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おいしんぼ

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箱根登山鉄道の吊革広告に眼をやると「強羅公園」内の”一式堂画廊のレストランでサンドイッチを始めた”知りました。”ハーブティーに野菜サンド”如何にも避暑地のランチに向いて居そうです。車内でズット考えました。”今日のランチは強羅で何時もと同じピックでシチューパンを齧るか?それとも新しいサンドイッチに浮気するか?”胃袋にも相談して箱根登山鉄道駅から強羅公園に向けて坂道を登りました。この坂道は記憶以上に急で。左脚が不自由な私には負担でした。考えてみればケーブルカー一駅分を歩いた事になります。道の両側には強羅の老舗レストランが軒を連ねています。
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これは箱根登山鉄道の車内彫刻の森美術館などの沿線広告と広告しなくても目につく紫陽花電車の広告が目につきます。お嬢様は強羅にある函嶺白百合学園小学校です。麓の湯本駅まで40分も懸るのですから名門小学校に通学するのも大変です。

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これが箱根登山鉄道の終着駅強羅駅です。強羅公園は此処から急な坂道を400mほど登らなければなりませんケーブルカーで1駅ですがヘビーな坂です。

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     これが強羅公園の中にあるカフェピックです。スイスの山小屋風の建物でテラス席も人気です
強羅公園の噴水の前にして右(西)にスイス風のロッジがあって其処が『Cafe Pic/カフェ ピック』です。逆の東の位置にあるのが一式堂画廊/http://www.hakone-tozan.co.jp/gorapark/map/isshikido/で白亜の円形の建物が目立ちます。建物の周囲は紫陽花で縁取られています。Cafe Picにとっては思いがけない強力なライバルの出現になります。
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Cafe Picの店内から外を観ると噴水の向こうに白亜の円形建物が見えます。其処が一色堂画廊で最近サンドイッチレストランを始めたようです。強羅公園内を歩くと40分くらいですから時計回りに歩けば此処Cafe Picで休憩したくなり反時計回りに歩けば向かいの一色堂でソフトクリームを舐めたくなります。
何時もは直ぐに浮気をしてしまう私でしたが、この日に限ってはCafe Picに足が向かいました。今日のランチは名物のパンシチュー(950円)です。箱根は欧米人の客層も多かったせいでしょう。美味しいパン屋さんが多くてシチューパンと云えば宮ノ下の渡辺ベーカリーが人気です。Cafe Picのパンシチューは基本的には渡辺ベーカリーのそれと変わりませんが、蕩けたチーズが糸を引くホワイトシチューが特長です。私達が店内に入ると俳優さんとカメラマンが居てメインメニューの撮影中でした。屹度一式堂画廊の宣伝攻勢を受けてCafe Picも反抗宣伝に乗り出すのでしょう戦いはこの夏休み大文字焼きの頃でしょうか、噴水を挟んだ東西のレストランのパン戦争になりそうな雲行きです。それはそれで消費者にとっては楽しみです。
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Cafe Picの室内私が入った時刻には宣伝用の写真を撮影している最中でした。
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これがCafe Picのメニューです珈琲は480円ハーブティーは520円です。
Cafe Picの人気メニューは第一がカレーライスで第二はシチューパンです。モデルのお嬢さんは撮影素材のカレーを食べていました。シチューパンの欠点は食べにくいのです。
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これが今日も食べたCafe Picのパンシチューです。丸くて堅めのロールパンの頭を刳り貫いてホワイトシチュウを入れてチーズや海老スィートコーン等の具を入れてからオーブンで焼いたモノです。美味しいのですが食べにくいのが欠点です。お嬢様のデートには不向きです。食後に一色堂で名物のソフトを舐めようと思って珈琲は注文を控えました。
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Cafe Picを出る噴水を挟んで向かいにあるのが一色堂画廊です。画廊の左側に明神ヶ岳(大文字焼きで有名)が聳えています。お昼になると午前中ハイキングをした人で満席に込み合います。
ワイフは舌を火傷したようですが、私も指を汚して何時ものシチュウパンを頬張りました。多少の困難はあっても食欲は留めがたいモノがあります。満足してお店を出ました。何時の間にかテラス席は外国人で満席でした。外国人に訊いたら食べ易いパンシチュウに工夫出来そうな気がします。

