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昨日は24日の「鎌倉花火大会」をブログにアップしました。私は花火会場に近い「光明寺」さんに登りました。光明寺には「記主庭園」があって、池を埋めつくす古代ハスの花を愛でる会が毎年7月21日22日に開かれます。今年は観蓮会には参加できませんでしたがせめて蓮は観ておきたい思って24日の夜7時に境内に入りました。
鎌倉花火大会(7/24)の夜の光明寺境内、まだ二日前実施した「観蓮会」の提灯が灯されていました。
光明寺の記主庭園は夜目にも妖艶な蓮が咲いていました。正面の建物は阿弥陀堂です。この建物を観る度に義経の慰霊に建立した永福寺を髣髴します。
【 蓮台】の訳
蓮の花は「蓮台」として仏様が座られる「仏坐」を象徴します。位牌は必ず蓮台の上に板碑を置き戒名が記されます。日本でもインドでも中国でも仏像は蓮の台(うてな)の上に座しています。蓮の花にかけた想いは東洋人に共通しているのでしょう。人間は誰しも仏になる素質(仏性)が在るのであるから、死んで戒名を貰えば蓮の上に坐るモノと考えたのでしょう。蓮の花は泥の中から出てきて、しかも泥に染まらず清浄無垢の美しい大きな花をつけます。泥水を煩悩、苦しみの世界を表し花を悟りの世界を象徴しています。また、一つの茎に一つの花、煩悩の世界と悟りの世界は直通していて煩悩即菩提を表します。
灌仏会(花祭り)のお釈迦様は蓮の桶で蓮台の上に立っておいでです。上野十輪院
我国では中世になって、阿弥陀思想が盛んになります。一遍上人は全国を遊行します。時宗の僧は寺院の住職(一般に清僧と云います)と違って路傍や河原辺に転がっていた行き倒れ者の遺体を弔って旅をします。遺体を弔う行為は死穢を被るので嫌われてきました。時宗の僧が弔いの旅をする一方、高野聖は死者の骨を高野櫃に入れて高野山に埋めました。こうした穢れを厭わない僧(俗僧とでも呼びましょうか)の営みによって葬式仏教が一般化しました。結果祖先の霊を供養する盆に、蓮の花も台も葉っぱも欠かせない仏具になったのでしょう。生き抜く現実世界は「苦界」であるものの「浄土」は必ずあって来世は浄土に生まれ代わると確信する事で、救済されたのでしょう。
板位牌は蓮台の上に戒名を書くように出来ています。故人が成仏していることを表現しています。写真出典長谷川http://www.hasegawa.jp/products/goods/search/02/
蓮の殆どの花は、花が咲き終わってから実をつけますが、蓮はつぼみの時から、すでにその花弁の下の台に実をついています。これは、皆が生まれながらにして、仏に成る性分を具えていることを象徴していて、華果同時(けかどうじ)として仏教では尊ばれます。蓮台は丁度人間の子供の足が収まるほどの大きさです。 そのような意味付けから仏さまの立ったり坐ったり台を蓮の台にしているわけです。 そんなわけで施餓鬼会や盆行事に蓮の花は欠かせません。鎌倉の寺院では池が在れば必ず蓮を自生させていますし、池が無ければ蓮鉢を置いて花を咲かせます。
材木座のの光明寺の記主庭園の蓮の花は暗闇の中で紅色の花が浮かんでいました。
此方は昨年の夏唐招提寺の蓮を観に出かけた折に近くの喜光寺の蓮です。この時は藤原宮跡の蓮も見事でした。
一方大町の「本覚寺/日蓮宗」には大きな池が無いので境内に鉢を置いて蓮を咲かせます。小さな蓮鉢でも蛙が卵を産むし、蜻蛉も卵を産みオタマジャクシやヤゴが生きる小宇宙です。昔この鉢に地もぐり(蛇)が居るのを見つけて肝を冷やした記憶があります。毎年施餓鬼会には蓮と百日紅が花を競って咲かせます。
鎌倉本覚寺の境内で咲く蓮の花向いは「恵比須堂」
本覚寺の境内を横切ると駅に行く近道です。日傘をさしたご婦人が通って行きました。
