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砺波の水記念公園から更に山を下って五箇山の登り口の位置に蓮如上人の古刹「瑞泉寺」が在ります。瑞泉寺は蓮如上人開基の名刹ですが、それ以上に欄間等の彫刻の技で有名です。浄土真宗の篤信の信者が此処砺波に住んでいた事が日本一彫刻の匠の町を作ったのでしょう。勿論庄川の上流には、飛騨の匠が居て、左甚五郎を排出した歴史も影響したのでしょう。
此れは瑞泉寺本堂です、雪囲いを外したばかりでした。右端の銅像は蓮如上人かと思えば親鸞聖人でした。
未だ境内には雪が残っていましたが、紅枝垂れ桜が満開でした。銅像は親鸞聖人です。
椿が散って、染井吉野も散って、瑞泉寺は雨でこそ在っても春爛漫でした。
宝物館から境内を見渡す。黄色い花は「連翹」で「一気に春が来た」感じでした。
砺波の瑞泉寺は1390年本願寺第5代綽如(しゃくにょ)上人が開基で、ご小松天皇の勅願所で夏には聖徳太子の絵解き説法で有名だそうです。宝物殿にはその絵解きの掛け軸や聖徳太子像が展示されていました。三度も焼失したのだそうですが、その度毎に浄土真宗の教団組織を活かして再建したのだそうです。火事は砺波の民衆にとって災難だったでしょうが、伝統の匠の技の継承の意味では幸いだったのかもしれません。私が裸足で廊下を歩いていると係員が追いかけてきて「スリッパを履け」と口煩く言ってきました。私は「転ぶと危険なので裸足の方が安全だ!」断ると。「本堂」「太子堂」「宝物館」と歩いて巡る時渡り廊下が濡れていたので。「濡れないように」心遣いであったようです。「他人の好意は先ず受け止める事が大事だ」と気付きました。
本堂正面向拝を飾る装飾彫刻本堂と向拝の間に在るのは海老虹梁で重垂木の下に在るのが
要所要所には解説が付いています。でも係員の説明したのは匠の名前のようでした。
本堂の装飾彫刻のうち下の段が間斗束上に在るのが蟇股彫刻で写真は獅子です。
これは本堂の主屋と向拝を繋ぐ海老虹梁です。虹梁の先端を飾る出鼻も凝っています。
何といっても装飾彫刻のハイライトは欄間彫刻です。内陣と大広間の境の柱には観音開きの障子戸があってその上部には金色の天女が欄間彫刻されていました。
スリッパ以上に係員が熱心だったのは「欄間」や「向背」や「蛙股」や「間斗束彫刻でした。彫刻の下には解説が貼ってあったのですが。それでは事足りず「何代目名人の何某が彫ったと説明してくれました。私が余り関心が無いので残念そうでした。郷土の誇りの名人だったのでしょう。
天井や欄間ばかりを見上げていると流石に首が凝って来ました。その中に敷居に躓きそうです。
と
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