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湘南ウォーキング

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遊行寺博物館で吞海上人像を拝観して、バス停「藤沢橋」に戻ります。藤沢橋は昔から渋滞します。昔お正月に遊行寺坂から右折して白旗神社に向かい違反運転で反則切符を着られた苦い経験があります。右折した先の空地に藤沢警察署署員が張り付いていて次々に違反車両を空地に引き込んで反則処理を進めていたのです。その苦い思い出の浸みこんだ空き地に「藤沢宿交流館」を新築したのでした。7月16日は交流館を地元の子供に初お被露目しているのでした。庭に露店を出して大賑わいしています。
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此処が16日初被露された藤沢宿交流館です。この日はちびっ子を集めて賑わっていました。
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藤沢宿交流館に出来た高札。高札の説明のほか隣の戸塚宿。キリシタンの禁制のほか”平塚宿までの駄賃(荷物や人を馬で運び費用”が記されていまし。因みに戸塚までは86文で平塚までは160文でした。
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藤沢宿交流館のディプレイ
早速に入ってみれば往年の藤沢宿を展示説明しています。何しろ藤沢は東海道53次の6番目の宿場町であると同時に遊行寺の門前町でもあり、大山街道江の島道の分岐点でしたから大変に繁盛していたのでした。その繁盛していた証拠を色々取り揃えて説明しています。
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広重の藤沢宿、向かいの小山が藤沢山遊行寺川は境川で鳥居は江の島の弐鳥居です。人々は遊行寺坂を下って藤沢橋で左折して江の島道に入って行きます。先頭を歩いているのは盲人で按摩を生業にする検校です。
藤沢の前後は戸塚(5番目)平塚(7番目)で前後が塚(お墓」ですから藤沢は極楽で歓楽の街(精進落しの街)だったのでしょう。古市(伊勢街道)のように。歓楽地には美味しいお酒と遊女が欠かせません。浮世絵に描かれた賑いと脂粉の香りを確認して疲れたので交流館2階に上がりました2階は会議室になっていて、会議が無い時間は休憩室として利用する事が可能でした。冷たいドリンクとこの日は1階で売っていた子供向けの駄菓子を求めて暫しの休憩です。反則切符を切られた苦い思い出も消し去って好印象になりました。
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子供は夢中になって工作しています。お母様もお婆様も満足げです。様々な住人と観光客が交流する施設だからこの名が付いているのでしょう。

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廊下には広重の浮世絵と藤沢の凧(絵は義経)が懸っていました。
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藤沢橋辺りの広重の図絵が沢山懸っていました。一番右は江の島まで道案内する盲人(所謂按摩さん)が描かれています。江の島には杉山検校の墓も祀られています。その左は大山参りの客引き風景です。その左は旅籠の留め女です。留め女は客を引いて一泊の世話を焼いてくれます。飯を盛ったり布団を敷いたり慰めにも応じてくれます。奉行は留め女の管理もしていました。その左は「六部」が描かれています。六部とは神社のおさい銭を盗む盗賊で掏りの事でもあります。賑わう藤沢宿でしたから様々な盗人も集まって来たのでしょう。
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藤沢橋辺りのジオラマ境川を船が上り下りして荷物を運んでいたのでしょう。現在でもその遺構が川岸に残っています。左手前が遊行寺になります。
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色々な旅枕髷を崩さない様に工夫が凝らされていました。枕の箱には貴重品を入れたのでしょうか?この他弁当箱や水筒(酒瓶)焼や煙管に印籠に矢立等旅のグッズが沢山展示されていました。
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沢山並んだ一升徳利昭和の初めまでは藤沢には30軒余りの酒屋が在って酒屋がお得意さんに配ったものだそうです。同名の酒屋さんは今も鎌倉で繁盛していますが昨今は酒屋も楽ではなさそうです。


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満願寺の春蘭

昨日は三浦佐原の満願寺を詣で慶派の仏像を拝観した事を書きました。今日は同寺で開催されていた春蘭について紹介します。先ずは満願寺の招待状をもう一度ご覧下さい。
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これが満願寺の正体葉書で檀家の方々が育てられた春蘭を展示しています。”もうじき春、陽射しに日々新たな気持ちになりますね満願寺に遊びにいらっしゃいけんちん汁を作っておきますよ”そんなメッセージが真っ白い花弁に託されているようです。

