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脳梗塞闘病記

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昨晩の事でした。夕食後、居間に居た私を家内が呼びに来ます。
貴方の枕の辺りに虫が鳴いていますよ!
私は「ゴキブリが鳴く泣く筈はないから、オケラでも入り込んだのだろう・・・」言いながらベッドに向かいました。
私は脳梗塞以来寝室を、1階の和室に移っています。頭を左に向ければお仏壇で右に向ければ障子でその先は縁側、縁の下から涼やかな音が響いてきます。そう鈴虫がもう啼きだしたのです。
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私の枕元縁の下から虫の音が響いてきました。外で笹の葉が揺れると母が来たように思います。もうじき盆提灯に灯りともります。
私は振り向いて家内に語りかけます
「鈴(リン」のようで、お母様が正敏さん如何?お見舞いに来てくれたようだね、それじゃあ、お母さんの声を聴きながら寝るとするか、横になりました。
台風で、乾き切っていた庭も良いお湿りになった。これで虫も花も生き返るだろう・・・。
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を訪ねてくれた蟷螂君、しばらくお邪魔虫してゆきました。
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此方はスイッチョ君。鈴虫が母ならスイッチョは父です。どちらも地下から這い出して私を見舞ってくれたようです。
陰暦7月15日(陽暦8月中旬)は夏解(げげなつ明け)と言います。お釈迦様は、雨期には草木が生え繁り、昆虫、や蛙などの数多くの小動物が活動するため、僧侶は外での修行をやめて一カ所に定住することを奨められました。托鉢行で無暗に野原を歩めば植物の芽や昆虫の卵などを踏みつけて、無用な殺生をしてしまいます。これを防ぐために僧侶が一か所に定住する事でお寺(安居/あんご)が始まりました。
そんなわけで、ソロソロこの夏も雨安居(うあんご)が解ける時期になります。
障子にゴツン何かがぶち当たりました。
確かめて貰えば甲虫が飛んできたようです。
私は家内に「居間の植木の幹に掴ませておくように言いました。餌にはバナナを切って幹の上部に吊るしておくように・・・・。今晩は我が家で休んでもらい、明日の朝に飛ばせてあげる事にしましょう。
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飛び込んできた甲虫君、一泊して青空に向けて飛んでゆきました。手前は食事のバナナの切れ端 
 
遊行寺の庭にも昨晩は沢山の蝉の蛹が這い出して成虫(蝉)になって、今朝から天上世界をエンジョイしていることでしょう。
今頃は菩提樹の大樹が茂ってりょくいんをていきょうしていることでしょう。蝉君も太陽に炙られるよりも菩提樹の木陰で涼しみながら鳴き明かしていることでしょう。
菩提樹も今が花期ですから、大樹の下は一面花が散っていて、勿体なくて歩けない事でしょう。
お釈迦様は菩提樹の樹下で悟られたと、伝えられていまっす。菩提樹のピラミッドパワーがお釈迦様に伝わったのか、それとも烏安居を推奨された自然観が悟りを導いたのかもしれません。
もうじき百日紅の花が咲き始めます。百日紅はお釈迦様が生誕された折に咲いていた「無憂樹の花」とされてい雅ます。
お釈迦様が亡くなられたのは沙羅双樹の樹下でしたから沙羅は「夏椿」.日本の夏は誕生花(百日紅)成道花(菩提樹)涅槃花(沙羅双樹)が観られるのですから幸いです。遊行寺に行けばいずれも見る事が出来ます。勿体なくてどの花もも踏むことが出来ません。
西行法師なら吉野の庵から外出する事を憚れたことでしょう。お釈迦様が植物の芽を踏むなと言われたように、西行法師は桜の花びらを踏むことを慎んだことでしょう。
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遊行寺の菩提樹手前は座禅石「辺り一面黄色い菩提樹の花が散って芳香(良質なお線香の匂い)が漂います。
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この地味な花が菩提樹の花です。
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これが無憂樹(百日紅)の落花です。撮影場所は鎌倉本興寺次に書きましたhttp://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/folder/893296.html?m=lc&sv=%C9%B4%C6%FC%B9%C8&sk=0
今朝(12日)庭を見れば朝顔が咲き始めていますし樹のは鈴虫が啼きはじめましたし朝顔が咲き出して。立秋が過ぎてそれらしくなってきました。この夏は汗疹にならないよう家内に度々御シャワーに入れて貰いましたがもうひと頑張りのようです。
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鶉小屋の陽射し除けの朝顔も咲き出しました、朝顔は歳時記では秋の花です。今年で三代目になります。
 
