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飯盛り女の墓と彼岸花

藤沢宿は江戸から数えて6番目、60キロの距離にあります。
午前中に日本橋を発てば、2泊目が藤沢、3泊目が箱根になります。
東海道53宿の中でも大きな宿場でありました。
加えて、名刹遊行寺の門前町でありましたし、
東には江の島神社、西には大山神社があって、両社とも藤沢に「一の鳥居」を置きました。
 
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   東海道53次藤沢図(広重)右の鳥居は江の島神社、江の島道の道標が建っています。
   江の島の鳥居の下で旅人を誘っている女性が二人います。
   上手に客を引く女性は東海道中膝栗毛(弥次喜多道中)にも出てきます。
   女性は「飯盛り女」と呼ばれ、お客の面倒を見ます。面倒見が良い事、気立てが良い事、
   そして、美人であることが期待されたでしょう。
   何故なら「飯盛り女」は夜の慰めもしてくれたのでしたから・・・・。
 
 
   
藤沢宿の江戸見付は遊行寺の下にありました。
境川にかかる藤沢橋の袂に江戸見付跡があります。
そして、京見付は現在の小田急線跨線橋の辺りにありました。
もう少し西に行けば引地川が流れています。
ですから、藤沢は境川と引地川に東西を挟まれた街になります。
引地川の先に化粧地蔵があります。
二体の童子のような像ですから・・・・、相模一帯に多い「双体道祖神」です。
でも、人々はお地蔵様と信じています。
それは、川の袂に祀られている事から、
不幸に亡くなった人の想いを遺している・・・、考えたのでしょう。
お顔には白粉が塗られ、頬にも唇にも紅が塗られています。
祠にはパフやルージュの化粧道具が置かれています。
最近は人気で詣でる人も多いようです。
次第に厚化粧になって来ています。
 
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   これが藤沢宿の京見付の外れに祀られている化粧地蔵。
   沢山の化粧道具が置かれるようになったので、化粧をする人が増えたようです。
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    これが藤沢一帯に多い双体道祖神です。上の化粧地蔵は元々道祖神であったものを、
    人々の想いが地蔵尊と呼ぶようになったのでしょう。
 
 
藤沢宿には沢山の寺院があります。
時宗総本山遊行寺は別格ですが、浄土宗、日蓮宗、浄土真宗・・・・、軒並み構えています。
永勝寺は東海道から200m程南に下った処にあります。
お寺の山の下は・・・・、鵠沼になります。
今は住宅地ですが江戸時代は・・・・鵠沼の名の通りにクゲ(白鳥)が飛来している湿地だったのでしょう。
 
永勝寺は「飯盛り女」の墓で有名です。
その墓地に小松屋源蔵の墓があります。
小松屋とは藤沢宿の宿屋です。
藤沢宿には49軒もの宿屋がありました。
そのうち飯盛り女(私娼)を抱えていたのは・・・・、27軒でした。
宿屋は1軒2人までの飯盛り女(私娼)を許されていました。
というのは・・・・・・、何処の宿も飯盛り女を抱えたかったですが・・・・、
幕府は一方で公娼制度を認めています。
廓(公娼)は私娼を禁じるよう要求します。
一方、宿場には街道の整備等を宿に依頼しなくてはなりません。
宿屋は「飯盛り女を認めろ!」要求を出します。
その苦肉の折衷案が「限られた宿屋に私娼を2人まで認める」ものだったのでした。
 
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  永勝寺にある小松屋の墓地、主の墓の周囲は飯盛り女が埋められています。39人も・・・・。
 
此処までの話なら何処にでもあります。
中山道の上尾にも・・・・・箱根にも・・・・、
藤沢が有名なのは小松屋源蔵が自分の墓に「飯盛り女」の墓を一緒にしている事です。
源蔵は相当な人物で・・・・、飯盛り女を自分の家族と思っていたのでしょう。
 (墓は39基あって48人が埋もれています。うち4人は男性ですが・・・、
       飯盛り女と判断されるのは39人です)
幸い薄く飯盛り女に買われてきた少女達でした。
家族同様に思いながらも・・・…、重労働で体を削り、若くして亡くなります。
彼女たちをあつく弔り、戒名も預かり、墓標も建ててあげました。
実に稀な事です。
昨今のブラック企業と名指される企業人に拝ませたい人物です。
 
