仮想旅へ

毎日の通勤路を憧れの街道歩きに転換してみたら? あなたを「LOHAS」な世界に誘ってくれます。

湘南ウォーキング

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全34ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

全国各地で高校野球の熱戦が戦われています。
神奈川県大会も3回戦が始まりました。
これからが、楽しみです。
17日は天気も薄曇り、野球見物には格好でした。
新聞で今日の試合を確認します。
我が家に近いのは「俣野の薬科大球場」です。
でも、藤沢鵠沼の「八部/はっぷ球場」に出かけました。
湘南高校がなんとシードされているのです。
湘南VS海老名の公立高校同士の対決は・・・・・、面白そうです。
 
イメージ 1
   鵠沼は白鳥(鵠)の棲む沼の意味です。住宅地の中に沼が残されて、ボランティアの活動で蓮が咲きます。
   毎朝、この沼の畔の公園でラジオ体操が催されているそうです。
 
イメージ 2
                           鵠沼は緑豊かな住宅地です。瑠璃カズラが盛りでした。
 
1949年湘南高校は甲子園に出場します。
この時代は総じて西の高校が優勢でしたものの、全国優勝してしまいます。
33年ぶりの「深紅の優勝旗の箱根越え」と言われたそうです。
今年、若しも東北の高校が優勝したら「深紅の優勝旗の白河越え」と言われることでしょう。
昨今では神奈川県の高校は甲子園で再三優勝していますから・・・・・・、優勝慣れしているようですが・・・・、
当時の感動は如何ばかりでしょうか。
以来、県民には湘南高校ファンが沢山います。
 
もとより湘南高校は神奈川県下で最も優れた文武両道高校で、
サッカー部や吹奏楽部が全国優勝しています。
そんな湘南高校が今年はシードされたんで・・・・、近年沈黙していたファンが大挙して応援に来ていました。
1塁側のスタンドは満員です。
 
イメージ 5
    鵠沼運動公園にある八部球場。向こうが3塁側、海老名高校の応援スタンド。
イメージ 6
                       1塁側、湘南高校の応援スタンド
 
鵠沼公園駅(江ノ電)から北に向かえば「鵠沼」があって、今は蓮が盛りです。
南に向かって10分ほどの処に鵠沼運動公園があって、八部球場があります。
野球場から西、鵠沼神明町に湘南高校があります。
歩いて数分、まさに湘南高校野球部のホームグランドです。
 
 
湘南高校の先発は「山田投手」でした。背番号は7、2回戦で先発した宮台選手(背番号1)はレフトです。
山田選手は2011年3月11日、卒業式前日に仙台で東日本大震災に遭遇してしまいました。
父親の仕事の関係で高校は湘南に通う事になったそうです。
宮台選手とは同じ歳(3年)ライバルとして競って、シード校に導いたのでした。
 
イメージ 7
   湘南高校はピンチの連続、総じて押されていました。でも、ノーエラーで守り抜いていました。
イメージ 8
         湘南高校の攻撃は、四球を選んでもここ一打が出ませんでした。
 
でも、この日は直球が上ずり、得意のスライダーも切れが悪かったようです。
1回に1点を失点してしまいます。
でも、3回湘南はワンチャンスを活かして同点に追いつきます。
しかし、その後も総じて湘南は押され気味、海老名の打撃は浮いた球を確実にヒットしてゆきます。
 
応援席からは高校野球にしてはきついヤジが飛びます。
「此処は湘南のホームグランド、リラックス、リラックス」 なんて言うのは良いんですが、
「どっちがシードだ!」とか
「偏差値で圧倒しろ!」 なんていう訳のわからないヤジが飛びます。
応援席は私のように同校OBでは無い者も多いようです。
 
とうとう5回山田投手はつかまってしまい、連打を浴びて3点を失点してしまいます。
素人目の私にも継投の遅れが指摘されました。
その後、エースの宮台選手が引き継ぎ、無失点で投げ切りました。
一方海老名のピッチャーは見事に継投を決めて・・・・・、1失点のまま逃げ切ってしまいます。
 
イメージ 9
                           1-4で湘南は完敗でした。 でも、良いチームでした。
 
 
チェンジの度ごとにアナウンスされます。
「このようなお天気です、日射病や熱射病に気を付けて、水を飲んだり日陰に入りましょう・・・・!」
ああ、炎天下では日射病と言って、熱中症とは違うんだ・・・・、気付きます。
私は手拭いに水を浸して、頭上や首筋に巻いて日射病対策です。
観客席の上段に登れば海風が渡ってきます。
 
