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毎日の通勤路を憧れの街道歩きに転換してみたら? あなたを「LOHAS」な世界に誘ってくれます。

野鳥ウォーキング

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我が家の雀さんも多分今は子育て中なのであろう。
梅雨明けになれば可愛い小雀を披露してくれることであろう。
この雀(下の写真)はもう今年の最初の子育ては終えて、二度目に向けて充電中のよです。
生物は種を伝える事に懸命な季節です。
 
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    こんなところで・・・・やってると・・・・・隼(はやぶさ)にやられちゃうぞ・・・、注意しても無駄です
 
私は横浜戸塚区の俣野で庚申塔を見ていました。
右(下の写真)の元禄年間の庚申塔が古くなったので、新しい庚申塔を建立したものでした。
古くなって風化が進んだ道祖神を新しく作りかえる例は多いのですが、庚申塔は珍しいものであります。
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     右の庚申塔をそのままコピーして左の庚申塔を作りました。珍しい例です
 
そんな私の背後に雀が居る事は承知していました。
突然背中に疾風が走った、そんな気配がして振り向きました。
そうしたら・・・・、猫がその雀を捕まえました。
屹度雀は私に注意をしていて、ネコの存在を知らなかったのでしょう。
見れば、雀はショックで捕まった瞬間に死んでしまったようです。
ネコは満足そうに目を細めています。
 
それにしても太った猫だ、お腹に子供でも孕んでいるような・・・・。
私を睨むと、生垣の隙間から自宅の庭に入って行きました。
 
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     雀を捕まえた直後の猫
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     嬉しそうな猫 
 
嫌な光景を見てしまったな・・・、でも致し方ないか・・・・、
我が家の雀が一向に懐いてくれないのは仕方ないか・・・・、思って空を見上げました。
 
5月29日加筆、悠太郎さんのアドバイスによって)
私は猫を飼っていないので判りませんでしたが、ブログ友人の悠太郎さんの言によると次の通りだそうです。
猫は雀を捕っても、殺して終うのではなく、主人に自慢するため持ち帰るのだそうです。
「どうだ・・・!私の野生は損なわれていないのよ!」
そのうち、気絶していた雀も正気が戻って、飛び立つのだそうです。
 
そう教えられて写真を見ると、猫の牙は雀の体を貫いていません。
羽毛一枚散っていないのですから・・・・、直に平和な状態に戻る事でしょう。
猫は「キャッチ・アンド・リリース」マナーが良いようです。
ならば、前言を(嫌な光景を見てしまった)「良い場面に出くわせてラッキーでした。」に訂正いたしましょう。
 
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  水源(宮ヶ瀬など)から横浜に水を送る「水道橋」、高圧線は久里浜火力発電所方向から座間・相模  原方向に送電しています。そして山と田畑が多い環境が隼にとって最高の環境なのです。
 
大空には見慣れない鳥が滑空・旋回しています。
二羽、三羽、数が揃っています。
トンビよりも小さいが・・・・、飛ぶ姿は遥かに美しい。
ああ、隼(はやぶさ)だ、それも隼で最も小型の長元坊だ。
 
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             滑空する隼(長元坊)
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                      高圧線を支える鉄塔の頂上で大地を睥睨する長元坊
 
一羽が高圧線の鉄塔の頂上に止まって、地上を見詰めています。そしてまた飛び立ちます。
二羽が鉄塔の上段に止っています。
こちらは屹度夫婦なのでしょう。
それにしても、長元坊の飛ぶ姿は綺麗だ・・・・、時々「キィキィキィキィ」啼きますが、声もいい。
百舌のような印象だ。
 
何故、珍しい猛禽が此処に複数も居るのだろうか?
「縄張り争いは生じないのか?」疑問が湧いてきます。
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                  鉄塔の上で愛を確認する長元坊夫婦、左の大きい方が夫でしょう
 
何時の間にか一羽が何か鳥を捕獲して来ました。
そして水道橋の脇板の上に止って、鳥の毛を鋭い嘴でむしっています。
私の位置からは20メートルも先です。
むしられた羽毛が風に吹かれて飛んで行きます。
凄惨な光景?・・・・いや5月の風のように爽やかな光景です。
命の循環が、種の保存が、確実に行われているのですから・・・・。
 
