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昆虫ウォーキング

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秋蜩時雨の八幡宮

今日は8月7日、私製の陰暦カレンダーでは。月齢4.3旧暦では7月5日で立秋と記されています。
明日からは残暑になってしまいます。テレビではオリンピックに高校野球と暑い夏の盛りに突入します。今朝も網戸には数匹のセミがくっ付いています。昨晩羽化したセミ君が羽を乾かして飛び立とうと網戸を這い上がっているのです。セミ君も安全な場所を良く承知していて。カラスや蝙蝠に捕食されないように、網戸で羽を乾かすのを覚えたのでしょう。でも私にしてみれば。あの世の両親かお婆ちゃんが”倅はどうしているか?”覗きに来たように思えます。思い起こしてみれば2年前はリハビリ病院のベッドの上で先輩が差し入れてくれた「日暮の記/、葉室麟作」を読んでいました。退院した私は同名の映画を湘南テラスモールに観に出かけ、「堀北真希」さんや「岡田准一」氏を観て良い俳優さんが出てきたものだ思いました。
映画の舞台が私の好きな豊後秋月辺りだろうと思いながら明日死ぬことを覚悟した武士の潔さと美しさを涙しながら見つめました。
蝉の日暮は「ひぐらし」は普通にと書きます。屹度「カナカナ」と啼く悲しげな声が日の出日の入りの薄暮の時刻に響くのでこの一日を暮れさせる虫という字があてられたのでしょう。
でも秋蜩とか晩蝉と書くことを知ると日暮は一年を一生のお終いを告げるといった意味もあるのでしょう。
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これが「日暮の記」です。写真は城内で刃傷騒ぎを起こした檀野庄三郎(岡田准一)は豊後の山間の里で蟄居している戸田秋谷(役所工事)の監視を命ぜられます。物語は美しい山里で質素に暮らす家族を追ってゆきます。戸田秋谷の見識の豊かさにが庄三郎は何故秋谷が切腹させられるのか、そして藩の正史の執筆を命じられているのか疑問を持ちます。物語はその原因を究明する推理物語の楽しさを含んで読者を引っ張ってゆきます。そしてその原因が「主君の側室と不義密通した罪で10年後に切腹することを命ぜられたことを突き止めます。庄三郎秋谷がお家騒動(もう一人の側室による側室襲撃事件の裏に隠された、もう1人の側室の出自に関する重大な疑惑に辿り着きます(特産品花茣蓙の専売権事件の全容が解明されると秋谷の罪は消され、庄三郎と秋谷の娘(薫)の夫婦が残ります。

8月6日日が暮れるのを待ってバスを乗り継いで鶴岡八幡宮に向かいました。八幡宮裏でバスを降りますと八幡宮の森は日暮の蝉しぐれでした。
日暮は針葉樹が好きなのです。何故なら日暮の針(吸水口)は他のセミより柔いので、硬い樹皮は付刺せないのです。森中に「カナ・カナ・カナ・カナ」大合唱です。啼いているのは雄ばかりです。雄の体は雌の体に比べて共鳴質が大きくて大きな鳴声が響き渡るのです。
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これが日暮の雄です。お腹のように見えるのは共鳴室です。森中に響き渡る多くな鳴声は共鳴室のなせる効果です。
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これは数年前に八幡宮に奉奠されたボンボリです。
八幡宮に入ったのは6時半過ぎでした。
未だ陽も残っています。でも石段に腰かけて今晩の日本舞踊を観ようとする客が集まっています。
夜7時からぼんぼりに火が灯る聞かされています。私はワイフを誘って明るい内にボンボリを一通り観ておきます。というのは蝋燭の灯が灯ってからもう一度観たいぼんぼりをあらかじめ決めておく為です。
例年力作が多い養老孟司さんは今年は墨の線描でした。お忙しかったのでしょう。コクゾウムシを描かれているのは箱根の別荘に貯蔵しておいたお米に虫が付いたのかもしれません。良く見るとコブゾウムシとされていてコクゾウムシではありません。コブゾウムシを調べると白いので彩色しようがなかったのでしょう。(先輩失礼しました!)
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八幡宮の裏から入りました。
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午後7時直前の大石段舞殿で演じられる日本舞踊の席取りです。
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本殿前で鎌倉のお嬢さんの浴衣姿を眺めるのもぼんぼり祭りの楽しみです。本殿の左右のボンボリは総じて大作有名人が多いのです。
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此方が今年の養老孟司さんのボンボリです。昨年のタマムシに比べるとサッパリしていました。

