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毎日の通勤路を憧れの街道歩きに転換してみたら? あなたを「LOHAS」な世界に誘ってくれます。

おいしんぼ

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秋はお芋の美味しい季節です。パン屋さんではスィートポテトパン、スーパーやコンビニではレジの傍で「焼き芋」を商っています。私は焼き芋好きですからいろいろ試しています。
磁器製のお鍋に石を敷きその上にお芋を並べて1時間もコンロに掛ければホクホクの意志焼き芋の完成です。
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此れは私の住む戸塚の町内にあるマックの店頭です。マックも一時は懸念されましたが今秋リニューアルし、セットメニューも一新して客足が戻って来た様に思います。今日のテーマはマックのフライドポテトが何故に産地表示が無いのか? 更にポテトの生産時期の表示が無いのか?、と云う事です。日本人は新しいモノ好きで「新米」「新蕎麦」「新さんま」等々勿論「新ジャガ」フライも期待したいものです。
万葉人が想いを寄せる異性を「いも/妹」と呼んだのは、妹と芋が同じ訓読みで情愛を通じる言葉だったからではないかと思います。語感からすると、「紅乙女」が一番に万葉人感覚に近いようです。
でも、私は相模生まれの相模育ちですからお芋と云えば「金時芋」です。というのは金時芋は坂田金時(金太郎)の育った足柄郡が故郷と思っているからです。
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此れは戸塚の東急スーパーの焼き芋です。素材のお芋は桐島産の「紅かぐら」とされています。お芋の顔を観れば金時芋で「紅娘」の改良型でしょう。
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此れは東戸塚駅の駅中にあるケーキ店の店頭です。薩摩芋が主役でしかも「焼き芋」が一番の位置に鎮座しています。
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此れは東戸塚駅に在るスーパー「ガーデン」(自由が丘のシェルガーデンの系列店)の店頭に在るや焼き芋です。お芋は「紅天使」とされていますが、お芋の表情を観ると金時芋ですから、紅乙女の改良種を茨城で生産したモノでしょう。
最近は様々な薩摩芋がスーパーで売られています。一番人気で幅を利かせているのは「安納芋」のようです。安納芋とは何処の芋なのかな?考えます。鹿児島のシラス台地はお茶や煙草の生産には適していても、で美味しい野菜が出来る筈ありません。あそこは霧島山と桜島の火山灰台地ですから、砂地に適している薩摩芋が美味しく出来る筈ない、思っていました。そこで確認すると。安納とは種子島の安納地区の事で、鹿児島では無いのです。でも狭い種子島ですから量産に問題があります。少量生産で糖度が常識外れに高いので、価格も高いのでしょう。試に安納芋で焼き芋を作ってみたのですが水っぽくてホクホク感が全くないのです。焼き芋の絶対条件はホクホク感で次いで甘い事です。安納芋の焼き芋は「甘い里芋」のようです。
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これは戸塚の東急スーパーの店頭で売られている男爵芋です。
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男爵の隣では「インカの目覚め」が売られていました。価格は男爵より少し高めです。高くても、屹度ジャガイモのルーツなのでしょう。一度食べてみたくなります。若しかしたらマックのフライポテトはこの種でしょうか?
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「インカの目覚め」の奥にはメイクィーンが並んでいました。トン汁の材料も展示され「煮物」ならメイクィーンですよ!云っているようです。私が関心のあるのはフライドポテトに一番美味しいジャガイモは何か?という問題とフライドポテトには新ジャガの必要が無いのか?と云った問題です。