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      水道橋の側板の上で、ゲットした野鳥を料理している長元坊。
                 獲物の羽毛がむしられて飛んで行きます
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  すっかり丸裸にされた獲物になった鳥。この後、巣(鉄パイプの中)に消えました
 
もう、丸裸になったかな・・・・、やおら飛び立つと、水道橋を支えるパイプの穴に消えてしまいました。
屹度この穴の中で長元坊は営巣しているのでしょう。
パイプの穴は沢山あります。
加えてこの辺りは餌のなる野鳥、ねずみ、蛙、蜥蜴等が豊富です。
そこで、長元坊は縄張り争いせずに複数の長元坊がここを根城にしているようです。
もう孵化している事は間違いありません。
梅雨明けの頃には矢鱈沢山の長元坊がこの場所で観察できる事でしょう。
楽しみがまた一つ出来ました。
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           水道橋を支える鉄パイプに穴があいています。
           長元坊はこの穴を出入り口にして、その中に営巣しています。 
 
それにしても、今日は野鳥の「生」と「死」を良く見る日でした。
 
 
 
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ここは横浜市泉区にある森泉公園の里山です。
境川の支流が流れています。
せせらぎにはクレソンが白い花を咲かせています。
土手にはヒメジオンに卯の花、白い花が目立ちます。
もう、「夏も近づいたな・・・!」実感します。
 
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                                   小川に咲いた「クレソンの花」
 
「ケン・ケーン」けたたましい叫び声がします。
見れば、一羽の雉が歩いています。
その2メートルほど先には雌の雉も居ます。
叫んだのは雄の雉です。
「雉も鳴かずば撃たれまいに・・・・」諺を思い出しました。
“なまじ無用な発言をしたために、わざわいを招く”ことのたとえです。
そう謂えば私も随分無用な発言を繰り返してきたものです。
今思い起こせば雉のようだったな・・・思います。
長銀破綻した時「長銀部店長会議」等執筆していなければ、私の人生も随分変わっていたでしょう。
 
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                   タンポポも綿毛になって、雌が先に、雄が従う雉の夫婦 
雉の夫婦を観察します。
5分ほど経つと、雄はまた「ケン・ケーン」雄叫びのように鳴きます。
同時に両の翼をはためかせます。
まるで「俺は妻を娶ったぞー、嬉しい!」叫んでいるようです。
また、他の雄に「俺は結婚した、この辺りは我々の縄張りだぞ」宣言しているようにも見えます。
多くの鳥は結婚する前、恋の季節に囀ると聞きますが、雉は結婚した後でも鳴くのです。
 
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      卯の花が咲いた土手を勝手気ままに歩き回る雉の雌、雄は後から従います。
 
雌は勝手に歩き回っています。
土手に繁茂していた「カラスのエンドウ/えんどう豆」の種を啄ばんでいます。
時々嘴で地面を掘っているような仕草です。
甲虫や昆虫、そしてミミズを食べているのでしょう。
でも、大きな体です。蛇や蛙も食べるに違いない・・・・、
期待しながら土手のこちら側を雉の夫婦と一緒に進みます。
 
雉の夫はもう私の存在に気付いています。
でも、無害と判断して全く警戒していません。
雉の夫は妻の安全を確認しながら・・・・後を歩いているようです。
雉の世界は「夫唱婦随」ならず「婦唱夫随」なのだな・・・・、感心します。
 
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雉は国鳥です。勿論美しく立派な姿が愛されたからでしょう。
でも、それだけでは無さそうです。
 
桃太郎の子分は「猿、犬、雉」の三匹でした。
猿と犬は人間に親しかったから・・・雉は特段に親しいわけではありません。
なぜ、子分に選ばれて鬼退治に行ったか・・・・、
それは勇気が誰よりも勝っていたからでしょう。
 
雉の巣を鷹や鷲、狐などに襲われると、雄が「食うなら俺を食え・・・!」とばかりに飛び立ちます。
そして、これ等の危険な動物を子供や妻から遠ざけるのです。
昔の人は雉の勇気に感服して、桃太郎の子分に選抜したと思います。
 
