多摩川台で桜見物して、ランチは田園調布クラブでとる予定でしたが、田園調布クラブが結婚被露宴で貸切であった為何処かに行かなくてはならなくなってしまいました。ワイフはもう少し東横線沿線でお花見をしたそうです。其処で私達は九品仏浄真寺さんに行く事にしました。浄真寺さんの山門近くには美味しいお蕎麦屋さんが在った事を想い出したのでした。自由が丘で大井町線に乗り換えれば、隣の駅が九品仏です。期待通りに浄真寺さんには貫禄のある桜が満開でした。
浄真寺さんの門前にあるお蕎麦屋さんの庵、一茶庵系のお蕎麦屋さんで細身で腰のある石臼蕎麦で人気です。鶴岡八幡宮前の一茶庵も無くなった現在懐かしく美味しくいただきました。
境内に入るとすぐ右に閻魔堂があります。私は何時も先ず閻魔様と奪衣婆さんにご挨拶します。
〝お蔭様で元気に遣っています。当面の処はお世話にならないと思いますが、その時はよろしくお願いします”そんな気持ちで挨拶です。奪衣婆さんは何処かに祖母の面影を宿しておいでです。
閻魔堂の外に何体もの地蔵菩薩石像が並んでいます。どのお地蔵さんも右手に桜の花をお持ちです。誰かが桜を手折って錫杖の代わりに持たせたようです。
閻魔堂前の地蔵尊は桜の小枝をお持ちでした。良く見ればお顔もお手も修復されたようです。廃仏毀釈の運動か何かで傷んだのでしょうが見事に修復されて良いお顔で居られます。心を込めればセメントの修復でも有難い姿になるものです。
此方が浄真寺の閻魔様。朱色の蝋燭がクリスマス風情で愉快です。
此方が閻魔大王に仕える奪衣婆像。地獄の三途の川の岸辺で亡者を待ち受けて亡者の衣服を奪って隗樹に懸けて亡者の生前の罪の軽重を計測して閻魔大王に報告します。田舎に行けば何処にでも居たようなお婆さんである事から、親しまれています。全国の小野小町像はこの像の様な半跏像で居られます。私は昨年夏には京都深草の随身院に卒塔婆小町像を拝観しました。
浄真寺さんの御本尊は境内中央の本堂に居られる釈迦像です。本堂の西側には3棟の阿弥陀堂が並んでいます。(上品堂・中品堂・下品堂)阿弥陀堂は三仏堂とも呼ばれ北からは下品堂・上品堂・中品堂の順に並んでいます。各阿弥陀堂に各々3基の阿弥陀様が居られますので全体で9基もの丈六の阿弥陀様が並んでおられます。中央の上品堂でいえば中央に上品上生の阿弥陀様その左右に上品中生上品下生の阿弥陀如来が居られます。阿弥陀様は2014年から解体修理を始められたそうで2032年まで18年もかかるそうです。9体も在るのですから修理も長丁場です。この日は下品堂の阿弥陀様の修理を終えてお堂に納める作業をしておいででした。屹度週末には阿弥陀様の霊入れの法要が営まれることでしょう2032年9体の阿弥陀様の修理が終わる頃には私も卒寿です。見届けられるか懸念されます。いずれにしても仏様を後世まで守ることは至難な事です。
此方が本堂のご本尊釈迦如来像、欄間の彫刻や長押の上に阿弥陀像が並んでいたりで興味深いモノがありました。右端にはユルキャラ人形が置かれています。屹度花祭りに活躍する事でしょう。
現代の世界観はは自由・平等・博愛が常識ですから9体もの阿弥陀如来を用意して人間緒生まれや品性で9階級も用意するのは疑問を感じます。でも釈迦の生きた時代からインドはずっと階級社会であったので九品仏になったのでしょう。でも、仏教は人間を階級で区別して居る訳でも無く。”人間は色々な品性で生まれ様々であるが、仏になれるチャンスも死のリスクも平等である”云った教えなのでしょう。
現代でも人間は品性の良し悪しがあり資産家の家に産まれる人もあれば貧乏な家庭に育った人も千差万別です。大事なことは貧乏無い絵に産まれた事実を恨んでも悔やんでも何も解決しない事です。大事なことは品性や生まれの良し悪しに拘らず死ぬリスクと成仏するチャンスは平等であるしんじつです。