本題の薩摩芋に関心を戻して野菜売り場の薩摩芋に戻ります。一番目立っているのは金時芋系の「紅乙女」とか「紅吾妻」です。一番高い値札が付いているのは「安納芋」です。
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此れは東急スーパーの薩摩芋売場です。安納芋は100g128円でお芋1個が400円程度です。鳴門金時は一袋480円ですから比較困難です。一番安いのが金時芋で100g98円です。私がお世話になった金時芋が一番お安いのですが、この種が紅娘や紅吾妻になって次世代の「鳴門金時」や「五郎島金時」になったと思えば。金時芋の価値は最高です。因みに野菜の天麩羅に最高なのは金時芋です。
ジャガイモ以上に薩摩芋の種類が多いのは日本人にとって芋と云えば薩摩芋なのでしょう。歴史の重みが薩摩芋にはズッシリと罹っているのです。昭和30年代は薩摩芋の茎も食べましたし、お米にお芋を混ぜて「芋ご飯」にしました。籾殻や落ち葉を焼くたびに薩摩芋をくべて焼き芋を食べたモノでした。夕方境内で落ち葉を焼いてお芋をくべておいたことを忘れてしまって。慌てて焼き芋を探しても既に炭になってしまった!あの時の落胆は忘れられません。あの焼き芋の美味しさが忘れられないのでアレコレお芋を焼いてみた結論が最高の焼き芋は「鳴門金時」だという事です。
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これは私が焼き芋に一番は「鳴門金時だ」判断して好んで作った鳴門金時の焼き芋です。これだけ焼いて素材費は200えんです。
焼き芋に一番あうのは「山形の古漬け物です。
昨年の今頃マックは袋叩きにあっていました。発端は中国で製造した鶏肉の賞味期限問題でした。マックの食材についての疑問が提示されると、各地の店舗で異物混入問題が提示されました。アッチコッチで叩かれた結果、創業以来最大の350億円もの赤字を生みました。米国本社からサラ・カサノバ氏が社長で遣って来て、メニューも一新しました。ボリューも大きくなりましたが日本人の胃袋のサイズには合いませんでした。客足が遠のき何所まで落ち込むのか懸念されました。そんな時に”日本では日本流に”主張も出たのでしょう。フライドポテトに代わって薩摩芋のフライが出されました。私は薩摩芋に眼が無いのでワイフを誘って出かけました。何のことは無い「大学芋」の水飴に代わって薩摩芋に蜂蜜をかけただけでした。でも、私は”これはいける”思ったのでした。”日本で遣るには日本流で”を通酢なら、『ジャガイモの産地を表示する事』と古い芋か『新ジャガ』である事を表示する事でしょう。マックは日本で事業するにはマダマダ改善の余地があると思うのです。

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私が庭先に棗の木を植えたのは、中津川の宗泉寺で、食べた記憶があったからです。昭和30年代は総じて貧じく、食べるモノも少なかったの、何時でも腹を空かせていました。桑の実も採って食べたし、木通も食べました。木通や桑に較べれば棗はご馳走でしたから、良い思い出だけがありました。そこで庭に1本植えたのでした。40年近く経つともう大木です。枝が撓むほどに実がなっています。鳥も食べに来ません。来るのは台湾リスだけです。
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これは2階のベランダから見た棗の木です。青かった棗が熟し始めています。
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地面に落ちた棗の実は土に返るだけです。それでは申し訳が立ちません。
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青い棗は暫くの間花瓶に生けておきました。
折角なってくれたのですし、薬膳でもあるので、食べてあげようと思います。一番美味しいのは生食ですが。青リンゴのような味と食感がありますが。種が邪魔です。さして果肉も厚くないので、食べるのが面倒になって来ます。
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収穫した棗、青いのは木瓜の実(瘤」です。木瓜は芳香がしますので、玄関に芳香剤代わりに置いておきます。
其処で大半を干して、冬場に食べる雑炊に薬膳として入れることにしました、
何時もの雑炊が”クッパ”になりますし。中華のお粥にも使えそうです。
でも試に果実酒(棗酒)にしてみる事にしました。梅酒は今年も作りましたから、もう一つ棗酒があっても良さそうです。
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取敢えず少量を果実酒に漬けてみました。梅酒の場合は多量な氷砂糖を入れるのですが、テストですのでお酒だけにしてみました。
折角沢山実ってくれたのですから、無為にしては申し訳が立ちません、棗と云えば先ず想い出すのが茶器の棗です。抹茶を入れるのに用いる木製漆塗りの蓋物容器でこの棗の実を模して作られ、名も戴いているのです。茶道の精神が棗の形に通じているし、薬膳の効果が高い事を象徴しているのでしょう。抹茶を入れる容器でしたら、団栗でも良いし、林檎なら沢山入れられるでしょう。
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此れは抹茶の容器の棗です。形は棗の実からとっていますが、姿の雅さや薬膳としての薬効も意識していると思います。写真出典(ウィキペィア)

今日に日に隼人瓜が膨らんできています。棗の実の処し方が決まったら、次は隼人瓜です。木瓜の木を覆って私の小屋の屋根の上まで這って来てしまいました。
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此れが次の悩みの種になる。隼人瓜です。漬物を食べて「日本のザーサイみたいだ」思って今年から庭に地下植えしたのですが猛烈な生命力で、木瓜の樹を這ってついには私の小屋の屋根の上まで這って来ました。今は未だ1㎝程ですが10月末には林檎の実程の瓜が大量に稔って到底漬物では処し切れそうにありません。



