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ミッドタウンの早春賦

24日は上野で春日大社展を観て、六本木で入江泰吉さんの写真を観て食事をして欲望を満たしました。もう一つ欲求があります。ミッドタウンで”それは来たるべき春を探す”事です。此処は三井不動産の事業です。第一園芸をはじめ不動産の周辺事業でも薀蓄深い同社の事。ミッドタウンを舞台に”春を待つ気持ち/早春賦”で楽しませてくれている筈ですから。ミッドタウンを満喫するには大きな財布も必要です。既に下級老人の私ですから目で楽しむか舌で楽しむほか術はありません。
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これは六本木ミッドタウン入口の植え込みです。蘭( ?芋かな)の花が盆栽だか生花だか微妙な植え込みで来客をもてなしていました。
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此方はミッドタウン2階にあるpas de calais(パドカレ)のショーウィンドウです辛夷の花は幾ら見ても生花のようでした。今年の春夏はモノトーンが流行るのでしょうか?
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スケートリンクを見渡す休憩場にはチョコレートショップが誘惑していました。此処でチョコを求めて向かいのお店で珈琲をテークアウトして公共の椅子で戴けば下級老人にも楽しめます。ゴディバの筋向いに虎屋さんが出店しています。
何時も地下1階の虎屋さんの和菓子を観ます去年は雷起しを求めました。真っ赤な達磨さんの姿をしていて福を体に取り込む想いがしました。”今年もあるかな?”楽しみにしていたのですが今年は小さな枡に羊羹を流し込んだモノをプレゼンしていました
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虎屋さんは通路の壁に見世のような窓を開けて枡を並べていました。”和菓子で酔う”とコピーして在りました。此処からチラ見すれば店内にワインが見えます。私の友人ならこんな誘いに直ぐに乗って、ワインと和菓子を求める事でしょう。店内には”和菓子を肴にワインやスコッチを戴きながら。春を待ちましょう”そんなプレゼンテーションが為されていました。満寿泉とは立山の麓の富山の銘酒です。何故虎屋さんと満寿泉がコラボしたのか解りませんでした。屹度銘酒と銘菓が共通するのかな?思いました。
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壁に陳列された銘酒と銘菓の組み合わせ銘酒は吟醸酒よりもスコッチやワインが目立ちました。明らかにターゲットは私達の友人に絞られています。友人は世界中を巡ってご当地の酒に詳しいのです。
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お汁粉にスコッチのお湯割り(ホットウィスキー)は寒い日に最適でしょう。このお餅にまつ毛をつければ私の友人に大受けです。
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此方はオンザロックに三笠山です。昔鎌倉の「雪の下」に棲む友人が此処は氷室が合ったのだよ教えてくれました。奈良の春日野にも氷室神社があります氷室にお酒を貯蔵して三笠山を肴にしたのかな?思いました。
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これは白ワインに梅の花の最中です。梅最中と云えば熱海のそれを想い出します。でも私の生活圏では井上蒲鉾店の梅花蒲鉾です。私の友人にはワインの魚には最中よりも蒲鉾だよ教えてあげたくなりました。
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これは鎌倉の井上蒲鉾のおせちです。白ワインの魚には井上蒲鉾の一番人気梅花蒲鉾です(手前)同社ホームページはhttp://www.inouekamaboko.co.jp/

