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2月2日夜半来の雪が降りました。雪景色の三溪園を観たいと思って午後から出かけました。処が雪は止んでしまい、午後1時には行きは消えて雪景色どころでは無く、凍えて帰路に着きました。腹はすくし、散々な目にあって桜木町駅まで戻りました。
2月2日(金)夜半来の降雪でしたので三溪園に雪景色を観に出かけたのでしたが、生憎雪は午後には消えてしまいました。
でも翌日は結婚式日和「前撮り」カップルが数組来ていました。
駅から海側に出ればお洒落で美味しいお店がモールになっています。山側に出れば野毛の商店街です。国道16号線の上に立っているビルが「桜木町ピオシティー」です。地上はJR根岸線、地下5階が市営地下鉄ブルーライン駅です。昔、母がこの駅ビルの展示場に書道のグループ展に出典していて、何度も良く車で送って来ました。当時から「桜木町ピオシティー」は展示会場こそ在っても何処か垢抜けない「闇市」の様なビルでした。それもその筈、この辺りは60年代は日雇いの労働者がたむろして、午前中は仕事を求める労働者(主として港湾労働者)夕方にはお金を握ってお酒を吞む人がたむろしていました。「よいとまけの歌/美輪 明宏(みわ あきひろ」の似合う街でした。
中央の道が16号線(下りの一方通行)で道路を挟んで右(北)が桜木町駅ММ21で左(南側)が「桜木町ピオシティー」です。
私達は帰るのにも便利だし、懐かしさも手伝ってピオシティーでランチすることにしました。
ピオシティーの地下モールはそのまま立ち飲み処です。写真は立ち飲みと云っても「止り木」状のスタンドのある店。立ったまま食べれば「立ち食い」ですし、飲めば「立ち飲み」です。野毛の立飲み屋が駅まで進出してきた感覚です。
60年代の匂いが残るお店とポスターです。
これはピオシティーの看板寿司居酒屋の「神楽」です。視ての通りお酒とお刺身2点で千円の晩酌セットが売り物です。
此れは私達がランチした横浜飯店です。餃子に焼売をおツマミに一杯飲むのが主流のようです。
食事を終えて元気になった私は「桜木町ピオシティー」を視て廻る事にしました。
案内板を視ると、地上10階・地下3階の複合ビルで、地下鉄駅は地下5階にあります。ビル竣工後地下鉄が出来たので、地下鉄に乗るには地下3階から更に2階降りなければなりません。でも、下りエレベータはありません。バリアフリーは全く設備されていないのです。
展示場は3階に集中していました。書道の道具や骨董品が並んでいます。
私の先輩も友人も書道を趣味(専門?)にする人は沢山いますが皆が眼の色を変えるような道具を展示即売していました。筆先を確認すれば「むじな」と案内されています。大半が中国製のようです。中国には未だ「むじな」が多く捕獲できるのでしょう。
「むじな」とはいっぱんには「狸/たぬき」の古語と思われています。でも漢字では「狢」と書きます。広辞苑を確認すれば狢とはアナグマの類のようです。中国では「ハクビシン」が多く病原菌の宿主と指摘された事件もありました。狸は熊の仲間ですが「ハクビシン」は猫科の動物です。筆先は「狸」か「猫」かでイメージも違います。2年前輪島で「輪島塗の工房を見学した事がありました。伝統工芸士は「輪島塗にはネズミの毛で作られた蒔絵筆が欠かせない」説明を受けました。
「熊」と「猫」と「鼠」と筆は色々のようです。
3階には書道の筆の他にも日本画の絵筆も商われていました。
「桜木町ピオシティー」3階の売り場風景。手前の作業場では作品を展示用に「掛け軸」処理してくれる。その向い(左)は骨とう品店。突き当りに唐三彩の古美術やが出店していました。
書道用の筆が各種半額で案内されていました。私の母も此処で道具を求め此処で掛け軸に表装して貰っていたのでしょう。
日本画の絵筆も案内されていました。竹製の軸に「むじな」と記されていました。真っ白いのは絵の具を確認し易くするために漂白したのでしょう。
硯も沢山展示されていました。「全自動墨擦り機」も販売されていました。
硯も沢山展示されていましたが、4年前山梨で見学した「雨畑」工房の硯は無く中国製が売り場を席捲していました。
高価な墨も商われていました。
腹は満ちたし、良いモノも観た、お土産の買えて「桜木町ピオシティー」は昭和の香り漂う最高のビルでした。野毛や紅葉坂に行くにも此処は拠点になります。
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