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6月5日関東地方も梅雨入り宣言です。梅雨とはよく言ったもので我が家の梅の実も黄色く熟して庭に落ちています。梅雨が終われば桃の美味しい季節です。でも、我が家にはプラムが実るし無花果も食べられます。
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我家の梅の実(昨年撮影)、梅雨に入ったのでもうじきこの程度に色づけば梅干に最適になります。梅雨とは梅の実の収穫時と云った意味です。
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梅が熟せば従兄弟のプラムも熟します。ツグミ君は良く知っていて食べに来ます。ツグミの食べ方はお行儀が悪くて実を突いて穴をあけては隣の実を突きます。完食するのなら我慢するのですが。
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これがわ我が家に生えてきた山無花果です。此処に種を播いたのはツグミ君です。この灌木の上部に梅の老樹が生えています。
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これが山無花果の実です。真紅に熟した実は見た目と違って柔らかいのです。
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山無花果を収穫して試に齧ってみました。

花果はお隣が樹木を伐採してくれたので、陽が当たるようになり今年は甘くなりそうで楽しみです。昨年は台所のガラス戸越しに色づき具合を確認して戴きました。実は無花果を狙っているのは私だけでは無くてツグミやヒヨドリムクドリも狙っているのです。彼等は嘴と云った道具が在るので無花果の先端の甘い所を突っ突いて食べてしまいます。
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これが我が家の無花果です。葉っぱの上には赤いカミキリムシが見えています。無花果の害虫カミキリムシ対策を梅雨明けには実施しないと無花果はその髄をカミキリムシに食い尽くされてしまいます。
ですから彼等が突っ突く前に収穫しないと私の口に入らないのです。我家の庭には山無花果の樹があります。
私が植えたのではないのですが。梅の大木の樹下に背を伸ばしています果樹の無花果に似て葉っぱは大きいのですが薄いのです。何処か桑に似ていて大きな葉っぱが重なって陰影を作っています。私がベッドに寝転ぶと自然と大きな葉の重なりが眼に飛び込んできます。その葉の先に出来た緑のビー玉が日に日に赤く染まってルビーのビー玉に変わって来ました。この無花果が山無花果で此処に撒いたのは他ならぬツグミやヒヨドリなのです。私は山無花果の実をとってみました。赤く色づいた実は意外と柔らかくて我が家のペットのワンちゃんの乳首のようです。次いで齧ってみました。青臭い匂いが口中に広がるだろう懸念していたのですがそんなことは無くグミに似たお味でした。特段エグミは無いしジャムにはなりそうです。以前桑の実で作ったジャムほどの出来栄えになりそうです。
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この白い花はプラムです。花を食べに来ているのはツグミです。
ツグミ君が好きなのはこの山無花果の味なんだ人間が工夫して作った無花果には遥かに及ばない・・・・。でもツグミ君は人間が工夫した無花果なんて甘くてヌルヌルしていて美味しくない思って居る事でしょう。
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今年ももうじきプラムの収穫期になります。生でも美味しいしジャムにもしても行けます。

そこで私からツグミやヒヨドリ君への提案です。無花果のオーナーは私で山無花果の主人は君達です。「私は山無花果を採らないから、君達も無花果を突っ突く事は止しにしてくれないか!」


