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平昌オリンピックは日本人選手の活躍も在ったし、夫々の選手の人生を掛けた戦いを観る想いがして感銘深いモノがありました。オリンピックの後はパラリンピックに大相撲春場所が始まりました。その後には高校野球も準備されているし、スポーツ観戦好きの私にとっては美味く出来すぎて居ます。こんなにうまく出来すぎて居る時には何か「興醒め」が起きるモノです。懸念していたら、横綱が三人揃って欠場する懸念があるとの事です。流石に「鶴竜」だけは出場しましたが稀勢の里の立場に立てば、「出場して若しも負ければ引退」、欠場したも引退では、休んで身体を万全にする他ありません。
大相撲春場所興業に先立って難波の鎮守住吉大社に奉納土俵入りをする鶴竜。写真は読売テレビ
『こんなことになるのなら、日馬富士を引きとめて置けば良かった。』
相撲協会も日馬富士の引退が本望でなかっただけに「ホゾを咬む思い」で居る事でしょう。自ずと非難の矛先は「貴乃花親方」に向かいます。貴乃花親方は『不祥事が止まらないことを理由に相撲協会の改革』を主張します。
マスコミは総じて、相撲をつまらなくしてしまった責任を貴乃花親方の度量の狭さをに糾弾する傾向にあります。
でも現状貴乃花親方が「協会改革」の概要を説明しないので、世論は総じて、貴乃花親方の私争と思っています。貴乃花親方の初期対応のまずさが『止めなくても良かった日馬富士を引退に追い込んだ』思っています。
現在相撲協会が議論しなくていけない問題は単純です。
第一に「女性問題」です。女性問題と云っても芸能人のスキャンダルではありません。『相撲は神事だから、女性は土俵に上がれないと』云った慣習です。この四半世紀『女性は土俵に上がる事の是非』が論争になって来ました。でも、春場所の桟敷席で観ているお客さんの過半は女性ですし、理事会の議長も現在は女性です。以前は内館 牧子横審委員を、朝青龍が怖がっていました。何時までも『女性は土俵に上がれない』主張するのは時代錯誤です。修験道では無いのですから。それに、神事として営まれている「鎮守の祭りの奉納相撲大会」で女の子が男の子を投げ飛ばしています。「女性が穢れているから土俵に上がれない」本当に思っているのなら、靖国神社や伊勢神宮の内陣に女性は上れないことになります。まして相撲と縁深い富岡八幡宮の宮司は女性です。
総じて「日本の神様」は女性が好きですし。天照大神を筆頭に女性の神様の方が上位に在るのです。
第二は「国際化」の問題です。現状の大相撲が日本力士だけであれば、面白くありません。世界中のお相撲さんが同じ裸になって、力比べ、技較べをするので面白いのです。
貴乃花親方の口吻は「相撲の国際化」に逆行していて、若い癖に旧態依然とした主張を繰り返しています。古い感覚がモンゴル人力士の排斥に向いている懸念があります。大相撲を『日本の伝統の中で産まれた国際的なスポーツ』の方向にベクトルを定めない限り、貴乃花親方の主張は世論には私憤に映ってしまいます。世論を味方にするポイントは「国際感覚」です。「女性問題も」国際感覚で判断すべきです。
私は行司の衣装を楽しみに観ています。そして「行司」が女性なら?想像してしまいます。
『相撲の国際化』の前例は柔道があるだけに。意外に簡明です。キーワードは①に様式美、②は「シンプルなルール」です、③に「公平公正」です。貴乃花部屋の後援会には視野の広い方も多いでしょうから、朝青龍に続いて日馬富士を失った相撲協会の行く末を適切に導く事でしょう。
日馬富士の引退勧告は国際感覚とは大きなズレがあります。屹度世界中の人は「日馬富士問題の核心」が「極東国日本の島国根性」と映っていることでしょう。
その意味で1月場所でジョージア出身の「栃の心/レヴァニ・ゴルガゼ(グルジア語表記:ლევან გორგაძე)。が優勝した事は有意義でした。バルトや琴欧洲が引退した現在、国際化の為には欧州出身力士を大切にしてほしいのです。大砂嵐の処分も心配です。国際世論に理解されるよう配慮してほしいものです。
ところで相撲の発祥の歴史を確認すると「国際化」の意味でも普遍的な真理に則っているのです。以下相撲の発祥が「平和主義」であった事実の根拠を縷々説明します。
【相撲は先史時代からズット地域代表者の格闘技でした】