一通り境内を回ると陽も沈んできました。
点灯しようとスタンバイしていた巫女さんが一斉に近場のボンボリに蝋燭を取り付け灯をともして回ります。
カメラマンが点灯する巫女さんを追ってゾロゾロト移動します。
私は気に入ったぼんぼりの前で巫女さんが灯りをつけるのを待ちます。
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これは村田林蔵氏のボンボリです。絵は中尊寺の華鬘で迦陵頻迦(かりょうびんが)です。巫女さんが灯りを手にして回ります。姿も美しいのですが仕草の美しさにも惹かれるのです。ぼんぼりの左に見えるのは先年倒れた大銀杏の幹です。幹からも新芽が株からも蘖(ひこばえ)が生えてきていました。銀杏の生命力に感服しました。
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向こうの太い幹が八幡宮のシンボルだった大銀杏。巫女さんの後ろが大銀杏の株で無数の蘖(ひこばえ)が生えてきています。鎌倉市民の愛した大銀杏は人間の生き方を指示しているように思えるのです。
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此方は八幡宮の世話人総代の人の教訓に満ちた長生きの秘訣を書いたボンボリです。大銀杏の株に生えた蘖(ひこばえ)が見えます。長老の教訓も良いのですが樹木の教訓の方が心に浸み込みます。
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これは傘寿の記念に描かれたボンボリ仲良し叔母さん二人で相合傘を談笑していました”傘は男性がさしているわよ!”左のおばあさんが言えば右のおばあさんは”こんな美人を捕まえたんだから男性が面倒みるのは当然でしょう”言っていました。



舞殿の前には大きな茅の輪が設えてあります。私も足が良くなるように願って茅の輪潜りをします。古式には左右左と三回回る様になっています。ワイフは私の足が茅の輪に架からないかと付き添ってくれます。
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大きな茅の輪は天然の茅を編んで手つくりしてあります。古式に則って潜りますから此処で渋滞してしまいます
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総てのボンボリに点灯する頃には神域は静寂で暗闇に沈んでしまいます。
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参道の両端には例年は屋台が並んでいるのですが屋台を整理したので歩きやすいし小町通りの商店街は歓迎していることでしょう。
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太鼓橋から本殿を顧みする

今晩は名古屋の長男が戻るとのことで、ワイフはソワソワしています。
そこで日本舞踊は長くは観ずにも戻ることにしました。
今年も藤間すみれ社中が奉納していました。舞殿の袖で(縁側)順番を待っている小さな女の子が可愛くて緊張しているのが良く分かりました。この少女も歳月が経てば美しい女性になることでしょう。セミが幼虫から脱皮して飛び立つように。
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舞殿の袖でお師匠さんの舞が終わるのを待つ少女。縁側の板の上では足も痛いでしょうし。目の先には座布団も置かれているのにお母さんは厳しく躾しているようです。

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日暮を歌った和歌に共感しました。
和歌が書かれたボンボリを見つけました。『8月は死者行きかへる我が耳のかなかなさえも楽をしずめつ』
先人は苦労ばかりを背負って私たちは楽ばかりしています。8月は先祖を迎え感謝し同時に我が身を顧みる月のようです。
帰りは段葛を経てJR鎌倉駅から帰りました。
大改修を終えた段葛を始めて観ました。
改修を終えた時は違和感に満ちていたのでしたが。LEDが点灯した段葛を観ると”これもありだな”思いました。
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点灯した段葛。春日大社の石灯籠に比べて軽い灯篭だと思って観たのでしたが歩行者の照明塔だと思えばおおと思いました。

