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野鳥ウォーキング

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1月12日の空はは底抜けのブルーでした・午前中は白く薄いお月様がクラゲの様に浮いていました。
庭先には四十雀が遊びに来ています。つい先日までは”ジッ,ジッ”地啼きしていましたが、昨日は「ツツピン ツツピン」と囀りはじめれいるのです。「地啼き」とは季節を問わず一年中に鳴く声で雌雄の違いもありません。鳥さんの喋り声(何らかの情報伝達)です。
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これが四十雀です。写真は枯れた葦を期用に嘴で折って潜んでいる虫を捕食しています。
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これは昨今目立ってきた雉の夫婦(戸塚俣野の境川の堰堤の畑で)3月になれば雉の求愛が始まります。5月には子連れを視る事が出来ます。
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梅の梢の雀、寒いのでふくら雀しています。沢山群れているので。どれがカップルなのか見分けらてません。雀さんも解って居いるのでしょうか?
一方囀りはき、主に繁殖できるまで成長した雌鳥にアピールしようと啼く声です。女性を誘うのですから、イタリアの伊達男のように魅惑的な声を張り上げます。昨日は四十雀でしたからイマイチ囀りに情趣はありませんでしたがもうじき鶯さんが笹鳴きと言わる「チャッチャッ」から、「ホーホケキョ」と囀り始める事でしょう。小鳥の鳴き声にも春の先駆けを見つける悦びがあります。
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これはオシドリに似て親子の愛情が濃いと言われる千鳥戸塚倉田の柏尾川堰堤で撮影
私は暫くベッドから四十雀を眺めれいました。梅の梢に虫でもいるのでしょうか?それとも梅の花芽を摘んでいるのでしょうか?どうもしきりに嘴は動いているようです。梅の梢を雄は雌を追いかけて鬼ごっこのようです。
鴛鴦之契(えんおうのちぎり)と言います、「鴛」は雄のオシドリ、「鴦」は雌のオシドリのことで夫婦仲がとてもいいことのたとえです。でも、実際はオシドリは一生を添い遂げる訳ではなく年によって相手を変えるのだそうです。
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鴛鴦の文様結婚の祝い布団の文様などに良く使われました。(龍村織物研究所)
 
虎だって狐だって、春になれば求愛しますが相手が去年と同じわけではないようです。
相手を変えた方が、良い子孫が出来るチャンスが増えるでしょうから、同じカップルで居るよりも理に適っています。一方鶴は一生連れ添うと聞きます。鶴は千年と言いますから、千年も夫婦が連れ添うのは素晴らしい事です。結婚式のスピーチは「鴛鴦之契(」よりも「丹頂の契り」の方が適切なような気がします。
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一生連れ添うと言わる。鶴、でも鶴は千年と言いますから千年も連れ添うのでしょうか?だとしたら・・・、雌雄どちらとも辛抱強いものです。(出典画面)
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鷹の仲間のミサゴの夫婦。実はカラスに囲まれて絶体絶命の窮地でありました出典:画面に出ています。
 
ところで、結婚した男が別の女性に言い寄ると「浮気」と言います。ところが夫人が別の男性に心を寄せると「不倫」といいます。女性には貞節である事を要求し、男性には甘いようです。倫理とは所詮男性社会の規範なのでしょう。男女均等社会が進行すれば不倫という言葉は消えて「浮気」だけが使われるのかもしれません。筆者は「不倫は文化だ」とは言えませんが「浮気は情理だ」と思います。社会が変れば男女ともに「浮気」という事でしょう。その頃の結婚式のお祝いスピーチは「 鴛鴦の契りを結ぶ」ではなくて「丹頂の契り」に変わっているかも知れ昌えん。長く愛し合って・・・・、という意味では1000年の間に数回の危機(浮気)があるのも情理でしょうから・・・・。久米の仙人さんも長生きしたのは女性の色香に弱かったからでありましょう。野鳥の何処からフェロモンが出ているのか?観察の結果をいずれかの機会に書く事にしましょう。
 
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家の雀達

連日の熱帯夜で我が家のワンちゃんもバテ気味で昨晩の食事も食べ残しています。
昨今は家内が気づかって、ドッグフードに牛乳をかけているんですが、ワン君は食欲不振のようです。そ
れを幸いに雀君がワン君の食べ残しをセッセと突っ突いています。
我が家はワン君のほかにも鶉ちゃんの餌も散らばっているので、我が家は雀君には格好のエサ場です。加えて藪はあるし屋根の樋も雀君の巣には最適で、食住どちらも満たせるんです。天敵の青大将が棲んでいる事だけが欠陥です。でも主人が青大将と仲良くしてるんで諦めて居る事でしょう。雀君のお宿はもう40年は継続しています。
 