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淡竹の筍

毎年梅雨前になると東北地方で山菜取りの人が熊に襲われた事件が騒がしくなります。それでなくても年々田舎の山と里との境界が曖昧になって来ていたのですから、今年は熊事件が多発しているようです。相模では狼が「おおかみ」と畏敬されていましたが、蝦夷地では大神に位置していたのが熊でしたから、大神の逆鱗に触れた里人が多発しているようです。
東北・北海道の人が大神のエリアに侵入する目的は根曲り竹の筍をとる為です。この筍が美味しい事は間違いありません。淡白な味で孟宗竹の筍にある”えぐみ”が全くないのです。熊さんも根曲り竹の筍が大好きで竹藪で顔合わせする事になってしまって恐怖で茫然自失した熊さんに引っ掻かれて殺されてしまうのでしょう。
根曲り竹程ではないのですが、少し似た淡白なお味の筍があります。
所謂和竹と呼ばれる淡竹(はちく)の筍です。はちくと云う字が良く解りませんが多分淡竹で良いのだと思います。破竹ですと”破竹の勢い”になってしまいます。八竹ですと竹の節と節の距離が八寸の意味でしょう。茶道具の茶筅や茶杓の素材になっている竹が淡竹です。京都や房総の団扇も淡竹の竹を骨にしています。勿論禅寺の竹箒も大概は淡竹の竹で軸も先も作ります。
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これは光琳の団扇です。京の団扇も房総の団扇も骨は淡竹で作っていました。京都の竹林が孟宗竹である事は残念でなりません消費者が竹と云えば筍で筍の商品価値(質と量が揃わないと商品にならない)悪しき商品主義が跋扈しているからです。私の好きな大分の竹林は未だ淡竹が多いので竹細工が今も盛んです。
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これは別府の竹細工国東半島は淡竹の竹林が多いので竹細工の伝統が今も存続しています私は竹取物語は九州の被差別民に伝わった伝説がルーツと思っています。写真出典別府竹細工組合http://image.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&p=%E5%88%A5%E5%BA%9C%E3%81%AE%E7%AB%B9%E7%B4%B0%E5%B7%A5

京都の淡交社はこの淡竹を冠にした出版社だと思います。淡竹のように美しく強靱な出版社であると云った自負が窺がえる良い名前だと思います。
ところで、私の生家では本堂の裏に竹藪が在って淡竹の美しい竹林でした。梅雨の季節になると気が狂ったように淡竹の筍が頭をもたげて来ました。雪が積もれば淡竹竹は地面に伏して雪の重みに耐えます。
私は父に命じられて竹を起しに竹林に入りました。すると竹の陰に小綬鶏の家族が潜んでいたりしたものでした。積もった雪を少し退かせれば後は淡竹が”ああ苦しかった。小坊主のお蔭で助かった”言わんばかりに立ち上がって来るのでした。昨年の夏地蔵盆を観に嵯峨野大覚寺に行きました。竹林は総て孟宗竹でした。光琳や宗達が使った扇子の骨は淡竹でしたでしょうから、光琳宗達更に西行法師が待賢門院璋子の庵を訪れた折に観たであろう竹林は今日とは違った淡竹竹の美林だったろう、と思うのです。
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これは水江 東穹の五合庵の良寛さんの図です。同氏の絵は横浜高島屋や総持寺で良く見かけます。この図では孟宗竹が描かれていますが実際に五合庵に自生しているのは淡竹でした。良寛さんに相応しいのは孟宗竹ではなくて淡竹竹です。