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                      飯盛り女の墓の傍らには今年も彼岸花が咲きました。
 
 
飯盛り女は藤沢近くの貧農の娘が多かったと言われます。
両親の借金の代金として娘が売られました。
宿屋が娘を預かります。
一定の年齢になるまで、下働きをさせます。
そして、齢になればお客の前に出ます。
そして、茶碗に飯や汁を盛ります。
夜になれば床を敷きます。
布団にも一緒に入ります。
それから先は書くまでも無い事でしょう。
 
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   御油の図。客間では食事を下げています。右側の布団部屋では化粧している女が二人います。
   これが「飯盛り女」で・・・・、旅人の夜の慰めを供します。
 
五十嵐富三氏の労作「飯盛女」(新人物往来社)では
小松屋の飯盛女の平均寿命は21歳余りだったそうです。
41年間に39人が亡くなりました。によると、旅籠屋の小松屋源蔵のところの飯盛女の平均寿命は21歳と3月で、41年間に39人が死んだそうです。
 
お墓の傍らには今年も真っ赤な彼岸花が咲きました。
 
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   彼岸花は別名「幽霊花」と呼ばれます。人の想いを託している・・・・、思われたからでしょう。
   お墓には似合いすぎます。
 
 
明日から「飯盛り女」の創作話を書きます。
此処まで藤沢宿に素材が集まっていると・・・・、それらを繋げれば・・・・、
小説になります。
短い話に纏めるのが・・・・苦心です。
”乞う・・・、ご期待!” と言った所です。
 
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台風一過の9月17日、藤沢の弥勒寺に出かけました。
弥勒寺本堂の手前に芭蕉が茂っています。
その芭蕉は屹度野分を遣り過した筈です。
野分後の芭蕉の姿が・・・・、芭蕉の面目が発揮され・・・・、見事というか、愛おしいのです。
俳聖松尾芭蕉も”野分に耐える芭蕉の姿”を愛し自らを芭蕉と名乗りました。
(後述、芭蕉を移す詞)
 
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                       江戸深川の芭蕉庵
 
芭蕉はバナナに似た多年草で、5m近い高さになります。
地下には大きな塊茎があって、里芋に似ています。
何といっても魅力は大きな葉っぱです。
長楕円形をした大きな葉っぱが、
夏の日差しを遮って、素敵な緑陰を提供してくれます。
冬になって霜が下りるころになると、葉っぱは枯れてしまいます。
枯れた葉っぱや皮は防寒着のようになって、芭蕉の幹が凍りつくのを防いでくれます。
そうして、・・・・・、春先になると見事な緑の葉っぱが伸びてきます。
 
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    藤沢弥勒寺の芭蕉の植え込み。夾竹桃の遥か上に花をつけていました。
    半楕円形の大きな葉っぱは夏の日差しを防いで緑陰を作ってくれています。
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 花の先端、宝珠の形をしているのが雄花です。雌花は雄花の根元にバナナの房のようにして作られています。
 
 
夏には見事な花が咲きます。
花序の先に宝珠のような形をした雄花が咲きます。
その基部に雌花が咲きます。
雌花の基部には甘い蜜腺があります。
蟻が行列を作って、蜜を吸いに遣って来ます。
 