上野で春日大社を観て桜も視たし六本木では春を待つ気持ちを刺激されて家に戻りました我家には今が盛り梅が咲き誇って迎えてくれました。

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墨田水族館の魅力

一昨日墨田水族館で催されている金魚展を観て来た事を記事にアップしました。江戸下町の情緒金魚が大和郡山で室町時代に始まり以来500年間の歴史の中で世界に冠たる文化に進展し様々な金魚の種の開発に留まらず浮世絵に工芸に金魚文化が進展しました。どれも平和がもたらした文化で、何時までも金魚文化が存続してほしいものだと思います。何故墨田区が金魚文化をテーマにしたのかと云えば江戸時代を通して墨田区が金魚の養殖や種の開発に熱心で金魚売などの懐かしい行商人が墨田区に住んでいたからでした。
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これはスカイツリーのビル部分にある墨田水族館の位置マップです都営地下鉄からは地下3階に入場口があります。
デモ水族館ですから淡水魚だけを紹介したのでは片手落ちです。今日は墨田水族館の海水生物を紹介します。
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熱帯魚は淡水も海水も豊富に展示されています。蝶々魚も東京湾には多いのでしょう。
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これは海底の砂浜からニョロニョロ顔を出しているチン穴子此れが)昨今人気のようです。
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このチン穴子は黄色と白の縞模様がお洒落な「ニシキあなご」一見すると穴子や鰻のベビーのようにも見えますが顔を出して漂流している動物プランクトンやサンゴ礁の卵を捕食しているのだそうです。
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此方は海底の岩場に固定しているイソギンチャクです。ジュンサイのような味がしそうに見えました。
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これは下村 脩(しもむら おさむ)博士がノーベル賞を受賞して以来着目されているクラゲです。
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これは優雅であっても毒のあるカサゴのお姉さんです。触ると痛い目に遭う事必死です。

荒川や隅田川の火口にある海ですから生物は多様であります。近年はサンゴ礁も増えているようですし熱帯魚も目立っているようです。私達は江戸前の穴子や青柳などの貝類を想いますが、今人気のクラゲやイソギンチャク等も面白く見せてくれています。でも入場料2050円(年間パスポート4100円)ですから魅力も品川や江の島八景島等の水族館の上を行かなければなりません。そこで白羽の矢が当たったのはペンギンのようです。

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これは墨田水族館の過半の面積を占有しているペンギンの島です。幾つものハーレムを作ってペンギンは啼き競っています。彼等は島で暫く愛嬌をふりまいていると思えば突如海中にドブンして素晴らしいスピードで海中を泳いで見せます。
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墨田水族館のペンギンはマゼランペンギンだそうです。LEDが変化して朝昼夕方を表現しますからペンギン君も変調をきたすのではないか?心配します。
こそ老若男女誰にも愛される海の生物は無いようです。ペンギンの可愛らしさを見せる工夫には最大の努力を注いでいます。プリプリお尻を振りながら歩く姿は孫のように可愛らしいモノですが一度水を潜るとその敏捷な動きに驚かされます。そのペンギン君が行列を為して水族館を歩くようです、また今年孵化したペンギンの赤ちゃんを観る事も出来ました。フラッシュさえ使わなければ撮影自由な事も家族連れにとっては嬉しい事です。また水族館内にベンチが沢山あって喫茶が出来るなど私のような高齢者にとっては嬉しい施設です。また水族館を出ればスカイタウンが在って食事も土産品店も東京ディズニーランドに較べれば数段安い事も孫子と一緒に行くには負担も軽くて済みます。
何時か孫を連れて観に行きたいものです。
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これはマゼランペンギンのベイビー孵化(6月16日)後3週間余りで650gに成長しましたズングリモックリですが眼と嘴は愛くるしいので人気で行列に並ばなくては観られません。