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「蟹鍋」の奨め

鎌倉学園高校が神奈川県秋季野球の準決勝で横綱横浜高校にコールド勝しました。でも続く準決勝で慶応に1対0で惜敗してしまいました。この夏も高校野球で熱くなりました。ソロソロクールダウンしなければなりません。クールダウンが必要なのは体も同様です。クールダウンを促す食材は総じて白いモノです。茄子や大根に白菜に蓮根に自然薯に鱈等々白い食材は数多くあります。小出川の軽トラ産直で零余子(ムカゴ)を求めましたので零余子ご飯にして貰いました。(この時の写真は昨日アップしました。)
例年我が庭には零余子が沢山取れるのですが。今年は夕顔と朝顔を優遇して自然薯は圧迫して来たのです。それでも秋が深まると零余子を食べたくなるし。自然薯の葉っぱが狐の顔に似て黄色くなるのが楽しみなのです。
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此れは今年の自然薯に出来た零余子です。今年は苛めたので少ししか収穫できそうにありません。
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こうなれば零余子は収穫期です。零余子は芽胞であって、種ではありません。芽胞とは胞子のようなもので、ユリ科植物も芽胞で増殖します。塩茹でしても醤油煮しても美味しく酒の肴に最適です粋な小料理屋で女将がサッと出してくれたりします。
そして主菜は「蟹鍋」です。蟹鍋と云っても松葉蟹や越前蟹を使う訳ではありません。土鍋に白菜の芯を入れて長ネギを入れて里芋を入れて鳥肉を入れて最後に蟹缶を開けて肉も汁も入れて加熱すれば蟹鍋の出来上がりです。
此れなら。ご飯も主菜もクールダウンに格好の食べ物です。
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此れが今晩のオカズのエコノミー「蟹鍋」です。
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ご飯は零余子ご飯です。黒豆かと思って噛むとヌルットした自然薯の食感がして楽しくなります。次回は牛蒡の千切りか、銀杏を入れて、ご飯を炊いてみましょう。


