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龍之介河童の文明批判

今年も上高地の河童橋は見事に紅葉し、河童橋は沢山の観光客で賑わった事でしょう。
梓川の源流大正池に近い河童橋は芥川龍之介が1927年(昭和2年)に発表した 小説である「河童」を着想し、執筆したのが上高地あった事からそこに架る吊り橋に冠した橋名です。「河童」は 当時の日本社会、あるいは人間社会を痛烈に風刺、批判した小説であり、 同じ年の芥川の自殺の動機を考える上でも重要な作品の一つであるといえます。龍之介は師と仰いだ夏目漱石を 大正5年(1916年)失いました。漱石が「猫」の眼を通して借りて人間や社会を批判(風刺)したのでしたが、龍之介は「河童」を使って当時の人間社会を批判したのでした。
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飄飄とした龍之介の描く河童、痩せて折れそうな体躯は龍之介に似ているようですし。大きく見開いた眼や大きな口は龍之介の激しい批判の精神猟区を示している様に思うのですが。龍之介は墨田区両国で育っていますから。河童寺の義民としての河童に馴染んでいたものと思います。茅を担いで鋭く見返す河童の姿に清廉に生きようとする龍之介の姿が見えるような気がします。茅はススキの事で災厄を祓い窮めて有益な植物でした。出典アマゾン中古本
既に龍之介は文壇で地位を固めていましたから、社会や文明の批判をしなければそれなりの一生を送れたのでしょうが、龍之介の地勢や気性は安易な生き方を許さず、批判精神を活動させたのでしょう。しかしそうした姿勢は、大正デモクラシーから戦争に転げ落ちようとした時代には大変な負担をかけたようで・・・龍之介の精神は病んでいたのでした。その行き着くところは大正12年の自殺でした。(巣鴨の慈眼寺に夭折した作家の霊は眠っています。
漱石の境地は猫の眼ですから則天去私で済む訳でしたが、龍之介は当時の日本の社会や文化の矛盾を河童の頭で見詰めて居たのでしたから、その不条理に悩んで死に至る精神病であったようです。昨日まで河童のルーツをアレコレ詮索してきたのでしたが。どの河童も人間性と人間社会の板挟みにあって、「人柱に祀られたり」、父なし子として間引かれたり」「行政が治水工事をしない怠慢に代わって工事をしたり・・・・」「縄張りを守らせるために妖怪になったり」「溶鉱炉の秘密を守らせるために敢て被差別民になったり
どれもこれも人間が人間性を失って社会の機構や体制を守る為に犠牲になって、いわば「義」の為に犠牲になった人達だったのでした。そんな人の霊を癒やすために河童は大明神に祀り上げられた、気の毒な眷属だったと言えます。
大正末期はデモクラシーも一般化し、婦人参政権まで認められたのでしたが。貧富の差が大きくなり日本の資本主義の拡大志向にブレーキがかからず。大東亜共栄圏と云った誇大妄想が社会を席巻しました。龍之介の鋭い知性はこの危うさを見抜いて、その繊細な感性が折れて精神病に陥り自殺と云う幕を閉じたと思われます。
それでは龍之介の河童はどんな矛盾を指摘していたのか?いか短編小説河童に従って紹介いたします。
原本はネット上でも読めます(http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/45761_39095.html)