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さらに、方位的に鬼は鬼門の方角に居ます。
丑(牛/角が生えている)寅(虎/鬼のパンツ)の方角の反対が謂わば「福門」です。
此処には猿・鳥・犬になります。
福を授ける方角の「鳥」、その中で、鬼退治の武器を持っているのは嘴の鋭い雉だったのでしょう。
勇気があって、美しくて、武勲をあげる・・・・雉だから国鳥であって、桃太郎の子分に選ばれたのでしょう。
 
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雉さん、雉さんのんびり食事中ですが、もうマイホームは出来ているのですか・・・・一寸心配です。
何故なら、この辺りは野良猫が多いのです。
雉の巣は草叢と思います。
猫の来ない場所を選べているのでしょうか・・・・・?アライクマも増えています。
 
でも、この夏から秋にかけて、雉の親子も観察できたら・・・・嬉しいに決まっています。
 
 
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 雉のお父さんが目立つのは、お母さんや子供達を守るため・・・目立とうとしているからでもありましょう。
平家物語の鎧兜姿を思わせます。
 
 
 
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鎌倉の建長寺に入って方丈の脇道を奥に進むと、半僧坊に出ます。
此処から丘陵の尾根道が始まります。
半僧坊から瑞泉寺までの約5キロ、山歩きは「天園ハイキングコース」のハイライトです。
見晴らしが良く、石仏や「鎌倉のやぐら」が点在しています。
樹木が茂って、山野草や野鳥が豊富で、実にロハスな楽しみに満ちています。
小学生の同窓会ハイキングなど思い出も残されています。
奈良の三笠山から若草山、春日奥山のハイキングコースに似た、歴史・自然歩道です。
 
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     天園ハイキングコースのマップ
 
天園を歩くと、遠くの谷間から呼び声が響いてきます。
「ゴジュケイ!ゴジュケイ!チョッと来い チョッと来い」と聞こえます。
でも、鳴き声が近づくと、鳴き止んでしまいます。
過ぎてしまうと、また鳴きだします。
「チョッと来い チョッと来い」と、
「行ってやれば黙ってしまうなら・・・・呼ぶなよ!」苦笑いしてしまいます。
実に用心深い野鳥なのです。
 
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                          東北大震災で人影の消えた建長寺
 
東北大震災の影響でしょう。
建長寺の観光客用の駐車場には車一台もありません。
広い境内も人影が見えません。
私は半僧坊道をたどります。
渓流沿いの道はやがて四辻に出ます。
真直ぐ進めば鳥居、狛犬を通って半僧坊に続きます。
左折すれば川村瑞賢の墓から鎌倉学園のグランドに出ます。
右折すれば大池とその池畔の回春院に向かいます。
 
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                   (半僧坊の竹林も手入れされ、見違えるほど綺麗になるようです)
 
この辻に庚申塔があったのですが・・・見当たりません。
探してみれば玉雲庵の門前に移されていました。
この辻を広くするための処置でしょう。
達磨大師像が建立され、孟宗竹の林も手入れさ、見違えるほど綺麗になりました。
もう土手には立ち壷スミレが咲き出しています。
 
突然に、足元からコジュケイが飛び出しました。
3メートルも飛んだでしょうか・・・・・そこで、この親父は安全だ・・・とでも思ったのでしょうか?
竹の落ち葉を掻きながら、なにやら摘まんでいます。
落ち葉の下で隠れていた小虫でも啄ばんでいるようです。
 
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     (半僧坊のシャガの葉陰に向かうコジュケイ)
 
静岡の奥山半僧坊が建長寺の権現(守護神)として勧請されたのは明治時代でした。
その後、コジュケイが台湾から日本に持ち込まれました。
持ち込まれたのは神奈川県、里山が多かった事、農業試験場が在った事など好都合であったのでしょう。
コジュケイも狩猟の対象として、美味であった事など、様々な事情があったのでしょう。
鶉より二周りほど大きく、山鳥に比べれば尾羽が短い、チャボのような野鳥です。
里山の環境はコジュケイにとって幸いしていました。
そこで、そこかしこで繁殖、野生化しました。
でも、殆ど飛べない鳥です。
人間をはじめ犬・猫・鼬など様々な敵がいます。
命を守ってくれるのは竹薮です。
藪に逃げ込んで、ジッとしていれば天敵から身を守れます。
臆病な性質は神奈川の里山時代から培われました。
 
