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私のお箸は能登の「総持寺」でお精進を戴いた折に持ち帰った「長寿箸」です。総持寺の書院で青い目をした雲水さんの指導に従って皆で『五観の偈(ごかんのげ)』を唱和してからお料理に箸をつけました。五観の偈は曹洞宗の教えと云うより普遍的な作法でありますから、
私の箸は黒塗りの輪島塗で総持寺で戴いたモノです。
長寿箸を愛用する事は「五観の偈」を忘れないことに通じます。「五観の偈」の要点は第4偈と第5偈に集約されます。
四 「正事良薬 為療形枯」 食とは良薬なのであり、身体をやしない、健康 を得る ために頂きます。
五 「為成道故 今受此食」今この食事を頂くのは、己の道を成し遂げるためです。
2月3日節分会の日私はファーストキッチンで「パンシチュウ」を手で千切りながら食べましたが、手食いは下手で、箸の有難さを思いました。箸が使えなくては「五観の偈」どころではありません。
これは片瀬のファーストキッチンでランチしたパンシチューです。お箸の有難味を痛感しながらパンを千切って食べました
世界中で人間は食事作法に三タイプあります。シンプルな順に云えば
①「手食い」薬指中指人差し指3本の指先で掴んで口に運ぶ(インドや中近東)
②「箸」お箸で摘まんで口に運ぶ。箸は薬指と中指の延長です。(日本中国韓国)
③「ナイフとフォーク」更にスプーンを使って口に運ぶ(西欧)
お箸は日本文化の根本にある道具だと思います。
お箸が無ければラーメンもお蕎麦も食べられません。フォークでは美味しくないでしょう。北九州にある世界一のリードフレームメーカーである「三井ハイテック」に工場見学した時に教わりました。
リードフレームとは集積回路の製造に際して「金型」を活用する方法で一般的な印刷・腐食させる方法に較べれば汚染水が出ない事、コストが安いこと等利点が多いのですが、金型の職人技術の伝承が難しい事を説明されました。指先が器用である事、指先の皮膚感覚が鋭く研ぎ澄まされている事の重要性を説かれました。指先の感覚は7歳までに出来上がるので、お箸で食事する事が日本のハイテク企業の競争力の原点であると説かれました。「お食い初め」は生後百日目にお祝いします日本人は人生のの始まりと終いを箸に委ねているのです。
これが世界一のリードフレームメーカー三井ハイテックの製品です。競争力の原点は写真左右の金型で中央の集積回路は金型を使ってプレス製造したモノです。箸を使って食事する文化がハイテク争力の原点です。
これは「お食い初め」の祝食です。写真出典「ママの子」https://mamanoko.jp/箸が映っていませんが8寸の柳箸(両口箸)を使います。
日本の国で生まれた私達は気付いた時には日本語を使い箸を握ってご飯を食べています。その有難味は実に尊いモノがあります。上野に「たいめいけん」さんが出店しました。先日は牡蛎フライを戴きました。同店ではお箸も使えます。フォークの背中にライスを乗せて食べるのは実に美味しくないのです。洋食レストランでもライスを取るなら箸を用意しなくてはならなくなってきました。
エキュート上野 3Fに出店した 「3代目たいめいけん」の牡蛎フライ。
【箸の歴史】
日本民族史の最初に登場する箸は素戔嗚尊の神話です。地上に降りた素戔嗚尊は出雲の國の簸(ひ)の川上に到ります。そこで流れてきた箸を見つけます。上流に溯り、老夫婦と娘(奇稲田姫)に会います。八岐大蛇退治の物語の発端です。
出雲大社に比肩される古社である奈良「大神神社」にも箸に係る神話があります。
三輪山の麓に箸墓古墳があります。日本書紀では箸墓は第7代孝霊天皇の皇女で第10代崇神天皇の叔母倭迹々日百 襲姫(やまとととびももそひめ)を葬ると記述されていますが、「卑弥呼の墓」と主張する考古学者も多く居て歴史ロマンを掻きたてる巨大な前方後円墳です。
此れが箸墓古墳です。左奥の山が三輪山です。写真出典桜井市観光協会http://www.kiis.or.jp/rekishi/asuka/img0022.html