今年も4羽ほど子育て中で、親鳥は自慢げに小雀を連れて庭に出て、ワン君の食べ残しや鶉ちゃんの喰い散らかしを拾っています。そのうち翅の付いた虫を追いかけて捕食する特訓を始めるんです。
 
私の生家の裏山は竹林でした。夕方になると雀が竹藪のコロニーに戻って来ます。雀が寝静まった頃を見計らって村の青年達がが雀取りをしていました。月夜の方角にカスミ網を仕掛けて、一斉に竹の幹をカンカンと叩くのです。驚いたスズメは一斉に飛び立って、それこそ一網打尽、カスミ網に引っ掛かってしまいます。
村の青年団の小遣い稼ぎだったのでしょう。捕まえた雀は焼き鳥屋に卸します。祖母は烈火のごとく怒っていました。親爺はスズメの味が好みだったようでしたが・・・・お礼にと置いて帰った雀は何時までも放っておかれていました。
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稲を食べる雀、お千穂を食べるだけなら目立ちませんがこんな姿が視られたので雀派が害鳥と思われてきましたが、早苗に着いた虫を食べるし、時に益鳥、時にが害鳥になるのです。中国では雀の撲滅をして、大凶作を惹き起こし慌てて保護策に転じたそうです。
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鶉チャンの餌箱をあさる雀君チュンチュン啼いて子供達を呼んでいます。
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時折室内に飛び込んでくる雀君。鳥籠で買うことも考えられますが。難しいので、外に放してあげます
最近はスズメが居なくなったよく言われます。
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薬師寺東堂の庇の組み物此処が雀の巣に最適です。会津八一は・・・「草に寝て仰げば軒の青空に雀かっと飛ぶ薬師寺の塔」と詠いました。
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都会では思いもしないところに雀は巣を作っています。(大船フラワーセンターの柱の継手)
昭和30年代までは雀は日本に5000万羽は居たそうですが、この30年で五分の一になってしまったそうです。それでも薬師寺や建長寺に行くと仏殿の庇の下には沢山の雀が飛び交っています。庇の下の垂木や組み物の隙間が雀の巣になっているのです。複雑な組み物は恰もスズメの団地です。
 
ですからきっと巣をつくる環境さえあれば雀は減らなくて済むのでしょう。コンクリートのマンションが増えて戸建て住宅が減って、瓦屋根が無くなっては雀は巣作り出来人間の住空間の変化が雀減少の主原因でしょう。
私達が慣れ親しんでいる雀ですが。古代には人間と距離があったようです。その証拠には万葉集には雀は一首も詠われていません。
 古に 恋ふらむ鳥は  霍公鳥(ほととぎす)
       けだしや鳴きし  わが念(も)へる如(ごと)  〜額田王〜

恋心を託すには時鳥や鶯でなければ恰好がつきません、雀では「馬鹿にしないでよ、本気なの!」言われてしまった事でしょう。鳥には黄泉と現世と飛んで行ける力があると信じられていました。(鳥葬の名残?)    

古代人は鳥に託して自らの想いを表現するのが得意でしたが、地味すぎる雀はその道具には不向きだったのでしょう。時鳥、雁、鶯、鶴、鴨などが好んで詠われました。何れも季節の変わり目を告げて、夜明けや日没を知らせるものでした。古代の貴族には見向きもされなかった雀でしたが近世になると文化の主人公が庶民になると、俳句に御伽草子に盛んに登場するようになります。
雀の子そこのけそこのけ御馬が通る    (一茶
御伽草子(江戸時代)は誰からも親しまれてきました。
爺さんに助けられてかわいがられていた雀は、お婆さんが障子の張り替えに使おうとしていた糊を食べてしまい、舌を切られて逃げ出します。その雀をお爺さんが追って山へ行くと、雀たちが恩返しにご馳走してくれたり踊りを見せてくれた。お土産として大小2つのつづらのどちらを持って行くか聞かれ、小さい方を持って帰り家に着いて中を見てみるとお宝が詰まっていました。欲張りなお婆さんは、大きなつづらをもらおうと雀の宿に押しかけ、大きい方を強引に持ち帰ります。
で開けてみると中には妖怪や毒虫や蛇が飛び出します。お婆さんは腰を抜かし気絶してしまいました。「つづらを開くと災厄が飛び出す」この段は「パンドラの箱を髣髴させます。
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天界から火を盗んだことに怒ったゼウスは美しい女性パンダラーを地上に送ります「開いてはいけない」とパンドラーは聞かせれていましたが宝の箱と思い違いをして開いてしまいました。箱を開くとそこから様々な災いが飛び出しました。(疫病・犯罪・欠乏・妬み等)写真の出典はウキペディア)
 