数年前国上山の五合庵を見学した時。良寛さんの故事の筍は淡竹である事を確認しました。床下から頭をもたげた筍が孟宗竹では味が悪いのです。優しい風情で腰の強い淡竹であるからこそ良寛さんは床板を剥がしてあげたのでしょう。私は淡竹の淡白な味が大好きです。梅雨になると鎌倉の野菜市場に行って筍を求めていましたた。
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これは鎌倉の青果市場の売場です。此処に梅雨になると淡竹の筍が並びます。鎌倉には淡竹を育てている農家が沢山あるのです。JAにすれば孟宗竹の筍は商品になる(商品の量と質が揃うので」ところが実際に美味しい淡竹は商品にならないので農家が自己消費するか私の様な好き者がこのんで買い求めるのです。
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鎌倉青果市場で並んだ筍左の一山500円は孟宗竹で梅雨に入って遅れて出てきた孟宗竹です。右のビニール袋に入っているのが淡竹の茹で上げ筍です。350円で三本食べるところは淡竹の方が断然多いし、味も淡竹の方が淡白で美味しいモノですし、鰹節の出汁も良く浸みこみます。賢明な鎌倉夫人は淡竹を選択します。
今年は先日枇杷に惹かれて南房州に行きましたが土産物売り場に淡竹の筍が並んでいました。私は目敏く筍を見つけて買い求めました。生家ではみそ汁の具に使っていましたが。鰹節の出汁で煮ても美味しいのです。あの世の母は”倅は淡竹を食べさせて育てたのに何故性格が捻れてしまったのか?根曲りになってしまった”言って嘆いているかもしれません。私は竹が好きですから庭に竹を植えました今凄い勢いで筍を生やしています。
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我が庭に顔を出した筍落ちているのは青梅です。竹の種類は黒竹とか黄金竹と呼ばれる淡竹と呉竹の中間種で良く見かける竹です。お隣の目隠しに和室の外に植えましたが露地を占領しております。この程度地表に頭を出したらワイフが鎌で首を打擲して回っています。
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コッチは梅の木の樹下に自生している万年青(オモト)です。今年二株に増えたのでワイフは悦んでいます。孫が増えるころには万年青の実が赤くなっていることでしょう。
ワイフは鎌を以って頭を削いで歩いています。まるで安達ヶ原の鬼婆のようです。何故かと云うと筍を放って置くと庭中竹林になってしまって収集できなくなるからです。筍の内に殺処分しておくのが最も合理的なのです。
私はこの竹が淡竹であったなら美味しいのに羨ましげに眺めるだけです。
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此方は南房総の「道の駅」の野菜売り場に並んだ淡竹の筍売場梅雨に入ると並びます。太いのと細いのが並んでいますが。柔らかくて美味しいのは少し太めで先っぽが緑のモノです。筍は一日で1メートルも伸びるので半日採るのが遅くなると硬くなってしまいます
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これが房総から帰った夜の一品です。一般に淡竹の筍は筍を生のまま(糠で茹でる必要はない)鰹節の出汁で煮ます。今晩は私の母の流儀で淡竹筍を生の鰹(なまり節)と一緒に煮て貰いました。ブリ大根のように野菜と蛋白質を同時に食べる合理性が子沢山であった母の生き様でした。この夜は母の流儀で筍を美味しく戴きました。
これ


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中華粥と栴檀の花

5月20日NHK総合テレビアサイチを観ていたら「中華粥」を報じていました。上海屋台に居そうな叔母さん(馬さん)が素早く中国版”おふくろの味”を作るのを観ていたら私も食べたくなりました。我が町内にも”上海屋台”はあるのですが、この半年休んでいます。”お金が貯まったので帰国したのなら良いのですが、同種のお店が多くなって過当競争に耐えられなくなったのなら気の毒です。中華圏では朝食は屋台でとる習慣があります。名古屋圏の喫茶店でモーニングサービスで餡子トーストが流行って居るようなモノです。川口や戸塚の団地には中国人家族が増えています。彼等のニーズにも応じて中華粥を供する屋台が流行っても良さそうなモノです。
そんな次第で中華粥を食べに中華街に出かけました。
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中華街に実った枇杷の実その後ろは栴檀の並木です。今日は栴檀の花も楽しみに中華街に来ました。

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5月20日の中華街大通り御前11時でも賑わっています。街路樹は栴檀です。栴檀の樹の選んだのは華僑の人だったのでしょうか?それとも横浜市の緑政局(公園や道路などを整備する)来月の開港近記念日には中華街に在る中華学校から竜舞が出発して赤レンガ倉庫の前を通って馬車道を経て横浜の旧市街を巡ります。
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中華街に来たら先ず関帝廟にご挨拶です。外国人が多いのにびっくりしました。
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関帝廟通りにある馬叔母さんの店(龍仙)朝7時から日を越えて3時まで1日20時間も営業しています。叔母さんのタフネスぶりに脅威です。
関帝廟前にある馬叔母さんの店を横目にして中華大通りに向かいました中華粥の専門店は何故かメイン通りに集中しているのです。謝甜記を覘いて満金楼を覘いて、結局満金楼に入りました。中華粥を食べに来たのですが、結局は飲茶で「小龍包」や「焼売」等が美味しそうに思えたからでした。加えて店の前の街路樹の栴檀が咲いて私を招き入れて居るような気がしたのです。
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中華大通りに面してある満金楼街路樹の栴檀がお客を招くように揺れていました。
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満金楼の前で客を手招きするのはチャイナドレスのお姐さんだけではありません。私は栴檀の花にも弱いのです。
中華大通りは南北に走っていますから南風の通り道です。南風に乗って竜舞が通るのはもうじきです。南風が栴檀の小葉を揺すって吹き抜けます。すると栴檀の花が降って来ます。ご婦人の日傘に散って行きます。”あら何かしら?”か?”傾けた傘の端からパラパラ栴檀の花が舗道に散って行きます。
何処か田舎の匂いのしそうな中学生が大きな饅頭を頬張りながら歩いています。
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これが満金楼のお粥(ピータン入り)
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これが飲茶です。
私は先ずお粥に加えて単品を注文しようとするとお奨め上手のチャイナお姐さんは「・・・・ならば飲茶コースがお得ですよ」言います。「私は病み上がりで胃が弱いので・・・・」云えば「食べきれなければお持ち帰りいただくようご用意します」。チャイナお姉さんの言いなりに飲茶コース1280円を注文しました。最初から唐揚げには手をつけずに持ち帰ることにしました。今晩は唐揚げに漬物に味噌汁になりそうです。
入った時には席も空いていましたが直に満席の繁盛店になっていました。

