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昨年も今頃、九品仏浄真寺に花見に出かけました。あの時は咲き始めた桜の花を乱暴者の「尾長鳥」が食い散らしていました。今年は開花が早かったばかりか、開花後には初夏の陽気が続いてもう散ってしまったようです。横浜のММ21街区から自由が丘は行きやすくなりました。チューリップを観た後は浄真寺でお花見です。浄真寺は私の欲求を満たしてくれます。第一は仏像拝観、第二は石仏鑑賞です。更に季節の花々が見事なのです。加えて飲食にも事欠きません。”時間が余ったら自由が丘に行こう”40年以上も前もそんな風でした。
ワイフも「浄真寺に行こう」と誘うとご機嫌です。
閻魔堂の向いは工事用の幔幕が張られていてお地蔵様と子法師像が祀られていました。
閻魔様にご挨拶してから境内を廻ります。
山門前の桜は略全部散ってしまいました。紅葉の若葉と山吹の花が綺麗でした。
去年の秋に来た時にはお庭の工事を始めていました。どんな工事になるのか、お知らせ看板も無いので解りません。山門を潜って本堂の前に出た参詣者は右回りに三つの阿弥陀堂を廻ります。右回りすると最初が「中品堂」で次が「上品堂」になり
此方は私の主尊の下品堂の下品上生の阿弥陀様左右に中生下生の阿弥陀様が並んでいます。
此方は上品上生の阿弥陀如来です。来週は灌仏会ですから綺麗な花飾りが供えられていました。
最後が一番南寄りの「下品堂」になります。三つのお堂に夫々三体ずつ「上中、下」生の阿弥陀様が祀られているので9体の阿弥陀様が揃っているので九品仏なのです。この日は中品堂の阿弥陀様を搬出(遷座)していました。工事は屹度参詣客が廻り易い様に導線を整備する工事の様な気がします。南門を潜ると右手に閻魔堂があって、その周囲にはお地蔵様が祀られています。真っ直ぐ進めば安産祈願の「観音堂です。
此方は本堂(主尊は釈迦如来)の向いにある阿弥陀堂です。観ての通り染井吉野は散って八重桜が咲き始めていました。
此処に手水鉢がありますので、手水してから境内を廻ります。手水を始めたらワイフが目の前の飾り物に気付きました。見れば鷺草の飾りつけです。手水と云えば龍など水神に縁のある飾り付けが在るのが普通ですが。真っ白な鷺の飾りつけは斬新です。紙を切って作ったモノか良く解りません。ワイフが本堂の横の池に鷺草の自生地があるのでその関係だろう、指摘します。
観音堂の入り口に在る手水鉢鷺草の飾りつけが斬新で素晴らしいと思いました。
可愛い少女が鷺草を視て眼を輝かせていました。浄土宗のお寺さんは情操を養う工夫が詰まっています。
手水の裏(西)は築山状になっていてその裾に33観音が並んでいます。一番左が33番の華厳寺になります。今日の主話題はこの石仏の風化です。
石仏には「風化」が宿命です。石は総じて堅いのですが石の種類によっては風化し易い石と風化しない石があります。関東地方で有名な石は「大谷石/栃木県」「房州石/房総の鋸山で採れる」「小松石/伊豆の湯河原でとれる」があります。石仏や墓標に最適なのは堅いし表面が美しい小松石です。一方房州石は凝灰岩で、火砕岩での上に軽石混じりの砂質凝灰岩が多いのです。柔らかいので細工に向いていますが砂岩に浸みこんだ水が氷結して風化を促進します。
風化の進行した浄真寺の33観音像。既に観音様の表情も持物も判明できません。
此方の11面観音様は左肩の上に地蜂が巣を作って右肩には蜘蛛の巣が張って桜の花弁が捕獲されていました。
房州石は江戸の町や城を作る時に盛んにも用いられました。浄真寺の石仏も房州石で作ったのでしょう。だから、4百年も5百年も持たない事は最初から解っていたのでしょう。「風化したらまたつくれば良い」思っていたと想像します。
ワイフに連れられて本堂横の池に行きました。池の水面は桜の花弁の吹き溜まり状態です。
これは本堂南側の池です。芽吹いているのは菖蒲で池の中か少し顔を出しているのが鷺草でしょう。
鷺草が咲き出すのは7月でしょう。その頃このレッドリストに指定されている清純な花を観に来る事にしましょう。
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