仮想旅へ

毎日の通勤路を憧れの街道歩きに転換してみたら? あなたを「LOHAS」な世界に誘ってくれます。

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22日は冬至でした。テレビには柚子湯に浸かったカピバラやお猿さんが映っていました。
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柚子湯に入って、ご満悦のお猿さん写真出典ファンファン福岡https://fanfunfukuoka.com/family/65751/
猿を観ていると思い出します。今春桜を観に京都の南の「和束町」に行きました。茶畑が続く丘陵の真ん中にある「安積親王の墓」を参りました。安積親王とは聖武天皇の皇子でありながら、藤原氏に攻められ変死したとも病死したと喪伝えられる悲劇の皇子です。民宿も併営する農婦に「安積親王の墓」の位置を確認すると「茶畑にはダニが居るから気を付けるように」注意されました。和束町は自然そのもので美しいのですが、猪や猿の食害で困っているのだそうです。民宿の屋根には猿が来ましたし、畑には猪除けの高圧線が敷かれていました。
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和束町の歴史資産「安積親皇の墓」茶畑の中央にあります。
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和束町の頻出する「山猿」高圧線もショートするので怖がりません。
「猿だ!」「鹿だ!」それに「猪だ!」山に住んでいた動物の食害が目立つ昨今です。原因は明瞭で植林政策の過ちです。戦後我が国は杉や檜等針葉樹の植林を進めました。クヌギやシイ等の広葉樹は伐採され、針葉樹に植え替えられました。団栗等木の実を食べていた動物は困りました。処が人間は植林した儘で杉や檜の手入れを怠りました。材木は輸入に頼って林業は軽視されたのでした。食べ物に事欠いた動物は山から里に下りて来ました。里には野菜やゴミ等食べ物が豊富なのに気付いたのです。
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此れは安曇野ドッグセンターに関する新聞記事です。出典同センターHPhttp://www.azumino-dog-school.jp/custom21.html
猿対策に閉口している自治体が目立ちます。猿は進出気没である事に加えて利口ですから手に負えません。「何かないのかな?」思っていたら想い出しました。安曇野の穂高駅近くに「モンキー・ドッグ」センターの看板を観たのでした。「モンキー・ドッグ」なる犬が居るのかな?思って見過ごしてしまいました。私の生活圏にある「警察犬トレーニングセンター」の「モンキー対策のトレーニング施設」のようでした。そうと気付けば視て置けば良かったのでした。確かに観松院の金銅仏を拝観に行った時には犬に随分吠えられました。私も友人も犬には猿に見えたのでしょう。
諺に「犬猿の仲」があります。縄文時代には犬は人間の友人だったようです。三内丸山古墳の展示施設には柴犬の蝋人形がありました。越冬期に貴重な食料になる栗や団栗を好んで食べる猿ですから、縄文人は犬を飼って猿を追い払ったのでしょう。
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三内丸山古墳の展示、柴犬の様な犬が展示されていました。
猿も猪も鹿も人間より昔からの地球の住人でした。人間が地球の住人になったのは高々2万年前からです。地球は人間だけの棲家ではありません。猿とも鹿とも猪とも共存共生しなければなりません。今朝のラジオではタイにも干支があって、「猫」や「象」も干支になっているそうです。屹度タイでは共存する動物の上位なのでしょう。
猟銃等で殺す事はイケません。せめて犬に吠えさせて里に下りて来ない様に教える事が大切だと思います。

