早いモノです。

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