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今日も午前中は暑くなると言いますご午後からは台風11号が接近するので要注意との事だそうで、暑さが山を越すのは来週でしょうか?
あんまり暑いので鶉君も夏バテで卵を産んでくれません。ワン君は満天星(どうだん」の樹の根元を掘って体を半分土土中に埋めています。ワン君の暑さ対策なんでしょうが満天星んの樹は迷惑そうです。庭中の地面に小さな穴が開いています。蝉の蛹が這い出した地下トンネルの出口です。穴を見れば、古くはベトナム今はパレスチナ・ガザを想い起します。
戦地は暑さを通り越していることでしょう。
イザベラ・ バードの「日本奥地紀行」を図書館から借りて読みました。 1878年(明治11)6月から9月にかけて横浜から 蝦夷地までの旅行の記録で、明治維新当時の日本の地方の住居、服装、風俗、自然 を良く観察していられます。
日本の暑さにも閉口し、蝉しぐれにも驚いていました。故郷のイギリスではセミは鳴かないようです。
私は暑い暑い悲鳴をあげながらも、烏よりはましだろうと思います。
烏は私より遥かに太陽に近くに居て、しかも真っ黒なんですから、
「神は自分をなぜに黒くした!、お蔭で嫌われるし、暑くて困る」・・・・、泣き言を言って居ることでしょう。
でも烏は本来照葉樹林の下闇に住んでいたものです。
そう、八咫烏の様に熊野の樹林に居たから黒いのが保護色だったのです。烏が勝手に森林から出てきて、ヒートアイランドの都会に出てきたから直射日光を浴びているんです。「文句が在るのなら森に戻れ!」突き放されるでしょう。
都会に移り住んで突然変異で白いカラスが産まれたら白いカラスが優勢になる事でしょう。
でも黒い烏は暑くて困ったら川に飛び込んで水浴びすれば少しは冷える事でしょう。恨むべくは「蟻」です。蟻は真っ黒い上に地表に這いつくばっています。地表は50度もあるでしょうから、黒ゴマの様に焼けてしまう事でしょう。
真っ黒いカラスも照葉樹林の下闇では保護色です。
水浴びする烏、烏は羽根に着くダニを落としているので、熱した体を冷やすのは序です。
夏の蟻を好んで観ていた人とが居ます。画仙人と呼ばれた熊谷守一さんです。
池袋にある守一美術館が氏の住居跡です。その庭に茣蓙を持ち出して茣蓙の上に寝そべって半日蟻さんを観て居られた。歩きはじめるときどの足から動かすか、ご令嬢(熊谷榧氏)は「お父さん日射病になりますよ」心配されてたことでしょう。今なら熱中症ですが。
熊谷守一美術館の壁に移された蟻の図
先日土石流の被害に遭った南木曾の近く付知峡が守一の故郷で美術館が美しい里山にポツンと建っています。今度の台風で被害に遭わないか少し心配です。
小さな穴は蝉の唆長野這い出した地下トンネルの出口です。その脇に蟻が行列して進行しています。
蟻とキリギリス:出典ウィキペディア
蝉君は地上に飛び出した1週間ほどで死んでしまいます。地獄に17年忍耐させて、愉しい天上生活は短くて遺伝子に悲惨さプログラムを刻まれたものです。
地上に飛び出して僅か1週間ほどで蝉はしんでしまいます。
子供達は蝉の亡骸を解体して巣に運ぶ蟻を見詰めています。守一さんの芽も粉だったことでしょう。
一匹の蟻が数倍もある油蝉の翅を運んでゆきます。子供もあり君の力持ちに驚いています。
私はイソップ寓話「アリとキリギリスを想い出します。
16世紀初頭に宣教師によって「伊曽保物語」として「ウサギとカメ」等と共に伝来しました。日本の昔話の様に親しまれてきました。でも、「蟻とキリギリス」はルーツがギリシャにあったそうで、英語では「Theophylacti Simocattae scholastici」「蟻と蝉」だったそうだ、それがアルプスを越えると蝉が居ないのでキリギリスになってしまったのだそうです。ですから宣教師は「アリとキリギリス」としないで「蟻と蝉」に戻せばよかったのでした。その方が日本の子供には納得がいったことでしょう。
キリギリスの鳴き声は良いものではありませんし。
夏に遊んでいたキリギリスよりも蝉の方が実感に近いものがあります。
蝉は遊び疲れて望亡骸を晒して、蟻にが解体されている姿を良く見かけますから・・・。もう少し上手に歩けるようになったら池袋の守一美術館に出かけましょう。池袋には先輩のKさんがお住いですからお声を懸けてランチでも一緒にしいものです。
秋にかけて大きくなるキリギリス。でも壊れかかったバイオリンのようで良い音色とは思えません。 ブログランキングに参加しています。
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