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虫を愛ずる

高校野球の神奈川県予選も終わってしまいました。ラジオはの選挙演説(東京都知事選挙)も終えてようやく『全国こども電話相談室』」が始まりました。私は大昔からこのラジオのファンで無着 成恭先生(生活綴り方教室を主宰され子供たちの作品が「やまびこ学級/岩波文庫」や衛六輔さんもこの番組で知りました。
昨日も活発な質問が寄せられていました。虫に関する質問が目立ちました何時の時代も男の子は昆虫採集が好きなんです。
「僕はカブトムシを飼っているのですが日本のカブトムシは何故小さいのですか?僕はコーカサスオオカブトやヘラクレスカブトの方が格好良いと思うのですが?)質問が寄せられました。
矢島稔(やじま・みのる)ぐんま昆虫の森 名誉園長は簡潔に説明されました。コーカサスオオカブトやヘラクレスカブトは熱帯で育つカブトムシなのだよ。熱帯は食べ物も豊富だし一年に何度も生まれるから大きくて強いカブトムシが発生しやすいのだよ、寒い地方では大きなカブトムシは生まれないビートルズの故国イギリスでも子供達にはカブトムシは人気で。日本のカブトムシはイギリスのカブトムシより大きいので人気があるんだよ・・・。日本のカブトムシを大切にしてあげようね・・・・」
私は良いお答えだと思いました。
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これはわが庭の珊瑚儒樹についたカブトムシ実はこの根元の右手に落ち葉を積んで糠を撒いておいたところ数年をかけてカブトムシが大発生して近所の子供にプレゼントしたまでは良かったのでしたが。肝心の珊瑚樹が枯れてしまいました。私は檀林皇后の説話を思い出しました。
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これは蛹から羽化するアブラゼミもうじき焦げ茶色に変態します。変態するムシは人間の輪廻感に影響したと思われます。
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これは鎌倉八幡宮のぼんぼり祭りの風景巫女さんが灯しているボンボリは養老猛司さんのタマムシです。養老さんに会いたい人はぼんぼり祭りの初日(今年は8月6日の夕刻に訪れれば会えると思います。広い八幡宮ですが本殿の手前東側が養老さんの定位置です。
私達は学校で虫を足が6本で羽が4枚なのでムシというんだよと教えられました。
それは字が一般に読めるようになってからのことで、六や四の字を知らなければムシと名付けられません。字が日本に伝わる前には虫を何と呼んだか気になります。
そこで万葉集で確認しますと、コオロギやホタルの歌はあってもムシ全般を言い表す言葉はないようです。
私たちは分類学を教わっているからコオロギも蛍もトンボも皆虫の一種類ですが。万葉人にとっては人間以外の動物はウサギも蛇も皆ムシだったのでしょう。万葉集ではコオロギを「草雲雀」と呼んでいますから。足が六本で羽が四枚といった形態よりも鳴声の美しさに着目したのでしょう。
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これは網戸に飛んできたキリギリスです。万葉集ではコオロギのことをキリギリスと呼んでいました。でもキリギリスとは言わずに「草雲雀」と呼びました。万葉人はコオロギや鈴虫の形は観ずに声を聴いたからでしょう。
夜網戸に様々なムシが来てくれます。お盆の季節にきてくれるムシは懐かしい人の霊が憑依しているかもしれません。私は”リハビリに努めていますよ”キリギリスに報告します
でもマムシや「腹の虫」という使い方が残っているものを視るとその形態よりも影響(因果の果)が着目されたのでしょう。マムシに噛まれると死ぬ事がある。腹が痛いのは腹の中に寄生虫がいるからだ。と思ったのでしょう。そして何よりも強烈な印象を与えたのは人間の遺体が腐るといつの間にか虫がついていて遺体は消えてしまう(土に還元する)ことを観たからでしょう。その成果の原因がムシだと確信したのでしょう。
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これは京都西福寺の『九相図』です。主人公はた檀林皇后ですがされますが。朝廷で栄華を極めたものの、死んで肉体が朽ちていく様子を9つの場面に別けて描枯れています。現世の肉体の不浄、と現世の無常を説く仏教絵画(絵解き)ですが、ムシが肉体を消し去っています
ムシが活躍する民間信仰といえば三尸(さんしのむし)でしょう。間の体内には、三種類の虫がいて、庚申の夜に、この三つの虫が体から抜け出して天上に上がり、直近にその人物が行った悪行を帝釈天に報告、帝釈天はその罪状に応じてその人物の寿命を制限短縮するという信仰が古来からあり、庚申の夜には皆が集って賑やかに雑談し決して眠らず、三尸の虫を体外に出さないという庚申講が各地で盛んに行われました。
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これが三尸(さんしのむし)です。『太上除三尸九虫保生経』にある三尸の画。向かって右から順に上尸、中尸、下尸です。上尸は人間の頭に居て、頭の病気を引き起こしたり、宝貨を好ませたりする。道士の姿をしています。その左は獣の姿をした中尸で人間の腹の中にいます臓器の病気を引き起こさせます。大食を好ませたりします。一番左が下尸です。下尸は人間の足に居て腰から下の病気を引き起こしたり淫欲を好ませたりします。牛の頭に人の足の姿で描かれます。
庚申信仰は道教の教えですが病気の原因が三尸という名のムシにあるという考えは日本人の感覚に近いものだったのでしょう。
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これは片瀬の庚申塔です。主尊は青面金剛ですが帝釈天の一形態です。人間の体に巣食っている三尸のムシの報告を受けて人間に懲罰を現世で与えます。金剛の下に刻まれた三猿は人間の悪の行為を見聞きしなかった報告もしないといった意味で目耳口を押えています。