大きな花が咲いている様は・・・・、バナナと同じです。
でも、関東地方では結実する事はありません。
塊茎を株分けして増やします。
 
深川の芭蕉庵には門人が芭蕉を植えてくれました。
この芭蕉を松を芭蕉は愛して、次のようにエッセイしています。
 
「私が棲家を深川に移しと門人が一株の芭蕉を植えてくださいました。
深川の土が芭蕉に適していたのでしょう、一株が数株に増えて葉が茂って庭を狭めて、
軒先も隠してしまう様になりました。
人が芭蕉庵と呼んで・・・、皆が愛してくれました。根を分けてあっちこっちに分け与えるようになりました。
ある年(元禄2年/1689)奥の細道に旅することになったので、芭蕉庵はうち捨てるより仕方なくなりました。
芭蕉の株を垣根の外に植え替えて霜よけや風よけを頼んで、出立しました。
西行が松の木との別れを惜しんだように、私は芭蕉との別れが忍び難いものがありました。
 (中略)
5年後私は旧芭蕉庵に近い所に3間の新芭蕉庵を建てて、住むことになりました。
杉の柱が美しく、竹の折り戸は風情があって、葦で作った垣根は厚く、南に向かって池に臨んで水楼のようです。
敷地の向こうに富士の嶺が見渡せます。
淅江(中国の水郷)のようで、月を見るには最高です。
名月を見る為に旧庵にあった芭蕉を先ず移しました。
その葉は7尺余り、葉が風に吹かれて半ばで折れて鳳凰の尾が痛ましい姿になったようです。
また青扇が破れたようであり、なんとも風情が憎らしいものがあります。
偶には花も咲くが華やかではありません。
 
荘子が「この木は材木にはならないので、天寿を全うできる・・・・」と書いている様に、
材木にならない芭蕉は天寿を全うできるので、尊いものがある。
僧の懐素は芭蕉の葉に文字を書き、張横渠は芭蕉が新しい葉が出る様に修学の姿勢を学びました。
私はそんな事は無く、ただ芭蕉の葉陰で遊び、芭蕉の葉が風雨で敗れやすいのを愛するだけです。
 
長々と引用しましたが、俳聖の芭蕉が芭蕉を愛したのは、
野分を受けたら、葉っぱをボロボロに破れて・・・・、
野分を受けて遣り過す・・・、そんな姿を愛している・・・、のです。
ボロボロに破れた姿は・・・・、芭蕉自身の生きざまに似ていたのでしょう。
 
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   9月16日台風18号を遣り過しても落ちなかった芭蕉の花。
   長楕円の葉っぱは破れてボロボロです。葉っぱが破れなければ芭蕉は野分を受けて倒れるか
   折れてしまった事でしょう。芭蕉はこの世の無常の風(現実)を正面から受けて、それを遣り過しながら、
   無常をそのままに表現したと思います。
 
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   芭蕉が鳳凰の尾羽のようだと評した芭蕉の破れた葉っぱ。
   この風情を確認しに弥勒寺を訪れました。
 
 
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台風一過の9月17日、茅ケ崎の「里山公園」に出かけました。
茅ヶ崎というとサザンビーチを思い出しますが、西部には里山が広がっています。
丘陵には名門「300ゴルフ場」があって、その西には腰掛神社があります。
変わった名前の神社ですが・・・・、
日本武尊が東征の折、石に腰掛けて休息、秀麗富士を仰いだという神社です。
神社の本殿前には小さな石が祀られています。
腰掛神社の周囲が茅ヶ崎里山公園として、年々少しずつ整備が進んでいます。
 
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                                腰掛神社付近から見た富士、手前は妙福寺
 
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    茅ヶ崎西部の丘陵に立地している文京大学、その西側一帯が茅ヶ崎里山公園です。
 
里山公園の東には文京大学、北(藤沢市)には慶応大学が進出してきました。
里山で、富士山を仰ぎながら学生さんは勉強に、スポーツに青春を謳歌しています。
彼岸花の名所「小出川」にはもう花が咲き出しました。
お百姓さんも稲刈りを始めておいでです。
 
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                        もう、咲き始めた彼岸花、今日(20日)はもう満開でしょう。
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    畔の韮の花も満開です。稲穂も頭を垂れて刈り入れの順番を待っています。
 
 
私の目標は「栗拾い」です。
この辺りは果樹農家も多く、柿、葡萄、栗、イチジク・・・・、様々な果樹を栽培している農家が点在しています。
栗を拾おうと出かけましたが・・・・・、稲刈りが忙しいので・・・、栗ひろいは週末だけだそうです。
でも、無人販売所には・・・・、一袋300円、栗は売られていました。
 
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     農家の無人販売所は、この日の主商品は「栗/300円」でした。勿論筆者も購入です。
 