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     (池畔で虫や種を啄ばむコジュケイ、尾羽を付ければそのままで小型の山鳥です)
 
でも、東北大震災で人影が減ったからでしょう。
コジュケイが藪の中から出てきたのです。
そこで、私に出会いました。
 
改めてしみじみと見ます。
綺麗な縞模様は藪の中では保護色になるのでしょう。
山鳥に似ています。
楕円の体型も可愛いものがあります。
鶏と違って鶏冠が小さい(無い?)ようです。
鶏の鶏冠は仲間の識別の役に立つ・・・そうです。
コジュケイが盛んに鳴くのは仲間の識別のためなのでしょう。(小西正一著、小鳥はなぜ歌うのか)
鶏が「コケ・コッコー」鳴くように、「コッチ来イ、コッチ来イ」と鳴き続けます。
 
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               (コジュケイが隠れた竹薮、此処に逃げ込めば枯れ藪が身を守ってくれます)
 
もう、恋の季節です。
コジュケイは二回(年)子育てするそうです。
6月にもなれば、子連れのコジュケイが見られることでしょう。
その頃までには、東北大震災の前の参詣客の溢れる建長寺に戻って欲しいものです。
門前の茶房も心配なことでしょう。
 
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             (建長寺大池、対岸が回春院本堂、この環境がコジュケイの天国です)
 
 
 
 
 
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江ノ島道(遊行寺〜江ノ島神社)に沿った新林(しんばやし)に新林公園があります。
片瀬山の谷戸を里山公園に保存したものです。
溜池が二つあり、棚田が小学生の観察・体験用に耕作されています。
藤沢市の鳥「カワセミ」も見られて、自然が実感できる素晴らしい公園です。
公園の真ん中に大きな茅葺の民家が保存されています。
藤沢市北部柄沢の名主だった「小池家」の母屋を昭和57年移築したものでした。
茅葺民家の前は芝生広場になっています。
母屋移築時に芝生の間に梅ノ木を植えたのでしょう。
それから約30年、梅の木も大きく育ちました。
 
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            (新林公園の芝生広場、梅林は「思いのまま」。奥が名主小池家の母屋。)
 
梅の木は古代に日本に伝来して以来盛んに種の開発に取り組んできました。
梅の突然変異が発生しやすい、特性も影響したでしょう。
何より、古代人が最も愛した花だったこともありましょう。
そして、梅の花粉を交媒した野鳥、メジロの果たした役割も多かったのではないでしょうか。
江戸時代様々な階級の人も競って梅の種の改良に努めました。
その結果1000種を超える梅が私達を楽しませてくれます。
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        (溜池が二つあり、下段のため池はビオパークであり、子供が網で掬うとヤゴやオタマジャ          クシの卵が出現、大騒ぎをしていました)
 
日本人が喜ぶのは「白い花」「紅い花」、そして「紅白の花」が咲けば最も喜びます。
源平花、源平草は数多くあります。
何れも、一つの株から、枝や幹から紅白の花が咲くものです。
梅でも紅白を咲かせたいものだ・・・・、
長らく目標にされたものでしょう。
多分、昭和になってから紅白の目出度い梅が開発されました。
名前を「思いのまま」にしました。
 
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    (「思いのまま」は一本の梢に八重で紅白の花が咲きます。梅林の大半がこの新種の花梅です)
 
藤沢市は新林公園のグランドデザインを考えました。
地形には手を加えず、谷戸を、棚田を、溜池をそのまま活かす事にしました。
名主の母屋や長屋門など文化財を移しました。
水路(隧道)も残して自然と生活の関係も保存しました。
そして、市民が憩う芝生広場を大きくとりました。
芝生広場に「思いのまま」を植林しました。
春には「紅白の花」を、夏には緑陰を楽しませてくれる・・・・、判断したのでしょう。
勿論、市の花「藤」のために、100メートルに及ぶ藤棚も設えました。
「思いのまま」はプランどおり年々樹形を整え、美しく咲き誇って来ています。
 
