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『井底蛙』とは井戸の中にすむ蛙のことです。『大海を知らず』続きます。
『坐井観天』は視野の狭い人物を蔑んで揶揄した言葉です。どちらも余り良い意味ではありません。でもこんな諺からして蛙は井戸の底で暮らしているモノなのでしょう。
『蛙鳴蝉噪』とは、やかましく騒ぎ立てたること。くだらない議論や下手な文章のたとえ。です。蛙の4字熟語は総じて悪い意味が多いようです。でも、日本人は総じて蛙好きです。製薬メーカーは蛙をマスコットにしていますし。家の玄関には蛙の置物を設えたりします。
これは「雨蛙」この可愛らしさが製薬メーカーのマスコットになった理由でしょう。
『蛙の面に小便』と云えば「どんな目にあわされても、どんなことを言われても、一向に気にせず、平気でいることの喩です。「 図々しい奴」や「ふてぶてしい人」に対して、皮肉をこめて言うことが多いようです。悪い意味ばかりかと云えばそうでも無さそうです。信念があれば、悪口雑言に耳を貸さず信念通りに行動するので「蛙の面に小便」という事になるでしょう。
身近な小動物の蛙ですから「昔話でも活躍します。「蛙の恩返し」という話があります。
ある日爺さまが蛙を呑もうとしている蛇に、呑まんでくれたら自分の娘を嫁にやろうと言い、蛙を助けます。するとある夜一人の侍が訪れ、『自分はあの時の蛇であり嫁を貰いに来た』と言いました。本当に来るとは思わなかった爺さまは憔悴のあまり寝込んでしまいます。末娘が侍に連れられて行くことになります。末娘の所へ蛙が訪れ知恵を授けた。『巨大な瓢箪を背負い、千の針を持って行きなさい』末娘は侍に連れられて池の畔に遣って来ます。そこで背中の瓢箪を池の中に放り投げました。侍は蛇に姿を変えて瓢箪を丸呑みしました。すると蛇は苦しみ始めます。蛇の腹の中で針が暴れ出したのでした。そうして末娘は爺さんの家に戻れたのでした。
吉野山金峯山寺の【飛び蛙】
世界遺産吉野山の金峯山寺には『蛙飛び行事』という名の奇祭が行われます。修験者が岩場の修行で突然に恐怖感に陥ったそうです。”怖い助けて!”身体が動かなくなってしまいました。金峯山寺の高僧が未熟な修験者をカエルに変身させて救出したという伝説です。一時蛙に変身した修験者が高僧に謝意すると、高僧は蛙を元の人間に還してあげました。
これは金峯山寺の奇祭「飛び蛙」です写真出典産経フォト
長々と書きましたが日本人は蛙が好きであり日本文化の深層に蛙が浸みこんでいるのです。
我家の主だった初代の蝦蟇蛙君黒土の上では黒いのですが、茶色にも変身しています。背後に在るのは犬小屋です。
此れは我家の主であった蛙さんのデスマスクです。観ての通り、蝦蟇合戦を終えて帰還しようとして我家の石段の下で轢かれてしまったのでした。
我家には建築前から巨大な蝦蟇蛙が棲息していました。「庭の主」として敬愛していました。普段は植木鉢の中に隠れていたり下水道の枡の底に潜んで居たりして、蚊やミミズやハエを食して居るのでした。明らかに益虫(?)です。毎年3月になると蝦蟇合戦から帰還してきて庭で傷ついた体を癒やすのでした。敬愛していた蝦蟇君が轢死してから私には禍が続きました。布団の中で両手を組みます。横になっても気分は座禅を組んだ積りです。丹田に手を置いて腹式呼吸すると、私は右胸の肋骨が無い事に気付きます。腎臓癌の摘出手術の際に肋骨も伐ってしまったのでした。「蝦蟇君は車に轢かれてさぞ苦しかったろう!」思います。
これが我家の池です。煉瓦積みの1壺の狭い池ですが金魚を飼っています。
庭いじりをしていて気付きました、池面に何かが泳いでいるのです。最初は蛇が居るのか!思いました。でも良く見ると蝦蟇ガエルです。煉瓦を積んで作った池ですから蛙君は煉瓦色に変身しています。バシャバシャ泳いでいるのは溺れそうなのかも知れません。
「蛙が溺れたら、大変」蛙が訊けば怒りだすかもしれません。でも私が観察する限りでは、基本的には蛙は「肺呼吸」で「鰓呼吸」ではありません。適当に地上に出て空気呼吸しないと溺れて死んでしまうと思うのです。そこで廃材を池に浮かべてあげて時々廃材の上で呼吸するようにしてあげました。
私が柏尾川の澱みで観察すると上流から流れ着いた廃材の上で牛蛙が気持ちよさそうに日光浴していて、蜻蛉が飛んでくると”ぺロッ”と舌を出して捕食しているのです。
此れは柏尾川のカイツブリの巣の上を占領した牛蛙です。蛙は肺呼吸をしているので、水中に長くは居られません。此処の上で昆虫が飛来するのを待って捕食します。以前牛蛙の生態は次にアップしました。https://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sv=%B5%ED%B3%BF&sk=0
そんな次第で池に廃材を浮かべて蝦蟇蛙の休憩場にしました。
幸いワイフは初代の蝦蟇蛙が嫌いでは無かった様です。どちらかと云えばワイフよりも愛犬が怖れていました。蝦蟇君が犬小屋の周りをノッサ・ノッサ歩いていると尻尾を丸めて見詰めていました。
庭でガーデニングしていて時折池の中を覘くと蝦蟇蛙の二代目は廃材の上に行儀よく坐っています。出掛ける時も帰って来た時も池を覘いて蝦蟇蛙の二代目の姿を確認すると安堵しいます。
大手町の長銀に勤めていた時は皇居側に「首塚」がありました。辞令を交付され、地方や証券会社に出向を命じられると、将門塚の蛙に「無事本社に帰還できるよう!」挨拶に行くのが習慣でした。「無事帰って栄転する」が御願ことです。
旅行に出たり、病院に入ったり、自宅を出る事は多多あります。此れからは「無事帰る」重大事です。家に二代目蝦蟇ガエルが棲息してくれた事は運が向いて来たような気がします。
在りし日の初代蝦蟇君も池の淵が好きでした。この手前の露草の茂みに弥勒様の石仏を墓標にして初代蝦蟇君は眠っています。今回は「子孫を遣わしてくれて感謝します」。
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