道路の中央に縄のようなものが転がっています。
近づいてみれば・・・・、蛇です。
背骨を自動車に轢かれて・・・・、死んだようです。
良く目れば・・・・、皮膚の模様が変わっています。
二分銀のような形の模様が背中に点々と描かれています。
そう、マムシです。
里山公園には「マムシに注意」、看板が出ていますが、マムシに遭遇した事はありませんでした。
矢張り、マムシが多いんだ・・・・、確認しました。
 
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      道路の中央に横たわったものがいます。変わった模様が見えます。
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                                     これは、マムシです。
 
台風でマムシ君は体が冷えたのでしょう。
身体が冷えると、動きも緩慢になってしまいます。
そこで、今朝からアスファルトの上で体を温めていたのでしょう。
ところが、稲刈りのお百姓さんの車が来て・・・・、轢かれてしまいました。
マムシ君にすれば・・・、とんだ災難でした。
 
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柏尾川に沿って我が家に戻ってきました。
笠間大橋の近くに・・・・・・・、黒い大きな物体が転がっています。
カラスの3倍はありそうな巨体です。
近づいてみれば・・・・、川鵜君です。
アスファルトの表面に乾いた血がへばり付いています。
強風で煽られて、この辺りまで飛ばされてきて・・・・、あえなく自動車に衝突してしまったのでしょう。
羽根毛は強風で吹き飛ばされてしまいました。
残ったのは黒い巨体と・・・・、内臓破裂で口から噴き出た血液でした。
 
台風では、人間も出かけずに過ぎ去るのを待つだけです。
動物も同じことでしょう。
安全な場所で・・・・、台風が過ぎれば「好い日」になる・・・・、待てば良かったのに・・・。
 
 
私は16日、台風一過で・・・・、放生会を観ました。
命の尊さを教える神事でした。
自然の生き物も交通事故が一番の災難のようです。
神様も・・・…、自動車は困ったもんだ・・・・、とお思いの事でしょう。
「私の輿(こし)のようにゆっくり、ゆっくり走れば良いのに」
 
 
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  妙福寺の境内に落ちた銀杏の実。今年の夏は暑かったので栗も銀杏も小粒ですが美味しいようです。
 
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龍口寺万灯の有難さ

昨日に続いて龍口寺の「法難会」です。
前半のクライマックス「牡丹餅撒き」が終わると、いよいよ万灯です。
万灯というと、奈良の東大寺、元興寺、薬師寺、京都では念仏寺等を思い出します。
多くが竹を割って、その中に蝋燭を点す・・・、そんな意匠です。
道筋に延々と灯りがともり、灯りに従って進めばご本尊様の前に進めます。
万灯は動くことはありません。
幻想的な行事です。
 
龍口寺のご本尊、日蓮上人像の前にも万灯が左右に供えられていました。
此処の万灯は東大寺などのそれとは大分趣が違います。
先ず、万灯が山鉾のように運ばれてくるのです。
まるで、”動くぼんぼり” ”ねぶた”のようなのです。
 
花が一面飾られています。
花はまるで枝垂れ桜のようで、その中心に五重塔が置かれています。
五重塔の各面には名号や日蓮上人像、お釈迦様など様々に描かれています。
絵や名号が灯りに浮き上がって見えます。
 
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     先陣を切って登ってきたのは・・・・、龍口寺の万灯で、
     お嬢さんが、イナセな姿で纏を振っていました。湘南のお祭りは何時も少年少女です。
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                       龍口寺の万灯の初層には日蓮様が描かれていました。
 
最初に龍口寺の日蓮様の下に上がって来る万灯は龍口寺のです。
門前の広小路に沢山の信徒が集まって・・・・、万灯を中心にして、本堂の前に進みます。
先頭は「火消し纏/まとい」です。
子供纏が威勢よく振られます。
掛け声も発せられて・・・・、イナセなもんです。
その後に万灯、その次に団扇太鼓をドンツク・ドンツク叩きながら、名号をとなえる信者さん達です。
 
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    葉山木古庭の本円寺の信者一団。万灯の後に続きます。
 