若しかしたら近世初頭キリスト教を伝えた宣教師がギリシャ神話の「パンドラ」を伝え、それが浦島太郎の玉手箱や舌切り雀に取り込まれたのかな?想像させます。大きなつづらを欲しがり「開くな!」命じられれば開きたくなるのは人間共通する心理です。「欲張ると良くない」との教えは経験則であって、倫理とは言いかねます。
雀が減っては寂しいのですが、何より気になるのは人間が身近な雀と培ってきた文化や情操が消えてしまう事です。
 
子供達は「メダカの学校」と「雀の学校と」どちらをが好きかと聞けば間違いなく「メダカの学校」です。何故かと聞けばメダカは教室の水槽で飼っていますから知っているんです。雀の学校で「無知を振り振りチーパッパ」が暴力教師を連想させるので嫌いなんです。
馬が農耕で働いていた歴史を知りません。ですから、一茶の句の良さは解らないでしょう。
狸に狐に雀に蛙、そして鶴に雁、日本人は動物と仲良くしながら文化を育んできました、そうした伝統を雀を大事にする事から始めて、伝えていってほしいと思うものです。
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 福良すずめ。寒いので翅を膨らませた「雀」その姿が米俵を想像させたので、福が「来」と縁起を担いだのでしょう。少女の帯の結びにも使われましたし、写真のような根付や水差し(習字用)や家紋にも愛されてきました。筆者は招き猫よりフクロウ(不苦労)や福来雀が好きです。
 
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昔から言い伝えられてきました。「幸運な家にしか燕は巣を作らない」「火事を起こす家には遣って来ない」とか・・・・、燕でさえそう言われてきたのなら、雀が入ってくる家は「金運等に恵まれそうな気がします。」「なにしろ「ふくら雀」と呼ばれるほどですから・・・。我が家には数家族雀が住んでいて、今年も子育てを終えてお庭デビューをする季節になりました。軒先に親子で止まっている光景は見ているだけで裕福な気持ちになって来ます。我が家は福運で輝いていそうです・・・。
雀は庭の虫や鶉の餌をついばんでいます。今年も雀の両親が子供達をお庭にデビューさせる季節になりました。
 
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観ているだけで元気になれる燕の巣
我が家には雀が住んでいるのに私は今年、脳梗塞を患ってしまいました。
我が家に限って言えば言い伝えは当てはまらなかったようです。でも、考えようで、病気になって「私は家族や友人との絆も強くなり、感謝していますので・・・、で雀は福産んだ、と考えています。イメージ 2
我が家に住んでいる雀、鶉の餌をお裾分けしてもらっています。
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雀は時折室内に迷い込んできます。
 
ラジオから井上陽水の少年時代が流れて来ます。
街には「立葵」が目立ってきました、
「夏が過ぎ かぜあざみ誰の憧れにさまよう青空に残された私の心は夏模様夢」
「風薊」とは何のことか昔から不思議に思っていましたが、薊科の植物「矢車草かはたまた紅花の事か」それとも薊の花が枯れて現われる綿毛の事か?
色々考えては結局「立葵」の事だろう思って聞いています。
立葵がすくっと立って青空に向いて咲いている様は、友禅の着物を着て夏祭りに向かう少女を思わせます。
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 鎌倉駅に近い線路わきに自生している立葵、花をかすめて燕が飛んでゆきます。燕が低空で飛ぶと雨が近いと言われてきました。燕の後を追うと鎌倉駅駅舎に或る巣に向かっていました。
もう子燕も巣立っている季節です。
立葵の花をかすめるようにして燕が飛んでゆきます。
燕は子育てに賢明で、虫を小燕に運んでいるのです。
子燕は兄弟に負けまいと大きな口を開いて親にアピールしています。そんな様子を見ているだけでも楽しいもので、初夏の楽しみです。
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燕は一回で5羽程の子燕を育てます。
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親燕にアピールする子燕たち
鎌倉駅には長い間燕の巣がありましたが昨年(年)には巣は作られませんでした。
此処の巣を眺めるのを楽しみしているのは私だけではなく沢山いました。皆駅舎の梁の先を見上げて口をぽかんと半開きしていました。ところが昨年は作られませんでした。JRの駅員に聞くと、燕が巣作りを止めた理由は「燕に訊いてくれ」と言わんばかりでした。江ノ電の駅員が撤去したのかもしれません。鎌倉夫人のお着物を燕の糞が汚したら、償う事も困難でしょう。今年も燕は巣作りしなかったかもしれません。
駅舎での燕見物に失敗した私は仕方なく次のスポットに向かいます。
段葛に面した「三河屋さん(酒屋)」の店先です。
井桁造りのこのお店の店先の梁の上には毎年燕が巣作りしているのです。
燕は八幡宮の源平池あたりの虫を捕食しているのでしょう。
それだけでも、神様の運を運んでくれそうです。
明日は三河屋さんの店頭を書く事に致します。
 
