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脳梗塞を発症して2年3か月を経過しました。出血直後は救急処置に湘南鎌倉病院、次いでリハビリ病院に金沢八景の若草病院に転院しました。どちらの病院でも快報の兆しが無く”車椅子生活で、奥様の介護を前提に右手で何でもできるように訓練させられて来ました。リハビリの目標が『介護者の負担をミニマムにする』だったのでした。若草病院は良く出来た病院で退院した方と患者の交流会ががありました。右手だけでも料理も洗濯も出来る。退院された方の工夫と頑張りを見せつけられました。若草病院は3か月で退院させられました。自宅は右手だけで生活できるように手摺と車椅子スペースを確保する工事をしました。自宅に戻るとケアマネージャーと相談の理学療法士の訪問とデーサービスに2回/週行くことにしました。この頃の目標も介護を前提に介護者(ワイフ)の負担をミニマムにすることでした。私のリハビリ目標が「脳梗塞発症前のように一人で自由に動ける事」にチェンジしたのは新戸塚病院http://www.ims.gr.jp/shintotsuka/kawahiramethod/index.htmlの外来に往訪するようになってからでした。その頃NHKテレビのクローズアップ現代でリハビリに『促通反復療法』が有効である紹介されたのでした。ワイフが調べた結果東戸塚駅まで行けば促通反復療法の新戸塚病院があることを確認して早速外来通院の申し込みをしました。しかし順番待ちの患者さんが多くて私の番が来るまで3か月待たされました。新戸塚病院の外来に通院し始めて初めて治療目的が『介護を前提にせず自分で何でもできるように」なりました。作業療法士と協議して『貴方のリハビリ目標は脳梗塞発症前の状態に戻すことですね』確認し合うと思わず落涙してしまう感動がありました。若くて知的な女性作業療法士が天使のように見えたのでした。昨年の6月から2回/週の通院が始まりました。そして今日(2月23日)がその最終日になります。前回のリハビリでは卒業前チェックがありました。チェックシートを前にして「左手を使っているか否か確認したのでした。
これは自宅で実施しているリハビリ用具。私は左半身麻痺ですから。左手のリハビリが重点です。三食前に左手のトレーニングをします。左からタオルでテーブルを拭きます。次いで細いモノを左手だけで立てます。ついで選択鋏を使います。次いで胡桃やボールやおはじきを拾って運びます.最後に薬を開けて飲みます。宿題トレーニングは必須です。
「ドアを左手で開けていますか?
「フォークを左手で握っていますか?」
「茶箪笥や冷蔵庫の扉を左手で開けていますか?」
矢継早に質問されます。
私はついつい可笑しくなってしまいます。
ワイフが傍で私を咎めました。
ドアも扉も住文化食文化は右利きを前提にしているのです。それを左手を使っていますか?と云った質問は可笑しいのです。私は女性の理学療法士に
「左手を使っていますよ・・・。小用の時には左手でオチンチンを支えています」
言おうとして笑ってしまったのです。ワイフはそれを察知して止めたのでした。
知的な作業療法士は不真面目な患者に向けて強い口調で言います。
「右利き用のドアでも扉でも左手を意識して使って下さい。さもないと今以上にはリハビリは進捗しません。」
私もワイフも神妙な面持ちで答えました。
「左右どちらでも良い場合も含めて左手が使えるところでは意識して左手を使います。」
以来私はズット右手と左手の使い分けとその理由を考えて来ました。
ベッドで横になっても右利きの文化を考えます。絵巻物もお経も巻物は左手で支えて右手で拡げますご飯を食べる時は左手でお茶碗を持ってお箸は右手で持ちます。
左手を使うのはトイレでお尻を拭くときだけです。小用でオチンチンを支えるのに左手を使うのも同じ習慣でしょう。この左手を不浄の時に使う習慣はインドが始まりのようで。インドではお尻を拭くとき左手を水に浸して拭くのだそうです。その習慣が西に東に伝播して西洋人は右手で握手し左手は穢い事に使い分けたようです。中国や日本の文字は右から左に書いて行くのに比べて西洋やアラビアの文字は左から右に書き進め全体としては上から下に向かいます。その違いは何故生じたのか?疑問になります。
ネジで云えばネジの頭を見下ろして時計回りに回転させればネジは前進します。屹度人間は右利きが多くて時計回りの方が力が入るからなのでしょう。でもネジ本体にしてみれば反時計回しにされている事になります。小学生が”朝顔は右回りそれとも左回り?”質問された時と同じです。小学生の視点に立てば右回り(時計回り)なのですが朝顔になったつもりで見れば反時計回りに伸びて行くのです。
「右回り・左回り」の疑問は小学生の時の記憶に繋がります。昭和20年代少年は皆坊主頭でした。シラミが多かったので坊主頭が清潔だったからでしょう。並んだ坊主を見ていると旋毛が右回りと左回りがある事に気付来ます。左巻の坊主を捕まえて”お前は左巻きでクルクルパーだ”言ったものでした。今なら早速虐めで制止させられたのでしょうがあの頃は怪我でもさせなければ虐めは問題にされませんでした。「何故旋毛は右巻きと左巻きがあるの?」次に疑問が広がります。
私は次のように確信しています。
お母さんの狭い産道を進む時は頭を下にして。右に左に回旋しながら進むそうです。必ずしもネジと同じように右回りでも無ければ左回りでも無いそうです。出産時のお母さんの横臥した姿勢や月の位置に依って最初に左に回ったり右に回ったりするのでしょう。時時計回りで進むか反時計回りにするかそれはベビーの随意で、同時に偶然が決する事なのでしょう。旋毛の右巻きが利口で左巻きが馬鹿であるなんて根拠が無さそうです。
私は如来さんの頭を想い出します。螺髪と呼ばれる巻貝状の髪の毛が覆っています。如来の螺髪は右巻きか左巻か?さらなる疑問です。
この疑問は仏像ファンなら大方ご存知だと思います。インドの文化が右優先でしたから螺髪は右巻きです。ガンダーラはギリシャ風のストレートヘアーです。ところが鎌倉の大仏(阿弥陀如来)だけが左巻なのです。何故だか解りませんが。上から視線(貴族朝廷)で見れば右優先、だけれど下から視線(武士や農民)から見れば左巻優先だったのかもしれません。
陰陽道では左は陰で縁起が悪い右(東)が陽で運気が良いとされてきました。丹下左膳が強いのは自分だけ左利きだったからで右利きは戦い難かったのでしょう。。寝ながら左利きの文化を考えていると同道巡りでどっちでも変わらない大事なのは自分の視点で視点を何時でも変えられる複眼を持つ事が重要だと思いつきました。いずれにしても今日で新戸塚病院の外来は退院です。退院後の自分自身のトレーニング法を確認して必要に応じて外来で診て戴く事にして帰ろうと思って居ます。
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