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蝶は完全変態(卵・幼虫・さなぎ・蝶)をします。一方蝉は不完全変態(蛹が無い)です。
古代の人は動かない蛹の背中が割れて蝶が飛び出して、虚空を舞う姿を見て確信したのでした。
蛹は死体で、蝶は体から浮遊した「魂」だと。
従って蝶は「魂」「霊」として畏怖しました。
野辺送りの道や墓地には蝶が飛んでいるものです。
そこは「蝶の通り道」になっている事が度々あるからです。
特に昔は蝶が最も目立つ半夏生の頃に亡くなる人が多かったのでした。
そんな事もあって、葬儀には度々蝶が参加してきて、涙を誘います。
蝶を見て、故人の霊魂が体を抜けて天に昇った・・・、思いました。
虚空を舞う蝶は死者の霊魂を思わせました
遅れていた蝉が急に鳴き出しました。
地面に1cmほどの穴が空いています。
蝉の幼虫が這い出して来た跡です。
地面に空いた穴は蝉の幼虫が抜け出た跡です。
蝉は7年間も地中で幼虫として過ごし、地上に出て飛び回り、1週間もしたら死ぬと聞きます。私の子供の頃の記憶では網で捕まえて籠に入れても翌日には死んでしまいました。
1週間かどうかは解りませんが、地上生活がはかない事は間違いないでしょう。
子供の頃は「可哀想」思っていました。
地中の生活が苦しくて、地上が楽しいと思っていたからです。
でも、今は考えを改めました。
地中で生活する事は羨ましい・・・、思います。
年中快適な温度で湿度も守られ、天敵に食われる心配もありません。
ひたすら木の根に口先を差込、樹液を吸い取るだけです。
で、地上に出れば「女が欲しいよ!」と叫びまわり、交尾をしたら直ぐにあの世行きです。
可能な限り地中で長く生きたいものでしょう。
恋に焦がれるように鳴き続ける蝉。夏には欠かせません。
蝉の脱け殻が目立ちます。
幼虫が蝉になった後の「外骨格」です。
中世の騎士の鎧のような姿です。
古代人は現実に生きている人を「現人/うつせみ」と呼びました。
それが平安時代に「空蝉」と言う漢字を充てるようになりました。(広辞苑)
何故か? それは実際に自分の目の前に居る人が「本当の人」なのか、それとも「仮の人」か疑問に思ったのでしょう。
曙杉の枝先には空蝉が沢山着いていました。
蝶や蝉が「変態」して姿を変えるように、人間も姿を変えるのかもしれない?
で、目の前に居る人は「仮の人」で、「本当の人」は目に見えないところに居るのかも知れない・・・、思ったからではないでしょうか。
平安時代になって、王朝文化が華やかに咲きました。
その繁栄は表であって、実は空しいものかも知れない・・・、思いました。
そう思って自然を見ると「空蝉」が目に付きました。
肝心の蝉は儚く死んでしまっています。
そこに「無常」を感じ始めていたのではないでしょうか?
そこで、「空蝉」と言う漢字を充てました(作りました)。
実態は無常で、自分達は空蝉の世界に漂っているのかもしれないと・・・。
源氏物語の始まりに「空蝉」が出てきます。
源氏は既に「葵上」と結ばれています。
しかし、母(桐壺の更衣)の面影を宿す「藤壺の女御」に恋情抱きます。
そんな或る晩殿上人が集まって、好みの女性談義をします。(雨夜の品定め)
源氏は様々な女性が居る事を聞き知り、関心を高めます。
翌日、源氏は女性談義で触発された気持ちも手伝って、「空蝉」の館に忍び込みます。
空蝉は中流貴族の某老人の後妻に迎えられた女性で、慎ましやかな女性でした。
しかし、空蝉は執拗に迫る源氏を拒みます。
源氏は堅固な空蝉にかえって執着を強くします。
或る夏の夜訪れて、物陰から透き見をします。
空蝉は若い女(軒端の萩)と碁を打っていました。
源氏は碁を打つ空蝉(右側の女性)を透き見します。空蝉の弟に案内させて寝所に入ります。
源氏は女の寝所に忍び込んで女を抱きます。
抱いた女は空蝉ではなく「軒端の萩」でした。
源氏は空蝉の着物を抱いて悲しみます。
空蝉の 身を変へてける 木の元に なほ人柄の 懐かしきかな
蝉が脱皮して飛んでゆくように、貴方も衣だけを残して逃げていってしまった・・・。 私は貴方の衣の温もりや香りに懐かしさを耐えかねています。 すると、空蝉は返歌します。
空蝉の 羽に置く露の 木がくれて 忍び忍びに 濡るる袖かな
私は源氏さまを無視し続けたけれど、本心は貴方の一途な姿勢が嬉しくて、ひそかに涙しています。 源氏物語の恋の遍歴のスタートは「空蝉」でした。
平安の昔も今も、男性は未亡人や後妻に惹かれるものです。
でも、源氏が抱いたのは別の女で、意中の人には逃げられてしまいました。
想い人の着物を空しく抱くだけでした。
源氏物語の行く末を思わせる結末でした。
それは「男女の恋・愛」は「仮の姿」儚いものであります・・・、
平安時代の貴族の世界観を示していると思います。
また、品良く慎ましやかで、操の堅い空蝉は作者「紫式部」を思わせもしています。
私は緑陰で蝉時雨を浴びて、梢を見上げて蝉を探します。
居ます、居ます、そこかしこに居ます。
空蝉はドンドン増える事でしょう。
御霊神社の狛犬にも空蝉が着いています。
私は「狛犬さんも煩わしそうだな・・・?」覗いてみました。
そうしたら、狛犬が答えました。
「蝉如きは我慢が出来るが、団子虫は困ったもんだ。俺の鼻の穴に入り込んで、息苦しくてならない・・・。」
御霊神社の狛犬にたかった空蝉と団子虫(鼻の穴)
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