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7月7日墨田区水族館に金魚を観に出かけました。
墨田区に水族館が在る事は知らなかったのでしたが、NHKの「お早う日本」で放映していたのでした。そんな次第で初めて東京スカイツリーに出かけたのでした。水族館を出てツリーの上から眺望して解りました。
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7月7日は真夏日でした、スカイツリーの周辺は七夕飾りで暑さを避けて子供達は水遊びに興じていました。スカイツリーの4階5階が墨田区水族館になっていました。
スカイツリーは西に隅田川東に中川が流れています。その中州のような位置にスカイツリーが建っているの居るのです。地盤は悪いだろうに良くこんな元湿地に建てたものだ思いました。
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向こうの川が隅田川でズット右に岩淵 水門があって荒川(中川)と隅田川に分岐しています。スカイツリーの眼下は荒川の中州で軟弱地盤だと危惧されます。だからこそ江戸時代にこの辺りで金魚の養殖が盛んに実施されたのでしょう。
この辺りは江戸の町から見れば向島の更に東でとんでもない土地だったのでしょう。
お百姓は小松菜や大根など野菜を栽培して桜草や吊忍やホウズキ等の盆栽や仏前花を栽培するか金魚を養殖して江戸の町に出て”金魚、金魚は要らんかねー”と言って売り歩いたのでしょう。私が小学生の頃は放課後に校門の前で金魚売が店を開いていたものでした。
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これは蘭ちゅうです。正しくは和蘭獅子頭(おらんだししがしら) 名前からはオランダと日本の合作のような匂いがします。上から眺めて獅子頭を観るのがポイントでしょう。
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此方は正統派の和金です。日の丸カラーでおめでたい感じが良いですね。
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これは丹頂です。丹頂鶴のイメージなのでしょう。お目出度いのが嬉しいです。
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 これも蘭ちゅうです金魚が鮮やかに見えるように水槽にもデザインも和風です。
おこずかいを叩いて求めた金魚を池に天水桶に放ちました。小さな金魚は古参の金魚や鯉に追いかけられて迷惑気でした。金魚と云うと思い出がもう一つあります。
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大和郡山の金魚池近くの陵の池や灌漑池も金魚が生息しています。因みに郡山城の外堀は金魚の飼育環境調査を兼ねて水質浄化の実験が続けられています。
学生時代の春休みです。私は父の仕事の関係で秋篠川の畔に下宿した事がありました暇を持て余して川の畔で魚釣りをしました。秋篠川の土手に腰掛けて釣り糸を垂れると、簡単に釣れるです。「何が釣れるのか」それが金魚なのです。最初に金魚が釣れた時には驚きましたが、慣れて来ると次はモットモット綺麗な高級な金魚が釣れないか期待したものでした。何故秋篠川で金魚が釣れたか?それはこの辺りの陵や灌漑池で金魚を養殖していて。その養殖金魚が逃げ出して川で自生しているからなのです。
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これは大和郡山城の外堀でこの医お堀も金魚の実験池です。日本の金魚は室町時代にこの地でスタートしたのでした。
近くの大和郡山は日本一の金魚の産地です。郡山城は秀吉の実弟羽柴秀長の居城でありました。ですから秀長の平和な時代に金魚の養殖が始まっていたのかもしれません。少なくとも文化人でもあった筒井順慶が主になった江戸時代には盛んに金魚の種の開発が進んだことでしょう。江戸の向島大和の郡山どちらも平和な時代に金魚の養殖が進展したのは間違いないようです。金魚は養殖業だけでは無く玩具や盆栽や工芸にも広がります。金魚の風鈴に金魚の吊忍に金魚の提灯とブリキの金魚も作られました浮世絵にも金魚は競って題材にされました。金魚の大きな尻尾を観ていると舞妓さんのダラリの帯を想い出す人は多い事でしょう。
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日本の金魚は室町時代に鮒の突然変異種からスタートしたその系統を説明したパネル。一番左の現代種から右に進むにつれて祖先種を辿り最後は一匹の鮒に行き着きます。
舞妓さんを前から横から後ろから飽かずに眺めて居たいように金魚を上から下から横から観察できます。大きな目玉が邪魔そうなのは水泡眼(すいほうがん) で眼の下のリンパ腺が異常に巨大化したのでしょう。こんなに目が大きくなったのは餌をゲットしようと進化したのかもしれませんがこれでは直ぐに餌にされてしまいそうです。琉金は琉球を経由して日本ンに伝来した中国種の金魚だそうです。和金は日本原産の金魚でしょう。和金は日本の水に会った居そうです。丹頂は丹頂鶴ににたおめでたい日本産の金魚のようです。コメットは名前からしてアメリカ人が開発したようです。
金魚の種の開発も興味深いモノですが。工芸まで文化の裾野を広げたのは日本が最高だと確信したものです。そこで私も提灯を作りました。
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これは歌川国芳の金魚づくし 百物語
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これはリヤカーの金魚の行商の店先
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これは金魚の提灯で山が始まりだそうです。
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金魚の提灯を作らせてもらいました(素材は無料でお姉さんが指導してくれます。立ち通しで疲れまあした。


