仮想旅へ

毎日の通勤路を憧れの街道歩きに転換してみたら? あなたを「LOHAS」な世界に誘ってくれます。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

日本人はラーメン好きです。ラーメンの麺は小麦粉を練って熟成させて作ります。基本的にはピザやパスタ土台も原料は小麦粉です。西欧文明は総じて小麦粉の粉食の文化です。私は胃癌で手術して以来、麺は苦手になってしまいました。大好きな蕎麦でさえ消化に自信を失い、食べた後に戻す癖がついてしまいました。『消化できるだろうか?』気にしながら食べても美味しくないのです。
でもビーフンや春巻きは別です、素材が米なのですから、消化には自信があります。ビーフンの原料はは米粉でも「糯米/もちごめ」では無くて、「粳/うるち」米です。ソモソモ米にはインディカ米とジャポニカ米の二種類がある上に、糯米と粳米の二種類があるので、合計4タイプがあります。私達が主食にしているのはジャポニカの粳米です。ハレの日は糯米を食べます。
イメージ 1
此れはJR奈良駅にある奈良のうまいものプラザ の人気朝食「卵かけご飯です。出来れば漬物を刻み奈良漬にしてほしいと思っているのですが・・・・。日本人はお米の粒が立っている事を重視します。
イメージ 2
此れは糯米と粳米の相違を説明した図です。お米はアミロースが多いとパサパサします、一方アミロペクチンが多いと粘り気が出て来ます。
日本人が糯米が好きなのは粘り気の多い食べ物が好きだからです。粘り気の多い食物好きはインドネシアから台湾沖縄を経て日本に伝わっています。一方黄河流域から朝鮮半島に掛けては雑穀文化で皆米を主食にするものの、うるち米でビーフンや餃子を作っています。
この辺の事は日本大学藤沢キャンバス内にある博物館に行くと良く解ります。日大のい生物資源学部の土台をつくったのは稲の科学者であった、永井威三郎氏(永井荷風の実弟)でした。私は暇になると日大博物館に出かけます。
イメージ 3
此れは藤沢に在る日大生物資源学部の博物館に展示されているインディカ稲です。タイでは3度/年も収穫できるそうです。インディカ稲はジャポニカ稲に較べて背高く根も深く張ります。
イメージ 4
此方はインディカ米の説明パネルです。野生稲と栽培稲は遺伝子構造が違うと説明し、考古学者の興味についても触れています。焼畑が進歩して棚田が出来たのではなくて。棚田は沖積地の水田で栽培された稲が川を遡って山襞の奥にも栽培されたものと説明しています。
日本の神話で稲は次の通り言い伝えられています。
【古事記】における稲のはじまり。
岩戸隠れ後に高天原を追放素戔嗚尊が、食物神である大気都比売紙(おおげつひめ-)に食物を求めます。すると「大気都比売」は、鼻や口、尻から様々な食材を取り出して調理して須佐之男命に差しあげます。しかし、その様子を覗き見た須佐之男命は食物を汚して差し出したと思って、大気都比売を殺してしまいます。
大気都比売の屍体から様々な食物の種などが生まれました。「頭に蚕」、「目に稲」、「耳に粟」、「鼻に小豆」、「陰部に麦」、「尻に大豆」が生まれました。神皇産霊尊(神産巣日御祖命・かみむすび)はこれらを取って五穀とします。
【日本書紀】の稲のはじまり
日本書紀においては、同様の説話が神産みの第十一の一書に月夜見尊(月読命・つくよみ)と保食神(うけもち)の話として出て来ます。
天照大神はツクヨミに、葦原中国に棲むウケモチという神を見てくるよう命じます。。ツクヨミがウケモチの所へ行くと、ウケモチは、口から米飯、魚、毛皮の動物を出し、それらでツクヨミをもてなした。ツクヨミは汚らわしいと怒り、ウケモチを斬ってしまった。それを聞いたアマテラスは怒り、もうツクヨミとは会いたくないと言った。それで太陽と月は昼と夜とに別れて出るようになったのである。
古事記も日本書紀も穀物を差し出した神は死んでしまいます。まるで山中で狩猟生活をしていた神が死んで、山を下りて里で穀物を栽培して生活を始めたと説明しているようです。
穀物の始まりに係わる神話はギリシャも日本も死体や死者に依る事が多いようです。エジプト神話のイシスや、ギリシャ神話の豊穣の女神デメテル、ローマ神話でのセレス等小麦の始まりは豊穣の女神の死が係ります。
女神の死が係るのは小麦は粉に曳いて食べるからでしょうか?それとも生贄の電設を伝える為でしょうか?西欧文化は小麦文化でしたから三大文明は何れも大河の沖積平野で小麦を栽培した文明でした。男は山に入って狩猟し、女は畑で小麦を栽培するか木の実や貝を採取したのでしょう。小麦を臼と杵で粉に曳いてパン食しました。一方黄河文明と同時期に中国揚子江下流域では稲作文明が起っていました。揚子江下流域の水田稲作が日本にも伝播しましたが元々この辺りは芋(タロイモ)を煮て食べていました。タロイモは里芋に似ていますから粘り気と甘味が特長の食物でした。3代文明は小麦の粉食文明であったのに対し大陸の東端に米や芋の粒食文明が発達しました。私達が儀礼食で口にする食べ物は何れも「原型をとどめ」姿も形も器も美しい事に重きを置いたのでした。神様は美人が好きです。美食も好きです。祭りの後の直会(なおらい」で食べる食事は神饌と呼ばれ姿を留めます。姿を崩したモノは穢れているとして忌避されるのです。
イメージ 5
此れは奈良町に在る卒川神社の百合祭りで供される儀礼食です。
イメージ 7
これは「お食い初め」の祝食です。ご飯は粒の立った糯米の赤飯です。形の崩れた食べ物は一つもありません。
イメージ 6
高々うな重でも形の整ったモノは高級で崩れたモノは廉価品です。お肉で云えばステーキは高級でハンバーグは大衆品になります。
イメージ 8
高々泥鰌鍋でも「マル」がご馳走で写真の様にヒラキは一段下です。海老でも日本では「尾かしら付」が尊ばれます。

お肉でもステーキはハレの食べ物ですが、ハンバーグは「穢」というか日常食です。



ブログランキングに参加しています。
応援クリックお願いします。







油蝉の味は如何?

