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「道の駅」には随分重宝しています。先月は福島県の四倉にある道の駅でランチをとりました。ボリュームのある海鮮どんぶりで満足しましたし。四倉漁港が津波被害から復興している事実を目の当たりに出来ましたし。海水浴場であった砂浜に10メートルにも及ぶ津波堤を建築している愚挙に怒りも覚えました。海が好きな人はたとえ津波で肉親を失っても人間から海を隔離するような行動に賛意を示さないだろうと思いました。四倉でも私達は地域の情報をゲットして、住人の地域愛に感心もしました。
道の駅が出来始めたのは1990年代初頭当時の建設省が全国の高速道路に整備していたSAを一般道路にも整備してドライバーの休憩施設トイレの便に供したモノでした。それが急速に増えて現在では100か所を越えたようです。その機能も当初のドライブの利便施設から地域と観光客との交流施設の色合いを濃くしてきたようです。
昨年の春も東吉野村を旅行した折に道の駅「吉野路大塔」に寄りました。トイレ休憩と云うよりも観光物産センターの顔をしていました。千葉房総半島の鋸南町に「道の駅保田小学校」が出来たことを知りました。昨年の12月にオープンした「全国一新しい道の駅」。道の駅愛好家としてはどんな施設課興味と期待を持って入ったのでした。施設は鋸南町と豊浦町との境にありました。保田は昔からの海水浴場で夏休みには子供達の臨海学校が出来るのでも馴染みがあります。その保田町に保田小学校が在ったのでした。
2014年に、学校としての役目を終えた保田小学校は創立より126年の幕を閉じたのでした。過疎に悩んだ末の断腸の決断だったのでしょう。
子供が居ないのだから閉校は致し方無いとしても跡施設の活用策が問題だったことでしょう。吉野村でも過疎の小学校の跡を道の駅にしていましたし、学校の道の駅への転換は先行事例が数多くあったでしょう。保田町でも地域住人の知恵と愛着を集中して「おらが町の小学校の高齢化社会への脱皮」にトライしたのでしょう。
。その成果を観る想いがしたのでした。大変に面白いし地域愛が感じられて清々しい想いがしました。
次回は子供と孫と一緒に来たいと思ったのでした。それに私達の仲間には大学で教鞭をとっている人も多いので旅行会ではいつも講座を設けたり俳句や短歌の作品紹介をしています。懇談室の他に教室そして温泉風呂は必須アイテムです。旅行会にもうってつけの施設だと思いました。
道の駅の開発に集まった人の共通する事は『保田への地域愛』であり、地域の農民や漁師の活性化と若い人の働く機会の創設と観光客の滞在時間を増やす策(通貨観光客ばかり多くてもお金を落として行かなければ何の益にもなりません)だったと推測されます。
体育館を使った直売所、教室を使った宿泊施設など、小学校の雰囲気を残しつつリノベーションした道の駅は、全国的にもユニークな存在だと思われます。も温浴施設や公共施設(地域の会議室)食堂を含めた都市交流施設となっています。鋸南町は元々菱川春草美術館が在ったり歴史(日本寺)や文化の香り高い土地でした。第一次産業・モノ・歴史(頼朝や日蓮の史実)・文化を集約させた、地域活性化の交流拠点が出来たのでした。 以下面白かった施設を案内いたします。
≪営業時間≫
きょなん楽市 9時〜18時 年中無休 里山食堂 11時〜18時 (ラストオーダー17時30分) 詳しくは保田小学校ホームページhttp://hotasho.jp/をご覧ください。
施設入口「保田小学校創立百周年記念の石柱」が眼を引きました。
トイレ前からレストイランを観る「飯」の暖簾は里山食堂です。)3年B組は中華料理でイタリアンも充実していました。
職員の施設への愛着はトイレの状況で解ります。これはマクドナルドの田さんに教えられた事でした。田さん風に見れば満点と云う事でしょう。日本中のトイレがディズニーランドのようになりました。
小学校を閉鎖せざるを得なかった事実は悲しかったモものの何時の日にか保田に若い人が転居してきて学校が足りない百年後に「新保田小学校」を再建する…。そんな時代が来てほしいモノです。その頃には地域愛の他に地球愛を上乗せして保田インターナショナルスクール」なんてネーミングされると良いのですが・・・・。
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