「鎌倉の蓮」と云えばどこを置いても鶴岡八幡宮の源平池です。私は先日書いた付属小学校の校庭に龍舌蘭の花を観た序に源平池に寄りました。「吾妻鏡」には源頼朝の命により1182年(寿永元年)、弦巻田と呼ばれていた水田を池にしたのだと伝えられています。 太鼓橋(赤橋)もこのとき架けられました。 太鼓橋の右側が「源氏池」、左側が「平家池」。 ですから右側(東)に白い蓮が左側(西)には赤い蓮が活けられたと推測します。処が総じて白が優勢で、赤を圧倒しています。現在も平家池側も白い源氏が占有してしまっています。数年おきに池を浚っていますので、紅白の峻別を測っているようですが自然界も(白/源氏)が(赤/平家)を押しているようです。
鶴岡八幡宮の源平池では紅白の蓮が咲きます。
本格的な蓮を観たくて去年は埼玉県の「風土記の丘」に行きましたが今年は不忍池に行きました。不忍池も数年間隔で池の曝し工事をします。生物(外来生物対策)の調査と蓮の手入れが目的なのです、従って数年おきに蓮の体力が充実するので、蓮の花の見事な年が巡って来ます。今年はその充実した年に当るようで、花も大きいし数も見事でした。
不忍池の蓮。今年は「当たり年」のようです。奥が上野動物園。弁天島と動物園の岸辺への橋が見えます。
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7月24日(火)は鎌倉由比ヶ浜の花火大会でした。私の友人は多くが湘南、横浜に住んでいます、友人が顔を揃えると「何処がいちばん住み良いか?話題になります」「横浜は住民サービスは良いモノの地方税が高い」「鎌倉は地方税も高いし住民サービスは悪い」一方「藤沢は文教都市である事に加えて地方税も易いし住民サービスは行き届いている魚も野菜も水も美味しい」良いことづくめで棲むなら藤沢が最高!」という事になります。もう5年も前でした。藤沢に武田薬品が研究施設を藤沢に建設しました。藤沢市に払われる固定資産税は10億円/年と噂されました。その頃鎌倉市に在った資生堂(岩瀬工場)は撤退しました。鎌倉市の公債費率(借金の比率は25%/平成28年)に及びます。横浜市の公債費率は16%前後です。一方藤沢市はズット無借金です。
これは鎌倉由比ヶ浜で実施される花火大会のパンフレットの裏表紙の豊嶋屋の広告。由比ヶ浜の名はこの老舗菓子店の地域愛によって存続出来ました。「ハトサブレー」の花火が上がるのでしょうか?
鎌倉花火大会のパンフレット左が(表表紙)右が裏表紙です。
苦境に在った鎌倉市は何でも金に換えようとして由比ヶ浜のネーミングライツを売り出しました。由比ヶ浜は八幡宮を詣でる際に身を浄める浜辺であり、漁民の結束を示す言葉(結)が語源です。その名を捨てて金に換えようと計らいました。「DNA浜」になるリスクが在ったのでしたが流石に地元の「豊島屋」さんが買いとって「由比ヶ浜の名は変えない」鮮明にしました。辛うじて名前を守った由比ヶ浜でしたが、名物の花火大会も存続の危機に見舞われました。寄付金が集まらなくなったし観光協会も力が無い事が明らかになったのでした。今年(昭和30年)は早々と「鎌倉花火大会」の開催を決定しパンフレットを作成しました。昨年度の実績では収入(寄付金)が支出に500万円も不足していました。鎌倉市は財源不足対策に血眼で警察署跡地もホテルに売却し、御成町に在る市役所も深沢のJR操車場跡地に移転することを決めました。そんな次第でしたから、伝統の花火大会を存続させることは難しいと諦めていたのでしたが平成30年は無事実施できたのでした。私達は先ず光明寺を詣で、更に稲村ケ崎海岸に向かいました海岸通りのフェンスの傍に陣取って海面を見下ろすのが最高なのです。というのは鎌倉花火の最高の呼び物は「水中花火」なのです。水中花火は偶然が重なって鎌倉で始まった花火だそうです。花火師が誤って点火後花火を海中に落してしまった処。海中で花火が爆発して、水面上に花を咲かせ、海面にも映ったので、「打ち上げ花火」以上に美しかったので、今ではモーターボートが沖合を走った数秒後に水中花火が咲くのです。
