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横手に戻った私達は先ず小野小町が生まれたという湯沢市小野町に行き、鹿島様(人形道祖神」、をさがして、筏の大杉(秋田杉のご神木)を巡ると、既に陽も傾いて来ました。今ツアーの目的「かまくら巡り」をしに、横手市街に向いました。
横手かまくら祭りは14日、15日)ですが、私達は角館の「火振り神事/12日)も観たいので、実際に私達が訪れたのは13日(前夜祭)でした。パンフレットには前夜祭には特別な催事は無いモノの「撮影会」を催しています。「かまくら」の準備を終えた状態を写して貰って写メール効果で沢山のお客を呼ぶ計画なのでしょう。駅のポスターを観れば雄物川岸に近い木戸五郎兵衛村のかまくらが案内されています。私が今年の一月の陰暦カレンダーに使ったイメージ通りの横手の田舎風景です。
これは「かまくら祭り」のポスターです。雪穴の奥に「水神様」を祀って子供達が火鉢を囲んで餅焼きをして、甘酒で接待しています。こんな光景が横手城や市役所前通りや木戸五郎兵衛村で観られます。ポスターは木戸五郎兵衛村です。
此れは、今年の陰暦カレンダーに用いた「横手かまくら」の絵です。木戸五郎兵衛村のイメージになっていました。横手版「遠野物語」です。
私達は「かまくら」祭りのメイン会場になっている。横手城に真っ直ぐに向かいました。横手城の天守閣下に横手南高校がありました。私達は横手南高校の中庭に出てしまいました。沢山の生徒が「雪灯篭」を作っていました。青いポリバケツに雪を詰め込んで、バケツを転倒して引き抜くと、固まった雪塊が出来ます、その雪塊の脇腹をスコップで穿ると、七輪の火付窓の様な穴が出来ます。その穴に蝋燭かLED灯を挿入するようです。
夢中で作業している女学生に今夕に点灯するのか確認しました。点灯するので、先ずはお城の登り口に大きなかまくらが出来ているので、そちらを視て帰り際に私達の「雪灯篭」を視て行って欲しい、笑顔で云われました。
横手南高校の中庭で「かまくら」状の雪灯篭を夢中で作る高校生。
横手城の南斜面にある横手南高校の生徒が造る雪灯篭。
これは角館の「火振り神事」会場の桧木川の川べりに作られた雪灯篭です。横手南高校の生徒が作った雪灯篭もこんな風に灯が灯る事でしょう。
横手南高校の門から横手城に至る道は狭い、急な坂道です。でも、私達の車は四輪駆動ですから、心配いりません。すれ違いさえなければノープロブレムです。
此れが横手城南門に設えられた「かまくら」です。この後横手市(大仙市)主催の撮影会が開催されるので、職員が水神の幟や火鉢等の小道具を置いていました。
横手上会場から。市役所通り会場に向かいました。
此れは横手市市役所の西側に在る「市役所通り会場で開かれる「かまくら祭り会場です。ライトはLEDです。
かまくらの中に小道具も設えてこれで明日からのお祭りの準備は完了です。市職員は「明日は可愛い子が此処に坐りますから・・・・」言ってお餅を焼いて見せました。
「かまくら」と云えば「鎌倉」を想い出します。鎌倉の数多くある「横穴式墓地」は「やぐら」と呼ばれます。確かに鎌倉を代表する「やぐら」に似ています。やぐらの奥に弁天様が祀られている位置関係は横手での「水神様」に置き換えただけ。鎌倉のやぐらに酷似しています。
此れは鎌倉扇ヶ谷の海蔵寺の「やぐら」です。鎌倉石の巨岩の横腹を刳り貫いて弁天様(宇賀神)を祀っています。隣の大岩には9個の井戸を掘ってあります。(鎌倉では有名な井戸です。
これは川崎民家園に移築された奈良町の井岡家(油屋)の竃です。竃荒神を迎える為に清潔にしています。「かまくら」箱の竃に姿が似ている事から「竃のくら」という意味と「神坐(かみくら)」の意味であるとの解釈もあります。
でも、私は「は竃蔵/かまどのくら」の事だと思います。
竈は火の神の依る処です。竃のお蔭で人間は食糧が大幅に増えました。堅いモノも煮たり焼いたりすれば食べられるし、殺菌する事も出来ました。正に竃は神の居わす神聖な場所でした。雪穴を掘って火鉢を囲んで水神様を祀って新年の豊穣招福を祈るには最適な横穴と云えます。
出来れば「おしん」のような少女に招かれて温かい「甘酒」の御接待を受けたいものですが、それが可能なのは14日、15日です。
幸い、オリンピックにでも出そうな横手南高校のお嬢様と会話も出来たので、満足して、帰宅する事にしました。
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