|
昨年末から正月にかけてアッチコッチの神社仏閣を詣でました。「願い」は決まっています。「健康の恢復と、出来れば金運も良くなったら・・」個人的な願いばかりです。初詣をする度に気になる事があります。
私の金運は未だしも、健康は捗々しく回復しています。
昔の人は年始に「豊作祈願」し、収穫を終えれば「感謝祭/新嘗祭」に詣でました。私はお願いばかりで感謝に詣でていません。「願掛け」と「感謝」セットで真心が神仏に伝わるのです。お願いだけで感謝を失しては叱られます。と云っても、昨年秋に詣でた「岩木山神社」に願かけしたモノノ、お礼詣では略不可能です。
という事は。願懸けした神社はしっかり記憶しておいてお礼詣でをしなくてはなりません。これからは「お願いはするものの。お礼詣では出来ません」念じて柏手を打つ事にしましょう。
処で、願掛けの際に神社に奉納する呪物です。今年も「鶴岡八幡宮」で「寒川神社で」「遊行寺」で沢山の絵馬が下がっていました。
此方は鶴岡八幡宮の絵馬です、白馬に跨って流鏑馬の構図です奉納費1000円
此方は寒川神社の絵馬です。此方も白馬です。
神社仏閣に願をかけて奉納するモノを民俗学では「呪物」と呼びます。
百人一首の菅原道真の歌は「飛梅」でなくて「手向け山の紅葉」です。
このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに
『古今集』羈旅・420
歌の意味はおおよそ次のようなモノでしょう。
『今度の旅は突然でしたので、手向け山神社の門前を過ぎるに際し「幣」の用意が出来ませんでした。取敢えず手向け山の美しい紅葉を幣帛としてお供えいたします。神様御心のままにお受け取りください。』現代なら社務所に寄れば「絵馬」を求める事が出来ます。でも平安時代にはそんなサービスは無かったので、幣帛を用意するのが礼儀だったのでしょう。
百人一首の菅原道真
民俗学では願をかける時、神様に供えるモノを「呪物」と云います。
日本では呪物の代表が馬です。古墳から出土する埴輪は古墳の主人(祖霊」の乗り物として馬の埴輪を供えたのでしょう。本来は生きた馬を奉納したのでしょうが。中々用意できるものではありません。
これは横浜歴史博物館の埴輪です。馬型埴輪も踊る人形もどちらも複製で実物は国の重文です。
古墳時代には土をこねて作った埴輪で、古代に木製や漆喰で近世になると藁人形になって、江戸時代には絵馬売りの行商人が出没しました。浅草の仲見世の様な処に出張して絵馬を売っていたのでしょう。
現代の高崎達磨寺や川崎大師門前の達磨屋の前身の様なモノです。
神様のお乗り物と云えば先ず想い起すのが「お神輿」です。「生き馬」を奉納して”神様に私の村に我が家に来て下さい”お願いしたのでしょう。明日香の橘寺は聖徳太子の生家としてのお堂や太子像や神馬がありますが。「厩戸皇子」の名も聖徳太子が神の様な人物であったので乗り物は白馬だったのでしょう。
生き馬を奉納するのは大変です。そこで中世以降は木造の馬や藁製の神馬を作って奉納しました。中世以降で大事な事は個人的な祈願で神馬を奉納する訳では無くて村や部落等の共同体で共同祈願したのです。その伝統は今も信濃国には残されていて、安曇野穂高神社奉納神馬は漆喰製の立派なモノですし、中山道小田井宿に在る諏訪神社の神馬は藁で農民共同でが編んだモノです。大小様々な藁人形を子供達が曳いて小諸宿まで練り歩くお祭りは良いモノです。
これは、小田井宿諏訪神社の藁の神馬、子供神輿ならぬ「子供神馬」です。隣の小諸まで練り歩きます。
私の書斎には三春駒の木製人形があります。大きいので扱いに窮していたのですが、今はブックエンドとして役だっています。
三春駒は馬の産地ですから、神様の乗り物では無くて愛玩用でしょう。
東北のこけし人形が神仏の霊の依り代から土産用愛玩用に転じた様に三春駒も愛玩用として生き返っているようです。
神社の絵馬の馬を観ていると、幾つもの色が着いています。一番目立つのは白い色です。民俗学の著書を読むと白い絵馬は豊作祈願で、旱魃時に「雨降り」を祈願したモノだそうです。反対に黒い絵馬は雨降りが続くので洪水除けのお願いだそうです。赤い絵馬は魔除け、特に病魔除けだそうです。子供夜泣き疱瘡、等様々です。
さしずめ私は2型糖尿病除けと云ったところでしょうか。
これは高月観音堂(近江)の黒い絵馬です。雨を願う時は白い絵馬。晴れを願うときは白い絵馬にするそうです。お天気を願うのは村落共同体に一致した願いごとでした。「共同祈願」と呼び、「個人祈願」と違った宗教神事です。現代では個人祈願ばかりですから、みんな白い絵馬です。
これは京都伏見の御香宮神社の絵馬堂。この神社は名の通り名水で有名です。絵馬の奉納者は日本酒メーカーだったりします。
絵馬には重要な事が記されています。
「誰が」「何時」「何を祈願した」かが記されているのです。お礼絵馬の場合には誰が絵で描かれていることが度々あります。久里浜の為朝神社には弓の名人為朝を祀った神社ですが。為朝の武勇を怖れた疱瘡の厄神が退散するように祈願したモノです。私は脳梗塞の後遺症ですから、絵馬に託すとすれば鳥を描いた絵馬でしょうか?
年末に詣でた豪徳寺の絵馬が私向きだったようです。
これが世田谷豪徳寺の絵馬です。「鳥」は後遺症の麻痺を取るから私向きだと思ったのでした。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用