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九品仏の天邪鬼

多摩川台で桜見物して、ランチは田園調布クラブでとる予定でしたが、田園調布クラブが結婚被露宴で貸切であった為何処かに行かなくてはならなくなってしまいました。ワイフはもう少し東横線沿線でお花見をしたそうです。其処で私達は九品仏浄真寺さんに行く事にしました。浄真寺さんの山門近くには美味しいお蕎麦屋さんが在った事を想い出したのでした。自由が丘で大井町線に乗り換えれば、隣の駅が九品仏です。期待通りに浄真寺さんには貫禄のある桜が満開でした。
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浄真寺さんの門前にあるお蕎麦屋さんの庵、一茶庵系のお蕎麦屋さんで細身で腰のある石臼蕎麦で人気です。鶴岡八幡宮前の一茶庵も無くなった現在懐かしく美味しくいただきました。
 
境内に入るとすぐ右に閻魔堂があります。私は何時も先ず閻魔様と奪衣婆さんにご挨拶します。
〝お蔭様で元気に遣っています。当面の処はお世話にならないと思いますが、その時はよろしくお願いします”そんな気持ちで挨拶です。奪衣婆さんは何処かに祖母の面影を宿しておいでです。
閻魔堂の外に何体もの地蔵菩薩石像が並んでいます。どのお地蔵さんも右手に桜の花をお持ちです。誰かが桜を手折って錫杖の代わりに持たせたようです。
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閻魔堂前の地蔵尊は桜の小枝をお持ちでした。良く見ればお顔もお手も修復されたようです。廃仏毀釈の運動か何かで傷んだのでしょうが見事に修復されて良いお顔で居られます。心を込めればセメントの修復でも有難い姿になるものです。
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此方が浄真寺の閻魔様。朱色の蝋燭がクリスマス風情で愉快です。
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此方が閻魔大王に仕える奪衣婆像。地獄の三途の川の岸辺で亡者を待ち受けて亡者の衣服を奪って隗樹に懸けて亡者の生前の罪の軽重を計測して閻魔大王に報告します。田舎に行けば何処にでも居たようなお婆さんである事から、親しまれています。全国の小野小町像はこの像の様な半跏像で居られます。私は昨年夏には京都深草の随身院に卒塔婆小町像を拝観しました。
浄真寺さんの御本尊は境内中央の本堂に居られる釈迦像です。本堂の西側には3棟の阿弥陀堂が並んでいます。(上品堂・中品堂・下品堂)阿弥陀堂は三仏堂とも呼ばれ北からは下品堂・上品堂・中品堂の順に並んでいます。各阿弥陀堂に各々3基の阿弥陀様が居られますので全体で9基もの丈六の阿弥陀様が並んでおられます。中央の上品堂でいえば中央に上品上生の阿弥陀様その左右に上品中生上品下生の阿弥陀如来が居られます。阿弥陀様は2014年から解体修理を始められたそうで2032年まで18年もかかるそうです。9体も在るのですから修理も長丁場です。この日は下品堂の阿弥陀様の修理を終えてお堂に納める作業をしておいででした。屹度週末には阿弥陀様の霊入れの法要が営まれることでしょう2032年9体の阿弥陀様の修理が終わる頃には私も卒寿です。見届けられるか懸念されます。いずれにしても仏様を後世まで守ることは至難な事です。
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此方が本堂のご本尊釈迦如来像、欄間の彫刻や長押の上に阿弥陀像が並んでいたりで興味深いモノがありました。右端にはユルキャラ人形が置かれています。屹度花祭りに活躍する事でしょう。