次々に、入れ替わりに本堂前に万灯が登ってきます。
二番目に登ってきたのは、葉山木古庭の「本円寺」さんです。
三番目の提灯には「摩耶寺」書かれています。
品川・小山とも書かれていますから・・・・、都内から龍口寺に来られたのでしょう。
龍口寺のお坊様が本堂前に並んで・・・お迎えされています。
お坊様は合掌してご挨拶されています。
「暑い中、遠路はるばる高祖様の法難会に来られました。有難うございます」
とでも仰っておいでなのでしょう。
 
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茅ヶ崎の「信和講」、その向こうには三浦の「延寿寺」の万灯も揺れて見えます。
広小路に出れば、続々と万灯を押す一団が参集してきています。
こうした万灯行列が12時まで延々と続くのです。
 
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    この万灯は「川崎生田の安立寺」さんです。提灯に書かれています。
    広小路まで一団で来た万灯ですが、龍口寺さんには石段があるので、
    万灯だけが庫裏を廻ってきて、本堂前で纏組、団扇太鼓組と合流します。
    そして、全員で本堂外陣に登って日蓮上人前に揃って名号をとなえます。
    左側に並んだ万灯は本堂前に登る順番待ちでもあります。
 
 
   
私は、万灯を見ながら想います。 
良く「貧者の一灯」といいます。
王様(阿闍梨世王)がお釈迦様を招待しようとされました。
お釈迦様のお住い(祇園精舎)から王宮まで、沢山の灯火を灯しました。
お蔭で、夜道であってもお釈迦様は無事に王宮に着く事が出来ました。
老婆もお釈迦様の足元を照らそうと、お金を工面して一本の灯りをつけました。
夜が更けると、阿闍梨王の灯りは消えてしまったのでしたが、
老婆の灯りだけがポツンと灯っていたそうです。
お釈迦様はそんな灯りを指して言われたそうです。
「長者の万灯よりも、貧者の一灯の方が尊い、真心が込められているから・・・」
父も「貧者の一灯」を口癖にしていました。
最近では、「大震災のカンパに貧者の一灯です・・・」、と寄せるあの言葉です。
この故事(お経)を今に伝えるのが万灯の風習でしょう。
 
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  万灯の仕組みが解ります。リヤカーの上に木造の五重塔を乗せます。
  五重塔には蛍光灯で灯りをともします。灯りは自動車用のバッテリーで点けられます。
  五重塔はぼんぼり状になっていて、絵やお経が浮き上がって見えます。
  この絵は日蓮上人が処刑されようとした瞬間に光が走って、難が去った・・・、
  そんな故事が描かれています。
 
 
8時を過ぎました。
ようやく海風が吹き出して、暑さも一息つきました。
でも、万灯は次々に登ってきます。
万灯を奉じて日蓮様のご恩を感謝する・・・、のがこのお祭りでしょう。
私達は日頃日頃罪を犯しています。
罪を犯さなければ生きて行けないのが現実でしょう。
でも、そんな「自分とは罪深いものだ」自覚している人は稀なものでしょう。
仏教もキリスト教も・・・・、私の知っている宗教は何れも『罪の自覚』からスタートします。
万灯の炎を見ていると、自分の罪を焼き除いてくれるような気がします。
お釈迦様の教えは『真っ暗な夜の中で、灯明のように人間の生き方を教える』
そんな感謝の気持ちが、万灯になって・・・・、大昔から伝わってきたのでしょう。
日本に仏教が伝わった、天平の時代から万灯が催されてきました。
でも、そのスタイルは様々に変化しました。
町火消の纏いが活躍するのも、江戸時代からでしょう。
 
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腰越の湘南モノレール江ノ島駅前を龍口寺に向かう万灯。江の島道の両側に屋台が延々と続いています。
 
 
でも、東大寺の万灯は地面に置かれた灯明です。
龍口寺や本門寺の万灯はお神輿のように動くんです。
中世的な、町衆のような心意気が感じられます。
祇園の山鉾のように・・・・、龍口寺の万灯は町中から、信者に担がれて、押されて遣って来ます。
花で飾っているのは・・・・、散華でしょうか?
それとも花祭りのそれでしょうか?
綺麗で、可愛いものです。
そんな祀りに、イナセな纏が勢いをつけます。
 