湘南の人たちは、朝に江ノ電や湘南モノレール「江ノ島駅」に集まります。
そして、常立寺から新林公園に向けて約2キロ余りを歩きます。
江ノ島道は江ノ島神社の参詣道です。
昔は100メートル程の間隔で検校が設置した「道標」が辻辻に残されています。
「西行の戻り松」「一遍上人地蔵跡」等の旧跡が残されています。
そして、馬頭観音や庚申塔など「賽の神」が見守っていてくれます。
常立寺の枝垂れ「思いのまま」に歓声をあげます。
 
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           (小池家の母屋、入母屋茅葺、大名主の風格があります。この日は北側の扉を閉ざして釜戸に火を入れて燻していました)
 
スタート地点に近い常立寺の名物は「思いのまま」の枝垂れです。
そして、終点が新林公園の芝生広場の「思いのまま」です。
新林公園の芝生では思い思いにシートを広げてお花見をしています。
もう、梅の季節もお終いです。
花弁がお花見弁当に散ってきます。
 
見上げれば花から花へ、メジロが飛んでゆきます。
花に嘴を突っ込む度ごとに、花弁が散ってしまいます。
メジロは一羽ではなく、数羽が群れています。
メジロ同士が接触したりもします。
ああ、だから「メジロ押し」と言うのか・・・・、妙なところで合点します。
群れて、その中からペアリングができて、子供を育てる事でしょう。
 
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                      (「思いのまま」に集まったメジロ、これが目白押し状態)
 
「鳥のさえずり」は春の季語です。
メジロは「チッ、チッ」と可愛く啼いています。
「春告鳥(はるつげどり)」に相応しい可愛らしさ、露出度です。
でも、メジロは夏(一部で秋)の季語です。
さらに春告鳥は鶯の事です。
鶯は初夏に「ホーホケキョ」と啼きます。
鶯の最初のホーホケキョを「初音」と呼んで、喜びます。
でも、実際は桜が散って若葉が溢れ出した頃聞かれます。
江戸時代歳時記を書いた人は鶯とメジロを錯乱していたのでしょうか。
総じて鶯にご贔屓で、メジロに冷たかったようです。
 
そこで俳句中興の大人物「正岡子規」がメジロをどのように見詰めていたか・・・確認してみました。
 
結論から言えば、
メジロについては季節を特定していないようです。
ただ多くの場合季語が重ねられていて(季重ね)、
その場合は春の句になっているのでした。
    南天の実をこぼしたる メジロかな    (明治29年、子規)
     
    メジロ鳴くと見れば 垣のメジロ籠    (明治34年、子規)
 
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「南天は春」「メジロ籠」は春の季語でしょう。
ですから、夏のメジロですがこの句は春の句となります。
 
子規は明治34年には「仰臥漫録」を書き始め、35年には「病状六尺」を発表します。
そして明治35年に亡くなります。
鶯谷のしもた屋に寓居して、六畳間に臥していました。
病魔に臥していたところ、庭にメジロの鳴声がしたのでしょう。
子規庵の庭先は簡素な四つ目垣です。
その垣根にメジロ籠が吊るされています、妹の律が用意したのでしょう
籠のメジロに、野生のメジロが寄ってきます。
子規は次の場面を心待ちにして、メジロ籠を見詰めます。
恋人になるメジロがやってくるだろう・・・・・。
律はそんな兄の様子を部屋の隅から窺がっています。
 
「メジロは夏だ」そんな決め事に縛られたらこの句が理解できません。
生命が溢れ出す春だから、この句の素晴らしさが解るのです。
 
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「思いのまま」「メジロ」・・・・・と春を書いていたところ、
外では雨が雪に変わっています。
これでは、メジロさんはダルマの葉陰でジッとしている事でしょう。
春の天気は目まぐるしく変わります。
メジロも目の淵の白いリンクを紅くしているかもしれません。
 