【追記】
最近私はブログの重点を次にしています。此方もよろしくお願いします。
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12月も第三土曜日を過ぎると日増しに寒さが厳しく、陽が上がるのは遅く、沈むのが早くなってきました。我庭の寒菊もお隣の地主さんの屋敷の庭の寒菊も霜げてきました。日本人は寒菊にひとしお愛着を込めて来ました。芭蕉も晩年は寒菊を吟じた名句が多くあります。
     ○寒菊や粉糠のかかる臼の端
   ○寒菊や醴造る窓の前
粉糠のかかる臼の端」の句は元禄6年。芭蕉50歳の時の句でした。陽だまりの庭先、芭蕉はは臼と杵で米をついて板のでしょう。庭先には寒菊が咲いています。
米を撞くと糠が散ります。米糠が辺りに散って臼の端から更に庭の寒菊にも懸っているのでしょう。閑で静かな冬の一日ですが。芭蕉閑で静かな老境を迎えたのでしょう。
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お隣の庭の寒菊は寒さで萎れ気味です。夕方帰宅する私を優しく迎えてくれました。寒菊は総じて小花で暖色が多いモノです。
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庭の寒菊咲き終えた彼岸花は青い葉を茂らせ、水仙も伸びて正月には間に合いそうです。
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手入れの行き届かない庭にこそ寒菊は相応しいモノです。
醸造る窓の前」の句も元禄6年芭蕉50歳の時の句でした。岐阜の長老「宮崎荊口」に充ての書簡に在る句です。深川の芭蕉庵を出て街を逍遥していたのでしょう。寒いのでツイツイ手も足も縮んでしまいます。一軒の家の前を通り過ぎようとすると「甘酒」を沸かす香りが漂ってきたのでした。その家の庭先に眼を遣れば寒菊が咲いていました。その家が甘酒を生業にしているのか、寒い日に家族で飲んで温ま楼としているのか不明ですが達観した「嘱目吟/眼に入った景色や出来事をその吟じた俳句」です。寒さで鼻水を垂らして帰宅したら、甘酒があれば最高、ホットミルク紅茶でも飲みたいものです。
12月15日はお墓参りを兼ねて世田谷の「ボロ市」に出かけて、夕方6時に帰宅しました。流星が観られるかと思って西の空を見上げれば寒々とした三日月が出ていました。
夕暮れに 月と寒菊と呼び合う 白さかな
実はボロ市に出かける為に東横線の田園調布で降りて弦巻から、成城に行くバスに乗る積りで出かけました。そのバスは私の祖母の生家の実相院の近くを通るのです。ここ数年お世話になった佐々木先生とその岳父の墓参りにボロ市の季節に出向く習慣になっていたのです。月に恩人の霊が居れば、私は地上に居ます。月と寒菊との交感は生きるモノと死者の魂の遣り取りのように思えたのでした。
田園調布の駅前ロータリーには薔薇が植えられています。先週テレビニュースで「田園調布の銀杏が綺麗だ」出ていました。私はワイフが成城行きのバスを調べている間冬薔薇を観ていました。薔薇は春と秋が見頃です。冬薔薇は霜で焼けてしまって決して美しくありません。でも芳香は鮮烈で、春秋薔薇を凌ぎます。木枯らしが冬薔薇の香りを一層強くしている様に思います。
もう20年も前に谷村新司が「アリス」を解散してソロで歌い出した頃でした。「群青」をヒットさせました。群青は映画「連合艦隊」の主題歌でした。
青年将校が戦艦と共に海底に沈んでいった鎮魂の歌でした。青年将校の霊が群青の海に吸い込まれて行く雪に擬えた絶唱でした。歌のサビは次の通り冬薔薇でした。
    せめて海に散れ 想い届かば
    せめて海に咲け 心の冬薔薇
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東横線田園調布駅前のロータリーの花壇に咲く冬薔薇。
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同じく田園調布ロータリーの冬薔薇の花。
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田園調布駅の旧駅舎と逆住宅街を観れば銀杏はもう終いでした。薔薇の花陰の車はロータリーに逆進して来て警官に反則切符を切られていました。薔薇には棘があるモノです。逆進車の処分が終われば次は「一時停車違反車」の処分でしょう。