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水を飲む習慣の効用

脳梗塞で入院した病院に先輩のОさんから見舞いのメールが入りました。「看護婦さんが笑顔で届けながら言います。「この人の言われる通りですよ。
メールには見舞いのメッセージのほか「私は意識して水を飲むようにしています。脳梗塞予防にも水を飲むことは良いそうですよ・・・」書かれていました。。
リハビリ専門の若草病院では、毎食後コップ二杯のお茶を飲まされました。ほうじ茶にとろみをつけたお茶で、その不味い事。不味い事。看護婦はお茶は薬だと思って飲んでください。女性には「お茶はお肌をきれいにします」男性には「お茶を飲めば便通が良くなります」等と付け加えていました。
私はそんなに大事なお茶ならもう少しおいしいお茶にしてください!」言うと「奥様のいれたお茶には敵いませんねあ!」なんて嫌味を言われました。
病院のお茶が不味いのは、安い茶葉を使っているからではなく、とろみ((誤嚥防止)がコーンスターチで糊状であって不味いのです。障子を張る糊が喉を下って行くのが不快なのでした。
毎食2杯のお茶でしたから、一日6杯、加えて食間や深夜に吸い口で2杯ほど飲みましたから一日8杯のお茶(150CC×8=1200CC」を飲まされていたことになりました。で・・・・、8杯の水を求める身体が出来つつありました。水を飲む事の効用で思い当たる事があります。50台半ばで私は糖尿病を発症しましたが、その症状が水が矢鱈と飲みたくなったのでした。糖分の代謝が狂ってしまって、血液に糖分が余計に流れていたのでしょう。だから喉が乾いて水が欲しくなる・・・・。身体は自己防御の本能がありますので、対処方法を欲求してくれます。
喉がかわけば水を飲めばよいので、今回私の脳梗塞も心房細動が原因でなく、糖尿や血液のドロドロ症状であれば予兆というかさ自覚症状が現われたと思われます。
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病草子(中世)には過食や睡眠できない女など現代と同じ病気で苦しむ人が数多く出現します。
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扇面法華経(中世国宝」には旅の女性が市女笠を脱いで、水を飲んでいる姿が描かれています。飲水の重要性を説いていると思われます。
水を飲む効用は大雑把に言って以下の通りでしょう
1、体に蓄積された老廃物を尿として体外に排出して新陳代謝を促す。
2、発汗作用を介して体温を調節する。
3、小火器を活性化させ血液やリンパの良くする。
4排便排尿を促す。
で、私は病院でコップ8杯の水を飲まされていましたから、その習慣が身につきました。今は誤嚥の懸念も少なくなったので、アレコレ手を変え品を変えながら美味しく水分を摂取しています。
梅ジュースもあれば、ハーブティーもあれば、紫蘇ジュースもあり、そんなわけでО先輩アドバイスに従っておりますのでご安心ください。
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紫蘇ジュース、梅ジュースも季節の飲料です。
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ハーブティーも季節です。
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脱水症対策としてデイサービスで渡された日に1500cc水を飲みましょうの案内。代謝促進などの意味でも給水は重要です。
自宅に戻っても。飲む水の量は病院時代と変わりません。
毎週2回火曜日と金曜日を半日デーサービスで過ごしていますが、此処でもお茶が頻繁に出されます。水分摂取が重要であることに加えて脱水症予防でありましょう。先日脱水症対策と称してコップを持ってくるよう指示がありました。
一日に体から排出される水分は2500ccであるから1500ccは水分を補給しなくてはならない・・・・、1500ccを愛用のコップで何倍分になるか測ってみよう・・・という趣旨でありました、牛郵壜は180ccコップは1500ccですから、
計測するまでもありません、
コップで10杯に相当するのは明白です。8杯、9杯、10杯と播州皿屋敷のお菊の様に数えさせられるといささ過腹が立ってきました。「「毎日コップ10杯の水分を取って脱水症や熱中症を予防しましょう…呼びかければ十分です。「もう自分も認知症患者のように思われている」実感します。腹が立つのも脳梗塞の症状ですから、我慢しましょう・・・・。
私がデイサービスに行っている時間は家内の貴重なフリータイムですから・・・・、明日からもデーサービスに出かける事に致します。
精進料理は殺生を禁じ身と心を清くするお料理です。禅で精進を進める根拠は身と心を清く保つ事。精神は妄想や邪欲を禁じる事、体は水を充分摂取して、体内に蓄積しやすい不純物を輩出する事でありましょう。
私も禅寺に生まれて、親爺に得度して貰った身ですから、精々心身とも清く保つことに心がけましょう。その為にも水を飲むことにしましょう。デーサービスの職員に説諭されるまでもなく・・・。
 