イメージ 10
    応援席にはジュースが配られてきました。暑さ対策でしょうか? 美味しくいただきました。
    こんなの初めてです。
 
出かけるときの気持ちでは、午後の試合「西湘VS橘」も観戦する積りでした。
でも、体力が心配です。
湘南高校の応援団の後を追って、スタンドを出ました。
野球場入り口では野球部選手が整列して応援団を迎えていました。
「応援ありがとうございました!」
選手が深々頭を下げます。
これに対して、応援団や吹奏楽部は・・・・
「この夏も応援する機会を戴きました・・・・、ありがとうございました」
此方も腰を折りました。
”良い高校だなあ、部活動が盛んなんだな!”
”野球も(部活動も)礼に始まり礼に終わるんだ!”
教えられるような光景です。
私の小学校の友人も沢山いました。それらの顔が思い浮かびます。
 
イメージ 11
                                    応援席に挨拶します。
 
イメージ 12
     グランドを出れば、野球部部員が整列して応援団を出迎え、感謝の礼を再度してくれました。
イメージ 3
      応援生徒も、吹奏楽部部員も、今度は野球部員に礼をしました。”こんな機会を呉れて有難う”
 
私の傍らの引率の先生に伺いました。
「残念でしたね、海老名高校の打撃はシャープでした。先発はエースの宮台君では無かったんですね。?」
すると、先生はこう答えられました。
「ローテーションでしたから・・・・、」
お顔には「もう少し先にまで進むつもりで、ローテーションを組んでいたんだが・・・・」
そんな風に書かれているようでした。
 
広島では山中から女子高生の遺体が発見されました。
最初は16歳の女子高生が同学年の友人を殺した・・・・・自発で発覚したのでした。
でも、不自然です、少女が山奥に友人を引き出して殺せる筈ありません。
事件は集団リンチ事件の様相を思わせています。
 
教育における野球の功績を想います。
暑いさなかに、野球に集中し、そんな選手を声を張り上げて応援する・・・・、
負けてしまっても、お互いに礼をして感謝を表現する・・・・。
湘南の海風にも似て爽やかな風を体一杯に浴びて帰る事が出来ました。
 
また、高校野球の応援に出かける事にしましょう。
 
イメージ 4
   応援女学生のリボンは初代校長赤木愛太郎氏に因んだ三色なんでしょうか? 良くお似合いです。
 
 
 
ブログランキングに参加しています。
応援クリックお願いします。
 

女学生の夏薔薇の収穫

7月11日(木)、朝のNHKTVで”JAPAナビ「行列のできる街藤沢」がオンエアされていました。
太目タレント石塚英彦さんが藤沢の亀井野にトマト農家を訪ねていました。
 
藤沢の魅力は海だけでは無い、北部の丘陵には野菜農家や果樹農家が広がり、
瀟洒な一戸建て民家も連担しています。
私の勤めていた長銀も子会社の「長銀不動産」が、
昭和40年代藤沢北部の善行の丘陵を開いて善行団地を開発しました。
私は直接同開発に携わったことはありませんが、グループ最初の宅地開発でしたから・・・・・、
深い関心がありました。
 
同社も銀行も破綻してしまいましたが、善行の開発は成功だったようで、
住人は素敵な湘南ライフを満喫しているようです。
富士山は眺められるし、小田急に乗れば海に出られます。
団地の周囲は野菜農家が囲んでいます。
湘南の田園は山紫水明にして美味探究が可能です。
 
イメージ 1
   藤沢の善行駅から都市計画道路を善行団地をぬけた辺り。遠くに日大藤沢「生物資源科学部」が、
   見えてきます。このあたり一帯に野菜農家があります。
 
イメージ 2
       善行神社の庚申塔。同社は善行団地開発に際して、八坂神社とお稲荷さんを合祀して
       団地向かい、都市計画道路に面して建てられたものです。沢山の石仏が集められています。
       団地開発に際して、計画地内の祭祀も厚く遇する事が大事です。
 
イメージ 5
                     同、双体道祖神、藤沢メルシャン前の「化粧地蔵尊」に酷似しています。
 
善行の駅を降りて小田急江ノ島線に沿ってお隣の六会に向かいます。
日大の「生物化学資源学部」のキャンパスが見えてきます。
善行団地の開発道路に沿って幾つもの温室が現われます。
これがトマトハウスです。
このハウスで、湘南トマトが栽培されています。
 