 
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鎌倉駅西口の梁の上に葉燕が巣作りをしてきた形跡が残っています。
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燕の巣があった鎌倉駅の西口燕を探して写真を撮っている人もいます。
 
 
町内にも燕は巣作りをしています。
昔は燕の天敵は青大将(蛇」か猫でしたが最近は事情が変わって来ました。
カラスが燕の飛んで行く先を見ていて。羽化した頃に襲うのです。子燕はカラスに食べられてしまいます。
燕が人の集まるお店や駅舎に巣作りするのは蛇や猫対策でした。
これからはカラスに襲われない処を選ばなくてはいけないようです
賢い燕の事ですから、何れそんな場所を探し出すことでしょう。
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パチンコ店の出入口に巣作りをした燕、パチンコ店は人の出入りが多い上に黄色い壁いは烏が苦手にしています。
 
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週末、神奈川新聞に「大磯照ヶ埼海岸に今年も青鳩が来た!」記事が載りました。
毎年夏が来ると此処だけに沢山の青鳩が集まってきます。
丹沢や大山の山中に居た青鳩が大磯に集まって、群れを為すのです。
湘南の住人は「今年も青鳩が来た!」季節を感じ、愛らしい姿に目を細めます。
私のようなウォッチャーが集まってきます。
 
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     大磯照ヶ埼海岸、此処から西がこゆるぎ浜になります。
     湯河原海岸で発見された殺人蛸の案内板がたっていました。
 
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      これが青鳩です。朱が入っているのが雄、入っていないのが雌です。
      キジバトに比べると少し丸みをもった体です。鶯色の羽根毛が綺麗です。(案内板を複写)
 
大きな群れは50羽ほどです。
小さな群れは10羽余りです。
幾つもの群れが次々に磯の岩の上に飛来してきます。
そして・・・・岩礁の上に出来た水たまりで・・・、潮水を飲んでいます。
潮水を飲んでいるのは1分あまりで・・・・、長居は無用とばかり・・・、
急いで飛び去ります。
飛び去る先は高来神社の森です。
 
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                                  群れて飛んで高来神社の森に戻る青鳩
 
高来神社の森はご神体ですから・・・・・・、人手は入っていません。
此処が鳩君のねぐらであり、食事場であり、身を天敵(鷹や隼)から身を守る場所なのでしょう。
此処にいる限り安全なのでしょうが・・・・・、
塩水のミネラルが欲しいばかりに、危険な磯にやって来るんでしょう。
磯では鷹や隼に襲われれば身を守る術はありません。
唯一、危険分散を図る意味で群れになるだけです。
唯朝早く、夕方、猛禽類の飛ばない、目が効き難い時間に飛来してきます。
7月になれば、100羽くらいの大集団も出現するそうです。
 
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      高波が磯に打寄せると、岩場に水溜まりが出来ます。其処が潮水の飲み場なんです。
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大磯・・・・・・、と言っても大半は砂浜です。
でも、大磯港の西に岩礁があって・・・・、此処が大磯の地名の謂れでしょう。(西に小磯もありますが)
 
相模湾の潮流は、伊豆半島の東岸をから、小田原から片瀬、由比ヶ浜に流れているのでしょう。
真鶴の辺りは大きな岩がゴロゴロしていますが、
小田原では小石大の石や砂に変わり・・・・・、
大磯では砂が増えて・・・・・・、片瀬になれば砂ばかりになります。
大磯の砂浜を「こゆるぎ浜」と呼び、名勝「さざれ石」もあります。
 
