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2月3日龍口寺では1時から「水行」が行われました。
私は昨年立山の「日石寺」の上り「瀧行」を視ました。古くは霊山の立山を登るに先立って瀧に打たれて心身を浄めたのでしょうが、私が視たのは三百円を払って白衣(死に装束)を着せて戴いて、二,三分瀧に打たれるのでした。瀧に打たれて『自身が犯した大小様々な罪や心身に付いた”穢れ”を洗い落す行で、心身を清浄にする行であり神道でいう「禊ぎ」と似ているが修験道では『水垢離』と呼ばれるのでしょう。
これは立山の登り口日石寺の瀧行です。写真出典『富山県観光ナビhttp://www.hokurikushinkansen-navi.jp/pc/news/article.php?id=NEWS0000012688』
龍口寺の「水行」も「水垢離」でそう確信したのは「南無妙法蓮華経」お題目を唱えて、「六根清浄」唱えて、最後に”「国家安楽」を祈って水行を行う”、と風呪(回向)していました。『亡くなった人の魂を弔うのではなく、天災等起きない様に』水行をしたのだというのです。
こんな呪術の根本には日本の国は「厄に穢れているから災難が頻発する」と云った認識が在るのでしょう。個人レベルで考えれば私の心身が汚れて居るから次々に災厄に見舞われる。この際心身についた垢を落したいとして「古代の人の選択が砧で布を打った様に冷水を浴びる」のでしょう。
これは龍口寺の水行です。盥は[鴨の鶴]の商標でした。お寺からはネットに掲載しないように言われまあしたがお顔が映っていないのでそのまま掲載させて戴きました。
私は「御坊様の水行」を視て本堂東の「淨行菩薩」をお浄めしました。
水を張った桶とタワシが用意されています。自分の体の悪い部分に手を添えて次に淨行菩薩の同じ部分を洗い流すことで自分の体の汚れ(厄)がを落ちると考えるのです。人形流しと同じです。
私は物覚えが悪くなったことや先々の「認知症」を懸念して先ず頭に手を遣って淨行菩薩の頭を洗わせて戴きました。ワイフは先ず眼を次いで腰を洗っていました。
タワシでは淨行菩薩様も痛いでしょうに・・・。
淨行菩薩さんの背後ではお嬢さんがチワワを撫でていました。菩薩も私にタワシで擦らてチワワが羨ましく想われた事でしょう。
私の住む倉田には「お杓文字様」が祀られていて、子供が風邪をひくと先ずお杓文字様に治癒を祈って。幸いに風邪が治癒したら使っていたご飯茶碗をお杓文字様の祠にぶつけて茶碗を割ってしまいました。風邪の厄が完全に落ちた事を茶碗が割れた事で確信するのです。
此れは鎌倉大塔の実やの「厄割り石」土器の皿に息を吹きかけて石にぶつけて皿を割ることで厄が払われた事になります。各地にある「土器/かわらきなげ」と同じような厄落し呪術です。
『厄除け』には『防御型厄除け』が多くあります。玄関に「南天や柊の木を植えたり」部落の入り口に「道切」と呼ばれる注連縄を張るのは「此処から先には厄病神は通させぬ!」と云った防御型厄除け呪術」でしょう。
此れは奈良山の辺の長岳寺にある道切です。この注連縄より中に災厄を入れない呪術です。
一方豆撒きやは厄病神を懲らしめる攻撃型呪術です。呪術にはもう一つ潔斎型呪術があります。「厄病神に見舞われる原因は自分自身に在る」と云った反省や自覚をベースに自分の心身に付いている汚れを洗い清めようとするモノです。前段で紹介した龍口寺の水行は潔斎型呪術です。潔斎型呪術の多くは『個人的な願望を満たす、水垢離やお百度参り』ですが、集団の願望を満たす潔斎型呪術もあります。日蓮上人は相続く天災人災を幕府の政治(祭りごと)の過ちにあると主張して片瀬で処刑されそうになりました。
政敵を呪詛殺害しようとする「黒魔術」もその一つです。韓国の歴史ドラマにも良く出て来ます。
昨年葛飾の南蔵院に「縛られ地蔵」を視に行きました。
石のお地蔵様が本堂の西側に祀られていてお堂の長押に何本も藁縄が吊るされていました。説明では次の通りでした。http://shibararejizo.or.jp/picbook.htm
『呉服問屋越後屋の手代弥五郎が南蔵院前を通りかかった時に急に睡魔に襲われ門前で寝込んでしまいました。手代が眼を覚ました時には商品の呉服が失せていました。手代は奉行所に駆け込みます。大岡越前が命じます
「門前に立ちながら盗人の所業を見逃すとは、不届き千番な地蔵である。地蔵を召し捕ってまいれ」。縄で縛られたお地蔵様が台八車に乗せられ奉行所に召し上げられました。”地蔵の詮議を見物しよう”と江戸市民が奉行所になだれ込みました。
大岡越前は群衆に言い渡します。「奉行所に見物しに来るとは怪しからん!、木綿一反を科料とする」こうして集まった反物の中に手代の担いでいた反物が在ったのでした。結果、盗人が掴まりました。「縛られ地蔵尊」は厄除けから縁結びまで、あらゆる願い事を結ぶ開運の地蔵尊で毎年大晦日の夜に「縄解き供養」が行わるそうです。縄で地蔵を縛る事は自分の欲望を縛ることで、自己制御の形態でしょう。『水垢離』と同じ類感呪術と思います。
此れは葛飾の南蔵院の「縛られ地蔵尊」です。お堂の長押に縄が架っています。その縄を用いてお願いをしながらお地蔵さんを縛ります。
呪術は昔も今も盛んです。「人事を尽くして天命を待つ」は古くても現代にも通じる諺です。人事を尽くす為には自らの心身を潔斎する事が第一です。もう古い話ですが、菅さんが、四国をお遍路した事がありました。結願の大窪寺で記者会見しました。その時の発言が「四国にはソーラパネルが多かった」でした。私達は「この人はもう駄目だ、少しも反省していない」思ったのでした。日本人は人事を尽くす行為に自らの心身を潔斎する事を第一に考えて来たのでした。お遍路も大自然に体を委ねる事で心身を綺麗にする事と理解して来たのです。沢山のお遍路さんの失笑を買うだけで終わりました。
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