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旅行の楽しみの一つに旅館が在ります。貧乏老人の私ですから、リッチな旅館やホテルに泊まる訳には行きません。必然的にコスパが重視されます最近は民宿から「町屋」を選択する事が増えました。町屋の良い所は沢山ありますが、重要な順に列挙すると以下の通りです。
此れは矢田寺参道に在る大和棟の民家です。こんな美しい町屋を観ると泊まってみたくなります。
此方は奈良駅に近い三条通りに面した町屋です。近世までは商家であったと思います。切妻(側面)が一番美しいのですが正面は平妻側(手前)です。
1、町屋の建物自体に美的価値がある。
2、地域の文化を知る機会が在る。文化とは食文化を始め祭祀文化や説話等多岐に渡ります。
3、町屋のオーナーはじめ同じ旅行者同士の情報交換が出来る。
こんな意味で最近は京都でも町屋にステイしました。昨年春の奈良旅行では笠置の町屋に泊まり、茶畑作りの苦労話を聞きました。昨秋は塩の道を旅して糸魚川の町屋に泊まりました。
今回宿泊した「ゲストハウス奈良町」奈良町は古代元興寺の境内地で近世は「初瀬から伊勢に続く街道に面していました。「油屋」や「漢方薬屋」や「蚊帳屋」等が軒を連ねています。宿のオーナーの話では油屋を改築して宿泊施設にしたそうです。
今回の旅行に際して何処に泊まろうか?考えた挙句に奈良町に在る「ゲストハウス奈良町http://nara-naramachi.com/」に泊まる事にしました。ワイフは心配して奈良駅前のシティーホテルにするよう言います。ゲストハウス奈良町がドミトリー形式である事が心配なようです。ドミトリー形式は昔のユースホステルの様なモノで、大部屋に見ず知らずの人と一緒に泊まる方式です。一部屋にベットつも在って、「二段ベッドの上になったら大丈夫?」「落っこちたらお陀仏よ!」云わんばかりで、「何ならビジネスホテルに泊まって・・・!」云います。
此れは奈良博の向かいに在った日吉館です。惜しまれて1999年廃業してしまいました。会津八一が愛し「奈良学」と呼ばれる学者の定宿でした。写真出典は「日吉館/https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&gdr=1&p=%E6%97%A5%E5%90%89%E9%A4%A8+%E5%A5%88%E8%89%AF
私は「学生時代世話になった日吉館の匂いが期待できそうだし、地理的にもゲストハウス奈良町に泊まりたい!」云えばワイフは不承不承認めてくれました。と云うのは日吉館は奈良市登大路町に存在した元祖町屋旅館でした。大正時代の1914年に「田村キヨノ」さんが創業。休業期間をはさんで1995年まで約80年間営業し、その間奈良を訪れる学者や学生、文化人らに愛用されました。また、奈良が好きな人なんて元来貧乏学者や学生が多いモノ、向かいの奈良ホテルに泊まりたくても泊まれるわけありません。日吉館では女将のキヨノさんの命じるままに布団の上げ下ろしや食事の手伝いをしなければなりません。夜は大広間に布団を敷いて雑魚寝です。お客同士は「同好の士」ばかりですから、話は弾みます。「今日は何処に詣でたか?」「明日は何処に行く積りか?」話せば道を教えてくれるばかりか仏像や建築など見所や茶屋も教えてくれました。第一日吉館の看板は会津八一氏の筆でした。看板を潜って泊まる事は「自分の好奇心が正道であり激励されているような気になれました。名物女将のキヨノさんは屹度昔は美人だったのでしょう。若しかして会津八一氏の「好き人」であったりして?妄想したりしたものでした。
郡山から「石切り」更に卒川神社(奈良駅前三条通り、を経てゲストハウス奈良町に向かいました。居所は『奈良市北京終町30』でHPで確認すれば桜井線の京終駅から高円山に向けて歩いて4分で着く事になっています。私はJR奈良駅から歩く事にしました。心配になったので通り過ぎの高校生に訊きました。『京終』と書いて「きょうばて」と読むのは初めて知りました。そう言われてみると1週間前『平城京にも10条通りが在った』と云ったニュースが流れました。従来平城京は南北9街区で最南端が9条通りと思われてきたのです。「平城京の果て」の意味で「京果て」なのか思いました。