現代の世界観はは自由・平等・博愛が常識ですから9体もの阿弥陀如来を用意して人間緒生まれや品性で9階級も用意するのは疑問を感じます。でも釈迦の生きた時代からインドはずっと階級社会であったので九品仏になったのでしょう。でも、仏教は人間を階級で区別して居る訳でも無く。”人間は色々な品性で生まれ様々であるが、仏になれるチャンスも死のリスクも平等である”云った教えなのでしょう。
現代でも人間は品性の良し悪しがあり資産家の家に産まれる人もあれば貧乏な家庭に育った人も千差万別です。大事なことは貧乏無い絵に産まれた事実を恨んでも悔やんでも何も解決しない事です。大事なことは品性や生まれの良し悪しに拘らず死ぬリスクと成仏するチャンスは平等であるしんじつです。
私等は下品下生だと自覚して来たのですが、昨今は下級老人になってしまいました。
下生は運が悪かったと諦めても下品にもならないよう修養したいものです。
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此方は本堂の真向かいにある中央の阿弥陀堂。中央の阿弥陀如来は上品上生でその左右に上品中生上品の阿弥陀様が並んでおられます。9基の阿弥陀様は何れも丈六像で唯一印相だけが異なります。どこが違うかジックリ観察します。


本堂と阿弥陀堂は向かい合って配置されています。西向き東向きの違いが在るだけです。その中間が草地で今は花大根が咲いていました。花大根の上には桜の大樹が一斉に花を咲かせています。各お堂を巡るために石畳が敷かれています。若い僧が竹箒で散った桜を掃き集めています。幾ら掃いても後から後から花が散って来ます。掃いても掃いても桜が散って来るのです。未だ桜は満開になったばかりなのに何故花が散って来るのか不思議に思い頭上を見上げました。その瞬間に”花散らせの真犯人”を確認しました。先刻から桜の梢で”ギャー・ギャー”下品な声で啼いていた鳥です。私は咄嗟に「尾長鳥」だろうと思いましたが。尻尾の長さがイマイチ短かいようです。レンズを向けてようやく確認できました。花散らしの真犯人は巨大なグリーンのインコなのです、インコはペンチの様な嘴で桜の小枝を咥えてへし折っています。そして気が向けば花を丸ごと食べてしまうのです。でも大半はへし折るだけで食べません。へし折られた桜は悲鳴を上げて地上に落下してきます。お地蔵様が持っておいでだった桜は参詣された方が”桜が気の毒だ”思ってお地蔵様に預けたのでしょう。インコが大岡山の東京工大のキャンパスで大量発生したニュースは記憶にありましたがこのように無体な悪行を重ねているとは知りませんでした。レンズを通してみれば羽毛は緑で嘴は朱で可愛いモノです。天邪鬼は天に住む邪鬼と書きます。可愛い顔をしているのに性格は悪くてお釈迦様の云われる事を聴きません、何時も期待を裏切って悪戯をしてしまいます。悪餓鬼の事です。
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これが中央の三仏堂で中には上品の3体の阿弥陀様が居られます。本堂の真西で東向きに建っています。
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三仏堂から東の本堂を観ると中央に花大根の花が咲いていました。このロケーションは二河白道図のそれと同じです。仏画で川の部分が青い花大根で覆われていることになります。


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三仏堂前の石畳を僧が竹箒で掃いておいででした。掃いても掃いても桜が散って来ます。未ださき始めなのにおかしいと思って桜の梢を見上げました。

