|
弥勒寺の裏山を越えた谷間に「円空館」がありました円空館に行くには先ず弥勒寺発掘跡を通って円空墓を越えて次の谷戸に行かなくてはなりません。竹林には竹の伐り跡に杖が射してあります。円空館に向うには杖を使いなさい、そんな心使いでしょう。
弥勒寺の裏に古代の弥勒寺遺跡発掘跡があります。奥が金堂で手前に東西の塔がある法起寺方式の伽藍が在ったようです。案内板には此処長良川中流域にはムゲツ氏が勢力を有し壬申の乱では大海皇子(天武天皇)軍に組したそうです。しかし中世にかけて廃寺になっていたモノを遊行聖の円空が定住し住職になって大津三井寺の末寺になって再興したのだそうです。
弥勒寺官衛遺跡群の案内板。官衛とは古代の地方役所の事です。此処が長良川の要衝だった事から官衛に最適だったのでしょう。
弥勒寺から弥勒寺遺跡を通って、竹林のある山を越して向こうの谷戸に円空館がありました。
竹林には筍がアッチコッチに頭を出していました。看板が「竹林保護の為筍を採らないで!」促しているのは筍を採る人が多い事の現れでしょう。
円空の好きな人はみんな心使いが出来るのです。裏山の峠を越えると二輪草が咲き出した道の先に屋根の上に明り櫓のついた建物が見えて来まあした。木造建築はまるで「村の分教場」のようです。床の下は池のは防火対策でしょう。そう想うと「法隆寺の隣の中宮寺を想い出しました。中宮寺の本尊は国宝の弥勒菩薩です。池の面を臨み込めば一斉にメダカが散って逃げました。私が鷺か鵜と思ったのでしょう。
此れが円空館です。村の分教場を想わせる木造建築ですが。屋根の天頂に櫓が在るのは採光の為、建物が池の上にあるのは防火対策でしょう。
パンフレットに依ると円空館には30体の円空仏を所有している事、と弥勒寺官衛遺跡群から出土した「須恵器」や「瓦」を展示している事になっていました。
円空も木喰も自刻像が有名です。木喰の自刻像は33観音に囲まれて嬉しそうな顔でいますが、円空の自刻象は善財童児を想わせる合掌像です。木喰も円空も自刻像を彫ったとは主張しておらず、鑑賞する私達が現代彫刻家がするように自刻像と思い込んだモノでしょう。そんな円空の自刻像の中で一番に有名な像が此処円空館に展示されていました。私達が観て親しんでいる像は右横顔を撮影したモノでした。左眼には深い傷がありました。傷は時間が経って木材が割れた訳では無くて、素材の材木に節が在ったモノです。節が在ったのも偶然と云うか何かの「縁」でしょう。節が在るから仏像を彫るのを止めて廃棄してしまうのではなく、素材の悪さを受け入れて彫ったのでしょう。
これは円空自刻像と呼ばれる善財童子(不動明王の眷属)です。写真では美しい木目ばかりが見えますが左横顔には痛々しい節目がありました。
円空自刻像に見入る
円空館の廊下に貼られたパネルには弥勒寺国衛の発掘時の写真が観られ展示室には出土した須恵器や瓦を見学できます。自然光でパネルや仏像を見せるのは素晴らしいです。
私は円空館の建物が気に入りました。職員に「良い建物ですね!昔の分教場の再利用ですか?」尋ねると館長さんは嬉しそうにして、私を執務室に入れてくれました。壁には「表彰状」が架っていました。この建物は「円空館」として株)佐藤総合計(墨田区)が設計し地元建設会社が建築したものです。竣工2005年(平成15年)7月
円空を故郷の誇りに思い大事にする気持ちは円空好きにとって嬉しいモノでした。
これが円空館の表彰状竣工は平成15年でも受賞は平成18年でした。
円空館は木造建築の居心地の良さとコンクリートの家打ち放しと自然光で仏像を拝観できる優しさが魅力の博物館です。
ブログランキングに参加しています。
応援クリックお願いします。 ↓
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