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去年に続いて今年も庭先に隼人瓜を育てました。去年は食べきれないほど稔りましたので、友人やご近所に配りました。食べきれなかった隼人瓜は新聞に包んで、少し水を含ませて植木鉢に入れて置いた処一斉に芽吹きましたので、芽吹いた隼人瓜は友人に配りました。処が今夏は中々花が咲かず。咲き出したのは9月に入っていました。相当にのんびりな隼人瓜です。それでも10月11月とスクスク伸びて11月末に地味な小さな花を付けました。既に絡んでいる白木蓮の樹も枯葉を落とし初めています。風が吹くと梢の先でブラリ・ブラーリ揺れています。樹下から見上げると自分自身が「、「夕顔棚納涼図」の「久隅守景」になったような気分です。と云っても昨今は急激に寒さが増してきたので。風邪を引く前に室内に逃げ込みます。
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此れが「久隅守景」の夕顔納涼図です。
昨年から隼人瓜の食べ方はアレコレ試してきました。一番に美味しいのはチゲ鍋に入れて食べるのです。歯当たりは冬瓜に似ています。冬瓜より遥かに滋養分がありそうな気がします。何しろ薩摩隼人の瓜なのですから。次に行けるのは「酢の物」です。
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此れは昨年収穫した隼人瓜です。
今年は収穫が遅れたモノの、そろそろクリスマスという時期になって、漸く収穫時期になりました。道行く人が見上げて「何なのだろう?」呟いているのを観ると嬉しくなります。
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此れが我家の庭の白木蓮の木に絡んで稔り始めた「隼人瓜」です
大風が吹くと隼人瓜は地面に落下します。自身の重みで割れてしまいます。割れてしまうと見てくれは悪くなるものの味は変わりません。そこで充分にブラブラを楽しんでから食べる事にしています。と云っても来年の為に種瓜は残しておかなくては来年の楽しみが無くなってしまいます。未だ巨大な隼人瓜が5個は在るし。未だ小さいヒヨコの様な隼人瓜も沢山あります。青葉も残っていますから葉っぱの栄養が次々に小さな実に移動してくれるでしょう。大きいのは全部私の胃袋に納めて種瓜は今未熟な瓜にしようと目論んでいます。
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寒くなって大きくなった隼人瓜。白木蓮の木は隼人瓜と自然薯に巻き付かれてさぞかし不愉快でしょう。
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大きな隼人瓜の蔓の先には未だ小さな隼人瓜が沢山ついています。
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今回の福島県浜通りの旅では常磐線の駅舎で時間を潰す事が多くありました。駅舎では「乗り継ぎバス」を待ったり、神社や博物館へのアクセスを調べたりしました。駅舎に集まる住人を観るのも楽しみです。時間を過ごした「常磐線駅舎」は「いわき駅」「浜野駅」「豊岡駅」「浪江駅」「小高駅」「原の町駅」でした。多くの駅舎に放射線量の測定値をデジタル表示していました。
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常磐線富岡駅今春「帰宅困難地域の指定が解除され、常磐線も再開されました。けれども富岡駅(双葉郡)と原ノ町駅(南相馬市」の間はバスの引き継ぎ運行になっていますので不便です。バス待ちの為に駅舎で時間潰しを余儀なくされました。
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此方は常磐線広野駅です。駅の海側は大規模ビジネスホテル(旅籠)の新築工事中でした。
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此方は常磐線「小高駅」です。乗り継ぎバスの送迎に立ち会っているのはJR職員と婦人警官です。バスを一番で降りた途端に婦人警官が待っていたので「ドキッ」としました。
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小高駅には福島県立小高産業技術高等学校の生徒が沢山いました。女子生徒は男子生徒と距離を置いていました。皆スマートフォンを観ているので、5mも離れていない女子生徒と隣りの「原の町でお茶しない!」なんて交信しているのでしょう。
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広野駅に懸っている「放射線量」デジタル表示板。
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デジタル表示板は刻々と数値が変化します。
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広野駅の待合室、座っている女子中学生は「放射線量が基準値を3桁も下回っているので千倍も安全です」教えてくれました。
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放射能の側英装置を探したのですが、ホームにも無いし、ロータリーに面した植え込みの前にあるクリーム色の鉄製のポストの中に測定装置が設えてあるようでした。
環境庁の指定では、地上1.8mと指定されているだけで、風の強さ等の指定は無いので、普通の生活をしている上で、受ける放射線量の意味でしょう。ホームや線路の何処かに放射線の測定装置が設置されているのでしょうが、見つかりませんでした。駅舎のベンチでボーッと坐っていると刻々変化する放射線量が気になります。デジタル表示板には「原罪の放射線量が、0.112シーベルトだと教えてくれているだけでその量の評価は何も判りません。「屹度。0.112シーベルトだから安全です」言っているのでしょうが、気温とは違います。35度だから、暑いので熱中症に気をつけて水を飲もう」というようにはなりません。「0.112シーベルトだから危険なので、早く立ち去ろう」とは思えません。駅員は総じて無愛想なので訊く気にもなりません、そこで学校に行く女子中学生に教えて貰いました。女学生は放射線量については詳しいのでしょう、文部科学省が決めている屋外基準値は「0.19マイクロシーベルト/時間」ですから。学校でも駅舎でも放射線量は良く確認しているのでしょう。
成長盛りの女子中学生の甲状腺に異常をきたしてはなりません。