イメージ 6
     トウモロコシ畑(飼料用)の向こうに日大キャンパス棟が見えます。この辺りは同大学の試験農場です。
     道は総て未舗装です。
 
イメージ 7
    日大の試験農場の善行寄りにトマト農家「みどりファーム」があります。此処がNHKで撮影されました。
 
 
 
NHKでオンエアされていたのは「みどりファーム」でした。
火曜日の朝6時半から、木曜日は午後2時半から販売されます。
でも、人気で直ぐに売り切れてしまいます。隔週の土日にもお店が開きます。
開店時にお店の前を通る事は稀にしかありません。
 
お店に入ってみると、朝一TVの写真が壁に張られていました。
みどりファームは閉店していても、この辺りは沢山の農家がロードサイドで野菜を売っています。
地産地消ですから新鮮ですし、栽培している畑や土を確認できるわけですから・・・・、
こんなに良いことはありません。
安心して地産のお野菜をエンジョイ出来ます。
 
イメージ 8
               藤沢亀井野にあるJA藤沢の経営する「ワイワイ市場」、地産の野菜が人気です。
イメージ 9
                                生産者のメッセージが添えられたトマト売場です。
 
一帯に日大の花弁園芸研究室やフルーツバイオサイエンス学科が農場を開いています。
今では日本の農道は畦道さえもがアスファルト舗装されています。
これは明らかに行き過ぎです。
畔を舗装すれば、鼠やモグラは困ります。
彼らは一見すれば害を為す動物ですが・・・・・、害をするものだから・・・、敵視するのは間違いだと思います。
 
日大の試験ファームは昔ながらの無舗装です。
農道を走ると土埃が立ちます。
 
イメージ 10
                                    温室栽培の薔薇を収穫して戻る学生さん
イメージ 11
     試験農場の温室栽培の薔薇、言われた通り花数は少なく端境期です。
 
ビニールハウスの陰で、女学生が屈んで何かを見詰めています。
何だろう? 私も覘いてみました。
すると、真っ黒な毛虫です。
こんな毛虫に触れたら・・・、綺麗なお肌がブツブツにかせてしまいそうです。
女学生たちは温室栽培の薔薇を出荷していたんです。
そうしたら・・・・、バラの葉に毛虫がたかっていた・・・、
それに気づいて・・・・、これは何じゃ?
見詰めていたんでした。
 
イメージ 12
                                    薔薇を冷蔵倉庫に運びます。
 
                                
毛虫も出るし、蜂も飛び回っている・・・・、
だから学生たちは全身を覆った作業服を着ています。
まるで消防隊員のような格好です。
朝の収穫を終えて温室から出てきました。
顔には玉の汗が噴き出ています。
ビロウードのような光沢のある臙脂色の薔薇です。
訊けば、これから市場に出荷するんだそうです。
学生さんの研究も、市場に出して換金するまでフォローするのです。
良い花を作るだけではなく・・・・、市場に期待されている花を栽培して、
経営として成り立たせることも大切な課題なのでしょう。
 
私の学生の頃は農学部は人気がありませんでした。
今、学生ならば・・・・、こんな素敵な学生さんたちに混じり込んで、
園芸植物や野菜栽培に精を出していたかもしれません。
人生に遣りなおしは出来ません。
でも想像するのは人間の特権です。
特権を使って想像すると幾つもの真実が見えてきます。
 
大企業でも100年も繁栄する事は稀にしかありません。
今人気の企業も、将来も人気であることはあり得ないでしょう。
でも、農業など自然を学ぶ事業は・・・・、人間が社会を作り始めた時からズット変わらずに人気の事業でした。
 
学生さんに温室の薔薇を写真に写して良いか、許可を貰いました。
薔薇は今は端境期で、良いものは無くなっています。
「冷蔵庫に今日出荷するものを集めてありますから・・・・、そっちを写されるようお勧めします」
言われました。
 
私は倉庫の中に3棟もある冷蔵庫の一つに入りました。
幾つもの種類の薔薇がバケツに入っていました。
この冷蔵庫に一時集荷して・・・・、それから市場に出荷するようです。
先刻、毛虫で大騒ぎしていた女学生たちが・・・・、
「暑い!暑いわ!」叫びながら冷蔵庫に走り込んできました。
”助かるー!・助かるー!”
冷蔵庫で涼むのが楽しみなようです。
 
