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「小倉山」でランチしてゆったりした気分になりました、4月23日午後の最初の目的地は福島の桜の名所「小倉山大蔵寺」です。再度阿武隈川を渡って東側の丘陵に登ります。
此れが稚児桜です。既に青葉でした、背後のプレハブの建物が住職のお住いでした。
有名な稚児桜は既に青葉になっていましたが、風雪に耐えた姿は凄まじい迫力でした。拝観料は一人目が500円、二人目以降は300円、と風変わりな料金体系です。受付の叔母さんは「遠路遥々参詣されて、尊い事です」とも云わず「予約の無い人は拝観できないのですが・・・・・、(住職に)訊かれたら予約してあった事にして下さいね!」何て言いながら住職の隠居建物(普通は住職は庫裏の方丈に居るモノですが)の玄関に入りました。私達が鉄筋コンクリート防火建築の宝物館の入り口で暫く待っていると、年老いたお坊さん(住職)が石段を上って来て、宝物館の鉄扉を開いてくださいました。住職は訥々と宝物館の諸仏を説明されました。
寄棟の建物が観音堂で、その背後が多宝塔です。11面観音は多宝塔に祀られていたのでしたが昭和42年に重文に指定され、解体修理を終えて右奥の段にある宝物館に遷座されています。白い花はシャガです。
住職が宝物館の鉄扉を開けて私達を導いて下さいました。
説明の要旨は『この11面観音は萱の一木作りで、坂上田村麻呂が東北鎮護の戦いに赴く際にこの地を通り、行基菩薩を開基に寺を創建し、本尊にこの丈六の観音菩薩立像を奉納した』伝えられています。
此れが大蔵寺11面観音です。大蔵寺パンフレットをコピー。
書庫の本で確認すると船底天井の多宝塔の中に祀られていた時代の姿が記録されていました。高橋富雄著 『みちのく―風土と心』(社会思想社刊 )
此れは會津立木観音此方は千手観音ですが、状態は大蔵寺の11面観音よりも良かったようです。會津は8.5mありますから大蔵寺の観音の倍もあります。でも大蔵寺の観音の圧倒するボリュームは少しも劣りません。東大寺3月堂の不空羂索観音に匹敵する存在感です。
しかし中世以降大蔵寺は衰退して、この11面観音像も腰から下は朽ちていたのでしたが、昭和43年に重文に指定され京都で解体修理を終えて宝物館に遷されたのでした。それまでは観音堂裏の多宝塔に祀られている秘仏でした。 弩迫力の観音像と云えば会津の立木観音を想い出します。昨年春にも拝観しました。https://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sv=%CE%A9%CC%DA&sk=0。会津の立木観音は寺伝によれば弘法大師、一方大蔵寺の11面観音は行基作ですから、寺伝だけを比較しても大蔵寺の方が百年余り古い事になります。平安時代前期の貞観様式で福島県内最大のといわれる高さ4mにおよぶ一本のカヤの木から作り出された千手11面観音です。 観音像の裏に回るとそのボリューム感に圧倒されます。
宝物館の壁際には破損仏が並んでいました。寄木造りの破損仏ですから平安時代中期以降の作でしょう。
稚児桜こそ観られませんでしたが、11面観音立像を拝観して満足しました、境内には出羽三山の石塔があり、足利大神の社殿前には8メートもの大草履が祀られていました。次の目的とは花見山です。愈々大蔵寺を退出しようとすると、庫裏の土間に筍が山盛りりされていました「美味しそう!」皆して覘きこみます。受付に居たお婆さんが「朝どりですよ、柔らかいし、香りも良いですよ!」しきりに奨めます。「貰って帰ろうか!今晩刺身にして酒の肴にもなるし・・・・。」その気になった途端に1本200円にしておきます。東京なら6百円はしますよ・・・!」中々に商売気のあるお婆さんです。
山盛りされた朝どり筍
筍を並べて商売気のあるお婆さん。
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