寝ていると、深夜突然に玄関で蝉が鳴き出します。屹度深夜に羽化して玄関灯に誘われて玄関の壁に止って啼きだしたのでしょう。「油蝉の夜泣き」は迷惑です。それにしても熱帯夜なのですから・・・・。
ワイフが私のノンレム睡眠を心配して、エアコンをつけてくれていますが、私は油蝉が心配です。何故なら今年羽化した油蝉は7年の間我が庭の地底で頑張って漸く陽の目を見れると思った瞬間に我家の玄関を猟場にしている「家守/ヤモリ」の餌食になってしま居そうなのです。私が「ヤモリ」は「家守」と思って大目に見ているのが油蝉の不幸になっていそうで、心配なのです。
イメージ 1
此れは蜥蜴です家守は蜥蜴の仲間ですが日陰が好きなのでズット大人しい性格です。
イメージ 9
これは網戸で蛾や虫が飛んでくるのを待っているヤモリです。
朝食卓に着くと出窓の先にある「グミの樹」に止った油蝉が”ギン・ギン”と啼きだします。”五月蠅い” ”暑苦しくすると唐揚にして食ってしまうぞ”私が呟くとワイフは油蝉なんて食べられるの?訊きます。
イメージ 2
此れは上野の科学博物館で実施中の「昆虫展」のミンミンゼミです。ミンミンゼミは日向好き一方油蝉は日陰好きです。油蝉の語源はその羽が「油紙」に似ていたからでしょう。油紙は和紙に油を吸わせて、唐傘の素材にした「強化紙」でした。
私は北京の屋台で油蝉の成虫を唐揚にして串刺しにしたモノを観た記憶があります。幼虫の佃煮なら香港の市場で観た事があります。けれどもどちらも食べた事はありません。油蝉はカメムシの仲間ですから臭くて美味そうには思えません。でも、カラスやヒヨドリは好んで油蝉を捕食しています。庭先で逃げる油蝉を追いかけるヒヨドリを観る事があります。雀も蝉やアオバハゴロモを捕食しています。雀は数羽で昆虫を追いかけています。ミンミンゼミは日向が好きですが、油蝉は日陰に居ますのでどうも不潔そうです。唐揚か佃煮にするのが良いでしょう。佃煮は幼虫を食べるのに適当な料理法です。
イメージ 3
これは北京の屋台で観た油蝉の素揚げです。隣にムカデの串焼きが並んでいる「ゲテモノ屋台ですが、「思い切って食べて置けば良かった」今の感想です。
イメージ 4
此方は油蝉の佃煮です。多くの佃煮は油蝉の蛹使います。屹度カブト虫の幼虫の様にヌルットした、生牡蠣の様な食感でいけるのでしょう。
イメージ 8
此方は蝉の蛹の佃煮です。成虫より蛹の方が食べ易そうだし、滋養分も豊富の様に見えます。今週福島に行くので「道の駅」で商っていないか探すことにしましょう。
朝新聞を取に門に向かうと、突然に頭上で油蝉が啼きだしました。何時もの雄が雌に求愛する啼き方と違います。何かと思って観れば白木蓮の幹に止っていた油蝉を大蟷螂が捕獲したのでした。油蝉は仲間に危険を知らせる為に啼いたのでしょう。蟷螂の表情を見れば大きな前足で油蝉を抱え込んで油蝉を頭から齧り始めています。大きな複眼をグルグル回して”こいつは美味い、第一新鮮だ!”言っているようです。
イメージ 5
此れは庭の白木蓮の木で大蟷螂が油蝉をゲットした瞬間です。大蟷螂は下の方から抜き足差し足で登って行きます。一方油蝉の天敵はカラスやヒヨドリですから空ばかり気にしています。下からの攻撃に対しては無防備なので簡単に掴まってしまいます。
イメージ 6
油蝉は齧られても痛くないのでしょう。諦めたように食べられるのに任せています。蛇に飲み込まれる際に鼠は大暴れして逃げようとするのとは大違いです。
白木蓮の根元の煉瓦の上には油蝉の遺骸が転がっています。遺骸には蟻が群がって遺骸を解体して巣に運ぼうとしています。生餌を好むモノ遺骸を好むモノ夫々です。でも油蝉は死んでも蟻の役に立っているのですから立派です。高校野球も13日は後半戦で、油蝉は姿を消して蜩や「ツク・ツク法師」が啼きだします。もうじき夏休みも終了して秋になります。
イメージ 7
此れは油蝉の遺骸に群がる蟻です。撮影場所は鎌倉の常楽寺の境内です。我家の庭でも蟻の行列を見つけるとその始まりは油蝉の遺骸です。

全1ページ

[1]


.
yun**ake200*
yun**ake200*
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事