12日から13日に日が変わる頃、今年最後の牡丹餅撒きが行われます。
そして、日蓮上人聖跡の龍の口での法難会は終わります。
日本中に積もり積もった罪障が焼き尽くされることを祈ります。
 
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  龍口寺前の広小路に向けて、街の四方から続々と万灯が集まって来ます。
  諏訪祭りのお神輿は6基でしたが、万灯の数はこれを遥かに凌ぎます。
  日蓮上人の教えが町の商工者に浸透していった、その成果でしょう。
 
 
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難除けの牡丹餅撒き

9月10から3日間、竜の口「龍口寺」では法難会が開かれます。
12日はそのクライマックスで、「牡丹餅撒き」「万灯」が開かれました。
今日は牡丹餅撒きを報告します。
 
夕闇が迫る頃、龍口寺前の広小路は大賑わいです。
夏祭り(腰越祭り、諏訪祭り)時の倍の数ほど夜店が並びました。
やっぱり、竜の口では法難会が一番のイベントなんでしょう。
 
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    龍口寺門前、広小路の賑い。夜店、万灯(中央)に江ノ電が加わって大混雑です。
 
まるで、この日を待っていたように百日紅が咲き誇っています。
龍口寺の老木はお盆には花数が少なく、法難会まで花をとっておいたようです。
酔芙蓉も咲き揃いました。
でも、もうお寝むの時間です。
花は閉じてしまいましたが、朱色に染まっています。
 
萩の花が咲き始めました。
花陰ではコオロギが鳴いています。
コオロギはこの雑踏が全く気にならないようです。
四方八方から響いてきます。
コオロギが「法難会は自分等のお祭りだ!」主張しているようです。
”ドンツク・ドンツク”団扇太鼓の音に、”リーン・リーン”コオロギが奇妙な合奏です。
 
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    百日紅の上に半月が登りました。
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      夜になって、酔芙蓉も閉じてしまいました。庫裏前です。
 
私は日蓮土牢から、裏山に登って七面堂に回ります。
此処から墓地を通って五重塔から本堂の裏に回ります。
流石に墓地に入って来る人は見当たりません。
人に道を聞かれました。
「この道を辿れば境内に戻れますか?」
「大丈夫ですよ、今晩は提灯が灯っていますから・・・、でも、足元を気をつけてくださいね。」
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   裏山中腹に祀られた七面堂から向かいの江の島を望む
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   七面堂から東に墓地をぬけると五重塔の下に出ます。トンビが五月蝿くて寝られない、
   飛んでいました。
 
本堂からは法要の前に、お説法が続いています。
日蓮宗の法要はお説法が長いんです。
『皆さん、人間の意味は解っていますか?
”人の間”と書いて人間ですね。
人は仏様と畜生や餓鬼との間の存在なんですよ。
上に登れば仏になれる、でも踏み誤れば畜生・餓鬼に落ちてしまう。
皆さん仏になろうとしていますか?』
 
『皆さん、美味しいものが好きでしょう。
でも、美味しいのは健康な時に食べるから・・・美味し良いですよ。
幾らお金を払っても、病気の時には美味しくない。
B級の食事でも健康ならこの上なく美味しいもんです。
皆さん、美味しく食べられるように、健康にしていますか?』
 
なるほど、言われる通りです。
私は1歩、2歩、3歩までは菩薩の道を歩いても、4歩目には餓鬼の道に踏み誤ってしまいます。
踏み誤るときは・・・・、妬み心恨み心が邪魔しています。
凡夫の道ですから・・・・。
呟きながら・・・・、五重塔の石段を下ってきました。
沢山のトンビが塔の上で舞っています。
今晩は下界が五月蝿いんで寝られない・・・・、怒っているようです。
 
甍の上にお月様が登ってきています。
日蓮上人法難の夜は満月だったのでしょう。
説法は延々と続きます。
『今晩は日蓮大上人の法難から743年目になります。
743回法難会です。
750回目は東京オリンピックです。
一緒に法難会をした皆さんです。一緒にオリンピックを見られるように・・・・、人間として生きましょう。』
 
