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友人と二人で福島県双葉郡豊岡町にある、麗山神社(はやまじんじゃ)に虫送り神事を観に出かけました。8月15日盆の中日には東海道線で人身事故が遭ったので、特急「ひたち9号」は1時間以上遅延して、いわき駅に到着し、私達は予定していた常磐線に乗り損なってしまい、豊岡駅に着いたのは午後4時でした。駅員に”「火祭り」を観に来たのだが、バスは無いのか?”訊いても全く無関心です。駅舎に繋がっている「コンビニレストランに「火祭りのポスター」が貼られてありました。駅員よりましだろうとと思ってコンビニ職員に訊けば「歩いて行くのは無理な距離だし、町民バスは出ていないとの事、「タクシー」を奨められました。でも楢葉タクシーは1台しか無いので、早めに呼び寄せた方が良い、重ねてアドバイスです。駅前に停まっていた大型バスは参拝客を乗せるバスかと期待したのは私の甘い所で、豊岡の不便さは推測を越えていました。
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タクシーの車窓の風景。双葉郡富岡の田圃の過半は太陽光発電パネルが設えて在りました。運転手に訊けば、「原発の送電施設完備されているので、太陽光パネルさえ設置擦れば、太陽光発電が出来るので、田圃は総て太陽光発電に転用されるとの事でした。
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向こうの三角錐の山が麗山(はやま)で麓の檜林の中に麗山神社があって桧林の中を松明を翳した氏子が山頂にある「奥の院」に駆け上ります。福島県教育委員会では「虫送り神事」として重要民俗文化財に指定しています。タクシーの運転手は「この辺りで眺めるのが最高である」教えてくれました。略燃え尽きた松明は昔は道路左側に流れている川に流したそうですが、流石にこの日は、広場に集めて燃え尽くさせて放水して完全に火消していました。お祭りの主役は松明を掲げた青年団で補佐役は消防団と親爺の氏子と婦人会(直会の接待役)でした。
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此れが松明です。青年団の構成員が1週間かけて作った松明は3mの青竹の先端に松や桧の木端を鋏んでワイヤで固定させたものでした。次々に軽トラに積まれた松明が境内に持ち込まれました。一本一本の松明に名が記されていて、製作者が奥の院まで翳すのです。松明を持つ青年は腰掛けていますし、氏子は法被を着て準備に忙しくしていました。正面の叔父さんは松明に灯油を含ませています。私はお嬢さんが逞しい晒しの短パン姿の青年に熱い眼差しを向けている場面を期待したのですが、娘や年頃の女性は全く見えませんでした。昔は短パンでは無くて「褌」を着ていたそうですから、松明を持つ青年の正装は褌に戻すのも検討した方が良いと思いました。京都の大文字焼きも全員が短パンでした。褌の方が神様も観客も喜びそうです。
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此方の青年は一際大きな松明を担いで来ました。白足袋に白い晒しを腹に巻いて格好良いのですが、短パンは似合いません。私でさえ、褌姿を観たいのですから、若い女性も神様(此処は山の神)も同じ意見だと思います。来年は農村復興に熱心な小泉信次郎議員に来て貰って褌姿を被露して貰ったら良いと思うのですが・・・・。
タクシーはじきに到着、私は件のコンビニで買った農産物を郵便局で宅配依頼をして麗山神社に向かいました。豊岡と云えば有名なのは桜並木、テレビに綺麗な桜並木の中を猪の家族が占拠している光景を視ていますので、運転手に訊くと「今では猪は駆除してしまい、殆ど姿を見ないとの事。
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富岡町と云えば名物は桜並木です。今春はこの桜並木を我物顔で群れを為す猪の家族が報道されていました。
「私が猪が人間は危険である事を体験したから山の中に隠れただけではないのか?)意見を述べれば、「猪による農作物の害も無くなったのだから生息数も急減したのだろう」言います。結局午後8時盆踊りのはじまる頃を見計らって迎えに来て貰う事にしました。片道3千円でしたから、到底歩ける距離ではありませんでした。NHK等マスコミに取り上げて貰うのも結構ですが。お客を運ぶ足も考慮して貰わないとなりません。
麗山神社の近隣の田圃は皆臨時駐車場になっていました。お米も作れない田圃ですから、ビオトープにするか太陽パネルを置いて「太陽光発電」にする位しか活用方法はありません。神社の駐車場にするのは賢明です。麗山は字の通り麗しい姿の里山で一膳飯を思わせます。標高は230mの照葉樹林です。でも神殿の周辺は檜の林で頂上までは600mもあるそうです。神殿で松明に火を点け松明を担いで600mを駆けあがります。そして神殿に戻って。松明の跡始末を終えればその後は盆踊りと直会です。
