6月28日(土)はワイフと前々から約束しておいた「花戦/はないくさ」を観に行きました。映画館は湘南テラスモールにある109シネマです。映画を観るとなると最近は109シネマに行きます前回は「奇跡の林檎/2013年」でしたから4年ぶりの映画です。あの時はリハビリを始めたばかりでした。
六角の建物は聖徳太子(夢殿は八角)の謂れがあった事、態々6角なのは近江の六角氏の支援もさることながら町衆の自治の面影を宿していると、説明を受けました。
此れは京都京極の六角堂を隣りのビルのエレベーターから見たモノお寺は丁法寺で池坊発祥の地です。京都町衆の自治の中心でした。町衆は応仁の乱後の京文化を復活させます。祇園祭も琳派の芸術も歌舞伎も町衆無くしては考えられません。
私達は千利休の切腹死に文化的にも精神的にも深く大きな影響や恩恵を受けて来ました。
『人間の精神や文化は時の政治や権力に阿ねては屈してはならないない』。『時の政治や権力に敢て抗する強靱な精神力や美への渇望が芸術を大成させる』と信じて来ました。『能の大成者世阿弥も時の権力者足利義教に疎まれて佐渡に流され、一説では伊勢で殺された』と伝えられています。世阿弥以上に利休の死は日本人の精神や文化に強烈なインパクトを与え続けて来ました。『秀吉に頭を垂れて見せれば自分も周囲も丸く収まったのでした』。でも孤高な千利休は頭を垂れず切腹を覚悟しました。その為周囲は混乱、切腹を命じた秀吉の運命も転げ落ちてしまいます。
でしたから、日本人は様々に「利休の死の解釈が試みて来ました。そんな解釈の一つが「花戦」であろう。期待を持って映画を見詰めて来ました。
これは花戦のグラビア表紙です。題字は金沢翔子さんの作品です。
映画の冒頭に、池坊専好(野村萬斎)は誰からも怖れられていた信長の面前で生花の技を披露します。
信長が松が好きだと知った専好は昇り龍を松で表現します。信長は気に入ります。ところが松の枝の継ぎ目が重さに耐えきれずに折れてしまいます。
池坊専好は岐阜城に松を活けます。信長(中井貴一)は誉めます。でも左手の枝が重みに耐えかねて折れてしまいます。秀吉も千利休も前田利家もこの場に居合わせました。
専好は必死に松の枝を支えます。秀吉は「扇一つで松の枝を折るとは流石に信長様です」とオベンチャを言います。「信長は一瞬怒ろうとしたものの専好の仕草に笑みを浮かべて、御家来集を諭します「成りあがろうとするものは茶と花と人の心を大事にせよ」と。専好は褒美を抱えて京都に戻ります。父の専栄が他界し丁法寺の執行(住職/この場面では家元の地位)になります。
画面には賀茂川の川原に累々と転がる死体に川原撫子の花を供える池坊専好(野村萬斎)が映ります。川原乞食が女の髪の毛を盗んでいます。池坊専好は乞食を咎めます。
左がヒロインの「蓮/森川葵」です。賀茂川の川原に捨てられていた少女は野猿を描いて秀吉の逆鱗に触れた無明斎の娘でした。右は賀茂川の川原に野草(仏)を採取する池坊専好((野村萬斎)です。
死んでいると思った少女は目を開けます。専好は少女に生きる悦びを教えようと蓮の蕾を室内に活けます。何も食べようとしない少女でしたが蓮の開く音に目を覚まします。少女は蓮の花を観ると狂ったように襖に蓮の花を描きます。少女の絵の才能を知った専好は少女に「蓮」と云う名をつけて。
淨椿尼(竹下恵子)に預けます。
