|
藤沢宿は江戸から数えて6番目、60キロの距離にあります。
午前中に日本橋を発てば、2泊目が藤沢、3泊目が箱根になります。
東海道53宿の中でも大きな宿場でありました。
加えて、名刹遊行寺の門前町でありましたし、
東には江の島神社、西には大山神社があって、両社とも藤沢に「一の鳥居」を置きました。
東海道53次藤沢図(広重)右の鳥居は江の島神社、江の島道の道標が建っています。
江の島の鳥居の下で旅人を誘っている女性が二人います。
上手に客を引く女性は東海道中膝栗毛(弥次喜多道中)にも出てきます。
女性は「飯盛り女」と呼ばれ、お客の面倒を見ます。面倒見が良い事、気立てが良い事、
そして、美人であることが期待されたでしょう。
何故なら「飯盛り女」は夜の慰めもしてくれたのでしたから・・・・。
藤沢宿の江戸見付は遊行寺の下にありました。
境川にかかる藤沢橋の袂に江戸見付跡があります。
そして、京見付は現在の小田急線跨線橋の辺りにありました。
もう少し西に行けば引地川が流れています。
ですから、藤沢は境川と引地川に東西を挟まれた街になります。
引地川の先に化粧地蔵があります。
二体の童子のような像ですから・・・・、相模一帯に多い「双体道祖神」です。
でも、人々はお地蔵様と信じています。
それは、川の袂に祀られている事から、
不幸に亡くなった人の想いを遺している・・・、考えたのでしょう。
お顔には白粉が塗られ、頬にも唇にも紅が塗られています。
祠にはパフやルージュの化粧道具が置かれています。
最近は人気で詣でる人も多いようです。
次第に厚化粧になって来ています。
これが藤沢宿の京見付の外れに祀られている化粧地蔵。
沢山の化粧道具が置かれるようになったので、化粧をする人が増えたようです。
これが藤沢一帯に多い双体道祖神です。上の化粧地蔵は元々道祖神であったものを、
人々の想いが地蔵尊と呼ぶようになったのでしょう。
藤沢宿には沢山の寺院があります。
時宗総本山遊行寺は別格ですが、浄土宗、日蓮宗、浄土真宗・・・・、軒並み構えています。
永勝寺は東海道から200m程南に下った処にあります。
お寺の山の下は・・・・、鵠沼になります。
今は住宅地ですが江戸時代は・・・・鵠沼の名の通りにクゲ(白鳥)が飛来している湿地だったのでしょう。
永勝寺は「飯盛り女」の墓で有名です。
その墓地に小松屋源蔵の墓があります。
小松屋とは藤沢宿の宿屋です。
藤沢宿には49軒もの宿屋がありました。
そのうち飯盛り女(私娼)を抱えていたのは・・・・、27軒でした。
宿屋は1軒2人までの飯盛り女(私娼)を許されていました。
というのは・・・・・・、何処の宿も飯盛り女を抱えたかったですが・・・・、
幕府は一方で公娼制度を認めています。
廓(公娼)は私娼を禁じるよう要求します。
一方、宿場には街道の整備等を宿に依頼しなくてはなりません。
宿屋は「飯盛り女を認めろ!」要求を出します。
その苦肉の折衷案が「限られた宿屋に私娼を2人まで認める」ものだったのでした。
永勝寺にある小松屋の墓地、主の墓の周囲は飯盛り女が埋められています。39人も・・・・。
此処までの話なら何処にでもあります。
中山道の上尾にも・・・・・箱根にも・・・・、
藤沢が有名なのは小松屋源蔵が自分の墓に「飯盛り女」の墓を一緒にしている事です。
源蔵は相当な人物で・・・・、飯盛り女を自分の家族と思っていたのでしょう。
(墓は39基あって48人が埋もれています。うち4人は男性ですが・・・、
飯盛り女と判断されるのは39人です)
幸い薄く飯盛り女に買われてきた少女達でした。
家族同様に思いながらも・・・…、重労働で体を削り、若くして亡くなります。
彼女たちをあつく弔り、戒名も預かり、墓標も建ててあげました。
実に稀な事です。
昨今のブラック企業と名指される企業人に拝ませたい人物です。
飯盛り女の墓の傍らには今年も彼岸花が咲きました。
飯盛り女は藤沢近くの貧農の娘が多かったと言われます。
両親の借金の代金として娘が売られました。
宿屋が娘を預かります。
一定の年齢になるまで、下働きをさせます。
そして、齢になればお客の前に出ます。
そして、茶碗に飯や汁を盛ります。
夜になれば床を敷きます。
布団にも一緒に入ります。
それから先は書くまでも無い事でしょう。
御油の図。客間では食事を下げています。右側の布団部屋では化粧している女が二人います。
これが「飯盛り女」で・・・・、旅人の夜の慰めを供します。 五十嵐富三氏の労作「飯盛女」(新人物往来社)では
小松屋の飯盛女の平均寿命は21歳余りだったそうです。
41年間に39人が亡くなりました。によると、旅籠屋の小松屋源蔵のところの飯盛女の平均寿命は21歳と3月で、41年間に39人が死んだそうです。
お墓の傍らには今年も真っ赤な彼岸花が咲きました。
彼岸花は別名「幽霊花」と呼ばれます。人の想いを託している・・・・、思われたからでしょう。
お墓には似合いすぎます。
明日から「飯盛り女」の創作話を書きます。
此処まで藤沢宿に素材が集まっていると・・・・、それらを繋げれば・・・・、
小説になります。
短い話に纏めるのが・・・・苦心です。
”乞う・・・、ご期待!” と言った所です。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