葉書にある白い花が春蘭です。一見すると三菱グループの三つ柏(博多の宗像神社の神紋)のようにも見えます。
蘭と云えばシンピジュームやカトレアや胡蝶蘭等西洋蘭が豪華絢爛と咲いています。
元々西洋蘭はイギリスがシンガポールを植民地化して熱帯雨林に自生していた蘭を本国に持ち帰って栽培したのが始まりです。西洋蘭と云うのは間違いで正しくはアジア蘭なんです。シンガポールは蘭と併せて天然ゴムのプランテーションを成功させ現在も農産物が重要な産業になっています。私達が豪華絢爛に咲き誇る西洋蘭が身近になってきたのはシンガポールからの輸入が容易になったからです。兎角派手な西洋蘭に眼を奪われてしまうのは間違いで”日本には昔から地味ではあっても香りが強い冬の寒さにも負けない日本蘭がありますよ”主張しているのが春蘭です。春蘭は花弁が白いか緑が被さっているので目立ちません。田舎の少女が化粧もせずスッピンで野良着で居るようなものです。
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これが満願寺春の文化祭のレジュメです。春蘭の展示会だけだったものが随分活動の幅が膨らんだものです。
源氏物語には田舎生まれ田舎育ちの少女を源氏が見つけて可愛がると大変な美人に成長した・・・・・。そんな話で溢れています。明石の御方も玉蔓も空蝉も夕顔も田舎の娘でした。伊勢物語も源氏物語も日本人は氏・素性よりも育ちを大切にして育ちも良いよりはえてして悪い(田舎育ち)の方が勝っていて。殿方は素性は悪く田舎育ちでも磨けば輝く女性を探す事に熱心だったようです。
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これが満願寺の本堂で文化祭の主会場になっています。左奥竹林の中で野点ののサービスが行われ手前の芝生でけんちん汁(満願寺は建長寺の末寺ですから正統のお味です)本堂の右に庫裏があってその右に宝物館が在って昨日書いた慶派の仏様が収まっておいでです。
中世になると、親鸞も一遍も妻帯します。その奥さんが人物で親鸞の輝きも恵信尼あってこそです。
一遍聖絵(国宝)には一遍の後に着いて来る同行(どうぎょう)の4人、超一(ちょういち)、超二(ちょうに)、念仏房(下女)が描かれていて、わざわざ絵に註書きして在ります。
多分説法にさいして聖絵を開いてまるで紙芝居をするように
一遍上人が先頭を歩きました。奥様の超一は商人の井すぐ後ろ娘の超二はその後ろに下女の念仏坊はお尻を歩きました・・・・”
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一遍聖絵は一遍上人とその家族が何時も一緒に描かれています。
『田舎に、田園に美在り』の発想は近世になっても引き継がれました。
江戸の長屋では人々は野山に出て春蘭や桜草を探して盆栽仕立てにして栽培しました。
そして、春になれば熊さん八さんが自慢し合ったのでした。長屋の僅かな隙間で盆栽仕立てにして栽培して、春になれば大家さんの処で品評会を催しました。大家さんもこの日は新酒を用意して借家人を招き入れたのでした。
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これが本堂で開催されている春蘭の展示会場約200鉢もあったでしょうか10前に比べればますます盛んです。)加えて今年は書や茶道具が展示されていました。右が入口左が須弥壇です。色の濃いのが中国蘭、白いのが日本蘭です。器と蘭のバランスそして蘭のネーミングの妙が楽しみです。
中国蘭も入って来ました。中国人は本来牡丹や芍薬など派手な花が好きだったのでしたが雲南の蘭が広がって、文人たちの栽培が盛んになっていたのでしょう。水墨画や南画に東洋蘭は盛んに描かれました。
満願寺のお檀家には蘭が好きな人が多かったようです。もう20年以上前から本堂を会場にして蘭展を開催しているのです。年々文化活動は範囲を広げているようで今年は作陶や茶道具の展示も為されていました。書道も盛んになってきたようで、須弥壇を幕で閉ざして金沢祥子さんの書が懸けられていました。ご本尊の聖観音様は幕の隙間から”今日は何だろう?賑やかだな!”覘いておいでのようです。
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春蘭の置かれたテーブルには棗(抹茶を入れる容器)が展示されていました。
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春蘭を展示した卓には箸や茶杓(右端)や楊枝や孫の手(左端)も展示され、満願寺のメセナ活動は一層盛んになっていると実感しました。

