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南相馬小高に大悲山磨崖仏を拝観して、私達は次の目的地相馬の百尺観音に向かいました。百尺観音は相馬の名物である事に加えて国道6号線沿いに案内が出ています。相馬市内から海寄りの小高い丘の裾に百尺観音はありました。駐車場からも正面に拝観できます。そこら中に山藤が自生していて蕾を膨らませていました。
お線香を求めて拝観すると直ぐ脇に案内が記されていました。案内を要約すると。
此れが相馬の百尺観音です。
【参拝のしおり】 手前はお線香を供える巨大な香炉です。向こうが百尺観音
という事は現在は三代目の荒氏が事業を承継する事を期待され、現代は4代目の荒陽之助氏の代になったモノの事業はとん挫してしまったようです。相馬は過疎化が進んでいた上に大震災で百尺観音の竣工開眼どころではないのでしょう。巨大な観音像と云えば高崎観音や富津の東京湾観音や栃木の大谷観音を思い出しますが何れも立像の白衣観音です。坐像の聖観音ではこの相馬の百尺観音が最大になるのでしょう。壮大な百尺観音の志は「是」ですが。世代を超えて精神が承継されない限り、中途半端な姿を晒して「こんなことなら何もしないで自然の儘が良かった」後世の世代から酷評されかねません。
寂しい思いをしながら百尺観音を見上げると心なしか雨で涙を流しているように見えました。
百尺観音を遥拝する香炉の脇に掲げられた「参拝のしおり」には観音設立の発心から経緯を案内して在りました。この案内を視ると着工昭和38年)から60年以上経過して現在は事業頓挫していることが解ります。4代も経つと初心は忘れられてしまうのは悲しい現実です。
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