私の脳は未だ先月の磐越旅行に夢から醒めないようで。安寿姫の念持仏が消えません。
もう半世紀前の事です。大学の部室で法隆寺の諸仏の中でどの仏像が一番好きか話し合った事がありました。
”百済観音が一番だ五重塔深礎の釈迦涅槃像を取り囲んで泣き叫ぶ羅漢像が好きだ”書棚から図版を取り出して各自が言い合っていました。熊本出身の日焼けした人(女性)は九面観音が好きだと言いました。
先ずはその像を観てください。
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これが法隆寺の九面観音(くめん観音)です頭上の懸仏は八面で正面のお顔と併せて九面です。唐から719年に渡来したと云われている念持仏です。素材は白檀です。白檀は香木であることに加えて堅いし木肌が美しいので細工に向いています。38㎝の小像ですから枕仏とも呼ばれ観音信仰の信者が寝ている間守ってくれるし、悪い夢を見た場合には夢違いをしてくれると信じられていました。この像の有難味や崇高さに感動した日本人が檜や桂を素材にして一木の壇像(念持仏)を作ったと思われます。室生寺の壇像等がそれです。
こうした日本人の彫った壇像は中世にかけて旅をする人が携行するようになったと思われます。安寿姫が持たされた地蔵仏も同じような念持仏と確信するものです。そんな念持仏を持たされて、安寿姫も心身ともに癒された事でしょう。
日本じんは身近な檜や桂等壇木の代用材を用いて檀像風の無彩色の仏像を作りはじめました。
古代から中世にかけて 全国各地を巡る勧進僧や修験者が増えると彼等は荷物(笈)の中に仏像やお経を入れました。笈の中に納められた仏像は旅の災難除けであると同時に布教の道具だったのでしょう。観音の功徳を説明するには観音の仏像が在った方が良いに決まっています。
香木の栴檀ですからいい香りがすると期待されます。そこで「栴檀は双葉より芳し」を確認しようと葉っぱをとって嗅いでみました。でも青臭いだけで九面観音を想わせる芳香はしてきません。形が似ているアカシアの葉っぱと同じでがっかりです。
そう言えば私も小学生の頃は秀才と誉められ期待されていました。でも今は加齢臭を漂わせる爺さんです”栴檀も齢を重ねれば加齢臭”のようです。九面観音様も致し方ないのが歳月なのでしょう・・・・・。
限られているのが歳月。ならば歳月をお迎えが来るまで精一杯使いきる事に致しましょう。