処で先日永六輔さんが逝かれました。同氏も『全国こども電話相談室』では名回答をされておいででした。調べてみると次の回答が紹介されていて(http://feely.jp/8653/)、子供ならずとも大人に響く答えでした。このラジオは甲子園で高校野球が始まるまでの短い期間です。

【Q】大人になる時間は何時間ですか?
【A】あなたが大きくなって子供が産めるようになるのを生物学的な大人といいます。人の心がわかる、人の立場に立って自分を見ることができるようになったら社会学的に大人といいます。大人になるのはなかなか大変だよ。住職・無着成恭さん)
【Q】好きな人に告白する言葉を教えてほしい
【A】言葉は一番大切です。でも、好きな人に「あ、この子好きだな」とか「いい人だな」と思われるには、「おなべをいっしょに食べて同じものをおいしいと思う」、「夕やけを見て、両方が美しいなと思う」というような同じ感動を同じ時点で受け止めるのが一番効果があります。(作家・永六輔さん)

永六輔さんや無着成恭さんのような素敵な答えができる大人になりたいものです。大人といえば「早く大人になりたいという子供に無着成恭さんはこう答えておられました”子供が産めるようになるのを生物学的な大人といいます。人の心がわかる、人の立場に立って自分を見ることができるようになったら社会学的に大人といいます。大人になるのはなかなか大変だよ。”
永さんは放送作家ですが元々は私と同じお寺の三男でした。
昭和の達人も次々に逝かれ寂しくなってきました。


