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明治学院大学のチャペル建物を見学して、国道1号線を渡り高輪二本榎通りに戻りました。
交差点の左には消防署右側に高輪警察署があります。この辺りは要人も多く住まわれていますし大使館も多いので警察も消防署も近隣の安全安心に重責を果たしているのでしょう。緑も多いし、地盤は堅固ですし垂涎の住宅地である事は明治維新からずっと変わらないようです。そのど真ん中に高野山金剛峰寺の東京別院があります。
これは東京消防局高輪二本榎出張所の建物この建物は昭和8年(1933年)12月28日に落成したもので、近代建築の遺産(ドイツ表現主義)として東京都文化デザイン事業により保存建築物になっています内部も見学できます。塔屋は終戦後までは火の見櫓として活用していたそうです。この右道路向かい角にに高輪警察が在ってその奥が高野山東京別院です。
これは東京消防局高輪二本榎出張所に配置されていた梯子消防車(日産)幼稚園児の絵が建物廊下に貼られていました。
此方が高輪警察署隣の高野山東京別院の西門です。
殆どが壮大な鉄筋コンクリートの近代建築ですから、歴史は浅いものと推測するととんでもない、江戸幕府が出来て間もない明暦元年(1655年)に創建されたのだそうです。明暦3年(1657年に)、明暦の大火(振袖火事)で江戸市中の半分が焼け落ちると高野山は浅草の日輪寺(浅草3丁目)から現在地に移転しました。幕府にすれば住宅密集地から東海道の要衝に移転させるのは都市再開発と併せて軍事的にも理に適った政策だったのでしょう。
高野山東京別院の本堂昭和63年(1988)年竣工した鉄骨建築です。
高野山東京別院本堂の内陣
高野山東京別院本堂の賓頭廬尊者像(びんずるそんじゃ ぞう)。私が麻痺している左脚を擦ろうとしたところ夥しい御礼の達磨さんが供えられてありました。脚の痛みが治癒された人のお礼詣でなのでしょう。
正面が本堂で右手の建物が不動堂境内に四国88遍路の石仏や西国33観音の石仏等が並んでいますから東京で100遍路と88遍路を廻る事が出来るのです。右側の人影がエンジンブロウと水圧洗浄機でお掃除をしていた僧です。
昭和2年に(1927年)高野山東京別院に改称し昭和63年(1988)年に現本堂が竣工したそうです。私が就職した頃は本堂が無かったのでしたが、就職してからは何度かこのお寺に焼香に登りました。大手町からは地下鉄を乗り換えて泉岳寺で降りて坂道を登って来ました。せめて増上寺か本願寺、青山斎場で葬儀をしてくれればよいのに社葬を高野山で行うのには訳があるのだろうと思ったものでした。
私はワイフを誘って高輪警察署の隣の西門から高野山東京別院に入りました。
『高野山の境内ですから静寂で清浄な空気が満ちている』と期待したのでしたが阿仁測らずや爆音が響いています。何かと思えば無縁仏塔周辺から騒音が響いて来ます。”何事?”と見やれば作務衣を着た僧がエンジン送風機を背負って落ち葉を吹いて掃除しているのです。
騒音はエンジンブロワの音なのでした。
エンジンブローと水圧洗浄機でお掃除された無縁仏さん。お地蔵さんが水圧洗浄機は痛いからタワシにして頂戴呟いて居るような気がしました。
昔はお掃除も修行でした。禅寺では掃除の掃き目を観て修行の程度を確認、修行が進んだ僧には枯山水の波紋を描かせた、と聞きます。長い回廊の雑巾がけの跡も修行の成果を示すと聞きました。現代はお寺も合理化が進んで、雑巾がけはモップで、落ち葉掃きはエンジンブロワーで済ませるのが流行りのようです。そう想うと卒塔婆もプリンターでアウトプットしたものが目立つような気がします。
弘法大師とは云わなくも徳のあるお坊さんに書いて貰ってこそ霊験(呪力)が期待されるものプリンターでは霊験はきたいできませんし、僧も修行にならないでしょう。
そもそも、修行はお釈迦様の体験を自分もトライしようとするものですから、合理性とは真逆の事でしょう。”合理性は宗教の対極にあるもの”です。食べ物を托鉢すればGNPにはカウントされません。売買するのが資本主義の構造です。経済合理性を無視した世界の清浄な空気感が宗教です。
高野山別院と聞いて和歌山の檀上の聖地の静寂を期待するのが間違いのようです。
そう想いながら無縁仏群の観音様を見ると。観音様もエンジンブロワー の響きがお嫌いのようでお顔を歪めておいででした。もうじき鶯も鳴きだし東風に春を聴く季節です。
四国88霊場巡りの石仏には態々『風葉に因縁をを知る輪廻幾の年にか』刻まれていました。エンジンブローの騒音では風を聴く事も出来ません。
観音の意味は”お釈迦様の教えはお釈迦様が亡くなった今は風の音や鳥の鳴声に訊け”と云った事と推測します。私の好きな和歌(道元)を想い出しました。
峰の色 谷の響も 皆ながら 吾が釋迦牟尼の 声と姿と
意味は大凡次の通りでしょう。
山々の色合いも、谷川の響きも、すべてそのままに、お釈迦さまのお声であり、お姿である。
もう3月東風に鶯の初音に仏の声が宙に満ち満ちる季節です。
道元さんもウキウキされて次の歌も残されました。
春風に綻にけり桃の花 枝葉にわたる疑ひもなし
桃の花越しに吹いてくる風で花が散り始め私の頬を快く撫でて過ぎ去って行く。想うに桃の花がを散らせる風を機縁にして得た悟りは、確かで、尊いものであることよ・・・。
本堂を参詣して西門に向かうと山門脇に黄色い花が咲いていました。ミモザの花です別院の整備をして庭木に何を植えようか?考えて”此処は高輪だから街の雰囲気に沿った木を植えようと決めて、高輪婦人が悦びそうな黄色い花を植えたのでしょう。
若しかしたら鎌倉材木座の来迎寺さんのミモザをご覧になられたのかも知れません。ソロソロ腹が減りました。ミモザを見たらミモザサラダが食べたくなりました。泉岳寺の駅周辺にはフレンチのレストランも多い事でしょう・・・・。腹をすかして歩いたのですが結局はシンガポールレストランに入ってしまいました。
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