相撲が最初に登場するのは古事記です。大和朝廷は葦原中国平定の件で「建御雷神(タケミカヅチ)」を派遣して出雲を平定しようとします。建御雷神は出雲で出雲軍を威圧して戦わずして平定します。建御雷神は出雲平定に続いて諏訪平定に向かいます。諏訪は鉄器を有していましたし、出雲も鉄製の兵器を持っていましたから戦争になれば両軍大きな傷を負った事でしょう。建御雷神は諏訪の英雄建御名方神と対峙します。出雲と諏訪が戦ったら両軍大きな損失を被った事でしょう。
「出雲と諏訪を代表して建御雷神と建御名方神が相撲を取ることになります。、「私は力比べをしたい」と言う建御名方神は氷柱の様な腕を摑んで投げよう(上手投げ)とします。処がまた氷柱から剣(つるぎ)に代えようとしたので技をかけ損ねてしまいます。逆に建御雷神は建御名方神の手を葦のように握り潰してしまい、勝負にならなかったとあります。(古事記)これが相撲の起源とされています。
大和朝廷は未だ青銅器文化の時代、鉄器に優れた出雲が平和主義で居なかったら、大和朝廷は無く、出雲が都になっていたかもしれません。諏訪も大和朝廷に抵抗したならば大戦争になっていたことでしょう。
奈良時代には内裏で「相撲節会」が開かれました。宮中の年中行事。騎射(弓と競馬と並んで「三度節」と云われましたが相撲だけが現代に引き継がれています。有名な野見宿禰(のみのすくね/出雲代表)が当麻蹴速(たいまのけはや/葛城代表)に勝って垂仁天皇から葛城の所領を下賜されます。
江戸時代には神社の興業としてお相撲は一層盛んになります。
歌川国輝(二代)画「勧進大相撲土俵入之図」慶応2年(1866)図の出典上記日本相撲協会
藩は自国の代表として相撲取りを抱えて藩の名誉を掛けて戦わせました。
有名な雷電は信濃松代藩のお抱えでした。
今も「御岳海」は信濃人にとって大人気なのは信濃の代表だからです。
開催時期は田植えも終わった7月でした。
此れは雷電の手形です撮影場所小田原の飯縄観音
相撲が面白いのはルールが単純だからです。相手を土俵の外に押し出すか、土に付ければ勝ちです。世界中の格闘技の中でこんなに単純な競技は他に在りません、オリンピックで百m競争が一番人気であるのと同じです。
単純なのは土俵にもあります。私は土俵上のお相撲さんを観る度に地鎮祭を想い起します。地鎮祭は四隅に笹竹を建てて注連縄を張ります。其処がこれから建物を建築する聖なる土地で土地の神を浄め承認を求める祭事です。中央には砂盛ヲします。先秋に鰺ヶ沢の相撲会館を見学しました会館の中央に本格的な土俵が築かれていて、砂盛には赤白の幣が建てられていました。地鎮祭のそれと全く同じでした。土俵の奥に大型スクリーンが据えられていて、鰺ヶ沢のヒーロー「舞の海」の20番勝負が放映されていて、お年寄りが飽きずに声援していました。
何のことは無い土俵は三宝の上に俵を丸く敷いて出来て居ました。三宝とは神様にお神酒や食事を奉げる卓です。要するにお相撲は神様に喜んでもらう芸能(神楽)の様なモノでした。
各藩の代表が藩の名誉を掛けて戦った江戸時代にお相撲の繁栄の基礎が築かれました。現代はグローバル時代、世界中の国が民族の名誉を掛けてガチンコで戦えばこれからの大相撲は島国日本から、グローバルスポーツ「SUМОU」になると確信するのです。春場所直前になって貴乃花親方は内閣府に告訴状を提出しました。
高の部屋部屋のホームページに告訴状全文が載っています。(http://takanohana.net/message/)精読しても親方のベクトルの『見当はずれ』が気になります。大半の相撲ファンには現執行部に対する反発ばかりが目について「改革」のニュアンスが無い事です。
此れは貴乃花部屋のHPの「親方夫人のファイルに在った、新入幕の貴景勝の成人のお祓いに、富岡八幡宮に行った時の写真。部屋の家族の様な空気を良く示しています。
貴乃花部屋のHPを読むと若い入門者を育てる自覚に満ちています。いる「良い部屋」ですから、日馬富士の暴行は許せなかったのでしょうが、協会理事長の席が関係してくると、突然キナ臭くなってしまいます。ファンはもう親方同士の確執は見たくありません。早期に終結して、相撲に集中させてほしいモノです。
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