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ミミズの尊さ

大暑も過ぎたというのに横浜は涼しく雨降りが多いようで。心配です。我家の前のアスファルト道路に異常に大きなミミズが這い出していました。屹度下水道に詰まった落ち葉を餌に育ったミミズが余りにも快適なお天気に誘われてアスファルトの上に出て来たのでしょう。大きなミミズに驚いたのでしたが、急いで家に戻ってカメラで撮影しました。”道路に出ると雀やカラスに食べられてしまうよ”呟きながらも、私は安全な処に運んでやるほどお人好しではありません。屹度明日の朝は雀さんの砂嚢の中でしょう。
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これが我が家の前のアスファルト坂道に出現した大きなミミズです。左から右に坂を登ろうとしていました。右を少し擡げているのはその方向に進みたい意志の現れでしょうか。尻の方から体液が動き出して蠕動運動が前に伝わって前進します。運動会のムカデ競争のような神経系統が働いている様に見えます。私はミミズを観ている自分自身を蟻を観ながら脚を動かす順番を観察していたと言い伝えられる熊谷守一さんを想い起しました。ところでミミズは雌雄同体でどのミミズも雌雄の生殖器を体側に有しています。二匹のミミズが横に並んで生殖器を交叉させて子孫を残します。雌雄同体で生殖行為が簡単なのがミミズの生命力の秘密なのです。
ミミズの名は眼が無いので”眼が見えず”の意味だろうと云われています、でもミミズを観ていると必死に前進しようとして坂を登ろうとしています上の写真で見ると前方にまるで目が隠れているようです。体中が何節もの輪で出来ていて尻の方から体液が流れる事で蠕動運動して前進しています。少し頭を持ち上げている格好はまるで蛇のようです。鱗の無い蛇のようにも見えます。
ミミズの棲息する土壌は肥えていると言われました。父は野菜作りが趣味でしたので境内に散った落ち葉を掃き集めて境内の隅に積み上げて表面は筵で被せ、時々冠水して堆肥にしていました。落ち葉を崩してみてミミズが出現すれば堆肥作りは完璧です。ミミズは強烈で万能の消化液を体内に有しているので総ての有機物を消化して糞にします。糞は直ぐに醗酵しますから良質の土壌に変わります。
私が落ち葉の陰から姿を見せたミミズに小便を懸けると父に叱られました。
小便は屹度ミミズ君には熱水なのでしょう。小便を分解吸収する事はミミズ君にとって容易いのでしょうが。火傷を負うのは命とりなのでのたうちまわって逃げようとします。それが面白かったのでした。”殺生はいけない。土壌改良をする貴重なミミズの命を粗末にしてはいけない”父の戒めだったのでしょうが次のように言いました。
”ミミズに小便をかけるとオチンチンが病気になる”
今思い起こせば
”オチンチンが成人になっても役に立たなくなるオチンチンは大切な器官だから遊んではいけない”
正しい性知識が大切である事は古事記の国産み伝説にも書かれています。イザナギイザナギの最初の子供は『蛯子」であって海に流してしまいます。
ミミズの土壌改良効果は太古の地球の土壌を改良しました。その結果植物が生い茂るようになり草食動物が地球上を闊歩するようになりました。最近では水銀なヒ素等の有害重金属を吸収してくれるので汚染土壌の浄化にも役立ちました。重金属を吸収したミミズを処分する事で浄化が実現できるので汚染土壌を食料や飼料には出来ません。
【虫が嫌われるのは不条理です】
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これが節足動物多足門のムカデです。良く見ると一つの節から左右二本の脚が出ている節と1本しか出て居まい節があります。体重を三点で支える事と俊敏に動いて獲物を獲る合理性の為にこうなっているものと思います。ムカデが猛毒なのはその食性から体内に毒物を蓄積しているからでしょう。
小学生の時、次のように教わりました。『ムシはアシが6本で羽が4本なのでムシの名が付いているんだよ。虫のように体が幾つもの節で出来ていてその節に脚が付いている動物を節足動物と呼びその代表が虫です』
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化石からはムカデのような節足動物が発見されています。ムカデが早く動く為にはその神経系が発達している必要があります。夫々の節とその脚が統一されて動かないとムカデ競争のように転んでしまいます。
ムカデのように節が多すぎては混乱が生じやすくなってしまいます。そこで節足動物は必然的に節を減らそうとします。頭胴腹の三つに縮小したのが昆虫でした。頭と胴(腹と合体)の二つに縮小したのが蜘蛛でした。昆虫は肢が6本ですが蜘蛛は脚が8本です。
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これは奈良国立博物館の辟邪絵のうち天刑星蜘蛛のような怪物が鬼(災厄を招く)を食い殺しています。古代は天災の原因が鬼であって鬼を退治するのが天王様としんじていたのでした。四天王も地上の四方を守る守護神でした。四天王の足下には鬼が押さえつけられています。