食事をとらない少女を活かしたいと思った池坊専好(野村萬斎)は池の蓮の蕾を取って少女の脇に飾ります。蓮の花には仏様が居られて少女の仏様を呼び起こすと確信したのでした。この後池坊専好は池に落ちてしまいます。全編を通して快活で滑稽な味のある池坊専好を主役の野村萬斎(狂言)は好演していました。それにしても野村萬斎さんは「花の乱」で細川勝元を演じ花と近世に縁が深い俳優です。
実は蓮は無明斎(?)と云う名の天才絵師の娘だったのでした。無明斎は「猿」の水墨画を見事に描いて評判を得た事から秀吉に疎まれ殺されたのでした。蓮は父の描いた猿を描いていました。
賀茂川の川原で助けられた少女は丁法寺の襖に蓮の花を活けて生きる意欲を示しますこの絵を含めて蝦蟇蛙やナメクジ等の墨絵が出てきますが小松美羽さんの作だそうです。
此れは無明斎の描いたという野猿のインスピレーションを与えたと思われる長谷川等伯の松猿図(相国寺国宝)蓮は右の親子猿を描いてみせます。数年前友人らと能登の七尾市に行きました。同地は長谷川等伯の生活した土地であり。前田利家(池坊専好の理解者)の知行地でした。
池坊専好は千利休の友人になります。明るい池坊専好に較べれば暗く孤高な千利休ですが肝胆相照らす友人と評価し合います。秀吉は北野(天満宮)で大茶会を催します。金の茶室を被露し京都庶民の喝采を浴びます。一方千利休は樹下で野点をします。池坊専好針は利休に生花を依頼されます。専好は花卉を用意せず梅の木に花を活けてみせます。京都庶民は”ケッタイだ”言って評価します。庶民は「金の茶碗で飲んでも茶は緑」言って利休の野点に集まります。秀吉は怒ります。大徳寺の楼門の階上に千利休の像が置かれていると聞き秀吉は怒ります。専好は利休を訪ね頭を下げるように諭します。秀吉は利休に”金の茶碗と黒茶碗どちらが美しいか?”詰問します。利休は”どちらも美しい”紋切型に答えます。秀吉は”天下人の秀吉が聴いているのだぞ!”と脅します。しかし利休の答えは変わりません。結局利休は覚悟の切腹をして果てます。丁法寺は利休の49日の法要で花に埋もれます。秀吉は鶴松を失います。気が狂ったように秀吉は池坊を憎んで蓮や吉衛門(典型的な町衆の商人」を殺します。専好は親しかった人達の仇をとろうと「花戦」を秀吉に挑みます。聚楽第に花を活けて無念な死を遂げた人達(利休や吉衛門や蓮)の想いを遂げてあげようと思ったのでした。
勝負の生花は再び松でした。
秀吉は専好の活けた松を誉めます。ところが突然に猿の掛け軸が屏風に出現します。満座は秀吉が激怒するものと覚悟します。
専好の活けた松の背後の屏風に猿の掛け軸が出現します。どの猿も松と花を夫々に愛でて居る事を諭したのです。
秀吉は信長の言葉を想い出します。「人の上に立つ者は茶と花と人の心を大切にしろ」
利家も含めて満座の武将は花夫々に仏が在る事を思い知ります。
以上が「花戦」のストーリーで良く出来て居ました。流石に池坊や表千家が協力しただけあって骨格がしっかりしていました。兎角最近の歴史物は荒唐無稽な筋建てが多いのですが。
唯残念なのは撮影場所が有名な処が多いのでした。千利休の居宅が祇王寺である筈はないし、大徳寺の山門と評して南禅寺の山門を使うのは疑問符が付きます。誰も知らない場所で撮影してくれれば良かったのに誰でも知っていそうな場所を使うのは嫌いです。
加えて六角堂丁法寺の本堂が正方形なのは安直です。原作や脚本がしっかりしているのですから六角堂は六角に作って欲しかったです。でなくては生花を始め祇園祭や歌舞伎を育てた町衆の精神が表現できません。
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