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これは金澤翔子さんの書小蘭と云うのは翔子さんの号です。翔子と小蘭は語感が似ています。病気(ダウン症)にも絶対にくじけないそんな生き様が春蘭に似ているのかもしれません。

お檀家の方々が精を出して展示して案内しておいでですお接待の精神に満ちています。けんちん汁の接待もあります。まるで高齢者の行う文化祭のようです。皆さん高校生や大学生時代に若返って楽しそうです。近年お寺でジャズや落語会が催されて現代人の寺離れを躍起になって押し留めている姿があります。それが無意味とは思いませんが。伝統に根ざしてきた仏教です。飛んだり跳ねたりするのも露出したいことも否定はしませんが”後ろを見て現在を見て将来を見詰める姿勢を大事にしてほしいモノですb。キリスト教もイスラム教も一神教ですが。仏教だけが過去現在未来の三時代夫々に仏を用意しているのです。
満願寺は源氏の天下を祝って出来たお寺ですが。現代の主役は平凡な市井の人です。平凡な市民の満願を祝う寺であることを確信した文化祭でした。
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さりげなく吊るされた軸は住職の作でしょうか?


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1月2日箱根駅伝往路も芦ノ湖に着いたのを確認して初詣に出かけました。戸塚からバスで先ず遊行寺に更に藤沢駅から茅ヶ崎駅、同駅で相模線で5つ目の駅が「宮前」です。駅のホームが狭いのに加えて参詣者が多いので入場制限しています。
駅から東に500mも歩けば神門に出られます。丁度夕暮れで陽は富士山のシルエットにしていました。
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寒川神社に着く前に夕暮れになってしまいました日が沈むと急に寒く感じられました

私が最初に初詣に寒川神社に登ったのはもう5年も前でしたその頃ネブタに興味が盛り上がっていました。
青森の三内丸山古墳の全容が次第に解って来て、テレビでは阿弖流為をドラマ化して居ました。大和朝廷が平和に暮らしていた阿弖流為をリーダーにした熊襲を征伐するドラマに先祖が殺される義憤を感じました。鉄器で作った武器で縄文人を圧猿する事は他愛無い事でした。その鎮魂の心がネブタの原点であると思ったのでした。宮崎監督はアニメ「もののけ姫」を製作しました。
そんな次第で寒川神社の神門を飾る「迎春ネブタ」を観たいと思ったのでした。
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これが寒川神社神門を飾った青森ねぶたです、今年も昨年に続き北村蓮明氏の製作でテーマは「海彦・山彦」でした。二人の間に女神は木花咲くや姫でしょう。
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これが今年のネブタ「海彦・山彦」のアップです。
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これは平成23年のかぐや姫 千葉作龍作)出典寒川神社HPhttp://samukawajinjya.jp/info/in05_02.html
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これは平成26年の天の岩戸(北村蓮明作」出典http://samukawajinjya.jp/info/index.cgi?c=zoom&pk=105

寒川神社が何故お正月を青森ねぶたで飾るようになったのかその目的は不詳です。
ネブタが真夏の盆の季節で死者のイメージがあるのに対し正月は真冬の生の季節です。私達は正月に生命の誕生を祈念しお折り返しのお盆に死者の冥福を祈念します。青森ねぶたは死者の冥福を祈るために大きな雪洞を作ります。ならば正月も雪洞を飾って生命の輪廻を祈願しようとしたのかもしれません。理屈は別にして大きなネブタを盆だけ飾るのでは勿体ない気がします。神門の前で寒さに身を縮めながらもネブタを見上げると生きていることが嬉しく思われてきます。迎春の気持ちを華やかにしてくれるネブタです。今年は「海彦・山彦」で二人の男神の間に挟まれた美女は屹度木花開耶姫きのはな昨夜姫」でしょう。茅ヶ崎海岸では毎年海と山が浜辺で神輿を出して戦います。「海彦・山彦」の争いを今も続けています。
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寒川神社本殿前大混雑でこれ以上は私の脚では危険で近づけません。