鎌倉花火大会の様子、材木座から稲村ケ崎を臨む。花火は真正面に上がって煙が長谷の方に流されます。長谷海岸からでは煙の陰で花火が看難い事に加えて煙に咽てしまいます。
此れが鎌倉花火の代表「水中花火」です。水中で爆発した花火は海面で半円の花を咲かせます。半円の花が海面に映るのが又見事なのです。
此れも「水中花火」です。
24日は雲が低く垂れこんだので打ち上げ花火は花の部分が雲に隠れて見えませんでした。その為水中花火がより一層目立ちました。
花火見物は順調でした。処が帰路が大変でした。例年は15万人程度の見物客なのですがこの日は更に増加したのでしょう。一斉にJR鎌倉駅に向かいました。鎌倉駅は入場制限で幾ら待っても乗れそうもありません。仕方なく江の島回りで帰宅する事にしました。江ノ電は由比ヶ浜駅でも長谷駅でも乗れないお客を残して出発、満員の車内は子供は泣くし、ベビーカーは潰れそうになるは、大変な思いをしました。綺麗な花火を楽しんだのですから苦痛も致し方ありません。
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「NHK」ラジオが「ラジオ宅急便」から「毎朝ラジオに代わると各地の「特派員」から地方情報が届けられます。
7月24日の朝は「福島県富岡町」の方が報告しました。内容は8月15日の夜に富岡八幡宮に向けて松明行事をするというのです。
此れは福島県富岡町にある「富岡八幡宮」です此処で8月15日「虫送り」行事が開催されるのだそうです。写真出典「双葉町未来会議https://futabafuture.com/2018/04/02/jinja-2018-tomioka/
此れが富岡町の虫送りに使われる「虫送り人形だそうです。富岡町に隣接する田村市の「田村様」に似た藁人形です。
此れは富岡町に近い田村市船引町の人形道祖神の「田村様」です。虫送り人形に似ています。
八幡宮は麓山(はやま)という名のピラミッド型の山の麓に在って。氏子は八幡宮で聖火を預かって自作の松明に火をつけて1キロの山道を往復して八幡宮に戻るのだそうです。所謂「虫送り行事」で稲に花が咲く時期に花を虫が食わない様に聖火で虫を駆除する神事だというのです。稲の天敵と云えば「蝗」で蝗は突然の松明に驚いて逃げ出すでしょうが、何処まで効果が在るかは疑問で、呪術の一つでしょう。
と云っても私には虫送りの記憶が鮮やかに残っています。体験したのは栃木県真名子(現在地名/栃木県上都賀郡西方町)で伯父が同地の八龍山洞雲寺)の住職だったのでした。干瓢畑と煙草の葉栽培が盛んな村でしたが、夕方になると北(日光方角)から雷鳴が聞こえたかと思うと、直に真名子村は雷雲で真っ暗になり雷の閃光が光り、雷音が響きました。子供心にも恐ろしいと思いました。雷一過すると、煙草の葉っぱは傷んでしまいました。一家総出で、傷んだ煙草の葉を収穫して、本堂の廊下や板の間で干しました。傷んだ葉っぱでも自家処分すると罰せられるというのです。そして傷んだ葉っぱでも煙草公社が買い上げてくれるのでした。八龍山洞雲寺は谷戸の奥に在る山寺で、山門前に「龍神池」と呼ばれる池が在って、池には夥しい数の蛇が棲息しているので気味悪い寺でした。虫送りの夜に村人が龍神池の弁天様に集まって松明を翳して村の公民館までを往復しました。私は一人寺に残るわけも行かず。虫送りの行列に連なりました。勿論蛇を踏まない様にビクビクしながら・・・・。
此れは横浜市の北山田で今も行われている虫送り行事です。(横浜市無形民俗文化財)写真出典/港北経済新聞https://kohoku.keizai.biz/headline/2546/6月に実施済みです。
