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日に日に秋色が深くなって私の机から見渡す景色も様変わりです。鎌倉の紅葉も今が最高でしょう。そこで円覚寺から建長寺ありきたりのコースを歩いて来ました。建長寺で思いがけない発見が二つもありました。
一つは鎌倉学園の学窓に生えていた「曙杉/メタセコイア」が伐採されてしまった事です。建長寺には天然記念物の柏槇(開山の蘭渓道隆がお手植えされたと言い伝えられる樹齢八百年の老樹があり、その根元には牡丹が丹精されています。柏槇も牡丹も成長が遅く風格はあっても、手のかかる樹木です。一方曙杉は成長が早く50年も経てば巨木に成長します。案の定。建長寺から学園に対し「曙杉の生育を止める」よう注文が出たのでしょう。鎌倉学園の先生達が何と反論したか、解りませんが、樹齢30年程度で伐採されてしまいました。伐られた曙杉の嘆きは想像できても、柏槇や牡丹は安堵した事でしょう。”人間なんて勝手なもんだ!学校の塀際に自分(曙杉)を植えたら、どうなるのか将来は想像できそうなものを!”というのが曙杉の嘆きです。
此れが鎌倉学園(向こうの白い校舎)の塀際に植えられたメタセコイアです。2017年伐採されているのに気付きました。以前「半増坊を歩く楽しみ」と題してブログアップしました。http://alexi.rssing.com/chan-2091530/all_p11.html
此れがこの秋の鎌倉学園の東側学窓です。曙杉は伐採されてしまいました。
以前にブログアップした建長寺の半増坊道の紅葉です。この石垣は鎌倉石を積み上げていますので保水力に富み春は「岩煙草」秋は「山紅葉」と自然美を写すキャンバスになっています。
建長寺の境内は私の小学校中学高校と遊んだ場所です。何処に何が在るか隅々まで承知していますから、効率的に紅葉のカメラポイントを廻りました。
でも12月1日では少し遅かった嫌いがありました。私の記憶より発色が悪いような気がしました。そこで、ドンドン奥に半増坊に向けて歩いて行きました。「半増坊」とは建長寺の守護神のようなもので、天狗が建長寺を災難から守ってくれる社です。従って鳥居も在るし狛犬もあります。狛犬の背後は竹林で昔から小綬鶏や鶉が餌を探しています。私は何度も撮影に成功しています。その竹林に手を入れているのは気付いていたのでしたが「誰が、何をしようとしていたのか」解ったのです。
最初に目に入ったのは夥しい数の金網です。金網は何なのか直ぐに気付きました。「台湾リスの捕獲箱」です。取敢えず半増坊前に用意してこれから天園や建長寺境内に設置して台湾リス捕獲作戦を実施するのでしょう。竹林の入り口に石のオブジェが置かれていました。オブジェと云うよりベンチです。ハイキングする人が此処で腰を下ろして休憩できるようにしてあります。
石は黒御影石ですからお金も懸っています。観れば右手がクワガタ虫で左手は兜虫です。そして竹林の中央に「虫塚」と刻まれた石柱が立っています。石柱の脇には「虫塚」を設えた趣意と発起人の名が連記されています。発起人は解剖学者の養老猛司建築家の隈研吾氏等の錚々たる面々です。養老猛司氏は中学高校の先輩で、毎年八幡宮の「雪洞祭り」に虫の絵を描いた雪洞を出しておいでですから、計画の首謀者は同氏で、デザインは隈研吾氏なのでしょう。
養老猛司氏は虫好きが昂じて箱根に博物館研究室を設えられているようです。NHKテレビでも放映されていました。屹度沢山の標本を作られてその悔悟の意識が「虫塚」に展開したのでしょう。
建長寺の境内には「花塚」もあれば「茶筅塚」もあります。道具の塚があるのですから「生物の虫塚」があっても何の問題もありません。
八幡宮の雪洞祭りでは毎年養老猛司氏は本殿手前東の最高の場所に虫の絵を出しておいでです。2016年は皆が嫌うカメムシの仲間(亀葉コムシ)でした。
虫も曙杉と同じように嘆いていることでしょう。「人間は勝手なモノだ、つい30年前は農薬をばら撒いて我々を根絶やししようとしていたのに、今になって虫塚を建立して自分等の霊を弔うとは!」百年も前までは農薬など使わずに「虫送り」と称して。松明で脅していただけなのに・・・・。 江戸時代の飢饉にはウンカや蝗/イナゴによる「蝗害」がありました。飢饉に遭遇した人は不幸でしたが、「増えすぎた害虫は必ず天敵が適正水準に戻した」のでした。
人為は何時も眼の先の自分の利益を優先します。
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