本殿からの帰路は屋台の間を廻ります。焼きそばソースの焦げる匂いいか焼きに焼き鳥の臭いが混じって空き腹を刺激します。結婚式場前にテントが張られ休憩しながら屋台の食べ物を戴けます。
法被を着たお姉さんが枡酒を注いでいます。叔父さんは枡酒を飲みながらかがり火で暖を取っています。私は甘酒と八福餅で一服しました。お姉さんに
「八福餅は伊勢の赤福のようなお味ですか?」
訊いた処こんな答えが返って来ました。
「赤福は食べたことが無いので解りません」
私は帰りがけに言いました。
「赤福に似ているけど赤福より美味しいし見た目も綺麗ですよ・・・」
期待通りに綺麗な笑顔を返してくれました。
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これが寒川神社門前の八福餅小龍包のような形ですがお餅に漉し餡を包んだ餅がし(12個1080円)で片瀬龍口寺門前の「ご難ぼたもち」や伊勢の赤福に似たお味です。夏にはズンダもあるようです。


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遊行寺の黄色い絨毯

道端にカタバミや蒲公英の花が咲いていました。気が早いと云うにも程度があります。我家の椿も今が満開で春本番になったらどうなることか気懸りです。この秋は何かやり残したものがあります。箱根の紅葉も観たし三溪園にも出かけました。紅葉は満足したのですが。未だ銀杏を観ていません。例年は日吉で日文研セミナーがあって慶応大学の構内の黄葉を観ているのですが今年の秋は早くにセミナーが終わってしまいましたので黄葉を充分見ていないのです。
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路傍で咲いたカタバミの花、冬の次は春だと言っても、気が早すぎです。
私の評価では銀杏の黄葉が一番見事なのは藤沢の遊行寺です。次いでは大分国東の富貴寺の黄葉も見事でした。
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富貴寺の銀杏の絨毯以前次に書きました。http://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/46905059.html

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これは藤沢遊行寺の銀杏の絨毯
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若芽も良いもんです。

ところで富貴寺では銀杏の落葉に遭遇しました。特に風もないのに一斉に黄色い葉が舞い散って来ました。私の友人は全身で舞い散る葉を浴びて迦楼羅(カラス天狗)が舞い降りたようだ・・・俳句を吟じました。富貴寺の銀杏の舞い散る様は名物でもあるようでアサヒビールのテレビCМ(福山雅治)にも使われています。http://cm.asahibeer.co.jp/contents/movie/drypremium_zeitaku_premium01_30/player/index.php
昨日12月16日はワイフを誘って藤沢の遊行寺に出かけました。既に銀杏は終わりでしょうが、一面の黄色い絨毯は観られるかもしれない期待したのでした。
期待した通り梢の先の黄葉は既に散り落ちていましたが境内は一面黄色の絨毯が敷かれています。
老夫婦が大木の根元を囲っているベンチに座って、次々に舞い散る迦楼羅を観ています。私達も暫く銀杏の舞い散る様を見上げていました。
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今年の遊行寺の銀杏の絨毯国宝館では有名な一遍聖絵を展示して居ました。素敵な熟年カップルがベンチでサンドウッチを食べていました。国宝館前の掲示板に一遍聖絵のポスターが貼られていました。
裏を見せ表を見せて散る紅葉かなは良寛さんの句ですが一斉に散っていますのでこれでは大量死です
私達もベンチに腰掛けましたが後から後から銀杏の迦楼羅は舞い散って来ます。
何故紅葉は一枚一枚別々に散るのに銀杏は一斉に散るのかしら?私に生じた疑問です。
昔読んだ理科の教科書には次のように出ていました。
1、葉っぱで炭酸同化作用をしますその結果澱粉が葉に蓄積されます。葉に含まれる色素には緑色のクロロフィル(葉緑素)と黄色のカロチノイド(カロチン類とキサントフィル類)があります。量はクロロフィルがカロチノイドよりずっと多いので、夏の間は黄色はめだたず葉は緑色に見えます。秋、気温が低くなると葉のはたらきが弱まり、クロロフィルが分解されます。そのため、クロロフィルにかくされていたカロチノイドの色がめだって黄色になります。銀杏やポプラがの葉が秋に黄色になるのはそのためです。
2、寒くなると葉っぱに蓄積された澱粉は根や幹に運ばれます。葉っぱから根に運ばれるに際し茎を通ります。ところが寒くなると澱粉は茎に蓄積してしまうので剥離層を形成します。剥離層で葉っぱは梢から放たれ落ち葉になります。紅葉は此処の葉っぱに剥離層が出来るのですが銀杏は一斉に剥離層が出来るのです。なので銀杏だけが風が無くても一斉に葉を散らすのです。
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遊行寺の手水越に大銀杏を眺める。