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この浜辺がこゆるぎ浜です。緑の中に建っている建物が大磯ロングビーチ(西武プリンス)
その西、小高い丘が吾妻山です。幼稚園児は小石ひろいです。
 
小田原の地名は「小由留木(“こゆるぎ”)」が語源で、
草書体で書いた文字が「おだわら」と読み誤ったのが始まりだそうです。(小田原観光課)
では「こゆるぎ」は・・・・というと「磯」にかかる枕詞です。
   こよろぎより遠く引く潮に浮かべる月は沖に出にけり  (兼好法師)
   こゆるぎのいそぎて来つるかひもなくまたこそ立てれ沖つ白浪
   こゆるぎのいそぎて逢ひしかひもなく波よりこずと聞くは誠か (金葉集・源 顕国)
 
大磯から西に向かって広がる海岸が「こゆるぎの里」と呼ばれていました。
広く、ゆったりした砂浜で・・・・、波が打寄せては帰ります。
波は小石や砂を引き摺って・・・・・、潮騒が里に響きます。
半農半漁の里人が慎ましい生活をしている・・・・・、日本中何処にでもある砂浜の風景です。
でも、枕詞になったのは・・・・・・、此処が特に歴史・文化の陰影が濃かったからでしょう。
 
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                                             こゆりぎ浜のさざれ石
 
 
「こゆるぎ浜」を見下ろす小高い丘の上に吾妻神社があります。
日本武尊は足柄峠を越えて相模の国に入りました。
相模湾を渡って・・・安房の国に入ろうとします。
でも、海が荒れていて出航する事が出来ません。
そこで、愛する妻の「弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)」が、
荒ぶる海神の怒りを鎮めるために海に身を投じます。
 
東征を終えた日本武尊は帰路に妻を失った海を眺めようと小高い山に登ります。
山から…こゆるぎの浜に降りてきました。
浜辺に弟橘媛命の櫛が流れ着いていました。
櫛を手にして日本武尊は・・・・・
”ああ・・・・わが妻よ!” 叫んで号泣します。
そして、再び山に登って山頂に櫛を埋めました。(吾妻山)
その場所に「吾妻神社」が建てられました。
   (こゆるぎ浜は次に書きましたhttp://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/45974543.html)
 
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               大磯こゆるぎ浜のどんど(左義長)
               次に書きました。 http://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/45960341.html
 
「さざれ石」は国歌「君が代」にも謡われています。
さざれ石は・・・・・・、そうこゆるぎ浜にゴロゴロ転がっています。
少し大きそうなのを拾いました。
家内の使う漬物石になりそうです。
ご神体の石ですから・・・・・・、良い漬物が出来る事でしょう。
 
幼稚園の生徒が大挙して遣ってきました。
みんな・・・・ビニールの袋を持っています。
さざれ石の「石拾い」です。
持ち帰って・・・・、何に使うのでしょうか?
黒い石はお父さんの顔に・・・、白い石はお母さんの顔になるのでしょうか?
私の拾った石は・・・・・、羅漢さんの顔に、達磨さんにうってつけです。
  
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                       手前が漬物石、奥が達磨さん、羅漢さんになる予定です。
 
こゆるぎ浜には・・・・・、
バードウォッチャーの一群、小石拾いの幼稚園児、浜辺で投げ釣りをする人、人、様々です。
みんな、もうじきやってくる夏の盛りの前・・・・、しばしの静寂を楽しんでいるようです。
 
夏の盛りになれば・・・・、青鳩はもう二回りも大きな群れに成長している事でしょう。
次回はもっと早い時間に来ることにしましょう。
もっと、良い写真が撮れそうな期待があります。
 
美しい浜に、悲しい伝説と、稀代の英雄と、綺麗な青鳩と・・・・、
左義長の祭りと・・・・・・、美しいものが織りなしています。
大磯は・・・・・、魚も野菜も美味いし、美味なパン屋さんもあります。
一度は名物の鰻屋さんの暖簾を潜ってみたいもんです。
 
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         これは青鳩では無くて・・・・、何処にでもいるカワラハトです。向こうが照ヶ埼海岸
 