 
 
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フォー(ベトナムラーメン)には麦茶が似合います。ベトナムのハーブも癖になる美味しさです。日本の夏が次第にベトナムやタイと変わらなくなったので、東南アジア料理が夏を凌ぐには適当になって来ました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

米粥の美味しさ

私の食事制限は1日1600キロカロリー、塩分6gでしたから、1食あたり500キロカロリーが目安でした。
退院時の食事指導は「厳しかろう!]、覚悟していたのでしたが思いの外で『何でも食べていいですよ、脂肪も蛋白も・・・・、でも炭水化物と糖分は取りすぎないようにしなさい』家内も私も肩透かしでした。というのは血糖値も中性脂肪も充分に下がっていて略安全域にあったのでした。
ところが、私には問題がありました、私の胃袋はまだ胃癌の術後充分に回復していないので、硬い食べ物を摂取すると戻してしまうのです。その為主食は米粥で、300g丼一杯が出されました。
丼一杯の米粥を食べきるのは難儀で、丼半分を食べると胃袋はもう入りません悲鳴を上げて来ました。加えて米粥には味がありません。まるで糊を食べているような食感です。舌切り雀は何故こんな不味いものを好んで食べて舌を切られたのか不思議に思いました。
せめて梅干し1個食べたいと申し出たのですが、自家製の梅干しでは塩分の管理は出来ないと指摘されされ漬物も香の物も添えられませんでした。
2月3日は立春を過ぎたというのに、夜半から雪が降り出しました。
私は夕飯の米粥に悪戦苦闘しているときです。和え物に菜の花が出ました。口にすると苦味が広がりました。
そう、菜は既に春の準備を急いでいて、花は苦味を増していたんです。
立春も過ぎて青菜の苦味に春を知る
苦味こそ仏陀の教えをにてあらむと、食べ尽くしたり
青菜の花の芯を食べると一段と苦みが増していました。
私の脳裏には、青菜の白い根っこが私の脳の血の海を掻き分けて伸びて行くのが見えるようでした。
道元禅師は一粒の米にも仏陀がおわす言われました。そして、きっと青菜にも仏陀がおられて、それぞれに命を主張しているのでしょう。
私はその命を口にして、更に長生きしようと懸命なんです。
私は青菜に「有難う・・・、戴きました」呟きました。
先日も書いたように「一生2生」、脳梗塞後の人生は[有難う」述べる為の時間のように思えていました。
 
満腹の腹を抱えてベッドに横になりました。私の脳裏には次々と菜の花の咲く場面が浮かびました。
最初の浮かんだのは初瀬川皮の堰堤です。
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遠くに三輪山が春霞の中浮かんで見えます。お山の上にはまだ薄く月が残っています。もうじき朝日が昇って来ます。朝露が光ります。
初瀬川のの土手は青菜が自生していて今年も一面菜の名の葉が咲き出しました。
菜の花には桜吹雪が舞っています。自転車に乗った高校生が颯爽と走って行きます。
 