以上が学校の理科的な解説でしょう。
デモ遊行寺で迦楼羅の様に散る様を観ていると銀杏の木の意志が働いている様に思えます。
毎日毎日少しずつ葉を落とすのでは雲水さんは掃き清めるのに大変です。雲水さんのお仕事を楽にするために思い切って纏めて葉を落としている様に思えて来るんです。
一遍さんは桜の花が散る様を観て興奮した弟子たちに向いて
「花の事は花に訊け」と看破されました。同様に衆生に向けて云われることでしょう。
「迦楼羅(銀杏)の事は銀杏に訊け」・・・・・と。遊行寺で迦楼羅を浴びて満足した私達はバスに乗って自宅に帰りました。
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銀杏の向こうに本堂が在ってその右新築の地蔵堂の前に一遍上人像が西向きで(銀杏の木向きで)合掌しておいでです。
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遊行寺の紅葉は放生池の周囲です。池面に映った紅葉を破ってカワセミがダイビングします



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日文研での「奪衣婆信仰」のレポートは10月31日終わりました。
でも、突然に頭が混乱する事態に陥りました。
私のレポートの中核は奪衣婆信仰は縄文時代の信仰に根差したもので中世の山姥に引き継がれ、近世に庶民に信仰され産婆さんになって桃を拾ったお婆さんに変じたと云った推論でした。その中で縄文人と弥生人は地域的に分離して住み分けていた縄文人は「山の神」を信仰し弥生人は「田の神/お稲荷さんなど」を信仰していた。古代国家は稲作に基づく律令国家でしたので「山の神」を怖れ差別していたのが「黒塚」や「浅茅ヶ原」伝説になったのでした。
そんな推論の理解を進める意味で「縄文人は団栗なのの木の実が鳴るブナ(落葉広葉樹)の森で生活し、弥生人は
樫等の照葉樹林帯で生活していた。と説明しました。”ブナと樫は生息域が違います。樫は積雪地帯には生育できず。ブナは耐寒力があるものの、夏の暑さには弱くて生息できません”と説明すべきところ”ブナと樫の生息域の棲み分けが”混乱してしまいました。突然の混乱で慌ててしまいました。