私等は下品下生だと自覚して来たのですが、昨今は下級老人になってしまいました。
下生は運が悪かったと諦めても下品にもならないよう修養したいものです。
此方は本堂の真向かいにある中央の阿弥陀堂。中央の阿弥陀如来は上品上生でその左右に上品中生上品の阿弥陀様が並んでおられます。9基の阿弥陀様は何れも丈六像で唯一印相だけが異なります。どこが違うかジックリ観察します。
本堂と阿弥陀堂は向かい合って配置されています。西向き東向きの違いが在るだけです。その中間が草地で今は花大根が咲いていました。花大根の上には桜の大樹が一斉に花を咲かせています。各お堂を巡るために石畳が敷かれています。若い僧が竹箒で散った桜を掃き集めています。幾ら掃いても後から後から花が散って来ます。掃いても掃いても桜が散って来るのです。未だ桜は満開になったばかりなのに何故花が散って来るのか不思議に思い頭上を見上げました。その瞬間に”花散らせの真犯人”を確認しました。先刻から桜の梢で”ギャー・ギャー”下品な声で啼いていた鳥です。私は咄嗟に「尾長鳥」だろうと思いましたが。尻尾の長さがイマイチ短かいようです。レンズを向けてようやく確認できました。花散らしの真犯人は巨大なグリーンのインコなのです、インコはペンチの様な嘴で桜の小枝を咥えてへし折っています。そして気が向けば花を丸ごと食べてしまうのです。でも大半はへし折るだけで食べません。へし折られた桜は悲鳴を上げて地上に落下してきます。お地蔵様が持っておいでだった桜は参詣された方が”桜が気の毒だ”思ってお地蔵様に預けたのでしょう。インコが大岡山の東京工大のキャンパスで大量発生したニュースは記憶にありましたがこのように無体な悪行を重ねているとは知りませんでした。レンズを通してみれば羽毛は緑で嘴は朱で可愛いモノです。天邪鬼は天に住む邪鬼と書きます。可愛い顔をしているのに性格は悪くてお釈迦様の云われる事を聴きません、何時も期待を裏切って悪戯をしてしまいます。悪餓鬼の事です。
これが中央の三仏堂で中には上品の3体の阿弥陀様が居られます。本堂の真西で東向きに建っています。
三仏堂から東の本堂を観ると中央に花大根の花が咲いていました。このロケーションは二河白道図のそれと同じです。仏画で川の部分が青い花大根で覆われていることになります。
三仏堂前の石畳を僧が竹箒で掃いておいででした。掃いても掃いても桜が散って来ます。未ださき始めなのにおかしいと思って桜の梢を見上げました。
これが桜散らしの真犯人の
ワカケホンセイインコです。桜の枝を頑健な嘴で折っては食べようとしますが大半を落としてしまいます。
山門脇の庚申塔一番右左から二番目の庚申塔の青面金剛の足下に蹲っているのが
天邪鬼です。一番見事な天邪鬼は左から二つ目で等々力村が祀ったものです。等々力の区画整理などで止むを得ず浄真寺さんで引き取ってもらったのでしょう。
待てよこの境内の何処かに天邪鬼が居たな想い出しました。山門の脇に数基の庚申塔が立っています。庚申塔の主尊青面金剛の足下に蹲っているのも天邪鬼ですし。山門の仁王像の足元にも天邪鬼が伏しています。勿論私のハートの襞にも天邪鬼が隠れています。九品仏さんは25菩薩の面掛け行列でも有名です。来年からは5月5日になると案内されていました。昨今は子供達の心の天邪鬼が大暴走して来たのでこどもの日に実施する事にしたのでしょうか?
浄真寺さんを辞して参道に出ると狛犬ならぬペットのワンちゃんのお見送りを受けました。ワンちゃんも桜をエンジョイする風情でした。
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