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祝金を奉納して手拭を貰って直会会場で御握りを戴きました。
私は氏子が持っている「手拭」が欲しくなり、参拝者名簿に揮毫し奉天をしました。すると社務所に上って会食して行けと誘います。私は直会の席に座ると隣に読売新聞の女性記者が座って町民に神事復興の悦びをヒヤリングしていました。流石に記者は優秀で誰もが聞きたい話を的確に聞き出していました。私が社務所に上って聞き知った話は以下の通りでした。
1、麗山の火祭りは戦国時代末に始まって以来400年続いて来ましたが、3.11の東北大震災で休止してしまいました。処が、今春「避難指示解除準備」されたのを機会にお祭りを復活する事にしたのでした。豊岡町は震災前3000戸あったモノが、今では30戸が戻ってきました。「お祭り再開」がきっかけになり、若者が戻って来た事と、更に帰村する人が増える事を期待しています。
2、火祭りは3m程の青竹の先端に松や檜の木端を詰め込んで松明を作り、松明を持って神殿から山頂の奥の院迄駆け上がり戻ってくる神事で、往復1.2K、標高差230mを走り通す訳で体力のある若者が主役です。
幸い若者が豊岡町に戻って来て「豊岡青年団」が組織されたので、1週間前から松明つくりをして、8月15日夕暮れ虫送り神事の本番を迎えたのでした。
地図を想い出せば豊岡町は阿武隈山系の東際にあります。西際には田村市があって船引町には「田村様」と呼ばれる人形道祖神が村境に祀られ災厄の侵入をガードしています。ガードするのが道祖神で、既に入ってしまった災厄を追い出すのが「虫送り」です。民俗の発想は「虫送り」も「道祖神」も似ています。
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此れは田村市船引町の人形道祖神「田村様/坂の上田村麿」です。
麗山神社の神事は午後5時、神主や氏子が神殿に上って始まりました。ご神火がとられると、火種は境内に設えられた竈に移されます。竈で用意された松明に火が移されます。氏子は自分の松明に火が映ると神殿前に集合します。50本の松明を用意した積りでしたが実際は48人が松明を掲げて、山頂に駆け上がったのでした。
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此れは麗山神社に掲げられた教育委員会作成の火祭りの案内板、75膳となっているのは神事を始めた頃の村民が75戸だったからだそうで、各家は農作物を奉納して豊穣を祈ったのでした。
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午後5時ご神火を戴く前に全員が神殿前に勢揃いしました。NHK初め地元の福島民報等のテレビ局がその模様を録画しています。
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午後6時竈にご神火が移されると松明に火を点けます。法被を着た氏子は高齢者でサポート役です。短パンの人が松明を担いで駆け上がる青年で祭りの主役です。
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約50本50人の松明が神殿前に揃い愈々山頂に駈け上ります。
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往復1.2K標高差230メートルの山道を30分かけて往復して戻ります。松明が緩いと燃え尽きたり崩れてしまった松明も目に付きました。
6時半過ぎに松明は山頂から神殿前に戻りました。「ご苦労さん!」の拍手が檜の林に鳴り響きます。氏子に訊けば昔は松明は神社前の河原に持って行ってm川に流したそうです。でも流石にこの日は境内下の駐車場脇で暫く燃やして焼き尽くした処で放水して完全に消火していました。松明行事が終われば盆踊りです。屹度盆踊りは若い娘さんが浴衣に着替えて輪踊りするモノと期待していたのでしたが、残念なことに若い女性の姿は観れませんでした。
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午後7時45分頃始まった盆踊り盆踊りは「相馬盆歌」を期待したのでしたが違いました昔からいわき一帯の盆踊り歌だそうです。法被姿の叔父さん短パンの青年が寂しく踊っていました。男女が揃わないとイケマセン。