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果物屋さんの店先にはメロンや西瓜が並び始めました。屹度熊本産でしょう。メロン系の果物は夏と思っていましたが今は一年中食べられます先物好きな日本人の性向が果物の季節感を崩しているのかもしれません。「崩す」と云えば千疋屋さんで、先月京橋千疋屋さんで水を飲んだ人が高濃度の塩素水を飲まされた事件が起きました。これからお中元商戦。暖簾分けした先の失態で室町の千疋屋総本店も兄貴格の銀座千疋屋さんも苦虫を噛み潰す思ひで居る事でしょう。200年徳川家御用出しの水菓子の老舗の崩壊も簡単な事です。それでなくても古い暖簾は後発の高野等に追われていました。
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これは昨年ご近所から戴いた枇杷の実、一緒に活けたのは紅花です。どちらの梅雨に季節の憂鬱を吹き飛ばしてくれます。
ところで初夏の果物と云えば何をおいても枇杷です。博多に単身赴任中は小さな車のハンドルを握って遠賀川流域の高倉枇杷や長崎県の茂木に出かけてオレンジに熟した枇杷を戴きました。私には枇杷に特別な思い入れが在ったのです。
私は4月生まれでした。でも誕生日のお祝はして貰えませんでした?母に「自分の誕生日祝いはしてくれないの?」訊くとこういわれました。
「家は家族が多いだろう、だから誕生会は1年に1回だけ行うんだよ。お婆ちゃんが結婚してこの寺に入った6月10日に家族分纏めて1回お祝いするんだよ。お祝の日には境内の枇杷に木にお前が登って熟した実をとってね!」。
10人もの大家族では誕生祝を1日に纏める事情も納得でした。誕生会のトンカツを楽しみに梅雨空を見上げて枇杷が熟するのを楽しみにしたものでした。
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これは枇杷に桑の実です。どちらもアントシアンが豊富で薬効が高いのです。梅雨の前にどちらも熟します。
昨日5月17日は千葉の富浦に出かけました。目標は季節の枇杷を食べる事です。ズット将軍献上品で宮内庁御用達の枇杷ですから戸塚の露地ものとは違いそうです。富浦は館山道の終点ですからよく通ります。
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枇杷狩り農家は鋸山の南端の山裾にあります街の名は富浦です。
鋸山の山脈が太平洋に没する手前の山裾に枇杷農家が並んでいます。枇杷狩り農家は山形のサクランボ農家と同じように温室で枇杷を栽培しています。枇杷狩りは2500円/一人ですから、いちご狩りやサクランボ狩りより高額です。家族で出かければ高いモノです。そこで、今回は町内会の懇親会に参加して出かけました。旅行会社の案内には「枇杷狩り」とは書いてありません。表現は「枇杷の詰め放題」と書かれています。この簿妙な表現と私の期待のギャップが懸念されました。
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施設の名は「房州清ッパチ」と云う農産広場漁師広い場です。此処で買えるし、近在の枇杷農家を照会してくれるようでした。
富浦の町に出ました。高速道路の脇に産直店があります。「枇杷狩り」の幟が立っています。今日は生憎の大雨です。枇杷の自生している段々畑は足場が悪そうです。”転んで滑って”悪い予感がします。
実は、悪い予感は的中してしまったのでした。と云うのは「枇杷狩り」は私の期待であって、町内会の懇親バスツアーで行けるようなモノでは無かったのでした。道の駅の通路に枇杷が山盛りに並べられていて、私達は小さなビニール袋を貰いました。説明は次の通りでした。
「このビニール袋に枇杷を詰め放題にして下さい。でも、枇杷は傷みやすいので直にジュースになってしまいます。傷めないように優しく袋に入れてください幾つ入れても詰め放題です。」何か「舌切り雀」や「お結びころりん」の「欲張り婆さん」チェックを受けるような難問です。枇杷は沢山欲しいし、たくさんとればジュースになってしまいます・・・・。
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通路に並んだ朝捥ぎ枇杷を小さなビニール袋に詰め放題にするモノでした。
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1個百グラム弱の枇杷を4個も詰めればもう一杯で5個目を詰めれば枇杷はジュースになってしまう微妙な手加減を問われました。
私もワイフも4個が限界と判断しました。
私もワイフも大き目の枇杷を摘めたので4個も入れたらもう限界でした。
「もっと枇杷が欲しい人は買って下さい)言いたげに枇杷が並んでいます。
商魂の思惑通りに買って帰りました。
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”もっと欲しい人は買って行ってね”でも12個入りで4200円ですから350円/1個庶民には高嶺の花の枇杷さんです。
詰め放題に枇杷はバスに戻って食べてみました。何故かと云えばもぎたてが一番おいしいし。傷み易くて直にジュースになってしまう忠告が気になったからでした。
枇杷の実はお尻から剥きます。へたの在った辺りに爪を立てて薄皮を剥ぐように皮を剥きます。ツルッと剥けて瑞々しい果肉が現われます。ベビーのお尻を観るような気になって来ます。果肉がお尻なら先端はお臍のようです。何故か×印になっているように見えます。もうじき娘のお腹もこの枇杷のように膨れる事でしょう。