6月になって田圃の苗も青々と育ってソロソロ花穂が出て来る頃、村民総出で「虫送り」をしました。案山子のようなお人形を先頭にして。松明を持って畦道を歩きました。
私は福島の虫送りは栃木より2か月も遅いのを不思議に居思いながら聞いていました。福島の虫送りは旧盆にも重なっているので「祖霊行事」が混ざっているのかもしれません。俄然行って自分の眼で確認したくなりました。私が再三出かける「横浜歴史博物館(都筑区)では杉山神社の藁大蛇の注連縄等新しい街横浜の興味深い民俗行事を紹介しています。
此れは横浜歴史博物館に展示された杉山神社の大蛇注連縄蛇は稲作の天敵鼠を食べるので稲作の守護神のように扱われました。この記事は以前次に書きました。/https://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/50031487.html
稲作の豊作を祈って蛇の注連縄を張ったり道祖神を祀ったり、虫送りの神事をしたり、何れも科学の時代に育った現代人は呪術として軽視してしまいます。そして現代人は強い農薬を散布して害虫の駆除をしました。処が農薬は益虫も駆除してしまいました。同時に残留農薬は人間にも悪さをする事に漸く気付きました。今も農家は自分で食べるお米は無農薬天然肥料天日干しで作っています。漸くそんな事実に気付いた消費者が農家に直接注文して農家が食べるお米を「オーガニックライス」として購入するようになりました。
何のことは無い科学に頼った農業より呪術を重んじた農業の方が「循環型持続可能な農業」である事に気付き始めたのです。
去年は双葉町の隣の楢葉町で原発の遠隔操作研究施設などを見学しました。今夏は富岡町で懐かしい虫送りを観て富岡町のお米を食べてみたいと思うのです。
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総じて虫好き私ですが、大嫌いな虫もいます。一番嫌いなのは「紙きり、虫」です。最初に庭で見つけたのは「楪/ゆずりは」の樹が枯れたのでその原因を究明していた時、幹にカミキリムシの幼虫を確認した時でした。
此れが樹木の敵「紙切り虫」です。ポスターは日大藤沢キャンパス内に掲示.カミキリムシの食害は全国の桜の名所で問題になっています。
楪の樹は伐採してゴミ処理場で焼却して戴きました。でも、カミキリムシの食害は楪で終わらず、大事にしていた「海棠」に「無花果」に「山茶花」まで枯らしてしまいました。以来私は庭木にカミキリムシの食べ跡を探しては薬を噴霧しています。
朝9時の日大生物資源学部キャンパス。7月20日でも通学する学生が多く確認できました。正門を入ると楠の樹林が迎えてくれます。
教室棟と教室棟の間は森林で、森林の下闇は笹が育成され、昆虫や野生動物のオブッジェが置かれていました。写真は「蜻蛉」と題した鞍掛純一氏の作品
このオブジェも鞍掛純一氏の作品で題は「同居人」とされていました。猪は人間の同居人の認識なのでしょう。
日大の生物資源学部の森を散策しました。森には様々な樹木が生育していて、一つずつ名前と簡単な説明が為されています。その森の樹陰には様々なオブジェが置かれてあります。作者を観れば芸術学部の専任講師が多いようです。大学が未だ独り立ちできない卒業生の作品を優先して購入して広い藤沢のキャンバスに展示しているのでしょう。梢の先を見上げれば様々な木箱の巣が設えて在ります。樹木が多い事は虫も棲息しやすい事。虫が居れば野鳥も成長します。バードウォッチング叔父さんも来れば、虫取り少年も出現するでしょう。主婦は実験農場で生育した「オーガニック野菜」を買いに来ます。
此れは檜です。「この木を擦りあわせて火を起こしたのでヒノキと云う」説明がされていました。梢を見上げると四十雀を迎える「木箱の巣」が設置されていました。