「祭りの夜」と云えば若い男女の交流の場だった筈なのに男性の帰村は進んだのに女性の帰村はイマイチのようです甲子園球場で活躍している金足農林高校の女子高生の様なお嬢さんは期待に反して全く見えません。「男は帰って来たが女性は冷めている事こそ」重大なような気がします。豊岡から新産業都市「いわき」迄常磐線で30分です。「いわき」にでれば都会的な楽しみは充分あります。豊岡が若い男女で活気を戻すには幾つものハードルを越さなくてはならないようです。「虫送り」は人間の心に宿っている偏見(都会尊重、田舎蔑視)の打破が必要なような気がします。
翌朝駅舎に蝗が居ました。昨日の夜「虫送り」に遇って逃げて来たのではなくて駅のライトに誘われて飛んできたようです。
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麗山神社の鳥居には様々な虫がライトに誘われて集まって来ていました、蜘蛛等が餌場にしています。

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此れが蝗です。






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8月16日は「お盆の送り火」でした。NHKでは今年も中継していました。解説者(お坊さん等)は総じて、文字こそ仏教用語だが、考え方自体(故人の魂は山頂に行く)は日本人古来の考えで、仏教は日本人の世界観を宗教用語で説いたに過ぎない・・・・」東儀 秀樹氏の笙の響きも無常観を帯びて良かったです。日本の大自然は人間の命を振り回し圧倒的です。日本人は古来忍耐強く自然(神)に対して「忍ぶ事」、「絶える事」を美徳として生きて来ました。耐え忍ぶばかりでは無く「工夫をする事勤勉に集落単位で労働力を集結する知恵を活かしてきました。
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大文字焼きは如意ヶ岳に大の字を焼くのでその名が付きました。NHK画面を撮影。
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NHKテレビで解説陣に加わっていたお坊さんは大文字焼きの始まりには日蓮宗の影響を指摘されていました。妙法の字が日蓮宗の大切な名号の一部分なのです。この後舟形左大文字鳥居形で5山になるのは、日本人の祖霊感を示しています。
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2年前に「送り火」を観に行った時の絵です。5山総てが観られるというので大谷高校の屋上に陣取ったのでしたが、ゲリラ豪雨で何も観れませんでした。NHKの実況中継こそ途中ストップしましたが大文字焼きは挙行されました。
私は京都の大文字焼きこそ、何度も観て来ましたが、京都の人は如意ヶ岳の裏は比叡山ですから、大文字焼きを観ると「信長の比叡山焼き討ち」や「応仁の乱」を想い出しはしないかと考え、五山の山焼きと応仁の乱や比叡山焼失との関係を想定していました。町衆が八坂神社に「厄払い」を祈ったと同じく、権力者の横暴に抵抗して、自治力の強さを示したもの・・・・・と。
種々調べているうちに次に思い当たりました。
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若草山の山焼きは春を待つ行事です。興福寺と東大寺の境に位置する古墳ですが。山焼きする事で、名物の山菜(二月堂の蕨餅の素材)が育ちます。
「奈良若草山の山焼き」は山焼きする事で病虫害のリスクが減少し、蕨や「薇/ぜんまい」が良く収穫できるのです。『日本農業のルーツが焼畑なら、大文字焼きは焼畑農業と関係するかも知れない。』
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此れは農学者佐藤洋一郎氏の「稲と米の民族誌」のグラビアのラオス山岳地帯の焼畑写真。焼畑の雑穀を撒きます。稲も雑穀の一つです。
でも若草山の山焼きも冨士の裾野や阿蘇の山焼きも冬の終わりから早春に行われます。大文字焼きは半年の真夏に行われます。
大文字焼きは「盆の送り」に行われますから、『祖先崇拝儀礼』に違いありません。でも「祖霊」は同時に「穀霊」でもある事は多多ありますから、祖霊が自分の子孫の繁栄を期待して稲作の収穫を守る事はありそうです。
アレコレ考えたり民俗学の書を読んでいる中に、「虫送り行事」に遭遇しました。私が学生時代栃木県の眞名古村西形の棚田で体験した行事でした。
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棚田で行われる「虫送り行事」です・美しい日本の外枠は「山がち」で耕作地が無い事、そこで皆が力を合せて猫の額の棚田を開墾します。労働集約して、最大収穫を目指して「虫送り」をして「田の草取り」に精を出します。美しい日本は国土だけではなく、勤勉で忍耐強い国民性に在ります。「虫送り」そんな美しい日本を象徴する行事です。
