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12月も第三土曜日を過ぎると日増しに寒さが厳しく、陽が上がるのは遅く、沈むのが早くなってきました。我庭の寒菊もお隣の地主さんの屋敷の庭の寒菊も霜げてきました。日本人は寒菊にひとしお愛着を込めて来ました。芭蕉も晩年は寒菊を吟じた名句が多くあります。
○寒菊や粉糠のかかる臼の端
○寒菊や醴造る窓の前
「粉糠のかかる臼の端」の句は元禄6年。芭蕉50歳の時の句でした。陽だまりの庭先、芭蕉はは臼と杵で米をついて板のでしょう。庭先には寒菊が咲いています。
米を撞くと糠が散ります。米糠が辺りに散って臼の端から更に庭の寒菊にも懸っているのでしょう。閑で静かな冬の一日ですが。芭蕉閑で静かな老境を迎えたのでしょう。
お隣の庭の寒菊は寒さで萎れ気味です。夕方帰宅する私を優しく迎えてくれました。寒菊は総じて小花で暖色が多いモノです。
庭の寒菊咲き終えた彼岸花は青い葉を茂らせ、水仙も伸びて正月には間に合いそうです。
手入れの行き届かない庭にこそ寒菊は相応しいモノです。
「醸造る窓の前」の句も元禄6年芭蕉50歳の時の句でした。岐阜の長老「宮崎荊口」に充ての書簡に在る句です。深川の芭蕉庵を出て街を逍遥していたのでしょう。寒いのでツイツイ手も足も縮んでしまいます。一軒の家の前を通り過ぎようとすると「甘酒」を沸かす香りが漂ってきたのでした。その家の庭先に眼を遣れば寒菊が咲いていました。その家が甘酒を生業にしているのか、寒い日に家族で飲んで温ま楼としているのか不明ですが達観した「嘱目吟/眼に入った景色や出来事をその吟じた俳句」です。寒さで鼻水を垂らして帰宅したら、甘酒があれば最高、ホットミルク紅茶でも飲みたいものです。
12月15日はお墓参りを兼ねて世田谷の「ボロ市」に出かけて、夕方6時に帰宅しました。流星が観られるかと思って西の空を見上げれば寒々とした三日月が出ていました。
夕暮れに 月と寒菊と呼び合う 白さかな
実はボロ市に出かける為に東横線の田園調布で降りて弦巻から、成城に行くバスに乗る積りで出かけました。そのバスは私の祖母の生家の実相院の近くを通るのです。ここ数年お世話になった佐々木先生とその岳父の墓参りにボロ市の季節に出向く習慣になっていたのです。月に恩人の霊が居れば、私は地上に居ます。月と寒菊との交感は生きるモノと死者の魂の遣り取りのように思えたのでした。
田園調布の駅前ロータリーには薔薇が植えられています。先週テレビニュースで「田園調布の銀杏が綺麗だ」出ていました。私はワイフが成城行きのバスを調べている間冬薔薇を観ていました。薔薇は春と秋が見頃です。冬薔薇は霜で焼けてしまって決して美しくありません。でも芳香は鮮烈で、春秋薔薇を凌ぎます。木枯らしが冬薔薇の香りを一層強くしている様に思います。
もう20年も前に谷村新司が「アリス」を解散してソロで歌い出した頃でした。「群青」をヒットさせました。群青は映画「連合艦隊」の主題歌でした。
青年将校が戦艦と共に海底に沈んでいった鎮魂の歌でした。青年将校の霊が群青の海に吸い込まれて行く雪に擬えた絶唱でした。歌のサビは次の通り冬薔薇でした。
せめて海に散れ 想い届かば
せめて海に咲け 心の冬薔薇
東横線田園調布駅前のロータリーの花壇に咲く冬薔薇。
同じく田園調布ロータリーの冬薔薇の花。
田園調布駅の旧駅舎と逆住宅街を観れば銀杏はもう終いでした。薔薇の花陰の車はロータリーに逆進して来て警官に反則切符を切られていました。薔薇には棘があるモノです。逆進車の処分が終われば次は「一時停車違反車」の処分でしょう。
このブログ「仮想旅へ」はキャパ限度に近づいたので次に移楼としています。此方もよろしくお願いします。
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