私は勇気を出して女子中学生に話しかけました。
「私達は麗山神社の火祭りを観に来たのですよ!、感動しました。でも火祭りの後の盆踊りは若い人の姿が見えないので残念でした。来年は浴衣を着て火祭りに厄除けをお願いして、盆踊りもして下さいね!」
女子中学生は終始笑顔で変な爺さんの相手をしてくれました。駅舎の壁には防犯カメラが私を写していました。

麗山神社の火祭りを観て、翌日(8.16日)は小高駅に向かいました。柳美里さんの本屋(フルハウス)に行く為です。今春にも小高には薬師磨崖仏を拝観に来たので、今年は南相馬市小高に縁があります。豊岡駅から小高駅迄は接続バスに乗ります。途中浪江駅に一時停車原発の遠隔操作施設やJビレッジの在った木戸駅を通り、1時間で小高駅に着きました。発車に際して注意事項をアナウンスされました。「バスは途中帰宅困難地域を通りますから、困難地域では窓は開けないで下さい」風評被害を助長するようなアナウンスだな!」思いましたが・・・・。バスの利用者はスマートフォンで連絡していました。「只今浪江です。後20分で小高駅に着きますが出迎えないで結構です、お昼は家でとります。」以前は車内で携帯電話をしないで下さい。アナウンスしていたモノでしたが、「せめて、冷房していますので窓は閉めた儘にして下さい!」アナウンスすれば済むモノを・・・・・・。

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此れは浪江駅です。駅の海側の田圃は耕作放棄されていました。
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豊岡駅から小高駅迄は引継ぎバスに乗りました。バス自体はJRの「ガーラ」で運転は「浜通り交通」が代行しているようでした。
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此れが代行バスの車内です。
「途中に帰宅困難地域を通りますので窓は開けないで下さい!」アナウンスされて、社外を見れば黒いコンポストが未だ山積みされています」
日本国民は揃って浜通りの放射線量の減少を期待しています。それは昭和の経済成長の恩恵に浴した一方後世に憂いを残す後ろめたさを打ち消す責任がある世代だからです。昭和は戦争をしてしまった罪と放射能で国土を汚染してしまった罪のダブルの罪を犯してしまいました。その罪を償うには「戦争をしない倫理観」を文化に鍛える事と、放射能を防ぐスキルを磨く事だと思います。何か複雑な気持ちにさせる「窓閉めアナウンス」でした。
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富岡駅の海側に山積された汚染土の入ったコンポスト。




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油蝉の味は如何?