次いで浮かんだのは石舞台古墳です。古墳の周囲は桜が囲んでいます。
私の目の前は菜の花畑です。
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石舞台古墳手前は菜の花畑夜はライトアップされます。
最後にまぶたに浮かんだのは交付甲斐の笛吹川を見下ろす高台です。私は日本文化研究会の仲間と名野はンs畑で遊んでいます。中道往還に近く、街道に入れば右左口村です。山崎放代はこの村で産まれました。瓦の丸石を拾ってきて、円楽寺に建立した父母の墓の横に並べ、、、川原石を自らの墓標に定めました。以来心も座って担架に充実する事が出来ました。(この項は次に書いたことがあります。blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000/47668087.html この話は方代さんの「お青紫蘇の歌」に詳しくしるされています。心に刻まれる郷土への愛着です。
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甲斐中道往還の桃畑、農家が菜の花も咲かせて 一般に開放してくれます。昨年見ておいてよかったです。方代さんの生家のあった右左口村は左奥になります。
 
 
 
 
 
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暑い暑いと思っていたら突然に梅雨に入りました。今朝は涼しい事、寒いとさえ感じます。
私は仕方なく介護ベッドに横になって、外の様子を伺います。
屋根にコツンと音がして、カラカラと転がって、ポトン地面に落ちて行きます。
そう、今年も青梅が実ってきているのです。
庭を歩けばそこらじゅうに青梅が転がっています。
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もう青梅が落ちて、梅雨が明ければ梅の収穫です。
私が若草病院に入院中に、家内が何度も手折ってて届けてくれた白梅です。
相当な老木で、何度となくお隣から切り倒すよう頼まれました。理由は青大将が木に登ってきて窓から室内を覘くのだそうです。青大将は梅の梢や我が家の屋根の隙間に雀が巣を作っていて、雀を狙って木登りしているのだろうと想像しています。
私はその都度こう言いながらお断りしてきました。
「祖師様(道元禅師)は梅の実にも仏陀がおわす・・・と」諭されました。そんな梅の木を切り倒すことは出来ません。第一お隣が梅の木の陰になっているのなら事情も分かりますが、木の陰になっているのは我が家なのです。
今年も馥郁と香りし梅の花よ
誰に捥げと言うのか私は病で不自由なり
 
妹と連れ添いて見上げれば梢の先にたわわなり
風も無いのに落ちる青梅
そろそろ捥げとの催促ならむ
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今年もたわわに実り始めた我が家の青梅
例年は私が木に登って梅の実を捥ぎっていました。梅酒に梅干しにするのが家内です
梅雨明けの炎天下で梅干しをする作業は根気の要るるもののようです。
子供達も家内の友人もこの梅干を評価していて、それぞれに楽しみにしています。
 
食べ切れぬ判りしものを吾が妹は昼日中
せな背中(セナ)を丸めて梅を干したり
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赤い梅は熟しているので梅酒や砂糖漬けにします。青い梅を梅干しにします。
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何時しか納戸には数年来の梅干しの樽が並び足たり。何度も台所も梅干しの香りが漂いたり。気が付けば私も家内も梅干しに似てきたような気がします。
老木が命を託せし実ならばとて大事にせしが
気付いた時には夫婦揃いて梅干しに似たり
祖師のお言葉(※)はこの事だったのか思ったりしました。
※道元禅師はことのほか梅がお好きでした。そして「一切衆生は悉有なり仏性なり」、「悉有は仏性なり」と示されました。悉有とは「一切衆生は悉く仏性有り」と読み総ての生き物には仏性がある、のいみです。ならば一番お好きな梅の花にも実にも仏性があると諭されたと思われます。
さて今年の梅は如何にするのか息子の手を煩わせるのか今から思案中です。
 
