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私は永い間「鶉/うずら」を飼っています。
姿形・色が可愛い事が第一、二番目は鳴き声、そして卵を取る楽しみもあります。
卵には、肌色の殻に茶色の斑点が付いていて・・・・、一つとして同じ模様はありません。
冬は産んでくれませんが、春になれば毎日産んでくれます。
納豆を食べるのに、数個を割って入れます。
味が強くて・・・・、納豆の風味が増します。
我が家の鶉、意外と虐めをするので2羽づつ分けて飼っています。春から秋まで鳴き続けます。
鶏のようにけたたましくないので・・・・、近所迷惑にはなりません。 鳴き声は・・・・、独特です。
少し甲高く・・・・・・、「グワッグルルー」「クックルクーーー」、響きます。
雉の仲間ですから・・・、似たところがあります。
江戸時代日本人は「鶉合わせ」と言って、鳴き声を楽しみました。
多分、伊勢物語の次の歌を思い浮かべていたのでしょう。
野とならば鶉となりて鳴きをらん 仮にだにやは君は来ざらむ
女は男を待ち続けていました。
待ちに待って・・・・、とうとう鶉に姿を変えてしまいます。
「うずら」は”うずくまった鳥”であり・・・・、
”憂いよう・・・・、辛いよう・・・・”と鳴いていると聞きました。
伊勢物語の鶉は中世になると一層人の心を捉えます。
藤原定家の父「藤原俊成」は秋の夕暮、鄙びた里で鳴く鶉を歌います。
夕されば野辺の秋風身にしみて 鶉鳴くなり深草の里
俊成は単なる叙景に留まらず…、伊勢物語の叙情を盛り込んで・・・・、人々の賞賛を受けました。
中世に入ると、鶉は文学に絵画に盛んに歌われます。
その多くが・・・・俊成の”夕されば野辺の秋風・・・・”を脳裏に描いていたと思われます。
坂井抱月の秋草鶉図(重要美術品、山種美術館、同HPから)
李安忠の鶉図(根津美術館・国宝/この絵は私が高校の時代は牧谿と言われていました。)
中世は鶉が好まれたのですから・・・・、姿形の似た鳥も良く描かれ・・・・、歌われました。
その代表が・・・・、鴫でしょう。
鴫の代表が田鴫です。
鶉の足を延ばして、嘴を長くしたような鳥です。
鶉と同じように雅趣深い姿形です。
西行法師が歌った鳥です。
心なき身にもあはれは知られけり 鴫立沢の秋の夕暮
(鴫立庵では磯鴫を展示しています。西行が歌ったのは磯鴫か田鴫か?議論がありますが筆者は田鴫であ ると思います。田鴫のほうが侘びています。磯鴫は 上村淳之氏がよく描かれておいでです)
12月、孤独に凍てついた田圃で何やら啄んでいた田鴫でしたが・・・・。
12月に凍てついた田圃で一羽採餌に励んでいた田鴫でしたが・・・・、 一昨日訪れた舞岡の湿地では、2羽連れ添っていました。
付かず離れず・・・・、沿う様にして一心不乱に採餌しては・・・・・、しばらく休んで・・・・、
またせわしなく地面を突っついています。
地中にはもうミミズなどが動き出しているのでしょう。
レンズを通してみれば・・・・、細く長い嘴はもう泥がへばりついています。
田鴫にはもう春が来て・・・・、今年の子育ての準備を始めているのです。
私が観察できるのはもうしばらくの間だけです。
12月、孤独だった田鴫も相方を見つけて・・・、生き生き活発に動き回っていました。
1月末に、もうペアになった田鴫
雑木林の中を見渡せば・・・・、遠くにも鴫が見えます。
此方は田鴫よりは二回りも大きな・・・・、そう「山鴫」です。
良く見れば・・・・、山鴫ももうペアになっています。
奈良の生駒山の南端に信貴山があります。
聖徳太子が”信ずべき、貴ぶべき山”と言われたので信貴山の名があると言い伝えられていますが・・・、
此処には山鴫が棲んでいたので・・・・、「山鴫の棲む山」という意味であったと想像しています。
雑木林の中の山鴫のペア クイナもいます。
色は鶉や田鴫と同じた、茶褐色の斑模様ですが・・・・、形は精悍で、嘴も真っ赤です。
熱した火箸のように光っています。
火箸を地中に突き刺して・・・・、此方もミミズを探しているようです。
クイナもペアでいるのかな?
私は眼を開いて葦の根元を見詰めますが・・・・・、
クイナ君は未だ独り者のようです。
今朝の「ラジオ朝一番」では鹿児島の出水(いずみ)の鍋鶴が北帰行を始めた…、伝えてくれました。
野鳥の世界では春がまじかに来ているようです。
一年で一番・・・、季節の移り変わりに心をおどろかせる季節です。
クイナの嘴に春を知りました。
(今年は此処で一句、ここで一首出来るように・・・・、友人と一緒に努めます。)
こっちはクイナ君。 |

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