イメージ 3
                          冷蔵倉庫に集荷され、出荷・出番を待つ薔薇の花。
 
温室の中では、薔薇も暑かろう・・・・、
勿論女学生は大汗をかいています。
だから・・・・、冷蔵庫で暫し休憩して、元気を回復して市場に出て行くんでしょう。
 
薔薇も、女学生も同じように綺麗に見えました。
夏は大汗をかいてこそ、良いもんです。
 
イメージ 4
           試験農場の向こうに聳える日大藤沢キャンパス。
 
 
 
ブログランキングに参加しています。
応援クリックお願いします。
 
マリア道から大磯の街に戻ってきました。
もう、昼食の時間です。
大磯の街には美味しいお店が数多くあります。
鰻屋(圀よし)や寿司屋(富久寿司)は高いし、林亭のとんかつや・カレーはヘビーだし、
杉本(焼き鳥屋)は月曜日はお休みだし・・・・、
パンの蔵でパンを買って、喫茶店で食べようか・・・・・・?
考えます。
でも、暑いので・・・・・・・、先ずは冷たいものが欲しいものです。
 
イメージ 1
   交差点の向こうが鴫立庵の森、交差点を渡っているのは大磯小学校の生徒さん。
   手前右がギャラリーさざれ石です。
 
大磯小学校の生徒さんが鴫立庵の前を、海に向かって歩いて行きます。
ふと見れば、焼き鳥「杉本」の前に井戸(雁の井戸)があって、そのベンチにお人形が手招きしています。
「ギャラリーさざれ石」と書かれています。
この露地の奥にもギャラリーがあって、写真を中心に展示しています。
大磯は小さな町なのに(?)ギャラリーが沢山あるんです。
歳を取ったら、大磯のように魚もパンも、豆腐も蕎麦も美味しくて、
文化と自然の豊かな街に住みたいもんです。
 
お人形の招きで、「ギャラリーさざれ石」に入りました。
お人形は陶人形です。
何処かで見たような、懐かしさを覚えます。
作者は鈴木若弥さん、略歴を確認して思い出しました。
 
イメージ 2
                ギャラリーさざれ石の敷地内には大磯の古井戸の一つ「雁の井戸」があります。
イメージ 3
                           道行く人を招いている陶人形。背後がギャラリーさざれ石です。
 
鈴木若弥さんはふくよかなお身体の叔母ちゃんで・・・・・、新潟の出身でした。
1967年人形劇団ひとみ坐に入ります。
NHKの「ひょっこりひょうたん島」の人形創作に係ります。
でも、1971年に退団し、人形の素材をアクリル樹脂や布に変えます。
更に1980年、素材を土に変えて、陶人形作家になります。
 
小田急江ノ島線六会駅に近い「亀井野」に6坪ほどのアトリエを構えて作家活動に勤しんでいられるようです。
聴けば、今日は展示初日で、今週末の土日(7月13・14日)にはお顔を出されるそうです。
さざれ石のオーナーさんも、人形作家の鈴木さんもほぼ同年齢の叔母ちゃんで、
人懐っこさも、ふくよかなルックスも共通しています。
 
イメージ 4
                          角の生えた子鬼が”龍を捕まえたぞー!” とばかり持ち上げている人形。
イメージ 5
             バオバブの木の下で寛ぐ坊や、バスケットには御馳走が一杯です。
             猫ちゃん(?)ワンちゃん(?)が期待しているようです。
 
どの作品にもみじかな物語があるようです。
素朴で、人間の好意や善意を素直に表現しています。
鬼も善意の顔をしていますし、赤ずきんちゃんの狼も善人の顔です。
そんな人形の素材は土が最高だったのでしょう。
土は信楽の土を使っているようです。
釉を使わないで、素焼きして、焼き上がった人形に彩色しているのです。
どの人形を見てもほっこりした気持ちになれます。
大きな作品でも、2〜3万円で求められます。
 
イメージ 6
     一番目立つのが「招き猫」です。手前の猫は魚の絵が描かれた鈴で遊んでいます。
     鈴木若弥さんの脳裏にはひょうたん島の次に「猫チャン島」があるようです。
 
