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「今朝は野鳥が姿を見せませんね!」
「この冬は野鳥が少なかった、何故でしょうね?」
バードウォッチング仲間と舞岡の里山を歩いて行きます。
ようやく、鶯もそれらしく啼く様になって、向うの山、こっちの山蔭から響いてきます。
良い季節になってきた・・・・、しみじみ思います。
池のほとりには今日も翡翠がダイブを繰り返しています。
水が温んで、お魚も底から泳ぎだしてきたのでしょう。
舞岡の里山風景。”山笑う”には少し早いのでしょうが、柳の芽が吹き、鶯の谷渡りが聞かれて・・・・、ウキ ウキする季節になりました。田圃に居るのはカラスです。
池の畔に沢山の羽毛が散っています。
キジ鳩の羽毛でしょう。
此処で、誰かに殺られてしまった。
その時、羽毛が散ったのでしょう。
殺ったのは、野良猫か、洗い熊か、鷹の仲間でしょう。
キジ鳩が殺られた現場跡。
この冬はノスリを何度も見ました。
トンビは、海辺に行けば沢山居ますが、舞岡では滅多に見ません。
舞岡はカラス天国、カラスとトンビは同じ雑食なので、犬猿の中です。
海辺でトンビが勝って、里山ではカラスが優勢なのは・・・・、多分気流の関係でしょう。
海辺は上昇気流が多く生じます。
大空を風に乗って滑るように飛ぶトンビは、海辺が得意、
一方里山では、力で飛ぶカラスが優勢なのでしょう。
これがトンビ。姿だけ見れば立派な鷹なのです。
しかし、鳴き声の軽さと、採餌行動の浅ましさから、馬鹿にされています。
ノスリもトンビも鷹の仲間です。
諺の「鳶が鷹を産む」は、「鷹が鷹を産む」と言う事で、至極当然なのでしょうが・・・・、
トンビが雑食で、人間の食物を掠めたりするので、最低ランクの鷹だと判断されているのでしょう。
一方、鷹とは大鷹の事で、鳥類の王者の風格に満ちています。
平凡な親が立派な子供を産むことの喩えになっています。
でも、トンビも黙って止まって居れば、立派で風格もあります。
鷹と見間違えるようです。
肝心なのは行動でしょう。
今日の主役は「大鷹」です。両足の頑強な爪で獲物を掴んで離しません。 里山の尾根を見ていると、見慣れない大きな鳥が居ます。
大鷹です。
昔風に言えば「鷲」です。
胸毛がゼブラ模様で、お洒落です。
ガッシリとした体躯です。
両足も太く、大きな鋭い爪で獲物をゲットしてます。
鋭い眼で辺りを窺がっています。
やおら、先端が曲がった嘴で、獲物を裂いて、少しずつ呑み込みます。
獲物を嘴で引き裂いて、呑み込みます。辺り一面に白い羽毛が散ってゆきます。
引き裂く度に、獲物の羽毛が辺りに飛びます。
獲物は真っ白い羽をしています。
多分白鷺でしょう。
白鷺の首は既にありません。
首のあった位置からは鮮血が散っているようです。
先ず、白鷺の内臓を探して食べたようです。
次いで、胸肉を食べようとしているようです。
時折持ち上げて、獲物の位置を変えたりしています。
凄惨というより、崇高な場面です。
一つの命が散って、一つの命が育まれる・・・・、
もうじき、大鷹も子育てしなければ、種の保存がままなりません。
からすの気配に気配りする大鷹。この後飛び立ちました。 大鷹は私達を全く無視しています。
人間は怖くはない・・・、思っているのでしょう。
唯一、心配しているのは・・・・、カラスの動向のようです。
暫く、遠くでカラスが啼いていましたが、次第に近づいてきました。
そして、次第に仲間が増えてきたようです。
”此処に、大鷹が居て、食べ物があるぞ。皆で奪い取ろう・・・!”
誘っているのでしょう。
獲物の白鷺を掴んで、飛び立つ瞬間。白鷺に識別の足輪が付いていました。 大鷹は両足で、ムンズと獲物を掴み揚げました。
そして、サット飛び上がって、篠竹の中に身を隠してしまいました。
篠竹の中ならカラスは集団攻撃出来無い・・・・、知っているのでしょう。
カラスは、大鷹が食事をしていた跡に行きました。
そして、食べ残しを拾い食いしています。
大鷹の食べ残しをあさるカラス
大船に「鷹匠橋」という地名があります。
その名の通り鷹匠が住んでいたのでしょう。
お狩場は長尾台でした。
鷹狩をしたのは徳川家康。
ある時、お鷹狩からの帰路、柏尾川が洪水でした。
倉田の百姓が家康公を背に、まるで蓑を負うように背負いました。
洪水から脱した、家康公は”褒美を取らせる”言いました。
百姓は言いました。
”それでは私の名前(姓)を下さい”
苗字を負うのは武士など支配階級だけの時代です。
”百姓代から、名主にしてください”そんな願いだったのでしょう。
家康は快く、
”私を蓑のように負ぶって川を渡ったのだから・・・、笈川(及川ではない)と名乗りなさい”
名前をあげました。
柏尾川、鷹匠橋近くで小魚を漁る白鷺。この種が今回の犠牲者のようです。
そんな言い伝えもあります。
長尾台から倉田にかけて、戦前まで鎌倉郡豊田村は大鷹に縁が深い土地でした。
そこで、初めて大鷹を目の前に見る事が出来ました。
この辺りの自然が回復して、大鷹の獲物が増えてきた事も原因の一つでしょう。
でも、大鷹の餌場になるような草原は殆んど無くなっています。
大鷹の環境適応力も増して来ていることでしょう。
何しろ、目と鼻の先に居る私達をまるで怖がって居ません。
草原こそ無くなりましたが、道路脇や田圃の畦、堤防など開けた場所は案外多くあります。
其処に出現する、鼠やリス野兎、猫やモグラ、そして鷺やキジ鳩など・・・、獲物は沢山居ます。
大昔から鷹は人間になつきました。
だから、環境適応力も旺盛なのでしょう。
暫くの間は大鷹出現で、野鳥の多くは姿を隠してしまう事でしょう。
でも、里山の食物連鎖の頂点が見られて・・・、私は満足です。
家内は残酷だ!、思って私の写真を見ようとしませんが・・・・、
でも、羽の写真を見せれば、目を輝かせる筈です。
鷹の羽は矢に欠かせないものですから。
鷹の羽は武門の家の紋です。(九州の菊池家や浅野家の家紋)
鎌倉では御霊神社、権五郎神社の紋が鷹の羽です。
矢には大鷹の尾羽を使います。(藤沢小山弓具店) 大鷹の事を鷲と呼びます。
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