|
連日佐渡の朱鷺の巣立ちだ、岡山のコウノトリの巣立ちだと賑やかです。
私の住む戸塚駅東口の燕も今週中には巣立ちすることでしょう。
戸塚駅東口パチンコ屋さんの玄関に巣食った燕観ていると飽きません。写真の親ツバメは母親で子燕は黄色い嘴を目いっぱい広げています。でも右端の子燕は母親に向けて糞をしました。母親はどのようにして子燕の誰の口に次の餌を入れるのか解りません。子燕も成長の早い順に巣立つのでしょう。
「巣立ち」とは云いませんが苗床に播いた朝顔も「今や遅し」と苗床から鉢植や地下植えに移植する事を期待しているようです。
これが今年栽培する事にした栗南瓜です。
これは栗南瓜の苗床です。育った順に庭にスペースを見つけて地下植えして行きました。まるで燕の巣立ちを見守るような気分です。
先週栗南瓜の苗を移植しました。今朝は朝顔を苗床から菊鉢に移植しました。これで私とワイフの努めは終わりです。後は南瓜の実るのと朝顔の花が咲くのを楽しみに待つだけです。苗床の南瓜を狭い庭では植えるスペースもありません。南と西の崖際に植える事にしました。
此方は南側の庭先に移植した南瓜。このまま進めは茗荷と喧嘩しそうです。でもこの南瓜が最高のスペースを用意してあげました。他の巣立ち南瓜の苦戦が懸念されます。
これは西側の端に移植された南瓜の苗です。この辺りは宅地造成の時に瓦礫を投げ込んだモノだから育ちは悪いのです。手前の二本の苗は育ちが悪くて可哀想です。でも懸命に花芽をつけています。
上手くゆけば我が家の崖に南瓜が吊下るイメージです。
差別用語ですが「オタンコナス)に対で使われるのが「土手南瓜」です。色街で兎角執拗で再度来て欲しく無いお客さんを蔑視して浴びせかける言葉が”このオタンコナスが二度と来るんじゃないよ!”言われた客の返す言葉が”この土手南瓜が金を払うからと云われても二度と来るものか!”言って唾を吐きます。オタンコナスはオ短小茄子の意味であそこが短小で役立たずの意味で土手南瓜は土手に育った南瓜の意味で割れてしまって食べられない南瓜の意味です。我家の南側は道路です。道行く人の頭上で南瓜がユラユラ揺れていたらつい笑ってしまう人もいる事でしょう。
一株苗を植えては次の苗は何処に植え替えるか?スペースを探し、探ししながら進めました。結果最初に植え替えてから最後に植え替え終わるまで1週間もかかってしまいました。最初に植え替えた苗は順調に育ち幾つも花芽をつけました。南瓜は西瓜や瓜と同じで雌雄異花ですが、同じ体に雌雄別々の花が着きます。良い実を生らせ種をとる為には別の株に咲いた雄花の花粉を雌花に受粉させなくてはなりません。昔は茶碗に水を入れてその中に雄花を浮かべて筆で人工授粉させたものでした。南瓜だけでは無くて西瓜もまくわ瓜も人工授粉させました。そんな記憶を想い出しながら毎朝南瓜に咲いた花を見詰めます。
最初に咲き出したのは殆どが雄花ばかりでした。雄花ばかりでは受粉させようがありません雌雄の判別は黄色い花の下に子房が着いていれば雌花です。子房とは将来実になる部分です。花を見つけるとその下を覗き見します。私は杖の先で葉っぱを押し開けて覗き見します。覗き見を繰り返すうちにスカート捲りしているような気持ちになって来ました。”地下鉄の標語が想い出されます。”スカート覘き、それは犯罪です”
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