 
ギャラリーさざれ石は大磯の名勝「さざれ石」の海辺が直ぐ近くにあるから…、ネーミングされたのでしょう。
もともとは、ギャラリーではなく普通の民家だったようです。
オーナーの趣味(道楽?)が嵩じて、その1階大半をギャラリー兼喫茶店い大改造してしまったようです。
時代は稼ぎでは無くて・・・・、趣味や生甲斐に変わってきているのでしょう。
オーナーは良いお顔をしています。
陶人形と似ています。
 
喫茶室の名前は「青鳩」です。
さざれ石の海岸に青鳩が1000羽もやってくるのです。
   (大磯の青鳩は次に書きましたhttp://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/47383945.html)
 
青鳩は夏になると丹沢の山から大磯の海岸に群れを成してやって来ます。
高麗山や湘南平の山をねぐらにして、朝晩に潮水を飲みに磯に姿を現します。
鴫立庵の森に集まって、群れを成して磯に潮水飲みに遣って来るんです。
 
庭先には青鳩の美しい羽毛が落ちているそうです。
だから・・・・、喫茶コーナーは青鳩とネーミングしたのだそうです。
さざれ石も青鳩も大磯ならではの良い名前です。
   ギャラリーさざれ石:大磯町大磯1174 電話0463-67-9662
   アトリエ風(鈴木若弥):藤沢市亀井野572-5
 
イメージ 7
                                             窓には青鳩がデザインされていました。
 
イメージ 8
      手前青い壁のブロックが喫茶の「青鳩」、奥の白い壁が「ギャラリーさざれ石」になります。
       このカウンターでおばちゃんが美味しいコーヒーを沸かしてくれます。(500円)
      おばちゃんから「この大磯蜜柑は美味しいんですよ・・・・!(お隣)のケーキよりズット美味しい」
      お蜜柑を戴きました。湘南の輝きという名の温室蜜柑でした。
      実に瑞々しく甘いミカンでした。聞けば大磯駅前の「地場屋ほっこり」で売っているとの事、
      早速に求めて帰りました。
 
イメージ 9
   7個780円の温室蜜柑「湘南の輝き」、少し高いのですが、美味しい事間違いありません。
   マリア道にあった温室で栽培されているようです。
 
 
ブログランキングに参加しています。
応援クリックお願いします。
 
 
 
7月6日、朝9時平塚駅の駅頭に降りたちました。
七夕見物に来たのでしたが、まだお祭りには早いし、先ずは宿場町平塚を散策しようと決めました。
七夕の主会場は湘南スターモール、旧東海道です。
でも、東海道線の平塚駅は宿場町を避けて随分北に建てたのでした。
駅から南に、スターモールを過ぎて暫く歩いたところにようやく江戸見付がありました。
見付台のように石垣が積まれて・・・・、少し雰囲気があります。
ここから約2キロ西に京見付があって、その間が平塚宿です。
 
イメージ 11
                平塚宿の江戸見付、駅前からこの辺りまでが七夕の屋台が出ていました。
イメージ 1
       平塚宿の案内図、右端に江戸見付、崇善公民館があります。今日の話題はこの公民館です。
イメージ 12
                                               これが平塚宿の京見付
 
私の目の前を着物姿の女性がスイスイと歩いて行かれます。
強い南風が吹いて、髪も裾も乱れがちですが・・・・、美しい歩き姿です。
”立てば芍薬・・・…、歩く姿は百合の花” を思い出します。
江戸見付の西側に緑地があって、テントが張られています。
その中に吸い込まれて行かれました。
 
テントには案内がしてあって・・・・・・、「淡交会湘南支部」と書かれています。
今日は七夕に際して、裏千家のお抹茶の接待があるんです。
私の前を歩いて行かれたご婦人は、裏千家のお師匠さんだったのでしょう。
そして、その会場が「見付台公園」なのでした。
 
お接待会場の準備を終えて・・・・、皆さんで七夕の竹飾りを作っておいでです。
もう、数十年前、少女時代に戻ったように・・・・、楽しげに短冊を笹の葉に吊るしておいでです。
 
イメージ 5
     淡交会湘南支部の抹茶接待会場。向かいの建物が崇善公民館です。
イメージ 6
                                淡交会のみなさんが竹飾りを作っておいででした。
 