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   牡丹餅撒きの賑い、右には日蓮様が見下ろしておいでです。
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ご本尊日蓮様の指に巻かれた晒が、境内の角塔婆に結ばれています。信者は戸の晒の先を握って
ご本尊に繋がります。
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   須弥壇の上には牡丹餅が甑にいれられて供えられています。
   晒が庭に向けて延びています。
 
会津の太鼓が打ち鳴らされて、庫裏から15人ほどのお坊様が渡って来られました。
午後6時、法難会の法要が始まりました。
本堂内陣は沢山の関係者が座っておいでです。
私達は外陣に立って、牡丹餅撒きの開始を待ちます。
堂内は風も通らないので、蒸し風呂のような暑さです。
私の前の少年は坊主頭で、汗が露のように光っています。
難除けの牡丹餅です。
私も家族の分、しっかり拾おうと・・・・、待ち受けます。
 
 
日蓮上人の鋭い舌鋒は時の幕府にも向けられます。
蒙古襲来・飢餓・疫病等様々な脅威に包まれている現状は、幕府の為政が間違っている。
「立正安国論」を著し、幕府に相乗しました。
これを中傷と受け取った幕府は、文永8年(1272年)9月12日、日蓮上人を捕えます。
捕えられた日蓮上人は刑場であった龍の口の土牢に閉じ込め、斬首されそうになります。
翌13日子丑の刻(午前2時前後)、日蓮上人はあわや斬首されるところでした。
江の島の方に満月のような光が飛び立って、斬首役人お目がくらみます。
恐れおののいた役人は刀を落します。
この故事が法難会の始まりでした。
 
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     万灯に飾られた日蓮法難の図
 
 
松葉谷で捉われた日蓮上人にの足元に駆け寄る尼さんがいました。
名前は「桟敷の尼」、手にしていたのは牡丹餅でした。
ところが牡丹餅はコロリと落ちて砂に塗れてしまいました。
日蓮上人は笑顔で尼さんの好意を受けられ、口にされました。
この故事が「黒胡麻の牡丹餅」になりました。
須弥壇の上にはお檀家の方々が丹精込めて作られた牡丹餅が供えられています。
勿論、ご本尊は日蓮上人です。
上人の指先には真っ白い晒が結ばれていて・・・・、晒は南に向けて境内に建てられた角塔婆に延びています。
信者は晒を握って・・・・、日蓮上人のお手を触れたことになります。
牡丹餅を拾って食べれば・・・・、日蓮上人からお裾分けをしていただいて・・・・、
日蓮上人と同じように災難をよけて、幸いに転じる・・・・、そう信じられてきたのでしょう。
 
 
午後7時、いよいよ牡丹餅撒きが始まります。
日蓮上人に供えられた牡丹餅が下されて来ます。
本堂の内陣と外陣の境になる鴨居から戸板が吊るされています。
この戸板の上にお坊様が一人、お檀家の人が4人乗られて、高い所から牡丹餅を撒くのです。
先ず、一本締めをします。
”チャン・チャン・チャン” あの東証の大発会等で手を打つ、あれです。
続いて、南無妙法蓮華教、お題目を三かい唱えます。
そうしてから、牡丹餅撒きです。
天から牡丹餅が降ってきます。
節分の豆まきと同じような感覚です。
難なく、家族分以上の牡丹餅が拾えました。
”良かった、よかった、これで災難が降ってわかない事でしょう”
 
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  牡丹餅撒きの光景。内陣・外陣の境にある長押に吊るされた戸板の上からお坊様などが牡丹餅を撒きます。
 
お坊様が仰らえます。
「今晩は12時からもう一度牡丹餅撒きがあります。」
拾えなかった人は12時にも参加してください・・・、そんな心遣いでしょう。
牡丹餅撒きが始まったのは7時から・・・・、次の牡丹餅撒きまでどうやって時間を潰すのか・・・、
少し気になります。
でも、この間が最高なんです。
「万灯」が催されます。
これが、湘南の風物詩なんです。
明日は「万灯」の美しさを報告いたします。
 
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  筆者が拾った牡丹餅。甘くは無い素朴なお味でした。
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   ボランティアの人達にも牡丹餅のお裾分けです
 
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