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矢田寺からバスに乗って近鉄大和郡山駅に戻りました。此処からは自転車で郡山市内から稗田や唐古遺跡を視て廻るを観て廻る予定でした。実は私はバイクで廻りたかったのですが家族がバイクに乗る事を心配します。そこで次善の策としてレンタサイクルで廻る予定にしていました。郡山の「紺屋町」に「箱本屋」という名の紺屋が在って、そこでレンタサイクルと観光案内所在るのです。
私は何度も郡山市内を視ているのですが、郡山と云えば「日本一の金魚の産地」と聞いていたのに、金魚の養魚場を見学した事が無かったので先ず自転車で「金魚資料館」に向かいました。処が、麻痺こそ消えたのでしたがハンドルを握ると左肩に不必要に力が入ってしまい、ハンドルが左に向いてしまいます、ニュートラルにする感覚を取り戻すまではフラフラしてしまいます。そこで早々と自転車は諦めて只管歩く事にしました。改めて市内を歩くと金魚の電話ボックスはあるし、金魚の自販機まであります。マンホールの蓋も金魚のデザインです。私は「金魚の玩具」を孫の土産に探したのですが、期待した「ブリキの如雨露」は見つけられませんでした。
処で、金魚の産地と云えば「江戸川」に「愛知の弥富」です。私は「日本一の金魚」の勇姿を観たいと期待したのです。高級金魚は「らんちゅう」かな「リュウキン」かな「ピンポンボール」かな確認したいと思ったのでした。金魚資料館で訊きましたが意外な返事でした。
これは郡山の紺屋町に在る箱本館。城下町の大和郡山は城下町の外濠が残っていて内部に13町が在ります。「大工町」「瓦町」等職人町が残っていて「紺屋町の中央には清流が流れる堀割が在ります。箱本館はそんな「座」の中核で此処にかく職人が集まって協議したようです。その記憶が残っていて現在は(観光協会」の拠点になっています。
箱本館の内部はまるで「金魚生活用具の博物館」のような様で、金魚の民芸品が展示されていました。手前は藍染の壺ですが梁には金魚の行灯が吊り下げられていました。
箱本館の内部ショーケースの中は藍染の下地に金魚が染められた暖簾です。
此方は金魚模様の土瓶です。こんな土瓶で良く冷えたほうじ茶を注がれたら”胸キュン”です。銀座の民芸館に行けば求められるかな?
「郡山では、今は金魚すくいに使う大衆廉価品の養殖が中心です、高級品は他の産地です」
何故かな?
考えるのが私の習性です。
此れは郡山の金魚の養殖池池の対岸に見えるのが金魚資料館です。向かいの山が巻向山でその下に三輪山が在る筈です。
此れが郡山の金魚資料館です。
私が考えた『郡山が高級金魚を捨てて大衆路線になった理由(推測)』は次の通りです。
1、大和郡山の金魚は江戸時代後半藩主「柳澤保申」が奨励した事から発展しました。元々「溜池」の多い風土が金魚の養殖に適して居た事も在ったので「日本一に発展しました。大阪京都など高級金魚の消費地も近かったので日本一の名を欲しいままにしたのでしょう。一方肝心なのは販売です。郡山には元々「振売り」と云って天秤棒の両端に野菜や果物を乗せて売り歩く人がいましたから、野菜に代えて「金魚を入れた桶」をかついで京都や大阪の市中で「金魚!金魚!」と売り歩いていたのでしょう。生産と販売の両方の機能を郡山は有していたのでしょう。
これは「振り売り」の写真です。京都の市中では「漬物」「豆腐」等を天秤棒で担いで行商する人が沢山いました。大和の人は「野菜や果物」と混じって金魚も行商していたのでしょう。写真出典ウィキペディアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8C%AF%E5%A3%B2
こんな光景は懐かしい夏の風物詩でした。大和郡山の金魚事業は生駒山を越えて金魚を行商する人の頑張りで成り立っていたのでしょう。出典同上
2、しかしバブルの時代に郡山の高級金魚は大打撃を受けてしまいました。
溜池の水質が有機性洗剤の為に悪化して、高級金魚が死滅してしまいました。金魚業者は1匹百万もする金魚の死骸を手にして高級金魚養殖事業を断念して、大衆品(ボウフラ対策やお祭りの金魚すくいでで求められ「小赤」と呼ばれる金魚に集中せざるを得なくなってしまったようです。