問題は虫の脚の数です重い体を支える為には物理では三点で支えるのが最適です。そこで、虫は常に三本の脚で身体を支え6本の脚を均等に使って前進しようとします。熊谷守一さんの観察がロボット技術にも活きている事でしょう。
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これは池袋にある熊谷守一美術館です。コンクリート打ちっ放しの壁に代表作の蟻がデザインされています。
ところでミミズです。古事記ではイザナギが死んだイザナミを恋しく思って黄泉の国に訪れてイザナミの腐乱した体を観て余りの醜悪さに驚いて逃げ帰ろうと黄泉比良坂(よもつひらさか)を駆け上がります。イザナミは追っ手をを向かわせます。その場面は地下の国です。イザナミの遺体は地中で蛆がたかってミミズが喰っていたのでしょう。生命は同化作業と異化作業(分解)の繰り返しです。同化作業は神聖で浄く、異化作業は醜悪で穢いと考えるのは偏見です。異化作業が無ければ同化作業は進みません。人間が汚してしまった地球環境を綺麗な青い惑星に戻してくれるのは古代も今もミミズ等の原始的な動物でした。
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これは青木繁作「黄泉比良坂」です。芸大所有黄泉の国でイザナギハイザナミの腐乱した遺体を確認して怖くなって地上に逃げ帰ります。地下で遺体は腐乱して蛆やミミズがたかっていたことでしょう。古墳の玄室が朱泥で塗られているのは水銀の効果でフランを防ぐ為でした。写真出典は日本の古典集英社のグラビアです。



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コウロギも去って

i 親友のМ君からメールが届きました。同君が風邪をこじらせていた事と最近作の俳句が書かれていました。ご批判くださいと言って戴きましたが,既にМ君は句作では私の師匠であり。批判などおこがましくて出来ません。
でも風邪で横になりながらも、同君の心が3年前の今頃友人4人で”浅間から川中島に遊んだ時の想い出に飛んでいたことが良く解ります。あの時は紅葉に染まり始めていた頃で典厩寺で奪衣婆を拝み、庭の見事な山茱萸の実を口にしました。ご住職に”稗つき節に歌われた赤い実がこんなに渋いとは思いもしませんでした”感想を述べると笑われまあした。私も想いは同じです。今年の紅葉は稀に見る美しさだそうです。信濃の国には行けないものの・・・・、今日はМ君の俳句を照会しながら私も晩秋の信濃の国に遊びたいと思います。
「身をまかす麓のコスモス浅間越え
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浅間山東山麓中山道姫街道のコスモスの花
私達が遊んだのは浅間山の夕景が見事に見渡せるお山の東山麓でした。
姫街道と呼ばれる間道を山に向かえば突き当りが信濃追分宿で小諸から千曲川に沿って下れば川中島に着きます。
浅間山麓での宿はI君の別荘で同君が採取しておいてくれた山栗を齧り、茸を食べ、五味酒を飲んで放談を楽しみました。”
身を任す”とは友人のI君に体を預けると云った信頼感を表現しています。
I君に”これからどこに行こうか?何を喰おうか?酒は何にしようか?”尋ねられる度毎に
”僕等は君の行きたい処が僕の行きたいよ、君の食べたい「山の幸」なら僕も一緒するよ、君の漬けた酒なら喜んで飲むよそんな感慨を言い表しています。
昔「闇鍋」という鍋物がありました。同じ鍋を仲間で箸を入れて食べました。食材は皆が適当に投げ込みました。何が箸に当るかそれは闇にありますので解りません。運が悪ければ草履を食べさせられるかもしれません。仲間を信じているからこそ闇鍋は食べられるものです。任せられる旅こそ楽しいし心から寛げるものでした。
コスモスの咲く姫街道を下ると軽井沢の町が近くなります。
蕎麦畑は花畑に変わります。
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コスモスの街道は蕎麦畑に繋がります。
街が近づくと畑には千日草や百日草が栽培されていました。
これらの花は日持ちが長いので仏花に最適なのです。
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これが千日紅の花です。赤爪草を吾亦紅に似せたような可愛らしい花です。仏前花に最適です。向こうの林の中二は三井のゴルフ場が広がっています。
花畑には秋虫が茂く啼いて居ました。
多分花畑に敷かれた藁の下に秋虫が棲んでいるのでしょう。
秋虫の雄は恋心で命がけで雌を呼んでいるのです。男が女に求愛する事を人間は煩悩と呼んで苦しみの原因だと判じました。でも私達の命は煩悩の結果貰ったものです。煩悩が無ければ秋虫も人間も同じで種は絶えてしまいます。
性愛を重々禁戒として否定する事は命を否定する事になってしまいます。千日草が美しい事も乙女が綺麗な事も同じ煩悩の為せる業です。
今頃は高千穂の御神楽も盛んに舞われている事でしょう。農家の縁側では天鈿女命鈿女(アメノウズメ/オカメ)さんの丸いお尻を猿田彦が追いかけ命の初めは存続も煩悩があってこそ存続するのです。
鈴虫やはや煩悩の百千草
М君はその啼き声がお祭りのお囃子のように聞こえたのでしょう。次の句作をしました。
鈴虫や百鬼夜行の囃し唄
千日紅の花はお祭り提灯のようにも見えます。
私のベッドの下にも秋虫が茂く啼いていました。
出も秋虫の名は美しい鈴虫では無くて少しガサツなコオロギの啼き声でした。
鈴虫が柳腰のお師匠さんの三味線ならコウロギのそれは津軽三味線の様な響きです。
私は閻魔コウロギの姿を想い出します。
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これが閻魔コウロギです。複眼の眼が大きいので眼を剥いて怒っている閻魔様のように見えるので怖い名を頂戴したのか共食いをするからかそれとも床下から響いて来るので地獄から聞こえて来るように聞こえるのか良く解りませんが、どれも言い当てているように思います。
古代は秋虫の事を総て纏めてきりぎりす(螽斯)と呼んでいたそうです。でも中世になってきりぎりす(螽斯)からこおろぎ(蟋蟀)が分かれたそうです。庶民の観察眼螽斯と蟋蟀が姿形も違うし啼き声も違うと気付かせたのでしょう。中世の職業の分化は”機織り”や”馬追い”も螽斯から独立させました。
そのきっかけを教える歌が次だそうです。
秋風に綻びぬらし藤袴(ふじばかま)つづりさせてふきりぎりす鳴く」(古今集在原棟梁)
大意は次のようなものです。。
キリギリスは姿は良くても啼き声は「ギッチョ・ギッチョ」と味気ない声でしか啼けません。
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これがきりぎりす(螽斯)です。ギッチョ・ギッチョ」と味気ない声でしか啼けません。古代は秋虫を総てきりぎりす(螽斯)と呼んでいましたが中世になってからこおろぎ(蟋蟀)を始め機織りや馬追いが分化してきました。写真の擬宝珠は鎌倉妙法寺祖師堂の手摺りです。