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不幸中の幸い

リハビリ専門病院の脳梗塞病棟には様々な症状の患者さんが奮戦中でした。患者が「一期一会」励まし合って、発症以前の状態に戻して、家族の負担を少しでも減らそうと、集中している様はまるで修道院にでもいる様な緊張感がありました。
私が最初に医師に質問したのは「自分は認知症になる危険はあるのか?」でした。医師は「貴方の脳梗塞箇所は右前頭葉ですから・・・・、左半身に麻痺が残りますが、脳髄は問題ないので先ず認知症の危険は少ないでしょう」という事で、一安心でした。
他の患者を観ると、左半身麻痺でも、足の関節も曲がらない人も居れば、失語状態の人もおいでです。症状は色々です。何故症状が人によって違うかと言えば・・・。切れた箇所と発症後の処置が違う事によるのでしょう。
脳血管が切れてしまった、血の海が出来、神経系統が断絶してしまう症状が脳卒中脳梗塞なのですが、
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筆者の作品食堂の掲示板に貼られていました、4月7日、大風の翌朝亡いの庭で散らずに残った桜花を愛でた歌です。
脳血管が切れている間は、、脳には酸素が送られません、その為に次々に脳細胞が死滅してしまって、その死滅箇所や量によって、記憶が失われたり言葉や色を失ってしまうのだそうです。
私は幸いなことに左半身麻痺ひだけで、脳の活動や、記憶に欠陥は生じませんでした。そんなわけで、創作活動や、絵が描けたわけで、他の患者には随分羨ましがられました。利き手が麻痺した人はお箸も持てませんし、名前も書けなくなってしまいます。私の隣のベットの方は大学のノートに逆の利き手で、名前を毎日書いて訓練しておいででした。私が絵を描いて居ると、良く覗き込みながら「羨ましい」言われました。私は上手に歩ける隣人が羨ましいと思っていたのでしたが・・・。
私は脳梗塞くで一命を取り止めたのも、その病状も幸運だった思いました「。不幸中の幸い」です。
神仏が「未だ黄泉に呼ぶには早すぎる。時間を与えるから、生死を極めるように…命じられたものと思いました。ならば、当面は「生きる事に徹しなくて」はいけません、「自分も命に拘り、家内や友人も生かさなくてはいけないと思いました。
 
ところで、切れてしまった神経系統ですが、よくしたもので、生きようとすれば脳は再生命令を発して、脳から左手や左足首に新しく命令系統を作るんだそうです。「だから「左手動け!]念じながら動かそうとするのは有効こうなんだそうです。
で問題は新しい神経はどの程度のスピードで再生するのかという事です。
どうも医師やトレーナー先輩患者の話を総合すると、一日に0.7ミリ程度伸びるそうです。ですから交通事故で腕の神経を断絶した人は腕と脳の距離が50㎝なら70日くらいで神新しい命令系統が出来て、「50㎝÷0.7ミリ≒70日」
ですから私の場合左手が動き出すまで大凡半年余りという事になるでしょうか
(100㎝÷0.7ミリ=130日。左足は2年弱でしょうか(150㎝÷0.7ミリ)=220日
たしかに、髭や爪は1日0.7ミリくらい伸びて行きます。昔の生物の授業で、新啓も爪も外肺胞から生育すると教わりました・・・・。
私の友人から次の手紙を受け取りました。
貴人はは何時も急いでいますね、今回は各駅停車にお乗りなさい、私達同期生は停車場に下りて貴人が戻られのを何時までも待っています。
私は良く自分の事がお分かりなのだ・・・・、涙で貰った手紙が濡れてしまいました。
考えてみれば「自分一人で生きてきた思うのは驕りであって、何時も友人に家族に生かされてきたのだ」悟りました。今回は思いっきり隣人に生かされてゆこう・・・・思います。神仏が期待しているのはこんな真理を悟ることなのでしょう・・・。
 
毎日急がずに、じっくりリハビリに努めながら、来年の桜の季節には二年分エンジョイしようと・・・・、念じながら過ごすことが、私には最適な方法のように思えます。
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来年は家内や友人と吉野に「一目千本桜」を見たいものだ・・・・、念じながら描いた「吉野千本桜」の絵、他の患者に、利き手が使える興奮幸運を羨ましがられました
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こちらも「来年の春は吉野に友人rと一緒に行きたい」と念じながら描いたもの、そんな思いが私のリハビリを成功に導いてくれるものと信じています。(中央が吉野蔵王堂)
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