松明を持って田の畔を巡回するのでした。伯父の説明では「田圃の大切な稲の花をウンカや蝗が食うので松明の火で脅かしてウンカや蝗を山向こうの隣の村に追い出すのだ・・・・・」という事でした。山本有三の「路傍の石で主人公が石合戦をする、それと似た行動です。自分の属する村に福を呼び込むために厄の元凶である虫を追い出すのが虫送りだというのです。
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此れは常磐線富岡駅に貼られていた「麗山/はやま神社の火祭りのポスターです。「6時から火祭り」「8時から盆踊り」と案内されています。
折しもNHKの深夜ラジオで紹介されました。
『放射能汚染で苦労を強いられている福島県双葉郡富岡町で指定文化財の「虫送りが8年ぶりに復活する』
私は8月15日の夜にその行事を観て16日帰宅しました。福島の浜通りは今春桜の季節に訪れお盆にも行くことになります。何時もの日文研の仲間には呆れさせると思ったので、高校の先輩をお誘いしました。同氏は石巻/宮城県の生まれですので。放射能で苦労を強いられている双葉郡や楢葉郡に関心が強くて同行してくれました。
『大文字焼きのルーツは虫送りかも知れない』そんな思い付きを確認するには沢山の虫送り行事を観て置く事です。
結論から先に言えば虫は火を少しも怖れずに逆に火に集まって来ます。
「飛んで火に入る夏の虫」です。
虫送りの「虫」とは「厄」の意味のようです。人間の体中に棲む虫と同じように大自然には悪さをする「虫」が居るので、「虫送り」とは大自然の厄を払う意味で不動明王の火炎で煩悩を焼き尽くすのと同じ意味のようです。
私の推論の当否は別にして、良い行事を観て来れました。
今日はその麗山神社の火祭りの写真を一枚アップし、あすからお祭りの詳細をアップいたします。
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麗山神社の前庭に勢揃いした若者50人は松明を翳して山頂近くにある「奥の院」に登ります。そして山を下りてから棚田を巡ります。この光景は左大文字焼きと酷似しています。写真の背景の高圧線は原子力発電所から発するモノで、神社の麓に変電所がありました。
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火祭りを終えて自宅に帰る氏子。3.11で鳥居は倒壊したので新しい鳥居を作り代えました。虫は灯りに群れていました。蜘蛛の巣も大忙しです。






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個性色々雪洞祭り

既に鎌倉の鶴岡八幡宮の雪洞祭りは藤沢周氏の作品をアップしましたが。今日はその他の有名人の雪洞を紹介させて戴きます。
毎年雛祭りが近づくとその時の世相を象徴するような創作雛人形が作られて、話題になる様に、雪洞も作者があ”受け”を狙って雪洞つくりに励んでいるようです。鎌倉では8月16日の送り火に「首塚祭り」を実施し、柏尾川の堰堤に雪洞が並びますし、最近は長谷寺や江の島神社の参道や御成り通り商店街でも雪洞祭りが実施されました。地域住人参加型で総費用も懸らない手作りの祭りとして人気があるのでしょう。私にもチャンスさえあれば参加したいものです。和紙に一枚絵を描けば地域の経師屋さんが雪洞に仕立てて飾ってくれるのでしょう。残念ながら私の住む戸塚ではそんな企画は無さそうです。
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 此方は「ワールドカップで流行した「半端無い」を描いた雪洞。正一氏が何者かが知りません。
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此方は山本和子さんの雪洞「青い山脈」に出演された美女女優でしたが今は如何しておいでか、これは源氏物語「東屋」の場面で、寂しくしておいでの浮船を尋ねた場面、姫君を慰める為に物語を読み聞かせしています。山本さんはそんな心境なのかもしれません。
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此方は女優の星野知子さんの雪洞、前段山本さんとは心境も違うのでしょう。
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此方は竹中直人氏の作品
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此方石原 伸晃(いしはら のぶてる氏(自民党)の作品