   鳥はらはらどれが頬赤やらメジロやら
                         子規
 
 
 
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先日、雪の朝に柏尾川でクイナを見詰めていました。
その時、隣のバードウォッチャーから教えて貰いました。
「最近はこの辺りでもクイナが見られるようになって、鎌倉中央公園にも出ていますよ」
そこで、久々に鎌倉山崎の鎌倉中央公園に出かけてみました。
 
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                   (鎌倉中央公園の棚田、右の尾根を越えると魯山人の星山窯に続く)
 
鎌倉中央公園は鎌倉西部の山並みが柏尾川に下る傾斜地にあります。
江戸時代に谷間に灌漑池を作って、棚田が続いて、里山が広がっていたのでしょう。
開発を免れた一帯を「広域里山公園」として保存したものでした。
一時は棚田が放置され一面蒲や葦が茂っていましたが、最近は小学校の野外学習ため、ボランティアの活動フィールドとして、棚田も復活してきました。
そうした、活動の結果見違えるように野鳥が増えてきたのでした。
鴫もクイナも・・・・・、棚田復活が呼び込んでくれたものでしょう。
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                    (もう、4日も経つのに雪が残っている鎌倉中央公園の棚田)
 
 
自然が元気になる秘訣は、「人間が放置する」のではなく、程よく手入れをする事のようです。
人間も、動植物も一緒に「自然の恩恵に浴したい」と思うと良いようです。
 
鎌倉中央公園は今は閑静なものです。
農作業もお休みで、落ち葉を腐葉土に積み上げたり、下枝を伐採し、下草を保護したり・・・・、
春に向けて助走期間のようです。
 
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                              (アオジは若菜が保護色になります。 ♂)
 
葦原も枯れています。
蒲の穂が崩れて、綿毛が飛んで行きます。
私の足元から様々な野鳥が飛び立って行きます。
ムクドリもいれば、赤腹もいます。
私を怖がる事も無く、レンズの距離でポーズをとって、シャッターチャンスをくれているようです。
 
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  (ジョウビタキの止まった梢も春を感じさせます)
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                              (白腹?が葦原の下で私の動向を伺っていました)
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                                              (此方はシメ)
 
一番に数が多いのが「アオジ/青蒿」です。
殆どが二・三羽が一緒に行動しています。
屹度棚田の端に溝萩や葦の実が落ちているのでしょう。
種子を拾って食べています。
 
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     (アジサイの枝に止まったアオジ♀、下にもう一羽居ます)
 
アオジは雀の仲間です。
雀は里に降りて人間と一緒に生活するようになって、その数を増やしました。
一方アオジは山に棲んでいます。
山に雪が積もって食べる種子や昆虫が見当たらなくなると、里に下りて来ます。
でも、山に雪が消えれば又戻って行きます。
ですから、鎌倉中央公園のアオジも桜が咲きだすと見えなくなってしまいます。
渡り鳥なのです。
 
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でも、名前が悪かったのでしょう。
文学にも余り出てきません。
「青」は灰色のこと、「蒿」はヨモギの事、
ヨモギの新芽は摘んでヨモギ餅にします。
あの「草もち」の緑色の素材です。
香りも良いし、健康にも良いのです。
ですから、アオジとは「よもぎ」「餅草」のような小鳥の意味でしょう。
そう考えると、アオジの興趣が深くなります。
 
 
   春日野の  若菜つみにや  白妙の  袖ふりはへて  人のゆくらむ
奈良の若草山の麓に広がる原っぱが春日野です。
「春日野に若菜を摘みに行くのだろうか、白い袖をわざわざ振って人がゆくようだ・・・・」
長かった冬があけて、待ちに待った若菜摘みです、「春が来た」喜びに満ちています。
若菜の中からは屹度アオジが驚いて飛び出したことでしょう。
若菜はアオジの保護色なのですから・・・・。
 
アオジは姿も色も、春を迎える喜びに満ちています。
そして、随分増えて来ました。
 
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  (金魚藻を掻き分けて餌を漁る青鷺、鎌倉中央公園の池で)
 
 
 
 
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