大きな楠木が葉を茂らしていて・・・・、その向こうに素敵な木造建築が見えます。
2階建てで、コロニアル建築(板張り建築)です。
入母屋屋根は瓦葺で、その交わった処に懸魚がかかっています。
屋根は寺院建築、板張りや窓は西洋建築で・・・・・・、所謂昭和モダニズム建築です。
建物の入口には「崇善公民館」と書かれています。
淡交会の皆さんはこの建物から出入りされています。
 
イメージ 7
   立派な楠木の向こうに崇善公民館が建っています。
   この楠は日清戦争の講和条約の結ばれた記念として、神奈川県知事中野健明が県下の学校に
   植樹させたもの。従って樹齢は80歳を超えています。
   案内板には平塚尋常高等学校の生徒の想いが残されている・・・、書かれていました。
 
 
公民館は畳敷きの部屋もあって、其処でもお抹茶の接待が受けられるようです。
そして・・・・・・、その隣にコンクリート1階建ての建物があって・・・・・・・、
この建物でお湯を沸かして、お抹茶をたてておいでです。
この建物にも歴史を感じます。
 
イメージ 8
      崇善公民館の建物、左続きに理科室があって、キッチンとして使われていました。
イメージ 9
     崇善公民館の北面、入母屋、木造二階建て建物で、屋根部分は仏式、壁や窓は西洋建築です。
     これが、戦後建てられた平塚市議事堂でした。
 
イメージ 4
   旧平塚尋常高等小学校理科室。此処で淡交会の皆様がお抹茶をたてておいででした。
 
崇善公民館・・・・とは古い名前です。
公民館の室内に貼り紙があって・・・・、その歴史が案内されていました。
話は明治6年に遡ります。
維新政府は教育に熱心に取り組みます。
平塚新宿八幡別当であった等学院は寺小屋だったのでしょう。
其処に校舎を建てて「崇善館」と呼ぶ学校に致しました。
まるで、江戸時代の藩校のような名前です。
教える内容は寺小屋も学校もたいして変わらなかったことでしょう。
 
明治13年、崇善館は「平塚小学校」に名を変えます。
更に、明治27年には学制改革によって「平塚尋常高等小学校」になります。
学校の敷地は5400坪、生徒数はなんと4000名、日本最大の小学校でした。
 
ところが、大正12年、関東大震災で全壊してしまいます。
再建されました、昭和5年にはコンクリート1階建ての理科室が建築されました。
でも、昭和20年7月平塚は空襲を受け、小学校の建物は理科室を残して全焼してしまいました。
今、淡交会の皆さんがお抹茶をたてている、その建物が平塚尋常小学校の理科室なのでした。
 
そして、この場所に1950(昭和25)年、平塚市議事堂が建てられました。
それが現在の「崇善公民館」で、この昭和モダニズムの色濃いこの建物です。
平塚市は堂々とした、伝統を重んじながらも・・・・、民主主義の新時代を感じさせる「議事堂」を建てたのでした。
材木を触ってみれば、節目が目立った粗末な木材が使われています。
戦後間もない、物資も不足した時代でしたが、民主主義は地方でから・・・・、理想を形にした建物でした。
 
イメージ 10
         まあ、節目だらけの杉板の板張り建物です。
         質素な中にも、民主主義の時代に対して、期待を感じさせる・・・・、歴史的価値のある建物です。
 
「良い建物ですね・・・・!」
職員さんに声をかけました。
すると・・・・、思いがけない返事が返ってきました。
「この建物は取り壊しが決まっているんですよ・・・・!
何しろ、こんな建物ですから耐震基準にあわないんですよ・・・・、
公民館が耐震基準にあわないんじゃ・・・・、問題でしょう!」
 
私は思います。
耐震基準何て・・・・、後から決めたもの。
文化的、歴史的価値は耐震であろうがなかろうが・・・・、関係ありません。
人が集まる建物なら・・・・、お茶室だって耐震基準を満たすべきでしょう。(※)
耐震基準をお茶室に求めれば・・・・・・、大半のお茶室は取り壊される運命です。
神社の大鳥居や狛犬は耐震対策が施されていなければ・・・・、撤去して然るべきです。
でも、撤去しないのは文化的・宗教的価値を認めているからでしょう。
文化財とは・・・・・・、歴史的、文化的価値があるから大事に後世まで伝えようとするものです。
   ※ 建物の一定以上の大きさが対象になりますから、お茶室は耐震基準の適用対象外になります。
      また、鳥居などの構築物は地震になれば倒壊の危険が大きいにもかかわらず、
      耐震基準適用の対象外になります。 
 
