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ベトナム南部観光客の人気スポットは何と言っても「クチトンネル」で間違いありません。
サイゴンから北方に約70キロ、田園地帯を走ると、ベトナム戦争最大の激戦地クチ地区に到着します。今は一面雑木が育っている雑木林でありますが、30年前は大量に撒かれた枯葉剤によって一面の枯れ木林であったそうです。
その大地の地下に蜘蛛の巣状のトンネルが掘られています。
  (クチトンネルの模型。トンネルが幾重にも掘られ、小部屋を繋いでいます)
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  (クチのマップ。赤い所。北が山で南にサイゴン政府)
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此処は元々静かな田園地帯でありました。ベトナム戦争が起きるまでは。
ベトナムの社会主義化の動きが急速になると、米国はサイゴン政府を支援して戦争に突入します。
ハノイ政府は「南ベトナム解放戦線」を組織し、米国やサイゴン政府に対してゲリラ戦争を挑みます。
此処クチ地区がベトナム戦争の川中島になったのでした。

農民は日中は田に出て働き、陽が沈むとゲリラ活動に従事します。
ゲリラ活動の動線は地下に掘られた蜘蛛の巣状のトンネルでした。
その総延長は200キロを越えて250キロにも及んだそうです。
お玉のようなスコップで子供一人が這いずれる程のトンネルを掘りました。
空気穴が用意され、地上出口は草木でカモフラージュされています。
トンネルの中には食事や作戦会議等様々な部屋が用意されていました。
三角の部屋は米軍の投下爆弾でも崩れなな、避難部屋であったそうです。
雑木林の其処此処には投下された爆弾によって穴が開いています。
穴の深さは1メートル、直径は5メートルほどもあるでしょうか。
空襲の度ごとにゲリラは三角部屋に避難し、空襲が終わればまたゲリラ活動をしたのでしょう。
   (米軍の戦車、手前の小さな小山がトンネルの空気穴)
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   (米軍の爆弾投下によって出来た凹み)
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ベトナム戦争で亡くなった米軍兵士は5万人、対してベトナム人は市民(夜はゲリラも)が300万人に及んだと言われます。
1975年終戦を迎えます。広い目で見ればハノイ政府が勝利したのでしょう。サイゴンで社会主義政府に畏怖した人々はボートピープルになって祖国を捨てます。

   (クチトンネル出口、其の狭さに驚愕する観光客、私には入れないわ!)
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   (観光用に拡げた穴から出てくるところ。真っ暗なトンネルは大変な圧迫感がありました)
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ところで、写真の女性は「私は太いのでこんなに狭い穴には入れないわ」と言って笑って見せました。
実弾を撃った事無い人々は恐る恐るライフルを撃っています。
ゲリラグッズは土産品に変って買い求められています。
命を懸けて戦った事実を、今は観光資源にしている、そんな景色にベトナム人のしたたかさを指摘する人も多いでしょう。
米国嫌いの人々には、ゲリラグッズは貴重に見えるのでしょう。
   (廃タイヤから作ったホーチミンサンダル。私も買いました)
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   (ライフル射撃場の咲いた蔓)
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米軍を困らせたのはゲリラですが、十数年に及ぶ強靭なゲリラ活動を支えたのは、民族の誇りと故郷への愛着であったのでしょう。
   (米軍の不発弾から爆薬を抜き取り武器を作る樣、人形)
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当時私は未だ大学生でした。大学のキャンバスではべ平連が組織されていました。
南北代理の戦場になったベトナムへの愛着は誰しも持っていました。
「ベトナムの事はベトナム人に任せれば良い」と誰しも思っていました。米国の戦争の大儀は社会主義の拡大防止、自由主義の拡大でしたでしょう。
でも、若い学生には米国のエゴに見えて、「米軍の侵略戦争」反対が叫ばれ、細菌兵器研究疑惑も糾されていました。
    (米国不発弾、写真左右の大きな爆弾はクラスター爆弾)
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枯葉剤がクローズアップされたのは、戦後大量の奇形児や流産が発生してからでした。
米軍の犯罪行為は白日に晒されました。でも戦争犯罪が糾弾される事はありませんでした。
ベトナム政府は戦争責任を追及することよりも経済援助を受けることの方が実利がある、と判断したのでしょう。
この姿勢は今年の夏、メコン川大架橋崩落事故(日本ODA事業)によって100人に及ぶベトナム人死傷者が出た折にも、原因追求よりも「事業継続」を優先するベトナム政府の姿勢にも現れているように思います。
したたかに「実利を求める」姿勢はベトナムの歴史に綿々と続いてきました。
実利の反する行為は選択しません。
このクチトンネルを観光資源にし、お金を稼ぐ一方で、自身の愛国心を誇示しているのでしょう。
そして、米国の無謀な戦争を引き起こした責任を追及しているのでしょう。

米国は圧倒的な軍事力を有する大国であるが故に、軍事力の行使は慎重であって欲しい物であります。
観光客の女性がこの狭い穴を見て自分が入れない、と即断しました。
米国の戦争はそれ自体が無理であったのでしょう。ベトナムであれアフガニスタンであれ、彼らの郷土の上で自国の主張を軍事力を背景に実現する事は、無理があります。


ベトナム戦争は南北の大国による代理戦争でありました。
米国の参戦の大儀は社会主義の防波堤にすることであったのでしょう。
しかし、米国の期待したような終結をしませんでした。
けれども、ベトナムはドイモイ政策によって実質自由な競争が奏功し、毎年10%前後の成長率が維持され、中国やロシアの現体制に先行する成功を収めています。
何も米国は戦争をする必要は無かった、自由は社会体制の左右に依らず基本的な人間の選択であったように思えます。
   
 (クチトンネルに置かれた日本製ミシン。ゲリラの服を修理していた)
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クチトンネルの片隅に日本製ミシンが置かれていました。
ゲリラの衣服を縫ったそうです。
日本の役割を暗示しているように思えます。
60年安保、70年安保を経て日本は何時も米国のお追従です。
超大国米国の過ちも指摘する、そんな国になりたいものです。
それが自由主義でしょう。

今年の夏、べ平連を組織された小田実さんも逝かれました。
ベトナム戦争も随分昔のように思えてきます。


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