日文研での「奪衣婆信仰」のレポートは10月31日終わりました。
でも、突然に頭が混乱する事態に陥りました。
私のレポートの中核は奪衣婆信仰は縄文時代の信仰に根差したもので中世の山姥に引き継がれ、近世に庶民に信仰され産婆さんになって桃を拾ったお婆さんに変じたと云った推論でした。その中で縄文人と弥生人は地域的に分離して住み分けていた縄文人は「山の神」を信仰し弥生人は「田の神/お稲荷さんなど」を信仰していた。古代国家は稲作に基づく律令国家でしたので「山の神」を怖れ差別していたのが「黒塚」や「浅茅ヶ原」伝説になったのでした。
そんな推論の理解を進める意味で「縄文人は団栗なのの木の実が鳴るブナ(落葉広葉樹)の森で生活し、弥生人は
樫等の照葉樹林帯で生活していた。と説明しました。”ブナと樫は生息域が違います。樫は積雪地帯には生育できず。ブナは耐寒力があるものの、夏の暑さには弱くて生息できません”と説明すべきところ”ブナと樫の生息域の棲み分けが”混乱してしまいました。突然の混乱で慌ててしまいました。
11月1日は楽しみにしてきた日大生物資源学部(藤沢)の文化祭(藤桜祭」です。
先ず戸塚駅に出てJRで藤沢に。 .藤沢からは小田急で六会駅に出ます。六会駅の西口を出れば目の前が日大の生物資源学部です。小田急線善行駅を出れば車窓には日大の試験農場が広がっています。温室ガラスが光っているのは電照菊か四季咲き薔薇を栽培しているのでしょう。
湘南に日大の生物資源学部がある事は素晴らしい事です。孟母三遷の故事は形を変えて現代も生きているようです。
日大の農場で野菜や牧牛を見て居れば良い子が育ちそうですし。お母さんは安心して子供を産んで育ててくれそうです。
11月1日2日は日大藤沢キャンバスで大学祭です。日大は時代に先行して農林産業に生産工学の視点を組み入れたのでした。
日大藤沢キャンバスのマップ。校舎の南と西は農圃で囲まれていますし校舎自体が演習林の中に散っているようなグランドデザインです。
11時六会駅を降りるともう沢山の人が帰って来ます。皆さん葱や大根を抱えておいでです。屹度相模原や藤沢市内からこの日を楽しみにして買い出しに来て居られるのでしょう。
日大藤沢キャンパスのアプローチは黄葉した桂の並木道です。今日話題の科の木は桂とクヌギの中間の様な落葉広葉樹です。
駅から校舎までの道は桂の木が植わっています。桂の木はお味噌が熟成する時の香りがします。
そうです、味噌屋や醤油屋さんのお蔵に漂う香りです。
校舎の北側は楠や白樫の林で林を抜けて入ります。
10月桜が今満開です。藤桜祭りを名ばかりにしない様に健気に咲いて居ます。春咲くのが桜ですが秋に咲く桜は強くて花弁は散りません懸命に木枯しに耐える姿が愛おしいし、香りも強いものがあります。
楠の森を背景に咲いて居た十月桜健気にお祭りを飾っていました。
生物資源学部は演習林の中にあるようなものです。
多摩丘陵そのままの樹林の中の校舎が建っているようなものですから学生達は雑木林の中で青春しているようなものです。
私の様な外物は樹林と青年の姿を見ているだけで元気が貰えます。湘南藤沢は照葉樹林帯と落葉広葉樹林体がクロスしていますので、このキャンパスは弥生文化を育んだ森と縄文の森が両方名が眺められるようなものです。校舎の入口は楠ですが校舎の中は中には水木やクヌギが目立ちますし。先日の台風で折れた桜の大木も並んでいます。
校舎の南側は緑陰を作るようにヒマヤラ杉の木が並んでいます。
校舎の間の白樫と翌檜の林には「同居人」と題したオブジェが置かれていました作者は芸術学部の専任講師の鞍掛純一氏でした。
此方は楠の森に置かれた蜻蛉のオブジェ(鞍掛純一氏作)
私達は先ず博物館に入りました。此処の博物館は標本コレクションが前身ですので有名なのです。目的は狼の標本骨格を見る事。次いで日本狐とオコジョの標本を観たいと思ったのです。職員が説明しようと構えて居ます。残念なのは写真を写せない事です。せめてノーフラッシュなら許可して欲しいものです。
これがキャンパスのシンボルツリーの「南京櫨」見事に紅葉し始めて居ました。大きな幹には「ハゼの木はその実を使って蝋燭にした」説明がなされていました。
もう見事に紅葉した南京櫨の木を眺めながら農女達が食事をしています。私も日向のベンチに腰掛けました。ワイフが模擬店に行ってズンダ餅や水餃子を運んで来てくれます。明日の天気は雨の予報が出て居る為でしょう。学生さん達は焼き鳥1本30円と売り切り作戦に変更したようです。野菜の叩き売りも葱一束(7本くらい)40円と吃驚する安さです。ワイフも会場に行ったのでしたが余りの熱狂に恐れをなして戻って来ました。
これが野菜の叩き売り会場学生が掲げている獲りたての長葱が一束40円の安さでした。此処に住めば安全な野菜を毎日眺めながらお安く食べられます。
私はクヌギの林を通りながら想いました。「このキャンパスで炭を作りたいものだ」
標本と骨格のコレクションが有名な日大の博物館
これは木材の展示品落葉広葉樹の栃の木を見て「栃木県」を同じく「科の木をみて信濃の国を想いました。両国とも縄文文化圏です。
今頃は縄文遺跡を囲んでいる信濃の木も黄葉して枯葉を落し始めて居る事でしょう。私は「科の神社」(上山田温泉)の遺跡を想い出していました。
縄文人は科の木の樹皮を剥いで叩いて貫頭着を作って寒さを防ぎました。私はアイスクリームを食べる時は科の木で作ったシャジで掬って食べました。今はロープも匙もシャツも石油で作ります。そうした道具は循環しないので地球を汚す一方です。腐らないバクテリアに分解されない素材は便利でも慎むべきです。科の木の方がアイスは美味しいに決まっています。
科の林を背景にした土偶
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