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これが桜散らしの真犯人のワカケホンセイインコです。桜の枝を頑健な嘴で折っては食べようとしますが大半を落としてしまいます。
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山門脇の庚申塔一番右左から二番目の庚申塔の青面金剛の足下に蹲っているのが天邪鬼です。一番見事な天邪鬼は左から二つ目で等々力村が祀ったものです。等々力の区画整理などで止むを得ず浄真寺さんで引き取ってもらったのでしょう。
待てよこの境内の何処かに天邪鬼が居たな想い出しました。山門の脇に数基の庚申塔が立っています。庚申塔の主尊青面金剛の足下に蹲っているのも天邪鬼ですし。山門の仁王像の足元にも天邪鬼が伏しています。勿論私のハートの襞にも天邪鬼が隠れています。九品仏さんは25菩薩の面掛け行列でも有名です。来年からは5月5日になると案内されていました。昨今は子供達の心の天邪鬼が大暴走して来たのでこどもの日に実施する事にしたのでしょうか?
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浄真寺さんを辞して参道に出ると狛犬ならぬペットのワンちゃんのお見送りを受けました。ワンちゃんも桜をエンジョイする風情でした。

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4月2日(土)、桜が満開に咲いたと云うのに当面は雨続きと予報されているので、桜見物に何処に行こうか慎重に検討しました。その結果2日は多摩川園に行く事に決めました。多摩川園は小学生時に遠足した処で遊園地で遊んで川原でお弁当を食べました.冠状8号道路に沿って浄水場が在って、浄水場の周りは見事な桜が咲いていたものでした。浄水場で綺麗になった水が多摩川園脇から多摩川に注がれていました。合流地点のすぐ下流は濛々と泡立っていて空中にシャボンの泡が舞い上がっていました。今思い返すと。昭和30年代の初めに洗濯機が普及し、有機リン酸を含んだ合成洗剤が家庭で多用されました。その排水が浄水場で除去されずに多摩川に放流されていたのでした。当時江戸湾では夏になると赤潮が発生して多量の魚が浮き上がりました。異常発生した赤いプランクトン医依って酸欠になったのでした。原因は有機リンが多摩川から海に流れ込んだためにプランクトンが異常発生したのでした。自然界にはリンは希少であるから生態系が維持されていたのに、人間が利便性を優先して海にリン放出した為に生態系が崩れてしまったのでした。昭和40年代になって無リン洗剤(ソフト洗剤)が開発され有リン洗剤が禁止されたので。浄水場でリンを除去する方法こそ未開発ですがこのような事態は発生しないで済むようになりました。中国で発生したアオコや赤潮は東シナ海を汚染して長崎の海にさえ広がって来ていると懸念されています。さて、本題の多摩川園に話を戻しましょう。
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多摩川台公園はお花見客で一杯で花の向こうに田園調布教会の尖塔が見渡せました。筆者は古墳を巡る細道に立って北(自由が丘方角)を撮影しています。右側(東に)東横線が走っていてその東口が通園地でした駅の名も多摩川園でしたが、今は多摩川に変わりました。この多摩川台古墳群の西には砧古墳群が在って東(下流)は沼部古墳で多摩川の右岸(北)も左岸(南)向ヶ丘や狛江)も古墳や遺跡が集積しています
私が大学生だった昭和60年代には多摩川園駅前には田園コロシアムと云うローマの競技場の様なテニスコートがありました。私が就職して昭和80年代になると東急電鉄は遊園地とテニス場を再開発してメンバー制のテニス場にしました。そのオープニングセレモニーに出席して遊園地も田園コロシアムも無くなってしまった事を寂しく思いました。当時東急は主要な3事業部がありました電鉄を主体にした交通事業部、そして宅地や住宅を扱う不動産事業部更にデパートやスーパーを中心とした流通事業部。この3つの輪でグローバルな展開を目指していました。もう一つあるとすれば健康事業部と云ったものでしょう。多摩川園の閉幕は寂しいモノの健康産業に転進するチャンスだったのかも知れません。
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これが東急グループのマークです。T(東急)をグローバルに交通事業不動産事業、流通事業で繋ごうと云ったグループの姿勢を表現したものでした。何れもう一本健康福祉と云った虹が加わるように予測しました。
横浜で東横線に乗り換えて多摩川駅に着きました。昔は谷底にホームが在って、下から田園教会の尖塔を見上げたものでしたが。今はホームは高い位置で教会も真横に見えます。この辺りはワイフのホームグランドで、大昔にセーラー服で闊歩した事も在ったのでしたから”今日は終始ワイフの指示に従おう”心に決めて多摩川駅を降りて田園教会の尖塔を目指して歩きはじめました。今日は多摩川の井河岸段丘をウォーキングです。脚も快調です。問題はお弁当が無いことくらいです。”横浜駅で崎陽軒の「お花見弁当」を買っておけばよかった、”思っても後の祭りでした。田園教会したの辻で進入禁止違反車両の一斉取り締まりを実施していました。今日のランチに予定していた田園倶楽部は終日貸切だそうです。何でも今日は結婚の被露をされるそうです。田園教会で結婚式そしてレストランを貸し切って被露宴なのでしょう。レストランのウェートレスさんのお見送りを受けて目の前の急な坂道を登りました。この丘陵の上が古墳群が在って、保存されているのです。古墳と桜は何故かよく似合います。
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これは韮崎から入った王仁にある彼岸桜向こうの峯は南アルプスです。円墳の頂に墓を守り霊の安寧を誇るように聳えています。見事な一本桜です。
多摩川台公園に入口に古墳展示室がありました(無料)素晴らしい展示室で。吉野の宮滝古墳の展示に比べれば歴史価値は吉野には及ばなくても説得力や想像力を掻き立てると云った事では多摩川台古墳の展示は秀逸でした加えてその解説書も安くて(300円)勉強になりました。
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多摩川台公園には平和の像が立っていてその背後には発掘調査を完了した古墳が保存されています。古墳群を周遊する道が続いています。古墳は単純な円墳方墳が多いのですが前方後円墳(亀甲山古墳)もあって古墳の陳列場のようです。
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一番左が亀甲山古墳(前方後円墳)でその手前の四角いのが展示ルームです。この他ピラミッドや仁徳天皇陵の大きさ比較など小学生の興味を引く展示が並んでいます。