『金魚』で想い出すのは「夢千代日記」に出てきた「湯川温泉の芸者さんです。金魚さんがお座敷に出るだけで場が華やいで見えました。ベトナムホーチミンの日本料理店の名も「金魚」お皿も箸置きも金魚がデザインされていました。
此れは郡山の箱本館の並びにある「こちくや」という名の金魚グッズ販売店です。店の中に金魚すくいの道場が在ります。
「こちくや」の店内壁にはタレントの色紙が貼られていました。郡山に人気店のようです。
”郡山は質量ともに日本一で在って欲しい”想いながら金魚の養殖展示施設を後にしました。昔「奈良県の経済風土記/新潮社」の原稿を書かせて貰いました。その頃は上司がスキー好きでしたのでゴーグルの「山本メガネ」やスキー靴の「ヘルト」や「奈良スポーツ」を取材しました。こうして郡山の金魚が誇りを捨ててしまったのを視ると、「あ時金魚事業も書けば良かった」、思うのでした。新潟小千谷の錦鯉が世界一で世界中に輸出しているように郡山の金魚が世界に羽ばたいて欲しいモノです。少なくとも金魚で以って涼しげな空間を作るスキルは世界で通用するでしょう。
昨今ピンポンと云う名の金魚が人気です。最近はピンポンも世界一が見えてきました。伊藤 美誠選手を応援していると金魚のピンポンを視ている様な気になります。
此れが最近人気の「ピンポンパール」です。明らかに琉金の変種です。写真出典楽天https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E9%87%91%E9%AD%9A%E3%83%94%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB&ei=UTF-8&rkf=1&oq=楽天ではこの可愛い金魚が760円です。
折角日本一の金魚を観に郡山の養殖場まで歩いたのに小赤とメダカしか鑑賞できません。仕方なく、郡山の花街をブラブラ歩く事にしました。郡山は藩主が現在の奈良町に花街は禁止して郡山だけに認めたのでまるで島原の様な一角が在るのです花街は既に廃れてしまって在るのは昔年の面影を残した町屋だけです。京都の島原で残っているのは「角屋」とか「筋違屋」等数軒ですが、郡山の洞泉寺町は軒並み『ミセ』の残っている「揚屋建物」なのです。
郡山の旧市街地を歩いていると「電話ボックスが金魚の水槽になっていますし、灯籠にも金魚が入っています。マンホールの蓋も金魚です。街中を歩きながら金魚探しです。
マンホールの蓋にも金魚が居ました。
電話ボックスも金魚の水槽に再利用されていました。
紺屋町の灯篭には灯りでは無くて金魚の水槽が入っていました。
金魚の自動販売機の幟が立っていました。「何事か?」思って観れば自販機で売られていたのは「金魚そのもの」では無くて金魚を意識した「ソーダ水」だったりそんなソーダ水で割った「ハイボール」でした。”ハイボールお好きでしょう!”云いながらお姐さんが水割りを奨めているようです。
これが「金魚の自販機」です。自販機でも「缶入りソーダ水」と金魚マークのソーダ水で割ったハイボールの自販機でした。
これが私が郡山の町で探したブリキ製の如雨露です。写真出典ヤフーショッピングhttp://www.wakei-seijyaku.jp/SHOP/20012370.html
私は金魚のブリキ製如雨露を探そうと玩具屋に入りました。
でも、懐かしいブリキの金魚如雨露はありませんでした。
箱本屋の並びには「金魚すくい道場がありました。8月には「金魚すくいの全国大会が開催されるのです。金魚すくいの道場があるのもそのせいでしょう。覘いてみれば二人の子が夢中で金魚すくいをして、その壁には会員の名が所せましと貼られていました。養殖業者の日本一の情熱は冷めてしまったようですが、金魚すくいの日本一の名誉は死守する気迫を感じました。
お盆には金魚すくいの全国大会が催される案内ポスターは彼方此方に貼られていました。
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