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栗きんとんの商標権

八百屋の店先に栗の実が目立つようになりました。横浜の八百屋では茨城産が主流です。茨城産は大半が里栗で田圃を埋め立てたり野菜畑に栗の木を植えたモノですから大きな実の割に水っぽい印象があります。茨城のゴルフ場の帰りで良く見かけたのでしたが殆ど買いませんでした。
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栗の実の美味しいのは「山栗」です「里栗」は水っぽくていけません。
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此れは川崎民家園にある山梨県塩山の広瀬家住宅の北壁です。荒壁と栗の木の柱がまるで「ミロ/スペインの画家シュルレアリスムの旗手」のように美しいと思います。日本人は栗の木は実を食べるのと竪穴住居の素材としても貴重でした。
美味しい栗は「山栗」ですから、木曾の中津川や恵那上田から小布施にかけての明科郡に勝る栗は無いと確信しています。今頃は桜井丹精堂やら小布施堂やらが栗の味を競っていることでしょう。童謡「里の秋」で謳われているように、日本人にとって栗は縄文時代のDNAに刻まれた食品ですから哀愁が込められています。栗が無ければ縄文時代人は生きながらえなかったでしょうから、日本のルーツは弥生文化とか古墳文化だけになって陰影の浅いモノになってしまった事でしょう。極端な事を云えば我国神社が伊勢神宮や三輪大社だけで、諏訪大社も三島大社も鹿島神宮も無い事になってしまいます。それでは、寂しい限りです。
相模国にも栗の産地があります。殆どが大山や丹沢の山麓です。少し離れますが茅ヶ崎の里山公園や300クラブの近隣には「栗拾い農園」もあります。9/23日に出かける予定です。
9/20日には高島屋に行きましたので和菓子フロアーに行って中津川の「すや」さんの栗きんとんを買い求めました。
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横浜高島屋の地下1階に「諸国銘菓」の販売コーナーがあって、混雑しています。
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諸国銘菓のコーナーに来る人のお目当ては中津川すやの「栗きんとん」です。
昭和30年代私は祖母に連れられて中津川に在る叔父のお寺に良く出かけました。お寺の名前は「大石山宗泉寺」で叔父の名は「大石好文」と云いました。私の父は僧侶としての評価はイマイチでしたが叔父や叔母の力があったので、地方に住職ポストが空くと次々に弟を晋山(住職にする事)させました。その場合先住住職の一族からお嫁さんを戴き婿養子に入ったのでしたから苗字が変わりました。その宗泉寺の檀家が「すや」さんでしたから、自ずとお菓子と云えばすやの「栗きんとん」戴きました。今想い起せば贅沢この上ない事です。
栗きんとんは見た目も美しいし、甘さも抹茶の渋味を引き立てますから、茶菓子には最適です。でも「すや」が独自に開発したのかというと、そんなことはありませんでした。中津川ではどの旧家でも自家製の栗きんとんを作っていたのです。栗を茹でて鬼皮と渋皮を剥いで、裏漉ししてできた「きんとん」を巾着に絞れば栗きんとんが出来ます。
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これは高島屋にあった叶匠寿庵の後に出店した「たねや」さんの栗きんとんです。巾着に絞って表面を焼いてすやの栗きんとんとの差別化を図ったようです。
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こちらは「たねや」さんの近江大福もちで大福の餡に漉し餡芯に栗の実を包んでいます。今春友人と行った折には栗の材木で建てた喫茶室でカステラと珈琲を戴き、土産に栗餡のどら焼きを買って帰りました。ズンダ餅のどら焼きがあるように栗餡を包んだどら焼きが在ればそれこそ「お月見どら焼き/三笠山」になりそうです。
でも、「すや」はいち早くこの栗きんとんを中津川宿の名物にして売り出したのでした。多分「すや」の前身は何処にでもある「造り酒屋で」馬籠峠を越えて来た旅人に酒よりもお団子の方が売れたので、「酒屋」から「酢屋」に看板を差し替え中津川の茶屋・旅籠に転進したと想像します。五平餅に栗きんとんを看板にした茶屋で1800年代には広重も浮世絵に留めていたのでした。
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これが「すや」の栗きんとんです。折箱の絵には広重の中山道の絵が使われていて茶店の暖簾には「すや・栗きんとん」が紺地に白く染め抜かれています。
広重も「すやの栗きんとん」を戴いたのでしょう、浮世絵に残しています。今では栗きんとんはすやだけでなく「南陽軒」とか「松月堂」等が進出してすやの地位を脅かしているようです。ネットでは栗きんとんのランキングが盛んです。「中津川栗きんとんのランキングhttps://travel-noted.jp/posts/664
ニューフェースが追い上げてもすやの評価はびくともしないでしょう。何故なら高島屋や西武等有名百貨店は「すや」しか扱っていないからです。一方「たねや」さんや日影茶屋等は栗きんとんを作っています。どれもすやの栗きんとんに酷似した巾着デザインです。既に400年は経過している事等の理由で商標権も成立していないのでしょう。高島屋の地下1階地下街の出入口には以前は長浜の叶匠寿庵が出店していましたが今は近江八幡の「たねや」さんが入っています。お菓子の世界の競争は激しいのですやさんとていつ追い越されるか解ったモノではありません。でも栗は美味しい事と日本人のDNAにプリントされていますから、栗を使ったお菓子の地位は揺るがないことでしょう。茹でて食べるか焼いて食べるか粉にして食べるか(落雁)奇抜な食べ方は無いようです。見た目が美味しそうであることも重要です。そんな意味では栗きんとんのライバルは洋菓子のような気がします。モンブランも製造方法は栗きんとんと似ているようです。
既に栗きんとんの歴史は300年を超えていますから登録商標は成り立ちません。今後斬新な「栗きんとん」を開発した人は商標登録する事でしょう。
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此れは戸塚の人気店洋菓子のカナールのモンブランです。スポンジ部分にクリームが入っているか_?、栗の実が入っているか色々工夫が在るようです。来月出かける予定の香嵐渓の栗きんとんは巾着の中に干し柿が入っています。見た目も美しいし。桃栗3年柿98年を楽しめます。
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此れは香嵐渓の両国屋の栗きんとんです。同店は栗きんとんを販売していましたが名物の「中馬柿」で包んで売り出したのでした。干し柿も食べたい栗きんとんも食べたい私の様な食いしん坊を熟知した商品です両方食べられる上に見た目も綺麗です。
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栗きんとんを戴いたら茹で栗も焼き栗も食べたくなりました。ワイフにはもう一度脳梗塞を発症したら面倒見ませんよ!」叱られても栗の誘惑は断てません。何しろ私は縄文人ですから。

茹でて美味しい栗ですが焼いても食べたい。勿論栗ご飯も栗お強も食べたい栗きんとんを戴いたら茹で栗も焼き栗も食べたくなりました。ワイフには
「もう一度脳梗塞を発症したら面倒見ませんよ!」叱られても栗の誘惑は断てません。何しろ私は縄文人ですから。