11月1日は楽しみにしてきた日大生物資源学部(藤沢)の文化祭(藤桜祭」です。
先ず戸塚駅に出てJRで藤沢に。 .藤沢からは小田急で六会駅に出ます。六会駅の西口を出れば目の前が日大の生物資源学部です。小田急線善行駅を出れば車窓には日大の試験農場が広がっています。温室ガラスが光っているのは電照菊か四季咲き薔薇を栽培しているのでしょう。
湘南に日大の生物資源学部がある事は素晴らしい事です。孟母三遷の故事は形を変えて現代も生きているようです。
日大の農場で野菜や牧牛を見て居れば良い子が育ちそうですし。お母さんは安心して子供を産んで育ててくれそうです。
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11月1日2日は日大藤沢キャンバスで大学祭です。日大は時代に先行して農林産業に生産工学の視点を組み入れたのでした。
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日大藤沢キャンバスのマップ。校舎の南と西は農圃で囲まれていますし校舎自体が演習林の中に散っているようなグランドデザインです。
11時六会駅を降りるともう沢山の人が帰って来ます。皆さん葱や大根を抱えておいでです。屹度相模原や藤沢市内からこの日を楽しみにして買い出しに来て居られるのでしょう。
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日大藤沢キャンパスのアプローチは黄葉した桂の並木道です。今日話題の科の木は桂とクヌギの中間の様な落葉広葉樹です。
駅から校舎までの道は桂の木が植わっています。桂の木はお味噌が熟成する時の香りがします。
そうです、味噌屋や醤油屋さんのお蔵に漂う香りです。
校舎の北側は楠や白樫の林で林を抜けて入ります。
10月桜が今満開です。藤桜祭りを名ばかりにしない様に健気に咲いて居ます。春咲くのが桜ですが秋に咲く桜は強くて花弁は散りません懸命に木枯しに耐える姿が愛おしいし、香りも強いものがあります。
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楠の森を背景に咲いて居た十月桜健気にお祭りを飾っていました。

生物資源学部は演習林の中にあるようなものです。
多摩丘陵そのままの樹林の中の校舎が建っているようなものですから学生達は雑木林の中で青春しているようなものです。
私の様な外物は樹林と青年の姿を見ているだけで元気が貰えます。湘南藤沢は照葉樹林帯と落葉広葉樹林体がクロスしていますので、このキャンパスは弥生文化を育んだ森と縄文の森が両方名が眺められるようなものです。校舎の入口は楠ですが校舎の中は中には水木やクヌギが目立ちますし。先日の台風で折れた桜の大木も並んでいます。
校舎の南側は緑陰を作るようにヒマヤラ杉の木が並んでいます。
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校舎の間の白樫と翌檜の林には「同居人」と題したオブジェが置かれていました作者は芸術学部の専任講師の鞍掛純一氏でした。
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此方は楠の森に置かれた蜻蛉のオブジェ(鞍掛純一氏作)

私達は先ず博物館に入りました。此処の博物館は標本コレクションが前身ですので有名なのです。目的は狼の標本骨格を見る事。次いで日本狐とオコジョの標本を観たいと思ったのです。職員が説明しようと構えて居ます。残念なのは写真を写せない事です。せめてノーフラッシュなら許可して欲しいものです。
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これがキャンパスのシンボルツリーの「南京櫨」見事に紅葉し始めて居ました。大きな幹には「ハゼの木はその実を使って蝋燭にした」説明がなされていました。
もう見事に紅葉した南京櫨の木を眺めながら農女達が食事をしています。私も日向のベンチに腰掛けました。ワイフが模擬店に行ってズンダ餅や水餃子を運んで来てくれます。明日の天気は雨の予報が出て居る為でしょう。学生さん達は焼き鳥1本30円と売り切り作戦に変更したようです。野菜の叩き売りも葱一束(7本くらい)40円と吃驚する安さです。ワイフも会場に行ったのでしたが余りの熱狂に恐れをなして戻って来ました。
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これが野菜の叩き売り会場学生が掲げている獲りたての長葱が一束40円の安さでした。此処に住めば安全な野菜を毎日眺めながらお安く食べられます。
私はクヌギの林を通りながら想いました。「このキャンパスで炭を作りたいものだ」
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標本と骨格のコレクションが有名な日大の博物館
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これは木材の展示品落葉広葉樹の栃の木を見て「栃木県」を同じく「科の木をみて信濃の国を想いました。両国とも縄文文化圏です。
今頃は縄文遺跡を囲んでいる信濃の木も黄葉して枯葉を落し始めて居る事でしょう。私は「科の神社」(上山田温泉)の遺跡を想い出していました。
縄文人は科の木の樹皮を剥いで叩いて貫頭着を作って寒さを防ぎました。私はアイスクリームを食べる時は科の木で作ったシャジで掬って食べました。今はロープも匙もシャツも石油で作ります。そうした道具は循環しないので地球を汚す一方です。腐らないバクテリアに分解されない素材は便利でも慎むべきです。科の木の方がアイスは美味しいに決まっています。
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科の林を背景にした土偶


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