寝ていると、深夜突然に玄関で蝉が鳴き出します。屹度深夜に羽化して玄関灯に誘われて玄関の壁に止って啼きだしたのでしょう。「油蝉の夜泣き」は迷惑です。それにしても熱帯夜なのですから・・・・。
ワイフが私のノンレム睡眠を心配して、エアコンをつけてくれていますが、私は油蝉が心配です。何故なら今年羽化した油蝉は7年の間我が庭の地底で頑張って漸く陽の目を見れると思った瞬間に我家の玄関を猟場にしている「家守/ヤモリ」の餌食になってしま居そうなのです。私が「ヤモリ」は「家守」と思って大目に見ているのが油蝉の不幸になっていそうで、心配なのです。
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此れは蜥蜴です家守は蜥蜴の仲間ですが日陰が好きなのでズット大人しい性格です。
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これは網戸で蛾や虫が飛んでくるのを待っているヤモリです。
朝食卓に着くと出窓の先にある「グミの樹」に止った油蝉が”ギン・ギン”と啼きだします。”五月蠅い” ”暑苦しくすると唐揚にして食ってしまうぞ”私が呟くとワイフは油蝉なんて食べられるの?訊きます。
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此れは上野の科学博物館で実施中の「昆虫展」のミンミンゼミです。ミンミンゼミは日向好き一方油蝉は日陰好きです。油蝉の語源はその羽が「油紙」に似ていたからでしょう。油紙は和紙に油を吸わせて、唐傘の素材にした「強化紙」でした。
私は北京の屋台で油蝉の成虫を唐揚にして串刺しにしたモノを観た記憶があります。幼虫の佃煮なら香港の市場で観た事があります。けれどもどちらも食べた事はありません。油蝉はカメムシの仲間ですから臭くて美味そうには思えません。でも、カラスやヒヨドリは好んで油蝉を捕食しています。庭先で逃げる油蝉を追いかけるヒヨドリを観る事があります。雀も蝉やアオバハゴロモを捕食しています。雀は数羽で昆虫を追いかけています。ミンミンゼミは日向が好きですが、油蝉は日陰に居ますのでどうも不潔そうです。唐揚か佃煮にするのが良いでしょう。佃煮は幼虫を食べるのに適当な料理法です。
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これは北京の屋台で観た油蝉の素揚げです。隣にムカデの串焼きが並んでいる「ゲテモノ屋台ですが、「思い切って食べて置けば良かった」今の感想です。
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此方は油蝉の佃煮です。多くの佃煮は油蝉の蛹使います。屹度カブト虫の幼虫の様にヌルットした、生牡蠣の様な食感でいけるのでしょう。
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此方は蝉の蛹の佃煮です。成虫より蛹の方が食べ易そうだし、滋養分も豊富の様に見えます。今週福島に行くので「道の駅」で商っていないか探すことにしましょう。
朝新聞を取に門に向かうと、突然に頭上で油蝉が啼きだしました。何時もの雄が雌に求愛する啼き方と違います。何かと思って観れば白木蓮の幹に止っていた油蝉を大蟷螂が捕獲したのでした。油蝉は仲間に危険を知らせる為に啼いたのでしょう。蟷螂の表情を見れば大きな前足で油蝉を抱え込んで油蝉を頭から齧り始めています。大きな複眼をグルグル回して”こいつは美味い、第一新鮮だ!”言っているようです。
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此れは庭の白木蓮の木で大蟷螂が油蝉をゲットした瞬間です。大蟷螂は下の方から抜き足差し足で登って行きます。一方油蝉の天敵はカラスやヒヨドリですから空ばかり気にしています。下からの攻撃に対しては無防備なので簡単に掴まってしまいます。
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油蝉は齧られても痛くないのでしょう。諦めたように食べられるのに任せています。蛇に飲み込まれる際に鼠は大暴れして逃げようとするのとは大違いです。
白木蓮の根元の煉瓦の上には油蝉の遺骸が転がっています。遺骸には蟻が群がって遺骸を解体して巣に運ぼうとしています。生餌を好むモノ遺骸を好むモノ夫々です。でも油蝉は死んでも蟻の役に立っているのですから立派です。高校野球も13日は後半戦で、油蝉は姿を消して蜩や「ツク・ツク法師」が啼きだします。もうじき夏休みも終了して秋になります。
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此れは油蝉の遺骸に群がる蟻です。撮影場所は鎌倉の常楽寺の境内です。我家の庭でも蟻の行列を見つけるとその始まりは油蝉の遺骸です。

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