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此方は日本画家の田渕俊夫氏の作品、今年は子の絵が団扇になっていました。流鏑馬の矢が的中した場面で吉を呼ぶ絵柄でしょう。
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此方は中島千波氏の作品、田渕氏の作品の隣でした。
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此方は鹿の子百合で作者の恒之氏は存じません。
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此方はユネスコの文化遺産に指定される事が決まった大浦天主堂作者の、Мキョウコは存じません。
有名人無名な人雪洞の作者は様々ですが。雪洞は元々茶室に客人を招く時に使った常設行灯の様なモノです。先行きが見通し難い時代だから良く照らして誤らない事です。終戦記念日(8月12日)の報道では我国の経済学者は戦争を「敗戦確実」として反対したそうですが、一部軍部と世論が「米国との経済格差を一気に埋める好機」として開戦に走ったのだそうです。人間として在るべき「平和主義」や「平等主義」や「正義」を重んじてどんな時代も針路を誤らない国であって欲しいモノです。


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日本人はラーメン好きです。ラーメンの麺は小麦粉を練って熟成させたものです。基本的にはピザやパスタ土台も小麦粉です。西欧文明は総じて粉食の文化です。私は胃癌で手術して以来、麺は苦手になってしまいました。大好きな蕎麦でさえ消化に自信を失い、食べた後に戻す癖がついてしまいました。『消化できるだろうか?』気にしながら食べても美味しくないのです。でもビーフンや春巻きは別です、素材が米なのですから、消化に心配は要りません。ビーフンは米粉でも「糯米/もちごめ」では無くて、「粳/うるち」米です。ソモソモ米にはインディカ米とジャポニカ米の二種類がある上に糯米と粳米の二種類があるので合計4タイプがあります。私達が主食にしているのはジャポニカの粳米です。
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此れはJR奈良駅にある奈良のうまいものプラザ の人気朝食「卵かけご飯です。出来れば漬物を刻み奈良漬にしてほしいと思っているのですが・・・・。日本人はお米の粒が立っている事を重視します。
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此れは糯米と粳米の相違を説明した図です。お米はアミロースが多いとパサパサします、一方アミロペクチンが多いと粘り気が出て来ます。日本人が糯米が好きなのは粘り気の多い食べ物が好きだからです。粘り気の多い食物好きはインドネシアから台湾沖縄を経て日本に伝わっています。一方黄河流域から朝鮮半島に掛けては雑穀文化で皆米を主食にするもののうるち米でビーフンや餃子を作っています。

この辺の事は日本大学藤沢キャンバス内にある博物館に行くと良く解ります。日大のい生物資源学部の土台をつくったのは稲の科学者であった、永井威三郎氏(永井荷風の実弟)でした。
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此れは藤沢に在る日大生物資源学部の博物館に展示されているインディカ稲です。タイでは3度/年も収穫できるそうです。インディカ稲はジャポニカ稲に較べて背高く根も深く張ります。
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此方はインディカ米の説明パネルです。野生稲と栽培稲は遺伝子構造が違うと説明し、考古学者の興味についても触れています。焼畑が進歩して棚田が出来たのではなくて。棚田は沖積地の水田で栽培された稲が川を遡って山襞の奥にも栽培されたものと説明しています。
日本の神話で稲は次の通り言い伝えられています。
【古事記】における稲のはじまり。
岩戸隠れ後に高天原を追放素戔嗚尊が、食物神である大気都比売紙(おおげつひめ-)に食物を求めます。すると「大気都比売」は、鼻や口、尻から様々な食材を取り出して調理して須佐之男命に差しあげます。しかし、その様子を覗き見た須佐之男命は食物を汚して差し出したと思って、大気都比売を殺してしまいます。
大気都比売の屍体から様々な食物の種などが生まれました。「頭に蚕」、「目に稲」、「耳に粟」、「鼻に小豆」、「陰部に麦」、「尻に大豆」が生まれました。神皇産霊尊(神産巣日御祖命・かみむすび)はこれらを取って五穀とします。
【日本書紀】の稲のはじまり
日本書紀においては、同様の説話が神産みの第十一の一書に月夜見尊(月読命・つくよみ)と保食神(うけもち)の話として出て来ます。