古墳群をグルット回って南側に出ると真下が読売巨人軍のグランドで多摩川が悠々と流れています。
堰堤にもジョグングする人が見られますし。草野球も盛んなようです。桜の梢越しに見渡せる高層ビル群は武蔵小杉駅の集積です。武蔵小杉駅から東急電車が鉄橋を渡って来ました。
”多摩川は川の両岸を古墳が囲っているから多摩川【(霊川】なのだ”と納得しました。
桜は隅田川堤が有名ですが多摩川も良いモノです。隅田川の魚はまだ食べるのに抵抗がありますが、多摩川の川魚は人気が出るかもしれません。
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古墳群の周遊道で入学式の記念写真を撮る親子
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古墳群の南側もお花見客が宴たけなわでした。右に行けば多摩川の岸辺に真っ直ぐ行けば浅間神社方角です。
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西に向くと多摩川が悠然と流れています右端が読売巨人軍の2軍グランドです。

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桜の梢の向こうの高層ビル群は近年開発が進行している武蔵小杉駅周辺です。
多摩川の名は古墳の間を流れているからと直感したのでしたが奥多摩の人から抗議が出る事でしょう。多摩川はその源流が笠取山や三峰山に在ってその霊なる川であるの意味でしょう。(狼の護符として以前書いた記憶があります)でもどちらも先史時代からの記憶で多摩と霊が同じ意味である事には相違ないと思います。毎年毎年綺麗な桜を眺めて自分自身の霊をブラッシュアップする事は良い事だと思います。でも古墳の主人はこの宴会騒ぎでは安らかに寝て居られない事でしょう。
でも”多摩川の水を汚すよりはマシだから我慢するか!”思って戴けるかもしれません。
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此方古墳の主の埋葬再現模型です。お顔の化粧は霊の再生を祈願する呪術で朱は水銀を使ったものと思われます。隈取を髣髴させます。副葬品を含めて現代のお棺と大差ないのが驚きです。

桜と霊とは相通じるものが在るようです。

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