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これは正倉院御物の五弦の琵琶。螺鈿細工でラクダに乗ったペルシャ人が琵琶を演じています。写真の出典は日本の美(正倉院)/小学館)をスキャン。奈良時代には枇杷も琵琶も日本に伝来していたのでしょう。琵琶湖の形は琵琶よりも枇杷に似ているように思います。
私は枇杷を食べながら考えました。「枇杷は琵琶に形が似ています。枇杷は形が琵琶に似ていたから”びわ”と呼ばれたのかそれとも琵琶が後で楽器の琵琶を作った処果実の枇杷に似ていたので”琵琶”と呼ぶようになったのか?序に琵琶湖は楽器の琵琶に似ている琵琶湖なのかそれとも枇杷に似ているので琵琶湖は間違いで枇杷湖が正しいのではないか?、先日も三春の地蔵桜を観て”地蔵が先か桜が先か”考え明かしました。
昔食べ物初めて物語(永山久雄著)に琵琶は形が枇杷の葉に似ていたので”びわ”と呼ばれるようになった書かれていたことを想い出しました。改めて読み直すと、奈良時代には枇杷子と呼ばれ和名抄(平安時代)には枇杷と書かれていると記されていましたどうも同氏の考察によると枇杷は中国の江南地方が原産地で奈良時代には親しまれていたようです。楽器の琵琶よりも先に果物の枇杷が先からあった判断しましょう。奈良時代の美人図例えば樹下美人図を想い出すと樹下の樹は桃が第一で、次は琵琶が最適なような気がします。天平美女のふくよかな顔や瑞々しい血色の良い頬は枇杷の実に通じるような気がします。光明皇后が枇杷の実を貪っている姿は絵になりますし、果汁がお着物を汚されたりして・・・・想像は羽が着いたように飛んで行きます。

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これは鳥毛立ち女屏風(正倉院御物)ふくよかな女性が樹下に佇んでいます。墨で引かれた線と血色の良い頬や唇は天平美人の典型だったのでしょう。この絵が鳥毛立と呼ばれているのはこの豊かな女性の着物を山鳥の羽毛が貼られていたからです。鳥は天空を飛んで仙女を思わせます樹下と云ってもその樹が桃であるか枇杷かもしれない(でも葉っぱが違う)何の木にしても樹の持つ生命力や呪術性を想わせます。(出典日本の美正倉院/朝日新聞社)
もう一つその根拠になるのは枇杷の薬効です。禅寺には必ずと言っていいほど枇杷の樹があります。何故なら枇杷は薬効が強いのです。枇杷の樹は「 大薬王樹」、枇杷の葉は全ての憂いを取り除く「無優扇」と名付けられていたそうです。私の母が背中をスズメバチに刺された時にも祖母は枇杷の葉っぱを絞ってその青汁を膨れ上がった患部に貼っていました。そんな風にして大切にして来た枇杷の樹でした。ある日祖母は枇杷の樹皮を剥がして真皮と樹皮の隙間に隠れていた(貝殻虫/カメムシの仲間)を見つけて爪の甲で押し潰しました。
「此奴(貝殻虫)は皮の下に潜んでいるから一匹ずつ見つけ出して押しつぶす他にないのだよ」祖母は殺生の言い訳をしました。潰された貝殻虫は黒ずんだ血液を吐き出しまあした。見る見る祖母の指先は黒ずんだ血で染まりました。最近テレビで「日本の色」を観ると臙脂色は字からすると燕の血かと思っていたのでしたが。原料は貝殻虫だそうで・・・・、早稲田大学のスクールカラーも罪な色だと思ったのでした。

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ヨーグトにも枇杷は良くあいます。勿論枇杷のソフトも良いもんです。


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