天照大神はツクヨミに、葦原中国に棲むウケモチという神を見てくるよう命じます。。ツクヨミがウケモチの所へ行くと、ウケモチは、口から米飯、魚、毛皮の動物を出し、それらでツクヨミをもてなした。ツクヨミは汚らわしいと怒り、ウケモチを斬ってしまった。それを聞いたアマテラスは怒り、もうツクヨミとは会いたくないと言った。それで太陽と月は昼と夜とに別れて出るようになったのである。
古事記も日本書紀も穀物を差し出した神は死んでしまいます。まるで山中で狩猟生活をしていた神が死んで、山を下りて里で穀物を栽培して生活を始めたと説明しているようです。
穀物の始まりに係わる神話はギリシャも日本も死体や死者に依る事が多いようです。エジプト神話のイシスや、ギリシャ神話の豊穣の女神デメテル、ローマ神話でのセレス等小麦の始まりは豊穣の女神の死が係ります。
女神の死が係るのは小麦は粉に曳いて食べるからでしょうか?それとも生贄の電設を伝える為でしょうか?西欧文化は小麦文化でしたから三大文明は何れも大河の沖積平野で小麦を栽培した文明でした。男は山に入って狩猟し、女は畑で小麦を栽培するか木の実や貝を採取したのでしょう。小麦を臼と杵で粉に曳いてパン食しました。一方黄河文明と同時期に中国揚子江下流域では稲作文明が起っていました。揚子江下流域の水田稲作が日本にも伝播しましたが元々この辺りは芋(タロイモ)を煮て食べていました。タロイモは里芋に似ていますから粘り気と甘味が特長の食物でした。3代文明は小麦の粉食文明であったのに対し大陸の東端に米や芋の粒食文明が発達しました。私達が儀礼食で口にする食べ物は何れも「原型をとどめ」姿も形も器も美しい事に重きを置いたのでした。神様は美人が好きです。美食も好きです。祭りの後の直会(なおらい」で食べる食事は神饌と呼ばれ姿を留めます。姿を崩したモノは穢れているとして忌避されるのです。
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此れは奈良町に在る卒川神社の百合祭りで供される儀礼食です。
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高々うな重でも形の整ったモノは高級で崩れたモノは廉価品です。お肉で云えばステーキは高級でハンバーグは大衆品になります。
「何も足さない」「何も引かない」地の儘が美味しい、姿や色を楽しむ食文化は米飯にルーツがあり、米を立てて炊く、香りと艶を楽しむ食べ方はジャポニカ米、糯米の食べ方です。一方小麦を粉にしてパンにして食べる野は西欧の食生活でベースは「雑穀文化」です。粒食文化に生まれ育った私達ですから、一粒一粒のお米を大切にして暮らしたいものです。来る東京オリンピックでは日本選手は地の利を活かして活躍してほしいモノです。「地の利」の最大の「利」はご飯を食べれる事です。日本人は大昔から「粒食」のご飯をたらふく食べないと力が出ないのです。



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日本人はラーメン好きです。ラーメンの麺は小麦粉を練って熟成させて作ります。基本的にはピザやパスタ土台も原料は小麦粉です。西欧文明は総じて小麦粉の粉食の文化です。私は胃癌で手術して以来、麺は苦手になってしまいました。大好きな蕎麦でさえ消化に自信を失い、食べた後に戻す癖がついてしまいました。『消化できるだろうか?』気にしながら食べても美味しくないのです。
でもビーフンや春巻きは別です、素材が米なのですから、消化には自信があります。ビーフンの原料はは米粉でも「糯米/もちごめ」では無くて、「粳/うるち」米です。ソモソモ米にはインディカ米とジャポニカ米の二種類がある上に、糯米と粳米の二種類があるので、合計4タイプがあります。私達が主食にしているのはジャポニカの粳米です。ハレの日は糯米を食べます。
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此れはJR奈良駅にある奈良のうまいものプラザ の人気朝食「卵かけご飯です。出来れば漬物を刻み奈良漬にしてほしいと思っているのですが・・・・。日本人はお米の粒が立っている事を重視します。
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此れは糯米と粳米の相違を説明した図です。お米はアミロースが多いとパサパサします、一方アミロペクチンが多いと粘り気が出て来ます。
日本人が糯米が好きなのは粘り気の多い食べ物が好きだからです。粘り気の多い食物好きはインドネシアから台湾沖縄を経て日本に伝わっています。一方黄河流域から朝鮮半島に掛けては雑穀文化で皆米を主食にするものの、うるち米でビーフンや餃子を作っています。
