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我家の前の道は私の生家「盛徳寺」の参道です。先日の春一番が吹いた日には盛徳寺の庭で稔った夏蜜柑が坂道を転げ落ちて県道にまで転がって行っていました。県道で自動車に轢かれて無残な姿を晒していました。3月6日の朝も参道には三つも4つも夏蜜柑が転がっていました。
盛徳寺の境内庭に稔った夏蜜柑コロコロ転がって200m、県道で轢かれて無残な姿を晒しています。坂道の中段に在る我家では気付けば拾って湯豆腐に絞ってカボス代わりに使っています。
この夏蜜柑」は私の祖母が夏蜜柑を食べて庭に捨てていたモノが芽吹いたものです。夏蜜柑は息子が任地から送ったモノでした。祖母には5人も男の子を育てて、全員大学まで卒業させました。4人は住職になりましたが一人三男だけは早稲田の金属工学を卒業させ日本鉱業に勤めさせました。その三男が福岡の飯坂に勤務した時に、夏蜜柑を送ったモノでした。祖母は喜んで食べ尽くして、その種を庭先に捨てていました。祖母の部屋の前庭には「柿」や「枇杷」に「夏蜜柑」が芽吹いて育ちました。何れも各地方に散った息子たちが送ってきた果物の種でした。祖母は柿(福島)枇杷(長崎)夏蜜柑(飯坂)の苗の面倒を見ながら、私に言いました。
現在の「盛徳寺」の全景中央の13重石塔の左に在るのが飯坂生まれの夏蜜柑の樹。野菜畑だったのですが境内に車が乗り入れられるように道を整備したので畑は狭くなってしまいました。
『柿に琵琶に夏蜜柑の苗が育っている。何れお前が家を建てたならこの苗を自宅の庭に植えておくれ。果物を食べた時は私を想い出しておくれ!』
今では盛徳寺の庭は大半が駐車場に変って、夏蜜柑は庭の端に追い遣られてしまいました。一方、枇杷や柿は伐採されてしまいました。夏蜜柑の背後には祖母が篤く信じた観音像が戸塚の街を見渡しています。
観音像は祖母の貯金を叩いて京都の太秦で鋳造したモノ筆者が大阪勤務時代に何度も立ち会って立派に出来ました。
夏蜜柑の樹の下には13重の石塔が建っています。石塔の基壇には祖母(竹内ノブ)の半生を刻んであります。世田谷実相院の次女で産まれて、竹内周三の盛徳寺晋山に際して入山したモノの周三は早逝し、女手で育児した事、観音を篤く信仰したこと等が記されています。
毎年夏蜜柑はたわわに稔っています。処が誰も食べてくれません。南国で育った夏蜜柑は南国では甘くても、横浜で育った苗から稔った夏蜜柑は酸っぱいのです。誰も食べてくれない夏蜜柑は仕方なく足元に実を落します。大半の夏蜜柑は其処で土に戻りますが、大風が吹いたりすると、落下して其処からコロコロと坂道を転がって県道まで転がって行ってしまうのです。夏蜜柑を口を窄めて食べるのも祖母孝行ですし、ワイフは酸っぱいので好物です。「グレープフルーツの様にして半分に切って蜂蜜を掛けて食べたら良い」と提言するのですが、ワイフは「この酸っぱさが良いのよ!」言って、祖母を喜ばせています。夏蜜柑が「コロ・コロ」転がって我家の前に来て言っている様な気がしました。
収穫して来た夏蜜柑実は食べて皮はお風呂に浮かべて使う予定です。
「今年も婆ちゃんの夏蜜柑が食べ頃になりましたよ。婆ちゃんは孫夫婦に食べさせたい!。と言っていたのだから直ぐに収穫に来て下さいよ!」
私はコロコロ転がってきた夏蜜柑に急かされて収穫に行きました。収穫した夏蜜柑をお盆一杯に拡げて思います。
私の体は酸を欲しています。夏蜜柑の酸っぱさは「クエン酸」です。、クエン酸には動脈に蓄積される乳酸をも分解する作用がありますので、動脈硬化予防にも効果があるのです。ズット前から我家の前にコロコロ遣って来ていた夏蜜柑でした。早くから気付いてクエン酸を摂取していたら、5年前脳梗塞を発症する事も無かっただろうに・・・・・!
でも、今からでも遅くはありません、婆ちゃんの気遣いに感謝して動脈硬化予防に努める事にしましょう。立春を過ぎた今頃が旬です。5月になれば酸味は薄れますがパサパサです。私には殊の外優しかったのに憎まれ口を叩いていた末孫です。クエン酸のようなお婆ちゃんでした。
酸っぱさに口を窄めながらも1個の夏蜜柑を食べ尽くしました。背中のパッションフルーツの葉が揺れました。どうも婆ちゃんが悦んで観て居たような気がします。
お皿に一杯の皮と種が残りました。
「婆ちゃんの真似をしてこの種を庭先にまいてみようか!」
思いました。
これが1個の夏蜜柑を食べた後の屑、種が実に多いのです。
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