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境川の中流域、横浜市泉区の森泉公園に近い田畑に雉を見に出かけました。
境川の河川敷の葦原の中に巣をつくり、毎年子育てをしています。
昨年も雌が5羽の子を引き連れていました。
私を含めて沢山のカメラマンが雉の親子の行進を写そうと構えていますから・・・・、
初めての人でも容易に雉の子育てを観察する事が出来ます。
  親子の雉は次に書きました。http://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/46430152.html
  カップルの雉は次に書いたことがあります。http://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/45027201.html
 
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    田圃の畔で草の種を啄む雉君。赤い鶏冠は”婚姻を求む”と言っているようなものでしょう。
 
畑の真ん中の農業用道路に私は居ます。
その右側に一羽の雄雉が・・・・、草の種を啄んでいます。
時々立ち止まって・・・、首を伸ばして辺りを見渡して・・・・、“ケーン”雄たけびをあげます。
時々、両翼を広げて胴体を“ブルブル”と打ち鳴らします。
この羽音を打つ動作を「母衣打ち(ほろうち)」と呼ぶんだそうです。
岐阜の高山に近い御母衣ダムは雉が多いからあの名が着いたのかな?思ったりします。(筆者の推測です)
どちらも、雄の雉の「縄張り宣言」です。
 
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    母衣打ち(ほろうち)する雄雉、もう5月中旬なのお嫁さんがいないようでは・・・、
    今年の夏は空しい事になりそうです。空しく羽音が響きます。
 
私の左にも、もう一羽雄の雉がいます。
此方は、畑の中で虫を食べています。
二羽の雄雉がニアミスしているのですが・・・・、取っ組み合いの喧嘩をしないのは・・・・、
この農業道路が縄張りの境なのでしょうか?
どうも、この二羽とも今年は奥さんに恵まれていないようです。
今年は雉の子育てが見られないのか? 残念です。
二羽も“チョンガ”が出ないように・・・・、お嫁さんに来て欲しいものです。
(一般に、雉は繁殖期だけの一夫一婦制で、雄の縄張りに入った雌とカップルになります。子育ては雌が行います。)
 
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      葱畑の雉、上段の雉とは別ですが、両者は20メートルの距離にあります。
      その真ん中に筆者が居る…、そんな位置関係になります。
 
 
森泉公園の雉はカップル不成立のようです。
下流に下って2キロ、住友家俣野別邸下に行ってみました。
此方の雉はどうかな?
 
見れば畑の中に堂々とカップルしています。
時々、法蓮草を食べていますが・・・、お百姓さんも目くじらを立てることも無いでしょう。
畑には昆虫やミミズが居るんでしょう。
雄の雉は時折奥さんに向かって・・・、翅を膨らませて・・・・、気を引いているような仕草です。
暖かい日差しの下で・・・・、春情を催しているようです。
私は、交尾の姿を写せるか! 身構えます。
でも、雌は一向に雄を気にしません。
勝手気ままに・・・・、あっちに行ったり、戻ったり。
性欲よりも食欲が旺盛です。
そのうちに、土手の茂みに身を隠してしまいました。
 
雌は地味な色ですから・・・・、茂みに入ってしまうともう見つけられません。
でも、雄は頭こそ隠れましたが・・・、派手な尻尾は隠れません。
まさに、“頭隠して尻隠さず” 状態です。
「雉の草隠れ」と呼びます。
屹度、もう雌は抱卵しているのでしょう。
 
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       俣野の畑の雉の夫婦、時々法蓮草を少し食べます。畑では虫や蜘蛛、ミミズ等を啄んでいるようです。
 
フィールドに出て「雉を撃ちに行く」と言えば男性が用を足しに行く事。
目の前の雄雉の姿が・・・・、用を足す男性の姿を言い表したのでしょう。
女性の場合は「お花摘みに行く」と言います。
女性の場合は全身が草叢に隠れてしまいます。
 
それにしても、雉のカップルは人間に無頓着です。
覘き見親爺には一向に気にしていません。
今年は俣野で親子の雉の行進が見られそうです。
 
雉の世界も人間同様で…、カップル作りは悲喜こもごものようです。
上流の森泉公園のチョンガ二羽が哀れでなりません。
 
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      雄雉は春情をもよおして、雌に寄り添おうとしますが雌は相手にしません。
      後で判ったのですが雌はもう抱卵中なのです。
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                             矢のように飛び立つ雉(ピンボケですいません)
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   トラクターを全く気にしていない雉、実はトラクターが耕して・・・、現われた昆虫やミミズを食べようと近寄ってき    ているのです。
 
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