実は『京終』の地名の謂れをゲストハウス奈良町のオーナーに訊いたと処、次の様に訂正されました。「平城京の果ての意味ではあるが『京終』は平城京の中で一番南の外れの意味で、平城京の外の意味ではありません!」
ゲストハウス奈良町に到着するのにに1時間近く歩いてしまいました。でも好きな奈良町ですから幾ら歩いても苦痛になりません。「今晩は何処で何を食べようか?」「どの銭湯に行こうか?」キョロキョロ街を見回しながら歩きました。何のことは無い奈良町通りに面して、高円山や奈良教育大学に向かう大通りの交差点の先にゲストハウス奈良町が在りました。市内循環バスのバス停近くで便利な場所です。日吉館に劣らない交通至便な場所です。
民泊法が施行されて、元祖民泊は日吉館です。日吉館の面影を残している民泊施設を探すには・・・。ネットで調べた挙句に、辿り着いたのが奈良町にある「ゲストハウス奈良町」でした。
ゲストハウス奈良町のある交差点は南北の通りが「伊勢道」で東西の通りは「奈良駅から高円山に向か産み地です。山側の交差点に奈良教育大が在ります。
ゲストハウス奈良町の居間は奈良の観光ガイドの他に沢山のキャラクターの絵が貼られています。これは外国人旅行家に好評のようです。
オーナーは60代の夫婦でした。愛想よく迎えてくれた夫婦に
「日吉館の香りを懐かしんで来ました」
挨拶すると感動した風に答えてくれました。
『私達がこの町屋で民泊を始めた目標は”今日吉館」”す。』
私は大凡ホームページで理解してきましたので、わかっている積りでしたが念の為「2段ベッドの下に」して貰いました。
「シャワーはあり枡がこの辺りは銭湯がお奨めです。一番近いのは『花園湯』です。元興寺の花畑の場所に出来た銭湯なので「花園湯:です。食事はその辻に在る「お好み焼き」がお勧めです。向かいがコンビニですからコンビニで買って居間で食べられても結構です。
向いには学生風の米国人がトースターで(マフィン)を焼いてレタスとチーズとソーセージを挟んで牛乳で夕食しています。
居間のテーブルの上には学生ノートが置かれています「自由に書いて良いようです。棚には既に書き終えたノートが6冊あります。現在のノートが7冊目で最初のノートは2010年でした。読ませて貰うと外国人の書き込みが多いようです。全部英語で書かれているのかと思うとローマ字で日本語で綴られているものもありました。外国人旅行家は日本語にも関心が高いものの仮名や漢字が書けないのでローマ字を駆使しているのでしょう。
此れが「ゲストノート」と書かれた自由書きノートです。
自由書きノートは2010年に始まったようです。
中国人旅行家は奈良に来て、自国の文化に確信を持つのでしょうか?
居間は2部屋在って、手前は観光雑誌やパンフが閲覧できます。奥の部屋は食事や喫茶が出来ます。
朝シャン化粧台が2基奥にシャワールームが在ります。
トイレは2か所ありますが此方は清潔な洋風トイレです。
最大の問題点は二段ベッドです。寝台車風のベッドが6畳間に2基在って4人が泊まれる仕組みです。和室もあるので、和室に布団を敷けばユッタリ出来そうです。
「ゲストハウス奈良町」は私にとっては嬉しい施設でした。奈良の町屋が朽ちてしまうのは悲しい事です。宿泊施設として改装して活かすことは住民にとっても伝統民家にとっても歓迎すべき事です。宿にリュックを置いて、銭湯を使いに、夕飯を食べに伊勢道を北上しました。三日月が町屋の甍の上に上って私を追いかけてくれました。小さなお寺の庭は駐車場になっています。門前には「中将姫誕生地」の碑が立っています。奈良町は石ころ一つにも歴史と謂れがが在りそうな街です。
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