平塚市には横浜ゴム迎賓館建物もあります。
私にとっては崇善公民館は文化的価値に置いて遜色ないものに見えます。
 
平塚から大磯にかけては和洋折衷のモダニズム建築が沢山あります。
耐震基準も大切ですが、壊してしまえば元も子もありません。
地域の文化財資源として保存するように期待します。
私の眼には崇善公民館も尋常高等小学校の理科室も、価値があると映ります。
 
イメージ 2
             横浜ゴム迎賓館建物(明治45年)国の有形文化財。市民会議室として利用されています。
イメージ 3
  お隣大磯町にある旧木下家別邸、大正元年に建造された日本最初の頃のツーバイフォー建築。
 
 
ブログランキングに参加しています。
応援クリックお願いします。
 

平塚の七夕祭り

7月6日、暑いの、暑いの、加えて湿度が高くて、これでは体に応えます。
と言っても、ようやくお天気になったので、平塚に七夕祭りを見物に出かけました。
もう、習慣ですから・・・・、致し方ありません。
午後から慶応大学日本文化研究会セミナーに参加して、暗くなってから帰宅しました。
帰れば、梅雨明けしたとの事・・・・、
これで、明日は夜空が見上げられそうです。
と言っても、7月7日に牽牛・織女星が最接近するわけではありません。
二人が年に一度会うのは、太陰暦の7月7日ですから・・・・、
仙台のように旧暦で七夕祭りをしなければ、情緒も意味もありません。
 
イメージ 1
 
平塚の七夕は戦後に始まりました。
目的は商業振興策でした。
お盆休みの八月では商業振興策にはなりません。
未だ、夏物商戦最中の7月にしてこそ、意味があるのでしょう。
だから・・・・、ハナから情緒よりも、売らんかな!、食わんかな! なのでしょう。
それは、それで楽しいもんです。
何しろ、7月5日、6日、7日の三日間で170万人も集めるんですから。
親爺は子供を肩車に乗せて、恋人はお揃いの浴衣姿で、女学生は娘らしい花柄の浴衣に着飾って、
皆して、七夕を祝うんですから・・・・、楽しさに満ちています。
 
イメージ 5
                                      ご存知かぐや姫(表)、お人形が電動します。
イメージ 2
                                         かぐや姫の後半部分(前段の裏面)
 
私はお婆ちゃん子でしたから、平塚七夕の始まったころから、見物に来ていました。
楽しみはお祭り位しかありませんでしたから、平塚七夕は格好の楽しみでした。
でも、私の記憶では竹飾りが並んでいました。
太く、高い竹を竿にして、その天辺から大きな紙飾りや吹き流しが垂れ下がっていました。
総て、紙製で・・・・、童謡の通りに笹の葉がさらさら鳴って、五色の紙短冊が吊り下げられていました。
それが、今では紙に代わってプラスチックが吊り下げられ、電飾看板に仕掛け人形が並んでいます。
 
イメージ 6
      本来の竹飾りは学校が実施していました。ピンクのゼッケンを着ている女学生は清掃をしていました。
 
イメージ 7
保育園児の描いた絵は「ゴミ対策」でした。
 
商業主義が跋扈しているかといえば・・・・、
女学生がゴミ掃除をしているし、迷子対策やら・・・・、ボランティアが目立ちます。
日本の社会も成熟してきたなあ・・・・、痛感します。
 
暑い昼間より、涼しい海風が吹き出す夜の方が良さそうです。
明日は最終日、是非お出かけください。
湘南で最大の催事ですから。
 
 
イメージ 8
                               この通りがメインの湘南スターモールです。
イメージ 9
     此方の通りがパールロードです。平塚駅を降りて二つの通りを周回できるようになっています。
     歌舞伎18番の電飾が吊り下げられていました。
 
 
イメージ 3
     八重の桜の飾り
 
イメージ 4
 
イメージ 10
筆者はこれが伝統的な七夕飾り(竹飾り)だと考えています。(南足柄の瀬戸屋敷)
イメージ 11
鎌倉鶴岡八幡宮の吹き流し。手前の葉は梶の木。
 
 
 
 
ブログランキングに参加しています。
応援クリックお願いします。
 

全34ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
yun**ake200*
yun**ake200*
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

ブログバナー

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事