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9/18日多摩川の鮎を食べようと登戸に出かけましたが、目指した「笙」(生田駅近く)」は開店は午後5時と案内されていました。屹度増水した多摩川の影響で鮎の仕入れが出来なかったのでしょう。
一度鮎が食べたいと思うと制御不能になってしまう私です。ネットで「多摩川+鮎+地名」で検索しました。地名の処に多摩川園とか二子多摩川とか和泉多摩川とか適当に入れて探してみました。結果二子多摩川に「鮎ラーメン」を見つけました。
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これは「鮎ラーメン」です600円[鮎は半身)写真出典「食べログ」此れは夜のメニューの塩ラーメンで、日中はつけ麺だけになります(1200円鮎は一匹)
其処でワイフを誘って「にこたまに塩ラーメンを食べに行こう!」ネットには塩ラーメンの写真が載っていました。一見すると京都に「鰊そば」のような姿で、鰊の代わりに塩焼きの鮎が載っているのです。私は昭和50年代初め目黒の東が丘社宅に住んでいました。駒澤大学駅から地下鉄に乗れば直に二子多摩川で川を越せば川崎市高津です。
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右(西)のビルが玉川高島屋の本館で左が駐車場ビルこの駐車場ビルの東側に多摩川商店街があって其処に目標の「鮎ラーメン」がありました。
駒沢から上り電車に乗ればすぐに三軒茶屋で下り電車に乗れば双子多摩川で当時から「にこたま」には晴の日の語感が在ったのでした。ワイフも久々の「にこたま行き」は好感触のようです。自由が丘で乗り換えれて九品仏から「等々力」「上野毛」ワイフが女学生時代を過ごした駅を通過して二子多摩川に着けば、既に私達は土地感ゼロのお上りさん状態です。肝心の246号道路が頭上を走っています。加えて高島屋デパートが本館南館に加えて専門店モールや駐車場ビルが在るので、京都や横浜や日本橋店よりも巨大に見えます。
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多摩川高島屋専門店街ビル
本館の裏二子多摩川小学校の校門近くに双子多摩川通りがあります。ブランド通りが噓の様な昔ながらの商店街です。子供達の描いた絵が街を飾って懐かしさに満ちた通りです。通りをキョロキョロしながら歩いていると「鮎を焼く香ばしい香りが漂って来ました。カウンターが7席しかないラーメン店に「鮎」の字を抜いた暖簾が架っていました。店先には椅子が4脚置かれていて行列のお客の便宜を図っています。私達も並んでいる中に胃液も分泌されて鮎ラーメンを食べる体勢は用意されました。
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これは鮎ラーメンのある多摩川商店街通りです。ガス工事中の処の右側が目指す鮎ラーメンでした。
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下駄ばきマンションの1階は飲食店が多く鮎ラーメンの隣りはイタリアンでした。
何処から観ても30代の夫婦二人で店を切り盛りしているようです。店内の壁に高山の神社のお札が貼られていました。念の為にと思って「この鮎は多摩川産の鮎では無いの?」訊けば岐阜産だと云います。「長良川ですか?」訊き直せば「そうだ」と答えて「鮎はヤッパリ長良川だと云われます。
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通りには鮎の一夜干しの道具が置かれていました。
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鮎ラーメンのガラス戸に貼られた案内。夜は塩ラーメンで9月中の600円昼はつけ麺で1200円です。
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一見して夫婦と思われる二人で店を切り盛りしていました。女性は勘定やお茶出し、男性はラーメンを調理していました。手が空くと鮎の骨抜きをしていました。
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此れが私達が食べた鮎のつけ麺です。左端の竹椀に入っているのが漬け垂れで、鮎の骨の煮凝りでジェル状でした。隠れているのがご飯で鮎の骨の出汁で焚いています。ご飯の左が鮎骨の出汁でご飯に掛けて戴きます。香のモノは赤蕪漬けでした。
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これは鮎のつけ麺を戴いた後で用意された鮎の茶飯です。鮎の骨で採った出汁を漬けだれと一緒にご飯にかけて山椒を振って赤蕪漬けで戴きました。
長良川の源流は大日岳で同じひるが高原から庄川や宮川が流れ出し、高山を経て神通川に名を変えます。神通川や宮川の鮎と云わずに長良川の鮎というのは風評を意識しているのでしょう。
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此れは鮎ラーメンの店内に貼られていた高山に在る山桜神社の馬頭祭りの絵馬の手拭です。この二人は高山に強い愛着があるのでしょう。

どうしても食べてみたかった多摩川に戻ってきた鮎ですが登戸でも駄目二子多摩川でも駄目でした。
でも鮎は干しても鮎で味が濃くなったようです。次回は「塩ラーメン」の季節に来たいものです。来た道を戻って二子多摩川駅に向かいます。ワイフは「五島美術館のお庭に萩が咲いているかもよ!」言って上野毛駅まで歩きたそうです。観れば高島屋の催事場では「大北海道展」を開催中との事。柳葉魚(ししゃも)かほっけでも買おうか思って入ってみました。


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