仮想旅へ

毎日の通勤路を憧れの街道歩きに転換してみたら? あなたを「LOHAS」な世界に誘ってくれます。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

クリスマスも過ぎれば街はお正月準備に様相を変えます。何時ものSCの花屋の店先には若松や締め飾りが並んでいます。
想い起せば、私は5年前の12月29日に高校の仲間と麻雀に興じていて脳梗塞を発症しました。その年は前日28日の夕方に「松飾」を用意し終えて、29日は朝から麻雀に興じていたのでした。
幸いだったのは遊び仲間が仲間が私の救急病院が「湘南鎌倉総合病院」である事を記憶していてくれた事でした。お蔭で救急処理は理想的に済みました。
イメージ 1
クリスマスが明けると12/26日私の住む戸塚の街にも松飾が設えられました。
イメージ 2
此れは遊行寺の冠木門の門松です。遊行寺の門松は平安時代以来の素朴な松と竹の飾り物です。
私は生家の寺でも歳末は「松飾」を分担していました。先ず、裏山に入って真竹や松を伐って来ます。真竹と松の枝を山門の柱の根元に括り付けます。縄はお檀家が用意してくれました。紙垂は半紙を折って交互に鋏を入れます。半紙を開けば雷の様なギザギザが出来ますから、6枚の紙垂を縄に垂らせば「注連縄を張った門松」の完成です。
イメージ 3
此れは今年用意した紙垂です。半紙を二つに切ってその半分を縦に三つ折り横に四つ折りして広げます。そして三分の二まで鋏を入れて広げれば写真の様な稲妻模様の紙垂が完成です。出来た紙垂は元旦の朝門松に括り付けます。
「松飾にも禁秘がありました。「一夜飾り」と云って晦日に飾ってはいけないのです。そのことは祖母からも良く聞かされていたのですが、29日もタブーだったのは脳梗塞を発症してから気付きました。29日は「餅つき」もタブーなのです。『にじゅうく⇒二重苦』を連想させます。そこで2018年に向けて松飾を早く済ませる事にしました。
イメージ 5
25日街に出て若松を二本求めてリュックに差し入れて帰宅しました。これで松飾の準備は完了です。
イメージ 6
想い起せば私が町内会長時代は小学校の体育館を借りて「注連縄つくり」をしていました。教えるのは街の古老で教わるのは小学生、誰からも喜ばれるし、年中行事を伝えるには絶好の企画でした。
イメージ 7
出来上がった門松を観てご満悦な子供達でした。
イメージ 4
庭の呉竹を伐って花屋で買ってきた若松を池に入れて準備は完了26日の午前中に松飾を終えておきます。
私は独立して一家を構えるようになってからも「松飾」は役割です。総じて祝い事は一家の主人が身体を浄めて実施する事が良しとされています。私は竹は庭の呉竹を伐採して、若松は街の花屋さんで買って来ます。
でも考えてみれば我家の玄関は「満年門松状態」です。縁起モノを玄関に植えて来た結果です。玄関に梅を植えないで松にしておいたら、何もしなくても「門松」が生えている事になります。現在は呉竹が生えています松こそ生えていませんが槇なら生えています。その根元には南天も生えていて万両も万年青も赤い実を付けています。
呉竹の中段に縄を張って紙垂を垂らせば「万年門松」です。ワイフに相談すれば「若松の代わりに槇を使うなんて可笑しいわよ!」相手にしてくれません。
イメージ 8
我家の玄関周りには縁起物の南天は生えているし、呉竹に槇更には万年青や裏白まで自生しています。呉竹の根元に縁起モノを集めれば松飾の完成です。
正月に迎える「歳神様」は若松や若竹」が好きで其処に依ってくれます。
クリスマスツリーも依り代と云う意味では門松と変わりありません。
クリスマスは12月25日で、太陰暦では正月です。太陰暦では冬至の翌日が正月(新年)になります。古代オリエントでは月を観測して暦にしていたので、クリスマスツリーを飾っていたのは北ゲルマン民俗の「ユール族」と云われています。「ユール族の「冬至祭り」のシンボルが樅の木だったのです。イメージは諏訪大社の「御柱祭り」の様なモノでしょう。”冬至も終えたので新年が豊穣になる様に樅の木の周囲でお祭りしたのでしょう。
キリスト教の布教に際して「三位一体」を示す姿にクリスマスツリーが適当だったこともあって、「キリストの誕生祭」を12月25日に決めたのでしょう。日本で釈迦の誕生日を桜の花の開花日(4月8日)に決めたようなものです。
クリスマスを冬至の翌日に決めたのはその日から太陽の沈むの日一日遅くなり昼間が長くなるからでしょう。
キリスト教が広まる前の冬至は「夜が一番早く訪れる日」で「村の中央に常緑の樅の木を建てて祭りをしていたのでしょう。そんな風習をキリスト教は引き継いで「キリストの生誕日」としてきたのでしょう。
イメージ 9
これは秋田の大湯の環状列石です。スコットランドのストンサークルも同じ暦を測る装置と考えられます。私達は「冬至」と云うと夜が一番長い日と教えられましたが、上代の人は「夜が一番早い日」を観測していたのです。闇を打ち砕くのは太陽や火の赤ですからサンタクロースは赤い「魔除け」マントを着ているのです。
サンタクロースの朱色の衣装は如何にも「悪魔封じ」です。神の依り代であるクリスマスツリーを村の中央で燃やせば日本の「左義長」と同じになります。
諏訪神社の「御柱祭り」もクリスマスツリーの「樅の木」を使用します。
私は「樅の木」も「「松の樹」も「槇の木」も私には同じように常緑で尊いと思います。
「29日に門松を飾ったので二重苦の災難に遇った」と想うのは、後講釈で迷信でしょう。
そこでクリスマス明けの25日に街に出て花屋さんで若松を二本求めました。リュックに松を二本入れて歩いていると弁慶の爺さんのように見えます。

イメージ 10
26日松飾を終えました。後は元旦の朝紙垂を吊るすだけです。
イメージ 11
呉竹の笹の葉は半日で色褪せてしまいました。「西側」
イメージ 12
東側の松飾には歳神様が好きそうな「どんこ椎茸」を供えました。
26日の午前中には門松を飾り終えました。一夜松にしろ、二重苦の松と云い人の嫌がる事は例え迷信だと確信しても避ける事にしました。
ワイフは庭を掃除し終えましたし、犬小屋も防寒対策を終えました。君子蘭も温室に納まりました。唯一隼人瓜だけが松の梢にぶら下って”私達を如何してくれるのよ!」叫んでいるようです。隼人瓜には気の毒だけど、千成瓢箪の様に見えてお目出度いのでもうしばらくぶら下っていて貰う事に致しましょう。
イメージ 13
これは松飾の上、梅の梢にぶら下った隼人瓜です。千成り瓢箪のようで歳神様も気に入って下さる事でしょう。
今年は12月26日に松飾も無事に終えました。後は元旦の朝に紙垂を飾るだけです。これで2018年は良い年になる事でしょう。何しろ戌年で私の干支ですから・・・・。久々に年賀状も元旦に届くよう出状できました。
イメージ 14

ブログランキングに参加しています。
応援クリックお願いします。

全1ページ

[1]


.
yun**ake200*
yun**ake200*
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事