此れは教室棟と体育館棟の間の森林で立ち枯れしていた樹木です。
総じて青々と葉を拡げ樹木は健康そうな中で一角の幹が枯れています。枯れた幹には茸(猿の腰掛?)が密生しています。大風が吹けば倒れそうなので注意を促すと同時に枯れても研究の役に立て様と「欲しい人は申し出て下さい!」案内板が吊り下げられていました。木のなは「こなら」です。「団栗の樹」として親しい木です。地面にはモグラが顔を出した空気穴が幾つも顔を出しています。モグラが棲息している事はコナラの地下にカブト虫の幼虫が棲息している事、そしてモグラを餌にしている青大将も近くに居るような気がします。私は枯れたコナラの幹を観察します。7ミリ程の穴が幾つも空いています。という事はコナラを枯らした犯人はヤッパリ「紙切り虫か」思いました。
立ち枯れしていた樹木はコナラで、来年の4月に伐採する予定である事実習や研究の素材にする人には譲るので申し出するように案内されていました。
此れが立ち枯れしたコナラの樹で腐った幹には無数の茸(猿の腰烏掛け)が育っていました。
立ち枯れしてしまった「コナラ」の根元の土くれが盛り上がっていました。モグラの空気穴です。モグラは樹の根に発生した甲虫の幼虫を食べに来ているのです。
とコナラを立ち枯れさせた真犯人を探さなければ対策が立てられません。日大生物資源学部はメンツをかけて真犯人を探し、対策を実施する筈です。私は生物資源学部の生徒になったつもりで日大の森を観て歩きました。すると真犯人探しの「テトラップ」がクヌギやコナラの樹に吊り下げられてありました。どれも。ペットボトルを改造して作った「テトラップ」で、底には甘い蜜を入れて入口は一度入ったら二度と出られない仕組みになっています。「テトラップ」は横から見れば何が掛ったか容易に確認できます。見れば、どれも「カナブン」と呼ばれる甲中です。脇の幹を観れば何匹もカナブンが幹を傷つけて樹液を舐めています。
此方はテトラップが吊り下げられた「クヌギの樹」の樹液に群がっている「カナブン」です。
カナブンの天敵は「スズメバチ」です。と云ってカナブンは「コガネムシ」と違って害虫では無いし、益虫でもありません、従来無視してきた甲中です。何故「カナブン」が異常発生したのか?原因を究明しようと森林を歩きました。すると原因は直ぐに判明しました。日大では森林の落ち葉を集めて腐葉土にして再利用しているのです。森林の片隅に落ち葉を貯めるプールを用意してあります。そのプールに次々と落ち葉を貯め込んで腐葉土にしているのです。良い事ですが、その腐葉土がカナブンの卵の「孵卵器」になり、更に「幼虫のベッド」になっているのです。
図書館前の森林に置かれた「輪廻」と題されたオブジェの奥に設えられた「落葉のプール」プールは資源の循環活用の策なのでしょうが、「このプールがカナブンの異常発生を招いた」と判断しました。
人間が「良かれ」と思って落ち葉の循環利用を意図して作った「落葉のプールでしたのでしょうが、自然は人間の浅知恵をあざ笑うかのようにカナブンの異常発生を招きました。「何もしないことに勝る対策は無いようです」でもそれでは生物資源学部は成り立ちません。鰻の資源枯渇対策の様に地道に自然を研究する事が王道のようです。森林の中には誇らしげに鰻のオブジェが立ち上がっていました。
私が日大生物資源学部に行ったのは7/20日でしたが、子供達の夏休みが始まるのは21日です。夏休みには虫取りや自然観察に子供達が日大のキャンバスに集う事でしょう。藤沢は大学が多い街で、活気が在ります。7/20日には野菜の販売はしていませんでしたが8月には再訪して美味しいお芋でも貰って来ましょう。
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毎日炎暑続きで参ってしまいます。畑の野菜が心配になり、ワイフに付き添ってもらって水遣りに出かけました。前回収穫してから既に10日も経っているので心配です。畑に着いてみれば懸念した通りに、野菜は既に出来過ぎ、胡瓜も茄子も超巨大です。