『秋風も吹き出して冬も近づきました藤袴の花も綻んできたように着物も綻びが目立ってきた。螽斯も綻びを綴れとしきりに啼いて居る事よ』
そんな訳ですから、螽斯と呼んでも蟋蟀の啼く声を指している事は間違いないでしょう。
秋の夜長に祖母は蟋蟀の啼く声を聞きながら私に次のように説明してくれました。
アレは地下で閻魔蟋蟀が教えてくれているんだよ。
「もうじき寒い冬が来るから機させ裾させ寒さが来るぞ!今のうちに急いで着物の綻びを綴れ!」と・・・・。
М君は百鬼夜行の囃し唄に聞こえたのでしたが、やっぱり私には閻魔様の忠告のように聞こえてしまいます。

煎餅蒲団に入る前に体を暖めんと囲炉裏
懸命に婆や吹く炭火に 手を翳す。
床下で閻魔が呟く 囲炉裏端

もう閻魔コオロギも天命を果たし終えて往生したのでしょうか霜月の夜は静寂そのものです。

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これが川中島典厩寺の東洋一のビックサイズの閻魔様3年前М君ら4人で詣でました。
 







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今年は秋が足早に過ぎ去って行ったと云うのに庭先でも道端でも蟷螂の姿があります。
梅の木の梢には百舌が止まって啼いています。
百舌のモズの速贄(はやにえ)です。百舌は姿は可愛いのに獰猛な肉食鳥で昆虫や蜥蜴(とかげ)を捕まえて梢の先に田楽刺ししておくのです。私は「百舌の速贄」と呼ぶべきところ「百舌の磔(はりつけ)と呼んでいました。
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我家の前の坂道(お寺の参道)に登場した蟷螂君。眼が小さい単眼なので相手の全体像は見えません。動く相手に飛びかかって斧で相手を抑え付けて堅牢な顎を使って獲物を丸齧りします。コオロギやバッタが獲物になります。数日後こんなところで見栄を切っていたので車に轢かれて死骸を晒していました。