【龍之介「河童」の概要】
1あらすじ/
精神病院に入院している患者の回想としてこの作品は始まります。
主人公となる「僕」は3年前の夏に上高地の温泉宿から
穂高山へ上ろうと霧の深くなる梓川の谷へ下りて行った時に偶然河童を見つけます
「僕」は追いかけますが、河童を追いかけている途中の大きな穴に落ちてしまいます。穴の底で僕は長い間気を失っていたのでした。
「僕」が気がつくと、そこは既に河童の世界だったのです。
「僕」は河童の世界で「特別保護住民」としてしての生活が始まります。
河童の世界は大都会の地中奥深くにあるようでした。その河童ワールドは後述するように人間世界とは真逆の価値観で動いていました。この指摘が龍之介の人間及び人間社会への糾弾であるのです。ところで僕は河童ワールドの様々な人(河童)と知り合います。生活する事になります。
河童の世界の住人となった「僕」の知り合った人は以下の通りでした。
チャックという医者、バッグという漁夫、トックという詩人、ゲエルという大資本家、ラップという学生
と言った様々な人たちと出会い、親交を深めます。
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これは常泉寺(大和市)の河童さん井戸端で合掌しています。
2、【河童ワールドと比較する事によって指摘した人間批判】
河童のワールドは人間の世界と似ているようでいて、 実を言うと全く違った価値観を持った世界だたのでした。
 具体的な例をいくつか挙げれば、
1、河童の赤ちゃんが生まれるかどうかの判断を母親のおなかの中で決断します。赤ちゃんが”産まれたいのか産まれたくないのか?”御産婆さんが母親の子宮口に耳を当てて確認します。そうして産まれたい反応した赤ちゃんだけがお母さんに抱かれるのです。
2雌の河童が求愛のオプションを持っています。だから雌河童が雄を追いかけまわします。掴まった雄河童は嘴が腐りはじめます。
3、演奏会が特別警察によって絶えず検閲されます。
河童には耳が無いので文字や絵は判断できますが音に弱いのです。
風俗を壊乱する曲でに感染すると困るので警察は演奏会を中止させるのです。こんな警察に対して河童ワールドの河童たちは激しく抵抗します。
4、河童ワールドは機械化が進んでいます。機械は労働者の職を奪います。労働者として使えなくなった河童は食肉用に加工してしまいます。皆それを当然と考え河童肉のハンバーグ等を食べています。
5、泥棒をしてもその泥棒をした時と現在の状況が変わっていれば泥棒として逮捕できません。
捕まる事はできなくなります。
6戦争観/河童はいつも獺(カワウソ)を仮設敵にしています。しかも獺は河童に負けない軍備を具へてゐると云ふことです。或るカッパ夫婦の痴話喧嘩が原因で雌河童が雄河童を殺して保険金を搾取しようと目論見ました。茶碗に青酸カリを入れておいたのです。処が間違って獺が茶を飲んでしまいました。これに端を発して河童と獺
が戦争に突入してしまいました。戦争は河童国が勝利しましたが河童国は40万人もの命を失いました。一方獺国は相応の死者が出たのでしょうが大きな国なので痛くも痒くもなかったのでした。
この様に色々な点で河童ワールドは人間の世界との違いが明らかになります。
河童ワールルドの指摘は日本社会の批判に通じるものです。その最たるものが宗教観でした。
7、河童ワールド宗教は「近代教」別名「生活教」です。生活教は単に「生きる」と云ふよりも「飯を食つたり、酒を飲んだり、交合を行つたり」する意味です。人間世界の宗教の様に理念が先行している宗教は信奉されていません。生活教の本山の庭には「命の樹」が茂っています。金色と緑色の実がなります。金色の実は善で緑色の実は悪です。
8、河童ワールド中でも時々価値観がずれてしまって精神病に陥る者が出現します。

龍之介の河童ワールドを読み進めました。最初の中は文明批判として理解できたのですが次第に私の脳は龍之介に置いて行かれてしまいました。それは、屹度私が現代文明に汚染されていて常識の中で安住できているからでしょう。更に共感できるようになったら「僕」と同じ精神病を病んでいるのかも知れません。
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常泉寺の河童さん龍之介は河童ワールドには赤青二タイプの河童が居ました。龍之介は皮膚組織がカメレオンに似ているのだろううと推測しています。僕はこの事実を発見した時柳田国男の「 西国の河童は緑色であり、東北の河童は赤い」と云ふ指摘に合点しています。

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