この辺の事は日本大学藤沢キャンバス内にある博物館に行くと良く解ります。日大のい生物資源学部の土台をつくったのは稲の科学者であった、永井威三郎氏(永井荷風の実弟)でした。私は暇になると日大博物館に出かけます。
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此れは藤沢に在る日大生物資源学部の博物館に展示されているインディカ稲です。タイでは3度/年も収穫できるそうです。インディカ稲はジャポニカ稲に較べて背高く根も深く張ります。
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此方はインディカ米の説明パネルです。野生稲と栽培稲は遺伝子構造が違うと説明し、考古学者の興味についても触れています。焼畑が進歩して棚田が出来たのではなくて。棚田は沖積地の水田で栽培された稲が川を遡って山襞の奥にも栽培されたものと説明しています。
日本の神話で稲は次の通り言い伝えられています。
【古事記】における稲のはじまり。
岩戸隠れ後に高天原を追放素戔嗚尊が、食物神である大気都比売紙(おおげつひめ-)に食物を求めます。すると「大気都比売」は、鼻や口、尻から様々な食材を取り出して調理して須佐之男命に差しあげます。しかし、その様子を覗き見た須佐之男命は食物を汚して差し出したと思って、大気都比売を殺してしまいます。
大気都比売の屍体から様々な食物の種などが生まれました。「頭に蚕」、「目に稲」、「耳に粟」、「鼻に小豆」、「陰部に麦」、「尻に大豆」が生まれました。神皇産霊尊(神産巣日御祖命・かみむすび)はこれらを取って五穀とします。
【日本書紀】の稲のはじまり
日本書紀においては、同様の説話が神産みの第十一の一書に月夜見尊(月読命・つくよみ)と保食神(うけもち)の話として出て来ます。
天照大神はツクヨミに、葦原中国に棲むウケモチという神を見てくるよう命じます。。ツクヨミがウケモチの所へ行くと、ウケモチは、口から米飯、魚、毛皮の動物を出し、それらでツクヨミをもてなした。ツクヨミは汚らわしいと怒り、ウケモチを斬ってしまった。それを聞いたアマテラスは怒り、もうツクヨミとは会いたくないと言った。それで太陽と月は昼と夜とに別れて出るようになったのである。
古事記も日本書紀も穀物を差し出した神は死んでしまいます。まるで山中で狩猟生活をしていた神が死んで、山を下りて里で穀物を栽培して生活を始めたと説明しているようです。
穀物の始まりに係わる神話はギリシャも日本も死体や死者に依る事が多いようです。エジプト神話のイシスや、ギリシャ神話の豊穣の女神デメテル、ローマ神話でのセレス等小麦の始まりは豊穣の女神の死が係ります。
女神の死が係るのは小麦は粉に曳いて食べるからでしょうか?それとも生贄の電設を伝える為でしょうか?西欧文化は小麦文化でしたから三大文明は何れも大河の沖積平野で小麦を栽培した文明でした。男は山に入って狩猟し、女は畑で小麦を栽培するか木の実や貝を採取したのでしょう。小麦を臼と杵で粉に曳いてパン食しました。一方黄河文明と同時期に中国揚子江下流域では稲作文明が起っていました。揚子江下流域の水田稲作が日本にも伝播しましたが元々この辺りは芋(タロイモ)を煮て食べていました。タロイモは里芋に似ていますから粘り気と甘味が特長の食物でした。3代文明は小麦の粉食文明であったのに対し大陸の東端に米や芋の粒食文明が発達しました。私達が儀礼食で口にする食べ物は何れも「原型をとどめ」姿も形も器も美しい事に重きを置いたのでした。神様は美人が好きです。美食も好きです。祭りの後の直会(なおらい」で食べる食事は神饌と呼ばれ姿を留めます。姿を崩したモノは穢れているとして忌避されるのです。
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此れは奈良町に在る卒川神社の百合祭りで供される儀礼食です。
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これは「お食い初め」の祝食です。ご飯は粒の立った糯米の赤飯です。形の崩れた食べ物は一つもありません。
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高々うな重でも形の整ったモノは高級で崩れたモノは廉価品です。お肉で云えばステーキは高級でハンバーグは大衆品になります。
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高々泥鰌鍋でも「マル」がご馳走で写真の様にヒラキは一段下です。海老でも日本では「尾かしら付」が尊ばれます。

お肉でもステーキはハレの食べ物ですが、ハンバーグは「穢」というか日常食です。



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