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これは佐久平の五郎丸新田の大日如来に掴まっていた蟷螂君こんな目立つところに居れば百舌の餌食になってしまいましよ。向こうの山が浅間山です。今年はラクビーの五郎丸君(東福岡高校→早稲田)が男をあげました。そう想うと大日様が指で結んだ 智拳印が五郎丸選手の精神統一の姿を思わせました。五郎兵衛米新田は佐久以外にも全国にあります五郎丸選手の祖先は全国で新田開発したのでしょう。
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これが五郎丸新田の大日如来の全景筆者の注文で友人に大日如来の 智拳印を確認させてもらいました。この後大日如来の台座の上に大きな青大将の脱殻を見つけて驚きました。

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これが大蟷螂の卵です。蟷螂は卵で越冬して来春暖かくなると孵化して小さな蟷螂が無数に現われます。写真はススキの葉に産まれた卵です。
蟷螂君も早く卵を産んでしまわないと、百舌の獲物になってしまいそうです。
庭を見回してみても中々蟷螂の卵は見当たりません。
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これは百舌の百舌の速贄になった赤蛙です。百舌は晩秋に里に下りてきて捕まえた獲物を梢に晒します。獲物は木枯しに晒されて干物になってしまいます。百舌は雪が降って食べ物が無くなるとこの速贄を探して食べると云われますが本当でしょうか?相当数の忘れ物もあるような気がします。百舌にとって蟷螂は逃げないし目立つので恰好な獲物になっていることでしょう。

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キーボードの上に出現した蟷螂君それにしても汚いキーボードです。蟷螂君は汚れを指摘しに来たのかもしれません。

蟷螂が獲物を狙うときに前の両足を頭上にかざす姿が、斧を振るう格好に似ています。
だから「蟷螂の斧」と云います。ボクサーが両手の拳を胸のにかざしてファイティングポーズをとるのに似ています。庭先で飼犬のチコに蟷螂がおのをふるおうとする姿を見ると「ロッキー」のテーマが響いて来るようです。
今年も蟷螂君には楽しませてもらいました。
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交尾を終えると雄の蟷螂は雌蟷螂に食べられてしまいます。男たるもの我が身の宿命に想いを馳せます。自分は益荒男の本懐を成し遂げたであろうかしら?雄の最期が雌に食べ尽くされてしまう処は女郎蜘蛛にも共通します。



虫の世界では蟷螂君の斧は大きな脅威ともなろうが、いくら蟷 螂君のの向う気が強くとも、これしきの斧をもってしては、小虫以外の大きな相手に対してはまったく威力のあろう筈はありません。
 「蟷螂の斧」とは、弱者が自分の分や力をわきまえないでただ気ばかりが壮大で大敵に当ったり、盲進したりするのことを云うのです。赤蜻蛉と同じような意味合いであります。
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赤蜻蛉も蟷螂と同じで前進する事しかしません。従って益荒男の姿として尊ばれます。
と云っても蟷螂君にはスズメバチの様な針も毒もありませんし。蜘蛛のように捕まえてのような道具もありません。両の腕で獲物を掴んで丸齧りするだけです。
所詮は車や犬に適うはずありません。益荒男の精神は見上げたモノでも其処は修羅の道あえなく命を落とすだけです。
我家の前の道路はお寺の参道です。今日もお墓参りの車が通ります。道路で見栄を切っていた蟷螂君はあえなくラジアルタイヤに轢かれてしまいました。益荒男振りも今はもうぺしゃんこで後は蟻さんがお掃除してくれるでしょう。わたしは一本気のまで成仏した蟷螂君の修羅道での冥福を祈るだけです。
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アスファルト道路で死骸を晒した蟷螂君
赤蜻蛉も蟷螂と同じで前進する事しかしません。従って益荒男の姿として尊ばれます。



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