此れは私が麻雀仲間4人でお百姓から借りて家庭菜園を楽しんでいる畑です。向こうでトマトの面倒を見ているのは仲間のKさんです。手前の吊り下げられたカラス(模造品)はKさんがトウモロコシを喰われてその対策に百円ショップで購入したモノです。
此方はKさんの栽培した茄子です。私より遅れて苗を植えられたので今が食べ頃です。見た目も食欲をそそります。
此方は私が栽培しているコーナーです。手前左が茄子と胡瓜でワイフが水遣りしているのは南瓜と薩摩芋です。
とりわけ茄子は河馬の体の様にパンパンに太ってしまい、枝から自身の重みで垂れ下がって地面に接しています。加えて茄子紺の筈の肌を虫が食って巨大な痘痕が出来ています。痘痕から茄子の実を覘けば種のブツブツが生じています。自宅に持って帰って相談しました「熟し過ぎた茄子は捨ててしまうか?それとも食べるか?食べると決めたらどうやって食べるかも問題です。以前は兎を飼っていましたが若しも兎か鶏が居ればその餌に混ぜてしまうのですが・・・・・。
私の栽培している茄子は収穫適期を既に過ぎて大きくなりすぎてしまいました。加えて虫に食われた跡が痘痕になってしまいました。
結局勿体ないので良く煮て食べる事にしました。烏賊と一緒に煮て食べたのでしたが種のブツブツ感は消えません。私は古い諺『秋ナスは嫁に喰わせな』を想い出しました。
収穫を終えた胡瓜と茄子とゴーヤゴーヤはチビのくせに立派な香りをしています。問題は茄子です。捨ててしまうか?食べるとすればどうやって料理するか?思案し処でした。
諺は一般には次の様な意味でしょう。
①「嫁いびり」/秋茄子は、美味しいので憎い嫁に食わせてはもったいないという姑 による嫁いびり。
②「秋茄子」は、種子が無いので嫁が食べると子宝に鵜恵まれなくなる。
③「秋茄子」は、美味しすぎるので、 過食してしまいがちであり、毒性のアルカノイド(芥子の毒幻覚を起す)があるので嫁の健康を害する恐れがあるので、大切な嫁に食べさせてはならない。
巨大な茄子は最初に烏賊と一緒に煮て翌日は豚肉と一緒に炒めて食べました、でも種のブツブツ感は如何とも出来ませんでした。
一般には、秋ナスを過食すると「女性の体を冷やす」ので万病の原因になるので、女性が身体を冷やさない様に秋ナスの過食を戒めたものでしょう。
例え、「アルカノイド」の毒が在っても少量でしたら問題は無い筈です。諺の意味は「秋ナスは種が堅いので消化し難いので、嫁には食べさせるな!」の意味と思いました。。茄子に限らず西瓜でも瓜でも収穫後期の野菜は種が目立ちます。ツイツイスイカの種も食べてしまいがちです。植物は秋が近づくと、子孫を育てる事に注力して種を作りますので、人間が食べるには不適当な事が多いモノです。
溜息混じりに出来過ぎの茄子を観ながら呟きます。
「もうじき旧盆の「迎え火」「送り火」になります。茄子さんはお婆ちゃんの牛車になって戴きましょう。
屹度お婆ちゃんは言う事でしょう「今年の牛さんは大きいけど、痘痕ね!」でも乗り心地は良くてよ!」
此れは昨年の送り火です左下に茄子に麻殻を刺して作った牛車が在ります。「今年の牛さんは横綱級ね!」母は言ってくれるでしょう。
大きく育ちすぎた茄子とて、捨てるには忍び難いモノが在ります。さりとて、食べ過ぎてお腹を壊すのも困りモノです。此処は少し見てくれは悪くてもお婆ちゃんに我慢して戴いて「お盆の牛車にすることに致しましょう。鈴虫の小屋にする方法もありますが、当面鈴虫を飼う予定もありません。
これが大きくなりすぎて痘痕が出来てしまった茄子です。
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