三輪の巫女「百襲姫」の屋敷に通う男性(大物主神/穀物神)がいました。男性は夜しか居ません。姫が「お姿を視たい」云うと男性は、翌朝に「櫛笥/くしげの中に居る」答えられました。姫が翌朝確認すると、櫛笥の中には小さな蛇が居ました。百襲姫が驚き叫んだため大物主神は恥じて三輪山に隠れてしまいます。姫がこれを後悔して腰を落とした際に箸が陰部を突いた為死んでしまい、三輪山の麓に葬られました。人々は姫の墓を「箸墓」と呼びました。
「八岐大蛇退治」の神話は物語の発端を箸が果たしています。一方「箸墓神話」は物語のエンディングになっています。
人間の一生が「お食い初め」に始まりお終いが「蔭膳」です。人生の終始が箸なのです。
これが「蔭膳」です「枕飯」とも云います、写真出典葬儀社のHPhttps://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E8%94%AD%E8%86%B3&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa私の経験では横浜では白飯の上に日常使っていた箸を一本線香の様にして立てます。不祝儀の場合祝い事と逆の箸使いをします。
箸と云う漢字は竹冠ですから、中国でも箸は竹で作っていたのでしょう。でも箸だけで食事をするのは日本だけです。中国も韓国も箸の他に匙(さじ)を使います。箸文化を極めた日本文化ですから、様々な場面で箸を使い分けます。祝事用(ハレの日に使う)箸は末広がりで白い柳を使います。一方を人間が他方を神が使う、神人供食の道具です。一方日常に(けの日)に塗り箸を使います。私が総持寺で戴いた箸は輪島塗ですから、普段用です。箸の歴史の中で格段の進歩を示したのは茶懐石で使う「利休箸」です。
これが利休箸です。写真出典ヤフーショッピングhttps://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E5%88%A9%E4%BC%91%E7%AE%B8&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa素材は吉野杉では無く輸入した赤松です。20膳740円
千利休は茶席のある朝は小刀を持って山に入り赤杉を材料にして使い易く美しい使い捨てのお箸を用意したそうです。真ん中を平たく両端を細く削り両手で引き離せば二本の箸になります写真の様に利休箸は割箸の原点です。当時京都の公家が戴いた本膳料理は決まりが多く会席が和やかさに欠けてしまうのを和やかな会席する道具として利休箸を考案したというのです。吉野が利休箸の本流です。
もう一つ画期的な箸が「丁六」と呼ばれる現在も蕎麦屋で使われている「割り箸」です。丁六の名は江戸時代の銀貨が「丁銀」とか「丁六」と呼ばれていたことに起因した庶民が親しみを込めて呼んだ箸の名前です。
これは長六とも呼ばれる元禄割り箸です。写真出典楽天https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E4%B8%81%E5%85%AD&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa1400膳/500円/素材エゾ松です。
【箸袋に箸置き】
日本文化の深層に根を張っているお箸ですが。昨今箸を使って上手にお魚を食べる人を視なくなってしまいました。箸と呼ばずに「お手元」というのは屹度美しい箸袋を綺麗に折って「箸置き」にする仕草が日常であった時代の記憶なのでしょう。綺麗に食べ尽くしたお皿や役目を終えた箸を箸袋を折って作った箸置きにさりげなく置かれていたりすると感心しますし、客が一層ゆかしく思えます。
これは箸メーカーが綺麗な箸袋に入れて販売している案内です【写真出典楽天のサイトサンワ社https://search.yahoo.co.jp/image/search;_ylt=A2RivQDZF3haq2EA2xgdOfx7?p=%E7%AE%B8%E8%A2%8B&aq=-1&oq=&ei=UTF-8
箸はシンプルで美しいモノです。しかし箸袋や箸置き等の添え物を加えれば奥が深い文化だと思います。まして、箸を使った食事作法迄広げてみれば、日本文化の象徴でもあります。
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